実は危ないのは

 色々な意味での衝撃に頭からすっぽ抜けるところだったが、いやいや、仕事があって来たんだったよ。


「ちょっとだけ作業をするよ」


 『人物探知ソナー』で得た固有IDのデータ列から個人の情報を問い合わせて、魔法かスキルの能力を持っている人物を抽出して表示。

 人数はかなり多いものの、この程度なら簡単な使い捨てのシェルスクリプトですぐに調べられる。


 レイナ ジェニングス ♀ 17 正常

 Level=2.0 [光]


 パトリシア サンドレイク ♀ 19 正常

 Level=2.1 [闇*]


 フィロメナ クレイソン ♀ 18 正常

 Level=0

 特殊スキル: 過去視 


 ロジーナ コールドウェル ♀ 19 正常

 Level=1.0 [風]


「げ!」


「あれ。デレクがまた何かに驚いている」とリズが近寄ってくる。

「だって、これ……」

「これは何?」

「麻薬農園から助け出した人で、実は魔法の能力かスキルを持っていた、という人を抽出したんだ」

「あれ! 光系統の人と、闇系統の人がいるじゃない」

「そうなんだ。本人も気づいていない可能性が高い。それから、このフィロメナは、一度助けたのに海賊にさらわれた人なんだ」


「えー。……この人たち、どうするの?」

「フィロメナはそもそも行方不明なので、まずはその他の3人について面談をしたいね」

「フィロメナは?」

「さらわれた当初から気になってるんだけど、探す方法がない」


「スキルが『過去視』ってなってるけど、どんな能力かしらね?」

「そのまま捉えると、時間的に過去にあった情景が見える、のかな?」

「それ、もし海賊に知られたらまずくない? ほら。ナルポートのアレとか」

「あ! 激烈にヤバいな」


 金塊をこっそり持ち出した件である。特にあのスケラ・ガッタムに知られたりしたらお先真っ暗。不幸な未来しか見えない。


「情報がここに表示できるということはまだ生存しているわけだから、なんとかして救出しないといけなくないかな?」

「あー。本当だ。……だけど、どうしたらいい?」


「デレク。……お腹へった」

「……お昼を食べながら相談かな」


 とりあえず結果をプリントアウトして、泉邸へ戻る。


 時間はそろそろお昼。

 そうそう、クラリスにドラゴンのことを聞いておこう。


「ドラゴンがこの世界でどう暮らしていくべきかってのを、歴代の天使との間で取り決めたと聞いてるんですけど、そうなんですか?」

「デレクが教えてくれた、例の『ナイアール公の約束』ってのがそれよ」

「具体的には?」

「ドラゴンは人間に迷惑をかけないように生きていくから、人間もドラゴンにちょっかいを出すな、ということよね」

「それを破ったらどうなるんです? 天使が出てきて懲らしめるとか?」

「そこまでは書いてないわ。互いに相手を信用しましょう、ということね」


「書いてない、ってことは、口約束じゃなくて書面で残したんですか?」

「ええ。メモ程度はあるはず。聖王国の王宮あたりには残ってるんじゃないかしら」

「ドラゴンが言うには、次の天使のジュリエルの代に、ドラゴンと人間の関係が整備されたらしいんですが」

「じゃあ、メモじゃなくてきちんとした書面になってるかもしれないわね」

「だとすると、今になってわざわざ領土保全みたいなことを言い出す必要はないのかもしれませんね」

「その申し合わせ自体を忘れている可能性もあるから、再確認するのは意味があるんじゃないかしら?」

「なるほど」


「例の黒いドラゴンが暴れたのは、その申し合わせができるひとつのきっかけでもあるんだけど」

「ドラゴンに聞いたら、お調子者が人間にちょっかいを出して逆にやられた、という認識らしいですけど」

「あら、そうなの? ふふふ。今となっては笑い話で済むけど、当時は聖王国中が結構なパニックでねえ」

「そうでしょうねえ。もしかして、救国の英雄ってやつじゃないですか?」

「まあ、たまたまそこにいたから、すべきことをしたという感じよ」



 セーラがやって来たので、ミドマスの怪しい動きについて、チジー、プリシラ、リズを交えて対抗策を考える。


「で、どんな感じ?」とセーラ。

「うん、レイモンド商会の一部門みたいな形で、情報を収集したりする人員、つまり諜報部をミドマスに作ってはどうだろう、というと話になってる」

「なるほど。悪くないわね。人員の選抜は?」

「早速、今日中にもオーレリーと相談するよ」


「でも、ちょっと考えてみると……」とセーラ。

「何か?」


「目下、怪しい動きがあるロックリッジ領のことが心配なわけだけど、デレクも自分の身の回りを用心した方がいいわね」

「え、そうかな?」


「新年祝賀会でシュガーツ大臣から面と向かって嫌味を言われたでしょ?」

「あー」

 嫌な思い出が蘇る。


「シュガーツ大臣と王太子殿下が組んで、デレクを陥れようとしたら?」

「可能性はないわけじゃないなあ」

「でしょ? 実は危ないのはデレクも同じじゃないかな?」

「えー。じゃあどうしよう?」


 セーラ、ちょっと考えてこんなことを言う。

「ミドマスだけじゃなくて、聖都にも諜報部を作るのがいいんじゃないかしら」

「レイモンド商会で?」

「だってほら、ペギーさんだっけ? あそこの両替商も情報収集はしてるわけでしょ」

「ハイランド商会か。確かにねえ」

 あそこはアーテンガムとマミナクで通信しているらしかったな。


「デレクを陥れようとする動きも、商売上の情報も集めるようにすれば、どっちにしても損にはならないでしょ?」


 すると、チジーがこんな提案をする。

「ゾルトブールの農園からクロチルド館に来て、現在は聖都やその周辺で職を得て暮らしている人も多いと思いますけど、そういう人はレイモンド商会やテッサード家に協力的だと思うんです。そういう人たちから情報を集めるような仕組みは作れませんか?」

 セーラも言う。

「なるほどね。経緯はどうあれ、せっかくそういうつながりがあるんだから生かさない手はないわね。諜報活動でどの程度役立つかは分からないけど、ゾルトブールやエスファーデンから来た人たちが相互に交流できるような仕組みを作るのは賛成」


 つまり、県人会というか同窓会みたいなやつ?


