呪いのリクエスト

 セーラたちが原稿作成の作業に入ったので、俺は魔法管理室で呪いについて調べてみよう。この前、呪いがどうやって発動するのか調べようとしたら、AIチャットのヒナが「禁則事項」を連発した。そこで、今日は具体例をとっかかりにして、あれこれ質問してみようという作戦だ。


 フィアニカ・ダンジョンで集めてきた魔法スクロールの中に『人形の呪い』があったはず。スクロールの情報から探し出したソースファイルの名前はイソシオニアン記法ではなかった。ということは、ノクターナルの開発時よりも後に作成された魔法ではないだろうか。

 しかし、ソースファイルの内容を見ると意味が分からない。いや、コメントは俺にも分かる言語で書いてあるのだが、何だかおかしな、というか見たことのないデータ型と見知らぬAPIを使っている。


 よし、ヒナに質問だ。


「こんにちは。ヒナ・ミクラスです」

「このソースファイルなんだけど、使っているAPIは何?」

「ストーリーシステムの機能を呼び出すシステムコール、つまり割り込みですね」

 おっと。ストーリーシステム、来た。


「『人形の呪い』はどうやって動作してるのかな?」

「まず、『人形の呪い』は必ずしもその場で効果が発動するのではなく、ダンジョンの外に戻ってから効果を発揮する場合もあります。呪いが意味を持つようにするため、魔法を起動した人物の情報を取得する必要があります」

「その個人情報はどうやって取得するのかな?」

「禁則事項です」


 おっと、早速来たな。

 そのものズバリではなくても、関連情報から探っていこう。


「魔法システムは個人情報をビナーのレコードとして参照可能だよね?」

「はい、ビナーのレコードはザ・システムが管理しているティファレトのレコードのビューであると理解できます」

「ストーリーシステムはティファレトのレコードをどういう形式で参照するの?」


「ストーリーシステムはティファレトのレコードのビューである、コクマーのレコードを参照します」

 お。新しい情報だ。コクマーのレコードか。脳内に蛍光ペンでマークを付けておきたい。


「ビナーのレコードには個人に関する情報が含まれているわけだけど、コクマーのレコードには何が含まれているのかな?」

「コクマーのレコードには、個人に関する因果関係の意味因子ネットワークの現在値と、その最適化励起ハンドラ、多次元時間項、リクエストブローカ、などが含まれています」

「……はあ?」


 意味不明な用語のラッシュに早くも打ちのめされそうだが、ちょっと待て。他の用語は不明だが、リクエストブローカは聞いたことがある。

 優馬の世界でもコンピュータ間でリクエストを処理するために使われる概念だ。遠隔手続き呼び出しリモートプロシージャコールの実装の話で出てきたような記憶があるが……。


「そのリクエストブローカって何? プログラムなの?」

「ストーリーシステムは達成すべき目標をストーリー、エピソード、アクション、リレーションなどの種類に分けていますが、これらはリクエストと総称されます。ストーリーシステムを構成する複数のサブシステムは連携してリクエストを達成しようとしますが、コクマーのレコードのリクエストブローカは個人レベルのリクエストを完遂する機構メカニズムを起動します。抽象化されたインタフェースは定義されていますが、実装がプログラムであるとは限りません」


 ……よくわからないから、ほかのことを聞いてみよう。


「例えば、『人形の呪い』で指定される出来事は、何らかの形でストーリーシステムに記述されているのかな?」

「『人形の呪い』について言えば、起こり得る内容自体は自然言語で記述されています。これを解釈して作成された、リクエストを発行可能なデータがストーリーシステムのサブシステムに登録されています」

 え? 自然言語?


「『人形の呪い』のその出来事のリストはどこかにあるの?」

「ここです」


 ヒナがそう言うと、コンピュータ上に自動的にディレクトリの一覧が表示される。

 あ。まさに『人形の呪い』というファイルがあるじゃん。……オープン。


「うわあ……」


 思わず大きな声が出る。だってそこには……。


『「パスタを食べた時に、服にソースのシミが付く呪い」

 「朝急いでいる時に、お気に入りのシャツが全部洗濯に出てる呪い」

 「誰かの悪口を言った時に、後ろをその人が通る呪い」

 「料理やお菓子の数を数え間違える呪い」

 「目上の人とドレスが丸かぶりする呪い」

 「楽しみにしていたパーティーに招待されない呪い」

 「重要な約束の時間を1時間だけ間違える呪い」

 ……


「く、くだらねえ」


 これを考えたのは、俺? いやいや、そんな記憶はないな。誰かゲーム会社の同僚が作り込んだんじゃないだろうか。……あいつかな?

 いや、まあそれはいい。


「このファイルを書き換えたら、新しい呪いが追加できるの?」

「ストーリーシステムに介入する権限が必要です」

 あらら。


 うーん。ちょっと気になってることをついでに聞いてみよう。

「スキル、というのは、呪いの実現方法に関係してる?」

「はい。関係があります」

 おっと。


「スキルの能力を発現するのに呪いのリクエストを使ったりするのかな?」

「そうですね」

「スキルを使う人は、自分で呪いのリクエストを発行する能力があるということ?」

「そうではありません。スキルとして実現可能な能力はあらかじめ決まっています」

 あれ?


