陰謀の影
『
「通用門は破壊されただけで、特にそれ以上の被害はなさそうだということか」
「その騒ぎの最中に、庭園の月見台あたりが掘り返されて、そこに親衛隊が集まっていたわけよ」
「考えてみると、通用門を破壊するために火薬で爆破する必要はないわけだ。誰か魔法士を連れてきて破壊した方が手っ取り早い」
「そうすると、爆破は陽動で、本命は月見台の方ということかしら?」
「それって、爆破も月見台の破壊も親衛隊の仕業ということになる?」
「うーん。あたしが見た時はもう月見台のあたりは掘り返されていたから、親衛隊がやったのかどうかは分からないのよね」
「誰がやったのかは不明としても、月見台の丘を掘り返す目的は何だろう? 宝物でも埋まってた?」
「見た限りでは普通の何の変哲もない丘で、掘り返された所にも壊れた石垣や土しかなかったわね」
「意味が分からんな」
「本当にねえ」
絵のレッスンが終わって、リズがやって来た。
「何か大きな音がしたけど?」
「王宮で通用門が爆破されるという事件があったらしい」
「え? 王様か誰かが狙われたの?」
「それが、よくわからないんだよ」
とりあえず人的被害もなさそうなので、警戒体勢は解除。
あとは騎士隊にでも任せておけばいいか。
翌朝。
昨日はサボってしまったが、今日はちゃんとトレーニング。
今日はエメルとシトリー、ズィーヴァがいる。
「毎朝、メンバーが微妙に違うのはなんで?」
「朝ご飯の用意をする当番が当たってるかとかですよ」とエメル。
「あ、そりゃそうか」
エメルと久しぶりに組んでみたら、負ける。
「あれ?」
「うふふ。デレク様にはもう負ける気がしません」
次にシトリーと組んでみる。さすがにまだシトリーには勝てる。
「でも、随分強くなったよなあ」
「えへへ」
ズィーヴァと組んで、投げ技の練習台になる。
「男の人を投げ飛ばすのって、いい気持ちですね」
「いざという時のために、練習を欠かさないようにしよう」
「それはデレク様も同じですよね」とエメル。
ぐぬぬ。
朝食を食べていると、チジーともう一人、女性がやって来るのが見える。
「おかえり、チジー。番犬の件は済まなかったね。朝食でも食べながら、ミドマスの件を聞かせてよ」
「いやあ、疲れましたよ」
チジー、一緒に来た女性を紹介してくれる。
「デレク様、プリシラはご存知でしたっけ?」
「ゾルトブールから来たんだよね?」
「さすが、可愛い女の子は忘れないですねえ」
「いや、まあその……」
そうじゃないわけじゃないけど、胸元に奴隷だったタトゥーが残ってるから。プリシラは青い髪にグレイの瞳。スリムな体型で、身長は俺よりちょっと低いくらいだ。
「今回、このプリシラと一緒に行ってきたんですよ」
「へえ。ミドマスの拠点の人員ということ?」
「半分はそうですが、今回はあたしの護衛も兼ねてです。というか今やいい友人ですね」
「ほう」
「プリシラ、奴隷の身分だったんですけど帳簿の管理なんかをさせられてて、商取引に明るいんですよ。口数は少ないんですけど、あたしと妙にウマが合うというか」
「へえ。魔法が使えるって、ディアナに聞いたよ?」
「ええ、奴隷の時は隠していたそうですけど」
ちょっと失礼。
プリシラ クリーヴランド ♀ 20 正常
Level=2.2 [水*]
「水系統の
うっかりそう口にすると、プリシラは驚いた様子で言う。
「え、なんでお分かりですか?」
チジー、ニヤニヤしながら言う。
「ほら。話した通りでしょ。デレク様、怪しい人だから」
「失敬な」
朝食を取ってもらいながら2人に話を聞く。
「ところで、年末年始はずっとあっちにいたけど、急な用件だったのかな?」
「はい。実はですね、プレハブの事業に新規に参加したいという業者が新しい建材を提案してきまして」
「建材?」
「安くてしかも断熱性能に優れて遮音もバッチリ、なんて言うんです。半信半疑だったんですけど、もし本当ならこれまでの発注分をキャンセルしてそっちに置き換えた方がいい可能性も出てきます」
「で、どうだった?」
「本当でした」
「げ。何それ」
「石膏ボードって言ってました」
「ああ!」
「あれ? デレク様はご存知なんですか?」
「い、いや。知ってる気がしたけど、違う、かなあ」
「……今更ながら、怪しいですね」
いや、そりゃ知ってるに決まってるけどね。
そっか、石膏ボードか。確かにこちらの世界では見かけない。どうやって作るかは詳しくないけど、防火、遮音などに優れた建材だというのは知っている。
「で、ですね。こりゃいい、ってんで、優先的に仕入れる契約を結んで、それをプレハブの方にも回したり、ってことを年末にやってたわけです」
「それはお疲れ様。いや、いい取り引きだと思うよ」
「それから、今建築中のレイモンド商会の建物ですけど、ここの内装にも使うことにしました」
「それはいいな」
「あと、デレク様のお耳に入れておくべきかと思うのですが……」
チジーがちょっと声を潜めて言う。
「何?」
「ミドマスで、海賊や、その他の怪しい組織がいくつか動いている模様です」
「ほお」
「最近、砂糖や塩、香辛料なんかを安く取り扱うマルニクス商店というのが新しくできて、なかなか繁盛しているようなんですが、どうやらこれがガッタム家と通じているらしいんです」
あ。『耳飾り』で通信しあっているアレか?
