諜報部を作ろう
「さて、怪しい動きはもうひとつ」とチジー。
「え、まだあるの?」
「これはどうも、聖都の警ら隊の別組織か、そうでなければ王宮の親衛隊ではないかと思われるのですが、制服を着た連中が、ミドマスに拠点を作って何やら活動しています」
「え。何それ。初耳なんだけど。どっちにしてもミドマスは管轄外だよね?」
「そうね。その話は詳しく知りたいわ」とマリリン。
プリシラが言う。
「どうも、麻薬はもちろん、『青タルク』であるとか、その他の密輸品の取り締まりに動いているように見えます」
「へえ。取り締まるんだったら別にいいじゃない?」
チジーが首を振りながら言う。
「いえいえ、おかしいですよ。そもそも管轄外のはずですから」
「そうだな。密輸関係なら国境守備隊の仕事だし、その地域の怪しい連中は領内の警ら隊に任せればいい」
「しかも、『青タルク』は実際に流通していましたが、麻薬がどうこうとか、具体的な海賊の動きがあるいう噂は聞きません。ミドマスは平穏そのものです。そんなところにわざわざ聖都から警ら隊を派遣しますかねえ?」
「確かに変だな」
「ただ、貴族領をまたぐような犯罪は、確かに地元の警ら隊だけで摘発するのが難しいんですよ。聖王国全体を管轄するような警察組織があった方がいいと言われるとそうかもしれませんよね?」
「……FBIかな?」
「デレク様が何を言っているか分かりませんが、まっとうな取り締まりを目的にしているのか、あるいは別の目的があるのか、現時点では分からないんです」
何だろうな? ちょっと不穏な気配。
チジーの報告を聞いて、マリリンが真剣な表情で考え込んでいる。
「うーん。親衛隊は国王直属ということらしいけど、そうじゃなくて聖都の警ら隊とかだったら……内務省?」
「ですかね? どっちにしても胡散臭いですねえ」
「私からは以上です。中途半端で曖昧な情報ばかりですが」とちょっと申し訳無さそうにするチジー。
「いや、すごく有益な情報だったよ」
「何か嫌な予感がするわ」とマリリン。
「どういうことです?」
「例えば、ロックリッジ家を邪魔者と感じている立場の何者かが、公権力を使って冤罪みたいなものをでっち上げようとしている可能性を考えてみたんだけど」
「え?」
「つまり、ロックリッジ男爵は密輸を取り締まるフリをして、その実、密輸組織とズブズブでした、みたいなことをでっち上げるのよ」
「ひどいなあ」
「そういう手口が、ほら。この前デレクが持ってきた例の怪しい文書の中にあったわ」
「うわ」
ゾルトブール歴代の王の悪行三昧の、アレ。変なところで役に立った?
「これはちょっと、急いでトレヴァーと相談する必要がありそうだわ」
そう言うとマリリン、すくっと立ち上がる。
「今日は書庫でのんびり遊んでいられなくなったわ。チジーさん、情報をありがとう。デレク、セーラによろしくね」
急ぎ足でエントランスから出ていくマリリン。
「
「ミドマスではロックリッジ家の悪い噂は聞きませんから、外部から怪しい連中が入り込んで段々と侵食するという手口ですかね」
「もしそうなら、という前提だけど、嫌なこと考えるなあ」
もしそんな陰謀が水面下で進行していたとしたら、事が起きる前に何とか防ぎたい。
ゾルトブールの、シャデリ男爵の冤罪事件のようなことが聖王国で起きたとしたら大変なことになる。
タニアは学院に行ったり、やってみたいことはいっぱいある、と目をキラキラさせていた。そんな、人生で一番楽しい時期を踏みにじられるようなことがあってはならない。
これはセーラも呼んで相談した方が良さそうだ。イヤーカフで呼びかける。
「あら、どうかした?」
「それがね……」と、ミドマスで進行中かもしれない陰謀の匂いについて説明する。
「確かに怪しいわね。分かった。これから行くわ」
チジーに聞いてみる。
「今、レイモンド商会はミドマスに何人常駐してるのかな?」
「4人ですね」
「ふーむ。……増強して諜報部を作るというのはどうかな?」
「あ! それはいい考えだと思いますよ」
「そう? ぱっと思いついただけなんだけどさ」
「相手が卑怯な手段で来るとしたら、正攻法だけでは太刀打ちできませんよ」
「あの、あたし、お力になれると思います」とプリシラ。
「そう? でもプリシラはチジーの護衛って感じじゃなかった?」
するとチジーが言う。
「いえ、護衛だけなら別の人にもできます。まずは様子を把握しているプリシラに諜報部門を立ち上げてもらうのが現実的です」
「なるほど。じゃあ、プリシラにはあとで魔法を増強する道具を作って渡すことにするよ」
「はい」
「でも、あと2、3人くらいは必要かな?」
「でしたら、今、クロチルド館で警備の見習いをしている中から選抜するのがいいと思います」とプリシラが提案。
「ほう。有望な人員に心当たりが?」
「皆、オーレリーさんに鍛えられてだいぶ腕を上げているようですから、その中から情報収集が得意そうな人を選べばいいと思います。クロチルド館にいた人たちなら顔見知りですから、ミドマスに行ってもすぐに馴染めるでしょう」
「なるほど。それはいい考えかな。……あ。ちょっと待てよ?」
「どうしました?」
「麻薬農園で働かされていた人たちに魔法の能力はないと思い込んでいたけど、それって自覚がないだけかもしれないよね?」
するとプリシラが言う。
「さっきのデレク様みたいにいきなり能力を見抜くことは普通はできませんが、簡単な検査方法はあります」
「え、どうするの?」
「それぞれの系統の魔法の詠唱をさせるんですよ」
「あ、そっか。自覚がなくても詠唱したら能力の有無は分かるよな」
「でも、詠唱は長いですから、言い間違いもありますし、あるいは能力を隠そうとしてわざと言い間違えてごまかすこともあります」
なるほど。さらに、一般には知られていない光系統、闇系統の能力を持っていたとしたらどうだろう? その簡単な検査では調べることはできないはずだ。
あるいは何らかのスキルがあることに気づいていないという可能性は?
