聖体

 ディケンズ大臣、目を開くとジュリエル会の面々を見ながら話し始めた。


「暴力沙汰を含めた非合法な活動は困ります。これを是とするような団体の活動を許容することはできません。一方、『ラシエルの使徒』は現在、我が国内では非合法かつ暴力的な集団と認識されています。……では、どうでしょう。もしジュリエル会の方々が『ラシエルの使徒』の活動を確認したら、自分たちで暴力的な手段に訴えるのではなく、警ら隊などに連絡して欲しい。我々が『ラシエルの使徒』の構成員を取り調べて、犯罪を犯している場合はきちんと処罰しましょう」


 シェリダン氏、ランズウッド氏、さらにラカナ公国の支部長であるというマインズボウ氏が顔を寄せ合ってひそひそと話をしている。


 やがてシェリダン氏が言う。

「分かりました。信徒にはそのように行動するように伝えます。また、ジュリエル会として、ラカナ公国内での暴力沙汰を含めた非合法な活動は禁止することも周知します。如何でしょうか」


 大公陛下、大きくうなずいて言う。

「うむ。それで良いのではないか? そもそも、ジュリエル会自体が、というよりも『ラシエルの使徒』との関係が問題であったのだし、今回このように弁明にも出席してくれている。もし問題が起きるようなことがあれば、このような席で再び相談すれば良いことではないか?」


 ディケンズ大臣もほっとしたような表情で言う。

「では、信徒にそのような周知をするという条件で、監視団体の指定を解除することにしましょう。ご出席の方々、何かご異論、ご質問はありませんか?」


 話がまとまりそうだが、俺からこれだけは聞いておかねば。


「はい。ジュリエル会の方にお尋ねしたいのですが、数年前、プリムスフェリー家のバートラムが襲撃された際、『聖体』のありかを明かすように言われたそうです。この『聖体』に関してはジュリエル会と『ラシエルの使徒』の間で争いがあるようにも聞いておりますが、『聖体』とは何でしょうか。我々には全く身に覚えのないことで、この点が明らかにならない限り、プリムスフェリー家としては安心して外出もできないのですが」


 ディケンズ大臣、ほう、というような顔をしている。


 シェリダン氏が言う。

「『聖体』に関しては、大きく2つの説があります。1つは、ジュリエルの先代にあたる天使であるペリの遺体、もしくは仮死状態で保存されているペリの身体しんたいであるというものです。まずこちらからお話しますが、そもそものその根拠となるのは、ジュリエルが残した会話の中のこの言葉です」


 そう言って、シェリダン氏は手元の冊子を広げて読み上げる。

「天使も人間と同じような寿命で死にます。人間も天使も、生きているかどうかはシステムから確認できますけど、ペリに関しては生死不明のままです。これは、すでに死亡しているがシステムの管理外にある、または、この空間に従属していない別の空間にいる、のいずれかでしょう」


 ディケンズ大臣は明らかに困惑している。

「えっと、……それで?」


 シェリダン氏が言う。

「まず、もしもまだペリが生存しているなら、天使ペリ本人に『規範文書』の守り方、あるいは『ラシエルの使徒』としては破壊の仕方でしょうか、それを聞くことができます」


 イヤーカフでペリがくすっと笑う。


「死亡していて、遺体だったら価値がないのでは?」


「いえ、それに関しては、魔王が出現した当時の『調整者レギュレータ』と言われている謎の人物、スグルに関する文書があります。それにはこのように書かれています。『スグルは専用の白い部屋で妻とくつろぐ。白い部屋に入るためは天使の手をかざす』と。この白い部屋というのが、『規範文書』の管理を行う神殿と言われています」


 え。マリリンに聞いた話とよく似ているが、……手をかざす? 生体認証か。


「つまり、もし死亡していても、その手をかざすと白い部屋に入ることができるというわけです」


 えー? それはどうだろう。ちょっと聞いてみよう。

「すいません、その白い部屋はどこにあるんですか?」

「それは聖体が入手できれば明らかになると考えられています」


 ……ご都合主義、ここに極まる。


「適当な話ね、それ」と、イヤーカフでペリも呆れている。


「その聖体はどうやったら行方が分かるんですか?」

「ペリの夫であった人物は、聖王国の宰相を務めたヒックス伯爵であることが分かっています。このヒックス伯爵の墓所が、魔王軍との戦いの混乱でどこにあるか分からなくなっているのですが、その墓所に手がかりがあると言われています」


 すごいな、途中の考察をすっ飛ばした当て推量かもしれんが、それが実は正解だ。


「すいません、もう1つの説は?」


 するとシェリダン氏、驚くべき話をする。

「今の話にあった天使のペリですが、数百年前に聖王国に現れたドラゴンを討伐したと伝わっています。その時に退治されたドラゴンの骨自体が聖体です」

「え? ……その骨を見つけるとどんないいことがあるんです?」


「ドラゴンとペリは、『規範文書』の管理について対立して争いが起きたという説があります。そのドラゴンが『規範文書』を覆すに足る情報を持っていたはずで、骨と一緒に埋められているのだという説です」


「あははははは。こりゃひどい」とイヤーカフでペリが大爆笑。


 しょうがないなあ。すでに明らかになっている情報を開示しておく分には問題ないだろう。これ以上、『聖体』で騒がれるのも嫌だし。


「すいません、まずヒックス伯爵の墓所ですが」と切り出す。

「は?」とシェリダン氏、何を話し始めたのか、という表情。


「ヒックス伯爵の墓所はすでに特定されています。ヒックス伯爵は今の聖王国のスワンランドという町の近くの出身で、そのあたりにあったナイアールという町を所領としていました。亡くなった際、生まれ故郷のそばの山の中腹に埋葬され、現在もその墓石に墓碑銘をはっきり確認できます。また、骨壺の中には骨しか存在しなかったと聞いております」


