セーラのダンジョン探検記

 今日は薄曇りで少し寒い。


 朝のトレーニングに出かけると、アミーとノイシャに加え、なんとオーレリーとサスキアがいる。

「デレク。おはよう」

「あれ。早速来たのか」


 早速体術でオーレリーとアミーが組んでいる。

 パワーと技巧の両面でなかなかのツワモノのアミーだが、元特務部隊のリーダーには歯が立たない。しばらく善戦したものの、クルッと体をかわされてあっけなく投げられてしまう。

「うわ。こりゃ強いなあ」

「ふふふ、オーレリーさんに勝とうなんて100年早いっすね」

 なんでサスキアが偉そうなのか。


 次はサスキアとノイシャ。体格的にはサスキアの方が一回り大きいのだが。

 サスキア、一直線に向かって来るが、ノイシャはするっとかわすと、逆にサスキアの脚に組み付いて倒す。身体をねじって必死に逃れようとするサスキアだが、ノイシャががっちり押え込んでしまって動けない。

「勝負あり。ノイシャの圧勝だな」とオーレリー。

「あれー? なんで負けたのか分からないうちに倒されちゃいましたよ」

「サスキアはまだまだってことだ」

「うーん」


「さあて。デレク」とオーレリーがニヤニヤしている。

「え、俺?」

「いやあ、デレク様。負けるわけには行かないですよねえ」とアミー。


 これはやばい。最近アミーにもちょくちょく負けるのに、さっきの組み手を見た限りではオーレリーの方が一枚も二枚も上手うわてに見える。とはいえ、逃げるという選択肢はないよなあ。


「さあこい!」


 がしっと両手をつかみ合うと、オーレリーが体勢を崩そうとしてくるので、その勢いを利用して逆に裏投げっぽく仕掛ける。しかしこれは不発。足を使って内股を狙うが、かわされて返されそうになる。おっと。しかし、オーレリー、技も腕力も凄いな。国境守備隊にこんなタイプの女性隊員はいなかった。

 今度はオーレリーが押してくるので、クルッと背を向けて背負投げ……、と思ったが足をかけられて床に倒されてしまう。うわぁ。

 逃れようとジタバタするものの、袈裟固めみたいな体勢で抑え込まれて動けなくなる。

「ふふふ。あたしの勝ちでいいかな?」

「すいません、負けました」

 袈裟固めの体勢だと、オーレリーの胸に抱かれて顔と顔がかなり近い距離にある感じになる。

「え、まだまだって?」

「ちょ」

 さらに力を入れて締め付けるオーレリーは少しニヤニヤしている。……胸の圧迫感が半端ない。

 しばらくそんな体勢でジタバタした挙げ句、ようやく解放される。


「いやあ、デレクに勝つと気分がいいなあ」と勝ち誇るオーレリー。


「ほらあ。デレク様。やっぱり毎朝トレーニングしないとダメですよ」とノイシャに言われる。ううむ。


 その後、オーレリー、サスキアも一緒に朝食。


「えー。デレク様、オーレリーさんに負けたんですかあ。しっかりして下さいよ」などとエメルにもなじられる始末。俺はさっきオーレリーに抑え込まれて動けなかった感触を思い出しつつ反省。


 そんなことにお構いなく、熱々のパンケーキに心を奪われているらしいオーレリー。

「これは毎朝でもここにトレーニングに来たい気分だな」

「本当ですね」とサスキア。


「それで、次のダンジョンはどこだ?」とオーレリー。

「えーと、ヌーウィというダンジョンで、聖都から東に馬車で2日くらいのフラゴルという宿場のそばにあるらしい」

「今度は誰と行くんだ?」

「セーラは原稿があって行かないと言うし、オーレリーとサスキア以外は未定だな」


 すると、それを聞きつけたメイドたちが色めき立つ。

「え、また騎士隊の方と行くのではなくて?」とノイシャ。

「うん。内輪だけで行こうかと思ってるけど」

「はいはい。あたし、行きたいです」とジャスティナ。

「えー。やっぱりそこはあたしでしょう」とアミー。


 うーん。これは困った。屋敷が空っぽになるから、全員を連れていくわけにも行かないよなあ。


 あ。桜邸にいるチャウラとガネッサはダンジョン経験者のはずだが。

 ちょっと聞いてみよう。


「もしもし、チャウラ?」

「あ、デレク様。何でしょうか?」

「今後、ダンジョンに探検に行くとしたら、一緒に行くことは可能かな? ガネッサも一緒で」

「うーん。確かに行ったことはありますし、それなりに楽しいんですけど、『耳飾り』を拾ってからもう何年も行っていませんし……」

「ガネッサはどうなんだろう?」

「あたしもガネッサも魔法は一応使えますがレベル1でしかも非詠唱者ウィーヴレスじゃないので、それほどの戦力ではないです」

「そうだなあ。メンバー構成を考えてるところだけど、場合によったらお願いするかも」

「難易度の低いダンジョンに、半分遊びで行く程度ならお誘い下さい」


 で、結局どうしよう?