「じゃあ、スキルというのは、ストーリーシステムに能力の実現を要請できる力のことなのかな?」

「おおまかに言ってそうなります」


 いろいろ聞いてみたが、呪いとスキルが関係ありそうだという輪郭がぼんやり見えてきただけだ。そして、魔法が動作する仕組みとは違うようだ。


 もう一つ聞いてみないといけないな。


「いったんかけられた呪いを解除するにはどうするの?」

「禁則事項です」

 うわあ。


 呪いを自分で発動できなくてもいいけど、キャンセルはできないものだろうか。そうすれば、『報復の指輪』で死ぬこともないだろう。禁則事項、というからには方法はありそうなんだがなあ。



 うーん。頭が少し熱い。呪いの追求はこのくらいにするか。


 あ、そうそう、AIチャットのヒナとの会話を、イヤーカフを使ってリモートでもできるようにするんだった。

 これは音声の入出力先を繋ぎ変えるだけなので、それほど難しくはない。

 だが、余計な機能を追加したくなるのはプログラマのさがってヤツかな。


「ひとりでブツブツしゃべってるより、相手がいた方がいいよな。……『精霊のささやき』の妖精を表示したらいい感じかも」


 元々、『精霊のランプ』とか『精霊のささやき』の立体画像は、音声にあわせて身振りをするようにできているので、これも作業の難易度としてはそれほどのことはない。


 よしできた。

「妖精チャット」

 金色に輝く羽の妖精が現れる。

「はい、ヒナ・ミクラス、チャットGTZです」

 ヒナがしゃべるのに合わせて妖精もそれらしい仕草をする。さすがAIである。

「エスファーデンの停戦交渉はどうなったかな?」

「両陣営に動きはない模様です」

「妖精チャット、オフ」

 妖精は幻のように消えて、チャットも終了。うん、これはいい(自己満足)。



 次は、セーラに頼まれた魔法の指輪を作ってみるか。例の妖精だか精霊だかの姿をカスタム魔法にするわけである。


 作業の前に、まずはセーラの姿の妖精を出してみよう。

 おおっ! よくあるフィギュアと同じくらいの 1/7 サイズで歩き回る妖精のセーラは妖精のようだ(意味不明)。


 リズもデータを取らせてくれたので、リズの妖精もある。

 華麗に踊る 1/7 サイズの水の妖精のリズを、半ば放心状態で見ていたら、魔法管理室に転移してきたクラリスとナタリーに見つかってしまう。


「あら! 何ですか、これ」

「あ。えーっとだね」

「ははは。デレクは楽しい遊びをしてるねえ。これはリズじゃないかい?」

「はあ、その通りですが……。何か御用でしたか?」


「何日か前、ナタリーとレプスートへ行ったでしょ?」

「あ、はい」

「あの後、あたしもネコの視覚で行ってみてね、なかなか楽しかったわ」

「それはよかったです」


「で、ナタリーをもっといろんな所へ連れて行ってあげてね、というお願い」

「はい。……でも俺の記憶とか、メイドたちの記憶から他の場所を特定して行くこともできますけど」

「いえ、ナタリーの記憶から場所を特定して行くと、ナタリーとお話しながらウロウロできるからいいのよ」

「なるほど」

「だからよろしくね」

「はい」

 ……何か腑に落ちないが、まあいいか。


「あと、そのリズみたいに、ナタリーもデータをとってあげなさいよ」

「え、ナタリーはいいの? データをとるには下着姿の方がいいんだけど……」

「はい。喜んで」

 ちょっと顔を赤くして答えるナタリーは、いやあ、抜群に可愛いなあ。


 そんなわけで、その後、ナタリーのビデオも撮影。

 ……いや、まあ正直なところ、うれしいけどね?


 しかし、エドナといい、クラリスといい、ナタリーに妙に肩入れしているように思うのだが、どうしてだろう? 年上の女性の庇護心みたいなのをくすぐる何かがあるのだろうか? 考えすぎかな?


 ビデオを撮影し終わってから、ナタリーが言う。

「デレク様」

「あ、はいはい」

「この前のメイド服のスケッチがあった画集ですけど」

「うん」

 廃帝のアレね。


「ちょっとステキなデザインの服があったので作ってみたいんです」

「え。……あのー、エッチなのはちょっと」

「いえ、デレク様を困らせるようなのではなくてですね、見たことがないようなキリッとした感じのパンツルックとか、フードがついた暖かそうなコートとか、そういうのなんですけど」

「へえ。……いいんじゃない?」

 つまり、この世界ではあまり見かけない種類の服を作ってみようということかな?


「申し訳ありませんが、少し材料代が……」

「うーん。……あ、そうだ。あのさ、子供たちにも裁縫を教えてあげてよ。きっと興味を持ってくれる子が何人かいるんじゃないかな。子供の教育費だと思ったら安いものさ」

 エロい服じゃなければ全然オッケー。


 ナタリー、ぱっと表情が明るくなる。

「有難うございます。じゃあ、カリーナと一緒に考えてみます」

「うん、そうしてくれるといいな。……あと、そろそろ服を着てくれるかな」

「うふふ」

 ……わざとかな。で、お胸をチラチラ見てたの、絶対バレてるよね。

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