嫌がらせ、だよなあ
泉邸に帰ってきたら時間はもう夕方近く。
セーラも原稿作成の作業は終わったらしい。
食堂でちょっと放心状態でお茶を飲むセーラに、さっきプリントアウトしたリストを見せる。
「これ、麻薬農園から救出した人の中で、魔法かスキルを持っていた人のリストなんだ」
「へー。光とか、闇とか?」
「この3人はさっきクロチルド館で本人に会って、魔法が使えることは確認済みだ」
「フィロメナ・クレイソン、って誰だっけ」
「マミナクで、海賊のスパイと入れ替わってさらわれた人がいたでしょ?」
「あ! あの人なの? ……スキル? 過去視?」
「具体的な能力は分からないんだけど、もし、そのスキルが過去の事件の裏側なんかを知ることができる能力なのだとしたら、その能力が海賊側の手に落ちるのは絶対にまずい」
「……例えば?」とセーラ。
「え、そりゃ、アルカディアという架空の団体の正体とか、ヤバいだろ?」
一番ヤバいのは金塊の件だけどな。
「となると、このフィロメナの行方については、優先度がかなり高いわねえ」
「しかし、どうやって探したらいいか分からないんだよね」
「そうねえ。海賊にさらわれると海賊になる、って話もあるしねえ」
チャウラとポーロック氏を襲った海賊のヤレッツというヤツがそんな話をしていたな。
「マミナクから拉致された女の子もいなかったっけ?」
「えっとね、農園とは無関係に、マリベルという女性がさらわれたらしいね。フィロメナもマリベルも、海賊船に乗せられて連れ去られたらしい、というところまでしか分かってないんだ」
「マミナクにいた海賊の仲間は捕まってたわよね?」
「それが、海賊のヤレッツやスパイで入り込んでいたミゲラという女の話だと、マミナクで麻薬なんかを扱ってた連中と、船で女性を連れて行った連中は、確かに同じ海賊団だが別々に動いているらしい」
「うーん」
いつもながら、どうやって探したらいいのか、というところから話が進まない。
すると、イヤーカフにキザシュの声。
「あのー。日をおかずに申し訳ないんですが、ちょっとお伺いしてもいいですか?」
「はいはい。お待ちしてます」
「どうしたの?」とセーラ。
「キザシュたちがまた来るって」
「あれ? 昨日も来たわよね」
泉邸のエントランスに出て、待っているとキザシュとヘミンガム氏がやって来る。
応接室に入ってもらうと、ヘミンガム氏が話を切り出す。
「昨日お話しました、大統領の聖王国訪問の件ですが、日程や行事予定をご存知でしたか?」
「いえ、王宮から特に連絡もありませんし……」
するとヘミンガム氏が少々困惑した表情で言う。
「出席者はもう決定して、王宮から連絡が行っているはずですが……」
あれ?
