国境地帯の開発

 夕食後、寝るまでの間も新しい魔法の開発である。実に楽しい。


 指輪から起動する『炎のデレク』は、音声は出ないものの第1バージョンは完成。

 同時に、『妖精のセーラ』も第1バージョンが完成。『妖精のセーラ』は決まり文句に限定されるが、言葉を発して、仕草もシンクロしてくれる。

 音声はビデオを撮影した時の録音からチョイス。ランダムにしゃべってくれる。


「デレク、ダメねえ」

「またエッチなこと考えてるんでしょ」

「どこ見てんのよ」

 ……あー。本当にごめんなさい。


 そうだ。

 クラリスとのやりとりの中で見つけた魔法、『タイムロック』を調べてみよう。


 予想通り、『タイムロック』と『チャージの指輪』は同系統の魔法だった。

 基本は、術者が起動しようとした魔法を、実際には起動させないでクロージャとして保存し、時間的に後から起動できるようにするというものだ。


 クロージャというのは、いわゆるモダンなプログラミング言語の多くには普通に備わっている機能で、無名関数と言われることもある。実行すべき手続きと、その実引数やローカル変数をひとつにまとめて保存することもできる。ごく簡単にいえば、実行したいことをコンパクトにまとめたカプセルみたいなものだ。まとめた手続きは結局実行しなくてもいいし、保存しておいて何度も使うこともできる。

 使い慣れるとプログラミングがとても柔軟にできる優れものの機能と言える。


 ただ、優馬の記憶にあるプログラミング言語のクロージャは生成されたプロセス内でしか利用できない。この魔法スクリプトの環境では、作成者の情報が残っていれば永続的なオブジェクトとして保存、実行できるようだ。


 『タイムロック』も『チャージの指輪』も、保存の対象となる魔法は詠唱して指定する必要があるが、魔法サーバがその魔法を起動する直前の状況を「保存」してしまい、実際には魔法の起動はしない。保存された魔法は、『タイムロック』の場合は指定した時間が経過してから、『チャージの指輪』は詠唱があった時に実際に起動される。


 興味深いのは、『タイムロック』は魔法が起動される時、術者がそこにいなくてもいいという点だ。つまり、『タイムロック』を使うと、例えば光魔法のレベル5、エンジェル・ハンマーをまさに時限爆弾のように、本人がいない時に起動できるだろう。


 一方、『チャージの指輪』は、別の人が指輪に保存した魔法でも起動できる。 『チャージの指輪』に保存しておけば、魔法レベルが低い術士でも高レベルの魔法を繰り出すことができるようになる。……これって使い方によってはヤバくないかな?


 さらにひらめいてしまう。


 魔法をクロージャとして保存できるなら、それを何種類か組み合わせて起動させることもできるだろう。同じ魔法を10回連続で叩き込むとか、異なる魔法を同時に起動するとか。

 非詠唱者ウィーヴレスであったとしても、同じ魔法を立て続けに10回、機械のように打ち出すことは困難だ。だが、「魔法を連続起動する魔法」が用意されているなら簡単だ。『チャージの指輪』の応用で実現できるだろう。

 また、一人の魔術士が火系統の魔法と水系統の魔法を同時に起動したりすることはできない。だがこれも、「魔法を組み合わせて起動する魔法」が用意されているなら、他の魔法士が生成したクロージャを複数個設定しておいて同時起動できる。


 夜も更けてきたが、新しいアイディアが次々に湧いてきて眠れない。

 具体的に誰かを魔法で倒したいとかいうわけではないのだが、久しぶりに心の中の「中二の俺」がワクワクしている。



 次の日。

 夜更かししたせいで朝のトレーニングをサボってしまう。


 朝食の用意をしてくれるノイシャに言われてしまう。

「今朝もまたサボりましたよね」

「えーっと」

「まさか誰かと熱い夜を……」

「いやいや。んなわけない。新しい魔法の開発をだね……」


 そこへ紅茶の用意を持ってズィーヴァがやってくる。

「魔法って新しく作れるんですか」

「デレク様、ズィーヴァにも何か見せてあげて下さいよ」

「えー」


 そうだなあ。『妖精チャット』は俺が会話するだけだし、攻撃魔法や飛行魔法を室内で起動するわけにもいかない。

 ……『精霊のささやき』でも出すか。魔法自体はランチャーの中に格納してある。


「えっと、俺が作ったというわけじゃないけど、本来はダンジョンの中で1回だけしか使えないネタ魔法というやつをいつでも起動できるようにしたもので……」

 そんな話をしているとカリーナとエメルも寄ってくる。

「つまり何ができるんです?」

「妖精だか精霊だかが出てきて、面白いかどうか微妙なジョークを披露してくれる」

「へえー」

「ランプのやつみたいな魔法ですか?」とエメル。

「あ、そうそう」


 何だか注目を集めてしまっているが、金色の妖精が出るだけでも楽しいだろう。

「ローンチ。精霊のささやき」


 たちまち金色の羽の妖精が現れ、メイドたちは、おお、と感嘆の声を上げる。

 周囲を弧を描いて飛び回ると、妖精がジョークを披露。


「ねえねえ。3歳のトムくんが、雷の鳴る夜にお母さんに言ったんだって。怖いから今日は一緒に寝ようよ、って。そしたら、お母さんは怖がりだからお父さんといっしょに寝るわ、って。するとトムくんは言ったわ。そっか、お母さん、死んじゃう、死んじゃう、ってよく言ってるもんね」

 妖精は身を翻すとかき消えてしまう。


「ぷはっ」とエメルが吹き出す。

「くくくく」とカリーナも笑いをこらえている。

 これまた笑いをこらえながら、ノイシャが言う。

「……デレク様ぁ。朝から何を言い出すんですか」

「いや、俺じゃなくて、今の妖精がだね……」


「デレク様。ここには怖がりな女の子がいっぱいいるみたいですよ」とズィーヴァ。

 一同、ニヤニヤしながら俺を見る。

 なんだかいたたまれない空気。


 どうしてこうなった?