麻薬農園に救出に行った時に使った『
チジーがふと何か思い出した風に言う。
「そうそう、デレク様」
「はい?」
「『青タルク』の話ですが」
「うん」
チジー、にっこり笑って言う。
「デレク様がいずれお使いになるのではと思いまして、『青タルク』をちょっと、あ、ちょっとと言わずそれなりの量、購入して来ましたよ」
「はあ?」
ゾーイといい、チジーといい、何だろうな、その気遣い。
うーん。「ありがとう」と言うのも変だし、「いらないよ」と突っぱねるのも意地になってるみたいだし。
「あ……。うん、わかった」
中途半端な返事をしたら、「ふふふ」とチジーに笑われてしまう。
魔法管理室へ行くと、リズ、クラリス、ナタリーの3人で何かやっている。
「あれ? 何してるの?」
リズがうれしそうに言う。
「あたしたちはプログラムを作るのはできないけど、データをいろいろいじるのはできるから……」
「だから?」
クラリスが答える。
「裁縫部で新しい服を作ったとしたら、実際にどう見えるか、というのをコンピュータで表示させてみてるのよ」
「あ。ナタリーが言ってた新しい服を作る話か」
「そうそう。服の型紙がいくつかデータで用意されてて、それをカスタマイズできるのよ。これまでに全然存在しない斬新な服はちょっと難しいけど、そんな服って滅多にはないから」
「なるほど。それは面白そうだ」
考えてみると、オクタンドルの開発をする際にキャラクタに着せるための服のデザインは何らかの方法でデータにしているはずで、そのプログラムやデータがそのまま残っていても不思議ではない。
リズが嬉しそうに説明してくれる。
「でね。保存されていたデータから色々なデザインが発掘できたから、デレクがこの前やってたみたいにモデルに着せてみてたわけ」
ちょっと興味が湧く。
「どんなのがあったか見せてくれないかな?」
するとクラリスが言う。
「いいわよ。さっき出してみたのがこれね」
クラリスがコンピュータにコマンドを打ち込むと、コンピュータのそばに身長40センチくらいの、マネキンのような立体映像が現れる。着ている服は……。
「げ。ゴスロリじゃん」
「あら。デレクは服には詳しくないと思ってたけど、この服は知ってるの?」とクラリスに突っ込まれる。
「え、あー。転生者にとっては馴染みの深いデザインとでも申しましょうか……」
「あと、こんな感じの可愛い服のバラエティが山ほどあるのよ」
そういって次に表示されたのは……。
「うわあ……」
高校の制服である。お馴染みのブレザーにチェックのスカート。山ほどあるって? 誰がオクタンドルに入れたんだろう?
「これ、マネキンは歩いたりはしないのかな?」
「歩くのもできるし、ポーズを取ったりもできるわね。あ、あとは顔を誰かの顔にするのもできるわ。例えば……」
「げ!」
リズが高校の制服姿で登場。ちょちょちょ、ちょっと! 破壊力が半端ないんだけど。
「あ。デレクが動揺してる」とリズに見透かされてしまう。
……ちょっと落ち着こう。
「なるほどね。しかし、そういう用途でコンピュータを使うとすると、俺が作業できないよね?」
「あ。もう1台出そうか?」とリズ。
「え?」
リズが例によって『
「げげげ」
「2台あればいいよね?」
「っていうか、コンピュータの台数が増やせるとか想像もしてなかったよ」
「え? だって今まではユーザはデレクしかいなかったから1台で良かったよね? クラリスもコンピュータにはログインできるから2台あったら便利でしょ?」
久しぶりに意表を突かれた。
「デレク様」とナタリーが呼ぶ。
振り向くと、ナタリーの顔のマネキンがゴスロリを着てポーズをとっている。
「げ!」
「うふふ。これもデレクの琴線に触れるみたいね」とクラリス。
……はい。その通りです。
あ。ナタリーがすっげえ嬉しそうにしている。
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