「やはりそうでしたか。実はですね、王宮の担当者が、テッサード家への出席依頼をダズベリーの方に送ったなどと言っているのを部下が耳にしたと申しますもので……」
「え? それで大使自らわざわざお越しいただいたのですか」
ちょっと待てよ。
俺がここに屋敷を持っていることは、去年の勇者の記念行事の時から分かっていたはずだ。手違い以上の何かしらの作為を感じる、というか、嫌がらせだな。
「何かの手違いだとは思うのですが、いやあ、お知らせできて良かったです」
「ありがとうございます。知らずにいたらとんだ失態を演じるところでした」
「それでですね、訪問は1月20日になります。国賓待遇で出迎えて頂けることになっておりまして」
「それは随分と大変そうですね」
「ええ。こちら側はもてなして頂く側になりますので、もっぱら日程と、誰と会って何を話すかということの調整になります。で、ですね」
「はい」
「国王陛下にお目通りして、一連の儀礼ですとか、歓迎の晩餐会ですとか、そういうのがあります。晩餐会にはテッサード家のデレク様、それとご婚約者のセーラ様にご出席を賜りたいと……」
「あ、はい。了解です」
「それから、これが重要なのですが、国王陛下と大統領とで会談を行う場にですね」
ヘミンガム氏、メモを見ながら話を続ける。
「……ナリアスタに隣接する領地を有するテッサード家からデレク様にもご臨席頂きたいのです。聖王国側の出席者としては外務大臣、ラヴレース公爵、チェスター公爵、ロックリッジ男爵、テッサード辺境伯、ライサム辺境伯。この方々についてはもう両国間の打ち合わせでも決定しております」
「げ」
うわー。どうしよう。
「もちろん、基本としては国王陛下と大統領との会談ですし、会話の内容も何もかも、すでに決定しています。その他の出席者が何か発言をするということは原則的にはありません。ただ、会話が弾んで話の流れが想定外の方向へ行くという可能性も、ないわけではないので、発言を求められる機会が皆無とは言えません。ただ、その場合でも当たり障りのない発言をして頂くだけで結構と思います」
いや、その場にいるだけで緊張するんですけど。
あ、ちょっと待てよ。
「えっと、大統領閣下はご夫妻で来られますよね?」
「ええ。聖王国側も、王妃殿下、王太子殿下が参加されるという予定です」
うわあ。王太子も同席か。
さすがにそういう公式の場で変なことを言い出さないとは思うのだが。
「それと、あのー、国王陛下と大統領閣下の会談とか、その他色々な場面で、テッサード家というか、レイモンド商会から資金援助があるみたいな話は避けて頂けませんか」
「はあ。それは構いませんが……。理由をお聞き……あ、結構です。了解です」
「よろしくお願いします」
ヘミンガム氏、そのあたりの配慮はして貰えそうで安心した。
ヘミンガム氏の来訪の用件は、会談の場と晩餐会への出席の確認だけだった。しかし、知らせてもらって本当に助かった。知らなければ無断欠席という、貴族にあるまじき失態を晒す可能性もあった。
キザシュが帰り際に言う。
「あのー、可能なら、でいいんですが、大統領の警護にダガーズのメンバーを1人、応援で回してもらうことは可能ですか?」
「え、いいけど……」
「爆破騒ぎの背景は不明のようですが、やはり警護を少しでも厚くしておきたいです。誰か1人いれば、デレクさんにも連絡が付けやすそうですし」
「ははは。お安い御用だよ」
「ああ、よかった。じゃあ、詳細は後で」
今回、親切にも情報を教えてもらったし。出身地の大統領の警護なら光栄に思ってくれるんじゃないだろうか。
ヘミンガム氏、キザシュが帰った後、セーラは怒りをあらわにしている。
「何よ。出席要請をしたのにテッサード家は来ませんでした、とか言って恥をかかせるつもりだったんじゃないかしら」
俺もそう思うが、もう少し冷静に考える必要もありそうだ。
「最悪、そうなる可能性はあったと思う。でも、まだ時間的には余裕があるし、ラヴレース家経由でも情報は入るはずだから、間際にバタバタと慌てる、くらいで済んだ可能性も高いと思う」
「それにしても、ここに屋敷があるのを知ってるはずなのに、わざわざ遠方の本家に連絡を出すって酷くない?」
「どう考えても嫌がらせだと思うね」
「あ、そうだ。デレク、今夜はウチに来てよ。事の顛末を直接お父様に伝えた方が絶対いいわ」
「それはそうか」
それと、ダズベリーに早馬で連絡を入れておくことにする。あっちで心配するといけないからね。