 午前中は書斎に籠もって雑用の処理。

 しばらくするとナタリーが部屋にやって来る。

「何か御用がありましたら」

「えーと」

「朝食の時に楽しいことがあったみたいですね」

「……」


 昼食になるころ、セーラがやってくる。

「今日はヒルダは自分の小説の打ち合わせで来られないらしいわ。……何か今日は、みんなニヤニヤしてない?」

「そ、そう?」


 リズも昼食にやって来た。

「あれ? 何か変な雰囲気だね」

「リズもそう思うでしょ?」

「怪しいなあ」


 シトリーが昼食の用意を持ってきてくれる。

「あのー、デレク様。あたし、今朝のジョークを教えてもらったんですけど、何が面白いのかさっぱり分からないんです。ちょっと説明してもらえないでしょうか」


 うわあ!


 離れた所でエメルやノイシャが爆笑している。

 シトリーは『アレな本』を入手している割には鈍いところがあるよなあ……。


 結局、事の経緯をセーラにも説明せざるを得なくなる俺。

「デレクは朝から何やってるのよ」

「ごめんなさい」



 昼食後、ゆっくりしていると、リズの絵の教師のフェオドラがやってくる。そうか、今日はレッスンの日か。

「番犬を飼いましたのね?」

「ええ、つい先日からですが」

「賢そうな犬ですわ」

 ……それってどこで分かるのだろう。やたら吠えまくる犬が賢くなさそうなのは分かるけれども、だ。


 さて、午後も雑用の続きかなあ、とぼんやり考えているとエントランスに数人の来客。あれ? キザシュがいるな。

 エントランスに迎えに出てみると、立派な身なりの男性と、事務官という感じの男性。さらにはよそ行きの格好をしたキザシュ、イスナ。


 男性が名乗る。

「突然の訪問、失礼致します。私、ナリアスタ国大使のマシャフ・ヘミンガムと申します。すでにご存知と思いますが、ナリアスタの政府が一新されまして、年頭より私がこちらに赴任することとなりました」

 ヘミンガム氏は大柄で四角い顔、黒い髪に鳶色の瞳。


「これはこれは。わざわざお越し頂くとは。私がここの屋敷を任されております、デレク・テッサードです」


 応接室に通して、お茶などお出しする。その間に急いで行政官のシェーナを呼んできてもらう。セーラも流れでなんとなく同席。


「再来週にも、新しい大統領が聖王国を訪問する手はずとなっておりまして」

「そうでしたか。新政府の準備は大変ではありませんか?」

「ええ、目の回るような慌ただしさです」

 そんなやりとりを、脇に控えているキザシュとイスナは微笑んで聞いている。


 ヘミンガム氏が今日の来訪の用件を切り出す。

「既に外務省を通じてお話があったのではないかと思うのですが、ダガーヴェイルの開発の件について、そろそろ実務的な話を始めたいと思いまして」


 タイミング良く、シェーナがやって来る。

「私ももちろんお話は伺いますが、財務なども含めた実務的な内容はこのシェーナ・ハミルトンが担当致します」

「左様ですか。ではまず、ダガーヴェイルへ抜ける街道の件からお話しましょう」

 あ、その話なら現地に詳しいジャスティナにも来てもらうか。部屋の入り口に控えていたカリーナに、ジャスティナを呼んでもらう。


 俺の方から率直な質問をしてみる。

「ケシャール地方との国境は、私自身も視察に行ったことがありますが、ユフィフ峠に街道を整備するというのは並大抵のことではないと感じました。距離も長いですし、新たに宿場を整備する必要もありそうに思われます。将来的な維持管理などは可能なのでしょうか?」


 するとヘミンガム氏、要点を整理するようにゆっくり話し始める。

「まずユフィフ峠ですが、現在のあの山道をそのまま街道として整備するのは困難であろうと、これは私共もそのように考えております」

「では?」

「はい。実はユフィフ峠よりも少し南を通るルートを考えております。このルートは国境を越える道としては利用されておりませんが、それは途中に深い谷があって、これを越えるのが極めて困難だからなのです。しかし逆に、ここに橋を整備すれば現在のユフィフ峠を越えるよりも遥かに平坦な道を通すことができるはずです」


「え、そうなんですか」

 ちょうど部屋にやって来たジャスティナも話を聞いて驚いた様子だ。


「我々の試算では、ユフィフ峠を通るルートに馬車が通れる道を整備するには最短でも8年、場合によっては10年以上かかりますが、南のルートならば3年程度で開通できる見通しです」

「ほう! それは素晴らしいですね」


 するとシェーナが口を挟む。

「しかし、将来的な活用が見込まれなければ、街道整備のための投資も難しいと思いますが」


 ヘミンガム氏、にっこり笑ってこういう。

「ユフィフ峠のナリアスタ側の村に、ラストダムというのがあります」

「あ、はい」

 ジャスティナの出身地だ。

「なぜ『ラスト』なのかご存知ですか?」

「え? いえ、考えたことはありませんが……」

 ジャスティナも首をひねっている。


「実はあそこの近くに鉄鉱石の鉱床があり、露出した鉱床が赤くびているように見えることから『ラスト』、つまりさびに由来する地名が付いたのです」


「鉄鉱石が出るのですか!」

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