闇魔法の使い手

 昼食を食べ終わる頃にシャトル便が到着して、エントランスにヒルダとエリーゼがやって来た。迎えに出たセーラに、ヒルダが話しかけている。


「セーラさん、あの、書籍の予約販売なんですけど」

「何か問題でも?」

「いえ、第1話が出た翌日に、実はラヴレース公爵家やチェスター公爵家から数十冊という単位で注文を頂いておりまして……」

「はあ?」


「あはははは」

 俺、大爆笑。

 フランク卿だけではなく、チェスター公爵のところも娘の活躍を描いた本を何冊も買い込んであちこちに配る気なんだろう。いやあ、分かるけどね。


「うーん。ちょっと複雑な気分ね」

「でも、シャーリーを前面に出した方がよさそうだというのは確かだな」

「そうなるかしらねえ……。その分、デレクの登場シーンが減ってもいい?」

「え? 俺? ……まあいいけど」

 とんだとばっちりである。

 あまり目立たないように、と言い出したのは俺だから、まあいいけどさ。



 ゾーイ、プリシラとともにシャトル便に乗ってクロチルド館へ。

「このシャトル便っていいですねえ」とプリシラにも気に入ってもらえた様子。

「うん、そのうち馬車をもう1台追加しようかと思ってる」


 クロチルド館に到着。

 応接室として使っている部屋にオーレリーとサスキアを呼んでもらう。

 すると、サスキアだけがやって来る。

「あの、オーレリーさんはもうじき帰って来ると思います」

「ああ。また害虫退治かしら」とプリシラ。

「そうそう」

 プリシラとサスキアはすっかり打ち解けた様子である。


「ここの住人が、何やら怪しい奴らに嫌がらせをされているという話を聞いたんだけど、本当?」

 サスキアが答える。

「あー。まあ、そうですね。女の子の様子を覗きに来る連中は前からいたんですけど、最近はそれとは違う、嫌がらせだけを目的にしたような奴らがからんでくることがあってですね」

「何が目的なんだろうな?」

「目的は分かりませんけど、外出するとつきまとって『いくらでヤらせてくれるんだ』とか、『昨日も客をとったんだろう』みたいに声をかけてきたりですね。買い物に行くと『この店は売春婦御用達かよ』みたいなことを他の客の前で言ったり。場合によってはすれ違いざまに身体を触ってきたり、です」

「うわあ。ひどいなあ。それで、どうしてる?」


「あたしは追い払ったり、後ろから石つぶてをぶつけてやったりしてます」

「なるほど」

 過剰防衛なような気もするが、そんな奴らには実力行使でよかろう。


「最近はオーレリーさんが買い物には同行しててですね……」

 するとプリシラが「ふ」っと笑った。……あ。害虫退治、か。


「ところで、番犬のテオはどんな感じかな?」

 サスキア、とたんに笑顔になって話してくれる。犬が好きだと力説していたもんな。

「あたしが散歩に連れて行くんですけど、いやあ、可愛いし、賢いですね。怪しいヤツが来るとちゃんと吠えるし、ここの住人はちゃんと見分けるし」

 番犬をもらってきて正解だったな。


 オーレリーが帰って来るまでの間に、「塾」の教室として使っている部屋などを見せてもらう。

 部屋は何かの会議室で使っていたような、それなりに広い部屋である。机と椅子、それに黒板が配置されているが、席が全部埋まった状態で60名くらいかな?