「交流を主な目的とした比較的ゆるいネットワークということか。でも具体的にどうしたらいいかな?」

「現在、あそこから出ていった人たちがどうしているか、ゾーイに聞いてみましょう」とチジー。


 そこで、ゾーイを呼んできてもらって、そのあたりを聞いてみる。


「ああ。そういう人と人のつながりはありますよ」とゾーイが言う。

「へえ。自主的なものなの?」

 するとゾーイ、微笑みながら言う。

「ほら、前にクロチルド館で読み書きを教えようって話をデレク様としましたよね?」

「そうだったなあ」

「あの活動が継続してまして、外へ出た人でも勉強のためにクロチルド館に通ってくる人が結構いるんです」

「あ、そうなのか」

「それで自然とネットワークや、連帯感も生まれていますね」

「それはいい流れだな」

「ですから、そういう中から情報を拾ったり、気になる動きを調べてもらうくらいのことならすぐにでもできるんじゃないでしょうか」


 セーラが言う。

「そのネットワークはそれなりに役に立ちそうだけど、やはり情報を精査したり分析したりする専門の人を置くべきじゃないかしらね」

 するとゾーイも言う。

「そうですね。ネットワークから集まってくる情報だけだと噂話レベルでしょう。時にはリスクを犯してでも情報を収集するべきなのでは」


「なるほど、分かった。しかし、すぐに本格的に活動を始められるわけじゃないだろうから、ここはやはり特務機関にいたオーレリーに相談してみるよ」

「そうね」とセーラ。


「ところで、デレク様。いい機会なのでご相談させて頂きたいのですが」とゾーイ。

「何?」

「今のその読み書きを教える学校というか塾のようなものですが、現在も参加は無償ということにしてありますので、クロチルド館にいた人以外でも参加希望者が増えつつありまして」

「へえ。悪くない流れじゃない? 教師の担当者には謝礼を出してるよね?」

「はい。その人件費は大した額ではありませんが、場所の問題とかもありますので」

「そんなに人数が来るの?」

「むしろ逆に、場所が確保できないことを理由に新規希望者を断っているような状況です」

「ほー。ではどこかに場所を確保したら?」

「いえ、そうなると今後、際限なく希望者が増える可能性があります」

「げ。うーん。どうしようか」

「規模を拡大するなら有償化、つまり授業料を徴収する流れになりますね。以前のデレク様との話では、出世払いとか、企業や貴族からの寄付という案もありましたが」

「あー。どうしようか。無償でやることに意味があるように思うんだよなあ」


 ゾーイ、ちょっと声を潜めて言う。

「あの、そのような善意の活動を疎ましく思う人々もいるようでして……」

「え、どういうこと?」


「勉強しようと集まって来る人の中には、地方出身者はもちろん、小さい頃から半ば虐待みたいに働かされ続けているような人もいます。そういう人たちは読み書き、計算の能力はもちろんですが、社会的な常識に乏しい人たちも少なくありません」

「なるほど」

「そういう人たちに知恵をつけるというか、啓蒙するというんですか、それを嫌う人たちがいるわけです」

「あ、そっか」


 セーラも気づく。

「シュガーツ大臣がこちらに反感を抱いているらしいのは、そのこともあるのね」

「何も分からずに言われるままに働く労働力のままでいてくれた方が、暴利をむさぼるには都合がいいもんなあ」


 ゾーイがさらに言う。

「ですから、無償で続けるなら、そういう搾取をしている側との軋轢とか、場合によっては妨害にも対応する必要が出てきます」

「うーん。そう言われると、ロックリッジ家よりもウチの方が目の敵にされそうな気がするな」

「実際にその傾向はあります」

「そうなの?」


「クロチルド館から買い物に出かける女性たちが嫌がらせを受けたりするのは日常的にありまして……」

 あ。この前、オーレリーが女性たちと一緒に買物に出かけていたのはそういうことか。


「それは困ったな」

「でも逆に、助けてくれる人たちもいることは確かで、例えば買い物に出かけるとおまけを付けてくれたり、サービスで配送をしてくれる商店なんかもありますし、変な連中が近づかないように気をつけてくれる人たちもいるんです」

 そっか。人々の善意も捨てたもんじゃないな。


 しかし、嫌がらせをしてくるというのは陰湿だな。麻薬農園で働かされていた人たちは魔法の能力があるわけじゃないし、自衛するのも難しいかもしれないなあ。


 諜報部に関しては比較的素早く動く必要があるだろう。

 昼食後のシャトル便が来たら、ゾーイ、プリシラとともにクロチルド館に行ってみることになった。

 一方、セーラは別室で原稿書きである。ちょっと不満そうだが、あれもこれも一度には出来ないよね。

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