 悩みながらコーヒーを飲んでいると、チジーからイヤーカフに連絡が入る。

「番犬の件ですけど」

「はいはい」

「今日ならいつ来てもらってもいいそうですよ」

「了解。じゃあ、しばらくしたら行くよ」


 サスキアには一足先に帰ってもらって、オーレリーと一緒にミドマスに転移。

「海賊が勢力を伸ばそうとしてるという情報もあるから、念の為に顔をスカーフで覆っておいた方がいいぞ」

「そうか」


 チジーと合流して、麻薬探知犬の訓練施設へ。

 係員が対応してくれる。

「この度は有難うございます。早速ですが、こちらの2頭になります。どちらもオス、年齢は7歳、もうじき8歳というところで、こちらの黒っぽい毛並みなのがテオ、白の方がルッツです」


 犬種にはあまり詳しくないが、シェパードとレトリバーといった感じかな?

 こちらを見ても特に怯えたり威嚇したりする様子はない。

「ちょっとなでてあげて下さい」

 係員に言われるまま、恐る恐る頭をなでてみる。

 丸い目でじっとこっちを見ている。うむ。


 その後、手のひらから直接餌をあげてみたり、係員から食事や運動について説明を受けたり。

「どうして引退なんです?」とオーレリーが質問。

「歳をとって何かしくじったりしないうちに若い犬と交代させるというのが大きな理由ですが、まだ健康なうちに普通の犬として残りの生活をゆっくり過ごして欲しいという気持ちもあります」

「なるほど」


「じゃあ、首輪にリードが付いていますから、連れて歩いてみましょう」

 俺が白のルッツの方、オーレリーは黒のテオを引いてゆっくり歩く。時々、こちらをちらちらと見つつ、一緒に歩いてくれる。


 そのままリードを引いて施設を後にする。

 まずオーレリーとテオをクロチルド館へ転移。次に俺がルッツを連れて泉邸へ。


「チジーは一緒に帰らなくていいの?」

「今日の午後、業者と打ち合わせがありますので、終わってから帰ります」

「なるほど。了解」


 転移ポッドから出ると、多分空気の匂いとか湿度とかが違うのだろう。ルッツは少しばかりキョロキョロしている。

 警備のジェフ、エドセルを呼んで、用意してもらっていた犬小屋へ。

「使わなくなった毛布や古着を用意してあります。あと、餌と水と……」


 すると、窓からその様子を見ていたのだろう。子供たちが一斉にエントランスから駆け出してくる。

「デレク様。これが番犬ですか?」

「おっきな犬だねえ!」

「そうそう。名前はルッツと言うんだ」

「わあ。ルッツ、よろしくね」


 子供たちに囲まれて、ルッツは尻尾をゆっくり振っている。

 しばらくしたらここの環境にも慣れるかな?


 そんな感じで午前中を過ごしたあと、昼食を取っているとセーラがやって来た。

「犬が来たのね?」

「うん。ルッツって名前。よろしくね」

「おとなしい感じだけど、番犬としてはどうなのかしら」

「そこは未知数だけど、まあ大丈夫だと思うよ」


 セーラ、持っていたカバンから新聞を取り出す。

「はい。『シナーキアン』の年頭第1号よ。さっきスタンドで買ってきたの」

「お。これに掲載されているのか」


 タイトルは『セーラのダンジョン探検記』。


 初回だからなのか、第1面の下から2面目まで、かなり紙面を使って掲載されている。

「いきなりダンジョンの戦闘から?」

「そうよ。やっぱり読者の興味があるあたりを最初に持ってきて、続きを読みたいと思ってもらわないとね」

 なるほど。少年マンガでもよくあるな、その手法。


 読んでみると、セーラはもちろんだが、シャーリーやカメリアの活躍が生き生きと描写されている。うんうん、こんな感じだったな。

「……俺、ちっとも出てこないけど」

「あら。そういう扱いで、ってリクエストだったじゃない」

「確かにそうなんだけど。……ま、いいか」


 連載初回はなかなかの仕上がり。これは次回が楽しみだ。


「しかし、その他の記事がショボくないか?」

「そうねえ。経営難ということで、腕の良い記者が他紙に引き抜かれたりしてるらしいわよ」

「それは前途多難だな。……あ。確かにヒルダが言っていた通り、劇場の出し物とか役者の紹介は詳しいな。なるほど、これがウリか」


 セーラも一緒に食後のお茶を飲んでいると、ヒルダとエリーゼがやって来る。

「いよいよ第1話が出たようだね」

「ええ。午前中に入ってきている情報だけでも、ずいぶん評判はいいみたいです」


 セーラもそれを聞いてますますやる気のようである。

「じゃあ、次回の原稿も頑張らないといけないわね」


「ただ、他の出版社も似たような企画を考えているらしいんです」

「えー。やあねえ」

「今回の連載が面白ければ、後発のものは所詮は二番煎じと受け取られるだけだと思います。しかしそれも承知の上で便乗しようという魂胆なんでしょう」と冷静なヒルダ。


 確かに、白鳥隊の3人がダンジョンに初挑戦というだけで注目度は高い。

 もし、似たような小説や体験記のようなものが出てきたとしても、それほどのインパクトはないんじゃないかな?


 ふと思いついて提案する。

「今回の書籍がうまく行ったら、例えば子供向けの絵本にしたり、一部分を脚色して舞台にしたり、いろいろ展開できないかな?」

 いわゆるメディアミックスってやつである。


「それはいいですね。あくまでも書籍化の後になると思いますけど、確かに可能性はありますね」

「その話も進めておかないと、他の社に先を越されちゃうんじゃない?」

「確かに。……デレクさん、なかなか抜け目ないですね」

「え、そう? あははは」


 別に俺の考えた商売のやり方じゃないけどね。

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