「マルニクス商店ね。……どうしてガッタム家と通じてるって思った?」
「状況証拠のレベルですが、まず、ゾルトブールの例のダンスター男爵と関係のある貿易商を毛嫌いしているらしいことですね。それから、砂糖とかの原産国は隠していますが、値段の変動から見て明らかにデルペニアあたりなんです」
「へえ。変動から、か。チジーはさすがだなあ」
「いえ、まあ」
プリシラから追加情報。
「あと、商店の幹部と思われる人物が『祖霊祭』がどうのこうの、と話しているのを耳にしました」
「あー。確かにスケラ・ガッタムがそんな話をしてた。そうか、それは重大な情報だなあ。ありがとう」
そこまで話をした所で、エントランスにマリリンがやって来た。
「おはよう、デレク。年末年始はどうしてたかしら?」
「番犬の件、ありがとうございました」
「あそこにいるのが、ウチから紹介した子かしら?」
「ええ、そうなんです」
「お役に立てたら幸いね。ところで昨日、王宮で騒ぎがあったけど……」
「はい。フランク卿にもお話を聞きましたが、何だかよくわからないらしいです」
「そうらしいわねえ。まあ、あたしはまた書庫で勝手にさせて頂きますから、どうぞお構いなく」
マリリンがそう言って行ってしまいそうになるのを引き止める。
「あ! ちょっと待って! ちょうどいいタイミングなので、ミドマスに関してお話が」
「え? 何かしらね」
マリリンにもお茶を持ってきてもらって、食堂でそのままさっきの話の続き。
「チジーさんでしたっけ。以前、穀物の話でロックリッジ邸にいらしたわよね」
「はい。年末はミドマスに行っていまして」
「へえ」
「それでね、チジーとこちらのプリシラが、ミドマスで怪しい動きがあるという話をしてくれていたんです。まず、マルニクス商店というのが怪しいらしいけど……」
するとマリリン、知っているらしい。
「あ、はいはい。そうなのよ。最近評判の店なんだけど、なんだか怪しいのよ」
「どうも海賊と繋がってるみたいですよ」
「うーん。でも、まっとうな商売をしている限りはとやかく言えないしね」
『耳飾り』の会話でも、当面は怪しまれないようにすると言ってたしな。
「で、別の怪しい動きがあるって?」
プリシラが説明してくれる。
「はい。こっちは商店を出してるとかではないんですが、どうも避妊薬を売りさばいている模様です」
「あ。『青タルク』か」
マリリンは知らないらしい。
「避妊薬?」
「ええ。麻薬の原料になる
「へえ」
チジーが言う。
「ただ、避妊薬を売るだけなら違法じゃないので、取り締まりの対象になってないんですけどね」
「ゾーイが聖都にも流れ込んでいるって言ってたけど、そこからかな?」
「それが……。ちょっと分からないです」
お?
プリシラが言う。
「なんとなくガッタム家なんかとは違う感じです」
「それはどうして?」
「ちょっと説明が難しいんですけど、商売の仕方が違います」
「……というと?」
「その一味、自由団カンヴァルって名乗ってるようですが、違法な品をこっそり売ってるという感じじゃなくて、露店で堂々と売ってるんですよ」
マリリンが何かにひっかかる。
「自由団カンヴァル? ……えー、聞いたことあるんだけど何だったかしらねえ」
「怪しい団体ですか?」
「そうじゃなかったような気がするわ……。旅芸人の一座じゃないかな?」
いやいや、俺的には旅芸人ってのも十分怪しい気がするが。
「そうです。空き地にちょっとしたテントを張って、そこで人形劇を上演するんです」
「あ、そうそう。聖都にも来たことがあるわ」とマリリンも思い出した様子。
「人形劇のテントの横で海産物とか、各地の名産品とか、子供の玩具と一緒に『青タルク』も売ってるという……」
「なんだそれ」
チジーが言う。
「人形劇だから、観客の層としては子供連れが中心なんですよ。そういった若い夫婦なんかに、避妊薬が結構売れているみたいですよ」
「明るい家族計画か」
「デレク様が何を言っているか分かりませんが、とにかく、『青タルク』は人形劇とか名産品とかのついでに売っているようにしか見えないので、仕入先はどこか別にあるのかもしれません」
「なるほど。旅芸人だから、とにかく旅費の足しになりそうなものを仕入れて売っているだけなのかもしれないわね」
「でも、麻薬そのものじゃないですけど、その副産物を売っているわけですから……」
「そうね。仕入先とか、海賊との繋がりの有無は調べないといけないわね」
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