セーラとラヴレース家へ向かう。
幸い、フランク卿が在宅だったため、先ほどの顛末について説明する。
「ふーむ。それは王宮側の明確な失態だな」
「デレクに嫌がらせをしたに違いないわ」とセーラはまだ怒っている。
「しかし、ヘミンガム大使から早めに伝えてもらえたのは良かった。これがダズベリーからの連絡で判明したとしたら、時間的にはかなり慌ただしいし、王宮に文句を言ってもテッサード家内部の連絡の不手際として一蹴されてしまったかもしれん。とりあえず、明日にでも王宮側に調査を申し入れておく」
「よろしくお願いします」
「それでなあ、今はほら、爆発騒ぎがあっただろう? 大統領を迎える準備もあるし、王宮の警備を見直すみたいな会議が増えたりして……」とぼやくフランク卿。
「あの事件はどういう話なわけ?」とセーラ。
フランク卿、首をかしげながら言う。
「うーむ。それがなあ、何だか分からんのだよ」
「こちらの屋敷からも煙が見えました。通用門あたりで爆発があったらしいと聞きましたが……」
「そうなんだ。だが、その時間は誰もあそこにはいなかったし、セキュリティ上重要なポイントでもないし……」
セーラが言う。
「爆破は何かの陽動で、目的は別の所にあったのではないかしら?」
「うーん。しかし、国王ご一家にも、当時王宮内にいた大臣や貴族にも、何の損害も出ていないし、
ハワードが庭園の異常について知っていた。
「フレッドに聞いた話だけど、奇妙なことに、庭園の一部が掘り返されていたらしい」
「ほう?」
これはフランク卿も知らなかったらしい。
「ただ、あそこは月見台を作るために盛り土をしたあたりで、掘り返したからといって何かがあるわけではないって言うんだ」
「誰がしたのかは分からないの?」とセーラ。
「爆発の後、王宮内で異常がないか調べる中で判明したので、誰がやったのかはもちろん、それがいつ行われたのかも不明らしいんだよ」
ということは、あの時、親衛隊が集まっていたのを知っているのは俺達だけか。
「鍬やスコップで掘り返したのかしら?」
「いや、痕跡からは魔法を使ったらしい」
現時点ではそれ以上の情報はない模様。
ハワードが言う。
「デレク、例のダンジョンの件。急いで頼みたいんだけど」
「何か事情が?」
「昨日、爆発騒ぎがあっただろ? で、近々ナリアスタから大統領閣下が訪問される。その2つに関係があるかは分からないながらも、王宮内での事件だっただけに王妃殿下がかなり心配されていている、という話がシャーリーやフレッド経由で伝わってきてね」
「あら。そうだったの」
セーラは白鳥隊を辞めたので、王妃殿下の情報に接するのも久しぶりだろう。
「で、シャーリーからの提案なんだが、カメリアとアンソニーは既に例の『耳飾り』を持っているから、騎士隊と白鳥隊の連携役として働いてもらうといいだろう」
「確かにね」
「さらに、王妃殿下のそばの白鳥隊と外部、具体的には外務省の我々の身内の誰かとの間ですぐに連絡が取れる状況を作っておきたい」
「ふむ」
「それで、外務省にデニーズ・モーティマーという女性がいて、かなり腕が立つ。このデニーズ、実は白鳥隊のヴィオラの従姉妹なんだ」
「へえ」
「で、ヌーウィ・ダンジョンまで2日かかるから、計5日で行って来れる計算だよね。ナリアスタの大統領閣下の訪問に間に合わせるには、数日中に準備を整えて出発する必要があるだろうという……」
「え、ちょっと待って。ヴィオラとそのデニーズに『耳飾り』の試練を受けてもらうという話?」
「あ、そうそう」
セーラも驚いている。
「それって急な話ね。あたしもそのデニーズって人は知らないんだけど……」
ハワードは楽観的だ。
「デニーズは魔法も使えるし、ダンジョンもヴィオラと一緒なら大丈夫じゃないかな? どう?」
「ヴィオラはダンジョンに行きたがってたからちょうどいいかもね」とセーラ。
「ダンジョンの探検チームの人選は数日でできると思うけど……」
「よし、じゃあ頼んだよ。馬車が必要ならウチから出すし」
決まったらしい。
そもそも『耳飾りの試練』はダンジョンのオプショナルツアーみたいなもんで、失敗しても何度でも挑戦できるはずだ。最初から実力のない人は無理だろうけど、周囲から一目置かれている人物なら大丈夫かな。
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