「普通の部屋ならこれくらいが限度かな? これより広くなると、後ろから黒板が見えにくいよね」

「倉庫に使っていたもうすこし広い部屋が空いています。人数は80名くらいまでは行けそうですが、窓があまりないので暗いですね」とゾーイ。


 読み書きや計算の演習的なこともするとしたら、暗いのはダメだし、人数が多すぎるとひとりひとりの理解度が把握できない。


「今のこの部屋と同じくらいの部屋はまだある?」

「ええ、隣にありますね」

「先生役が手配できるなら、もう1つ教室を増やそうか?」

「簡単な読み書きのクラスが担当できる人員はアテがありますが、机や椅子を購入しないといけませんし、もちろん人件費もかかります。いいですか?」


「悪い評判を流されるよりは、しばらくは徹底して慈善事業の方向で頑張ることにしよう。さすがに、教室があと2つ3つ必要とか言われたら、教室の手配だけじゃなくて授業の質の管理も考えないといけないだろうから、再検討が必要になるだろうけど」

「了解です」


 やれやれ。学校の管理者になるとは夢にも思わなかったよ。



 オーレリーが戻ってきた。

 早速、今日の訪問の趣旨をかいつまんで説明する。


「ふむ。海賊やら、悪徳業者と癒着している連中やらに対抗するということか。いいんじゃないか?」

「そうそう。それでまずはだね」


 さっきのプリントアウトを見せる。

「フィロメナは別として、この3人はどうしてる?」


 ゾーイが回りの女性に確認している。

「えーと、ロジーナは塾で勉強中なので、休憩時間になったら呼んできます。それから……レイナとパトリシアは食堂で片付けをしてるの? ちょっと呼んできてくれるかしら?」


 エプロンで手を拭きながら、2人の女性がやってくる。

 レイナ・ジェニングスは水色の髪に黒い瞳。少し小柄だが愛嬌のある女性だ。パトリシア・サンドレイクは赤い髪にグレイの瞳。かなりの美人。

 2人は何故呼ばれたのか分からないので、ちょっとおどおどした様子。


「あの、二人に質問なんだけど、魔法の能力があるってことに気づいてる?」

「は?」

 唐突に何を言い出すのか、といった表情の2人。


 光系統と闇系統の詠唱は一般には知られていないため、プリントアウトして持ってきた。まずはレイナに試してもらう。

「天と地の創造主の御使いたる精霊ルクソナに……力をお示しあれ。ホーリー・ライト」


 たちまち、レイナの手のひらからまばゆい光が放たれる。

「きゃ!」

 誰よりもレイナ本人が驚いている。

 その場にいる他のメンバーも、光系統の魔法を見るのは始めてだろう。

「なんだこれ! おい、デレク」とオーレリー。

「うん、光系統と呼ばれる魔法」

「そんなのがあるのか! うーむ」


「詠唱を1回唱えると、しばらくは魔法名だけで起動できるよ」


 レイナが右手を差し出し、「ホーリー・ライト」と唱えると再び光が放たれる。

「えええ?」

 レイナ本人も、この場にいる全員も驚きっぱなしだ。


 ただ俺だけは、びっくりしているレイナはすごく可愛いじゃん、なんて考えている。……ダメだなあ、俺。


 次はパトリシアの番である。


 紙に書いた長い詠唱を唱えてもらう。

「天と地の創造主の御使いたる精霊イーシアに……力をお示しあれ。イビル・ディストーション」


 すると、そこにいたはずのパトリシアの存在が認識できなくなる。

「あれ? パトリシア、そこにいる?」とレイナが驚く。

「何かそこにある、気がするが……。柱か看板……?」とオーレリー。


 魔法をキャンセルすると、再びパトリシアが認識できる。

 ただ、パトリシア本人は何が起きたのか理解できていない様子。

「皆さん、何を驚いているんですか?」

「だって。今、パトリシアがいるような、いないような感じになって……」とレイナ。


「こんな感じのことが起きたんだよ」と、俺がイビル・ディストーションを実演。

「あれ? デレク様がいなく、なった? あれ?」と驚くパトリシア。


 驚くパトリシアも可愛いなあ。……ダメ人間の俺。何しに来たのやら。


 魔法をキャンセル。

「これが、闇系統の魔法のひとつ。対象を認識しにくくするんだ。しかも、パトリシアは非詠唱者ウィーヴレスだから、長い詠唱をしなくても、今の魔法を思い描くだけで同じことができるはずだよ。やってみてくれる?」