「そ、そうなんですか?」とうろたえるシェリダン氏。


「ええ、私はテッサード家の者ですから、あのあたりにはよく調査に行っています。ナイアールの町は魔王軍との戦いで消滅し、現在はスワニール湖になっています。それと、ドラゴンの骨が埋められたというのはガフォー峠のことですよね?」

「あ、はい」とシェリダン氏。


「ナイアールの町から北へ続く街道があり、その先にあるのがガフォー峠です。これはいくつかの古文書から明らかですが、現在はガフォー峠を通る道も、その手前にあったアクトースという村も痕跡しか残っていません。ガフォー峠に出向いた際、ドラゴンが埋められているというあたりを探索しましたが、何もありませんでした」


 シェリダン氏だけではなく、ジュリエル会のメンバーは呆気にとられている。


「実は目撃情報がありまして、少し前に何者かが集団で訪れて峠から何かを掘り出して持ち去ったというのです。これがあなた方ジュリエル会でないなら『ラシエルの使徒』の仕業ではないでしょうか。しかしその後、『聖体』を発見したという情報も聞こえて来ませんから、見つかったのはドラゴンの骨だけだったのでしょう」


「……それは、本当ですか?」

「ええ。もしその気があるなら実際に確認されたらいいと思います。つまり、『聖体』というものがあるというのは、誰が言い出したとも分からない噂話、あるいは伝説のようなものではないのでしょうか?」


 ジュリエル会の面々は絶句している。


 彼らの信仰の一部を成す奇跡、または神話の一部だったのかもしれないが、もうこれ以上『聖体』で面倒をかけられるのは御免だ。


 これをもって、ジュリエル会の弁明に関する会議は終了。


 ジュリエル会とラシエルの使徒について、具体的な情報が得られたのは大きい。

 ジュリエル会はラシエルの使徒を目の敵にしているようだが、それ以外の点ではちょっと変わった信仰を持っているというだけの人々なのだろう。


 問題はやはりラシエルの使徒の方だろうだな。連中のやり口はほとんどテロリストだ。


 会議室からジュリエル会の面々、それから警ら隊や騎士隊の関係者が退室した。


 ディアナに聞いてみる。

「何か気配のようなものは?」

「この前のスカウトのスキルのようなものはありませんでしたが、ジュリエル会の方々からはかなり強い意志のようなものを感じました」

 なるほど、そんなもんかねえ。


 クラリスにも聞いてみる。

「あんなもんで良かったですか?」

「ええ、上出来ね。『聖体』にまつわる話はなかなか噴飯ものでしたけど、ラシエルの使徒という人たちが怪しい動きをする理由が分かって良かったと思うわ」


 部屋には俺達と大公陛下、ディケンズ内務大臣とアルシアさんが残る。


「はあーっ」と大公陛下が大きなため息をつく。

「いやあ、何だかよく分からない話を延々としておったけれど、あれでデレクは納得したのかね?」

「はい、これまでの様々な疑問がかなり解消できたと思っています」


「エドナ殿は黙って聞いておられたが、あれで良かったかな?」


 エドナが答える。

「ええ、話を聞く限り、ラシエルの使徒が騒動の発端になっているようですから、取り締まりの対象はラシエルの使徒だけで良いと思います。賢明なご対応に感謝致します」


「ふむふむ。……あ、アルシア、さっき何か言っておったよな」

「はい。まずは、非公式な訪問となりますが、聖王国のラヴレース公爵家のセーラ殿が陛下にご挨拶申し上げたいとのことです」


 セーラが大公陛下の前に進み出て挨拶。

 会議の内容に実は退屈していたのだろう、眠そうだった大公陛下がセーラを目にして生き生きとしている。


「ラヴレース公爵家のセーラ・ラヴレースです。デレクの婚約者としてまかり越しました。お目通り叶いまして恐悦至極に存じます」

「うむ。そうかそうか。この前、デレクがここに来たときはそういう話はなかったと思うが、婚約はその後かな?」

「はい。11月に」


「そういえば、セーラ殿は騎士隊に所属しておられたようだが?」とディケンズ大臣。

「はい。ですが、昨年の末に除隊致しました」

「人身売買のギャングと戦ったという話を聞いておりますわ」とアルシアさん。

「ほほう。それは勇ましい。これはデレクもますます励まねばならんなあ。はははは」

「はあ」


「えっと、それから何だっけ、アルシア」と大公陛下が再び確認。


「デレク殿が、国境に関することでご相談があると……」

「国境? ……ふむ。申してみよ」


 そこで、まさにペリのドラゴン退治の後で、人間とドラゴンの間で相互不干渉の申し合わせが行われたこと、ナリアスタ国と国境付近の開発を進めようとしているので、国境とドラゴンの国の件を再確認しておいた方が良いだろうということを説明する。


「それって、確かな話?」とディケンズ大臣。

「はい。ラヴレース公爵に確認しましたが、聖王国には公文書として約束の内容が残されている模様です。ドラゴンは寿命が長いので覚えていると思いますが、人間側は忘れ去っている可能性が高いですね」


「なるほどな。相手がドラゴンだけに、あまり強い態度に出る国はないと思うが、確かに何も知らないのではトラブルになりかねん。わざわざ知らせてくれたこと、礼を言うぞ」

 大公陛下も納得してくれた模様。


 これですべての用件が済んだ。

 ジュリエル会の弁明も聞いたし、ラシエルの使徒の情報も得られた。

 ラカナ大公陛下に挨拶ができて、セーラも満足そうである。


 我々は公宮から出て帰路につく。……はずだったのだが。

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