 パトリシアが真剣な表情で集中すると、再び魔法が起動され、そこにいるのかどうか視認できなくなる。

 おお、と再び驚く一同。


 オーレリーが言う。

「これなら王宮あたりに忍び込んでも分からないな」

「いや、それがね。さすがに万能じゃなくて、この魔法の効果を阻害する魔道具があるらしいし、それから、どうやら犬には通じない」

「あ。なるほどな。人間は目で見て判断してしまうからな。そうか、犬か」

 オーレリー、納得した様子。


「パトリシアが使える範囲だと、あとは相手の恐怖心を増大させる魔法とかかな?」

「ほう。それは面白いな。ちょっとやってみてくれ」とオーレリー。

「え? いいの?」

「おう。どんと来い」


 まあ、そう言うならやってもらうか。最初は詠唱で。

「天と地の創造主の御使いたる精霊イーシアに……力をお示しあれ。ダーク・フライトニング」


 パトリシアが詠唱を終えると、今まで呑気な感じだったオーレリーが真顔になる。

「ちょ、これは……」


 魔法をキャンセル。

「いや、本当だ。何が、というのを説明するのは難しいが、パトリシアが急に恐ろしい存在のように思えてな。うむ、これは凄いな」

「実際にはパワーが増したりするわけじゃなくて、影響されるのは感情の部分だけなんだけどね」

「それでも、相手をひるませたりするには十分だ。戦わずして勝てる」

「ただ、これも対抗手段はあるから、過信は禁物だ」


 そこへ、リストに上がっていたもう一人、ロジーナ・コールドウェルがやって来る。栗色の髪に黒い瞳。スリムな体型だが腕の様子を見るとかなり筋肉質のようだ。

 まずは質問。


「あのー。ロジーナは魔法の能力があるよね?」

「あ、はい」

「農園に捕まっているときも隠していたの?」

「ええ。あたし、風系統のレベル1ですから、エアロ・ストームで風を起こすことくらいしかできません。ですから、農園から逃げ出すようなこともできませんし……」

 話を聞いていたオーレリーが言う。

「そうだな。火系統とかなら、まだ攻撃手段として使えるが、風系統のレベル1は少々弱いな」


「魔法の能力があると、農園以外のもっとキツイ場所に連れて行かれるみたいだったので、簡易的なチェックで詠唱を唱えさせられるときもごまかしていました」

「なるほどね」


 とりあえず、魔法の能力があることがわかった3人と、すでに警備員としてトレーニングをしている5名ほどについて、身体能力とか、情報を把握する能力とかをオーレリーにチェックしてもらうことにする。


 そして、魔法が使える3人なら、ダガーズに渡しているような指輪を使って能力の底上げもできる。

 そういう話をしたら、オーレリーが食いついてくる。

「その指輪は、当然、あたしも使えるよな?」

「あ、うん」

「ふふふ。それは楽しみだ」

「オーレリーは、ダンジョンで拾った装備や指輪で、もう無双状態なんじゃないの? それ以上に積み増したらほとんど……」


 ほとんど魔人じゃないか、と言いかけてちょっと止める。

「無双って何だか分からんけれど、それをデレクに言われるのは違うよな」

「う」


 オーレリー、俺が言い返せないのを見てニヤニヤする。

「さらに、デレクに注文したらもっと色々なオマケが付いてくる、よな?」

「あ、……うん」

 相変わらず、押しに弱い。ダメだなあ、俺。


 4人の名前が印字された用紙を見て、パトリシアが俺に聞いてくる。

「あの、フィロメナの行方はまだ分からないんでしょうか?」

「フィロメナを知ってるの?」

「ええ、昔からの友達なんです。農園から解放されてほっとしていたら姿が見えなくなって。まさか海賊にさらわれていたなんて」

 ちょっと涙ぐむパトリシア。

「俺達はフィロメナの顔とかが分からないから、探すのを手伝ってもらうかもしれないけどいいかな?」

「もちろんです。どこかで生きている限り、助けに行きます」


 うん。可愛い女の子を泣かせるような海賊は許しませんとも。

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