裏側の事情とか

 新年の休暇もそろそろ終わり。


 娘さんのところへ帰っていたコリンさんが午前中に帰って来た。

「休暇中、ゆっくりさせて頂きました」


 そうそう。クラリスことペリのことを紹介しておかなければ。

「あの、こちら、プリムスフェリーの親戚のクラリスというんだけど」

「屋敷の執事をしております、コリンです」

「バートラムの叔母にあたります、クラリス・ジョンストンと申します。こちらでご厄介になることになりまして」


 すると意外にもコリンさん、ジョンストン家のことを少しばかり知っていた。

「ジョンストン家の。そうでしたか。色々ご苦労があったと思いますが、デレク様はこのようにお優しい方で、何も心配は御座いません。屋敷内のことは気兼ねなく私にお申し付け下さい」

「ありがとうございます」


 後からコリンさんにそれとなく聞いてみる。

 コリンさんが知っていたのは、クラリスがミノスあたりの商人と駆け落ちしたがその後は苦労したらしい、という噂話程度の情報。とりあえず、こちらのと食い違うような内容ではないし、ラカナ公国に帰りにくいのだろうということも察してくれているようで一安心。


 午前中はクロチルド館との間で馬車のシャトル便を運行する相談。ただ、クロチルド館の方にもメリットがある話なので、経費は折半ということに。

 それから、クロチルド館にも馬車があった方がいいのでは、という話になる。確かにそうだな。エドナがカルワース男爵のところに馬車が余ってるみたいなことを言ってたから、古いやつを1台くらいもらって来ようかな。


 昼。セーラがやってくる。

「明日、連載の初回よ」

 フィアニカ・ダンジョンの連載のことだ。

「そっかあ。なんとか間に合った感じ?」

「これから毎週、締切に間に合わせないといけないけどね。で、今日も早速、原稿の作業なのよ。あちこちに出かけることを考えると少しペースを上げる必要があるわね」


「スートレリアの件は?」

「こちらに来ていた使者に、お招きに応じて貴国を訪問させて頂きたい、と返事をしておいたわ。本国とやりとりをして具体的に決まると思うけど、早くても来月後半じゃないかしらね」


 昼食を食べ終わった頃に、ヒルダとエリーゼがやって来る。

 エリーゼにシャトル便の話を伝えておく。

「エリーゼは毎日のようにここに来るわけだから、その馬車を利用すればいいし、ヒルダは特別に途中で拾ってもらえるように馬車の御者にお願いしておくよ」

「え、いいんですか」

 多分辻馬車を使ったりしているのであろうヒルダはちょっと嬉しそうだ。



 さて、久しぶりに『遠隔隠密リモートスニーカー』でエスファーデンの王宮あたりを覗きに行ってみようかな。内乱はどうなったのだろう?


 書斎のソファに座って感覚共有を試みる。

 何やら見覚えのある部屋。あれ? これはこの前のブライスという側室の女性の部屋だな。また同じネコと感覚共有したらしい。


 今日はブライスが一人、ソファにゆったり座って本など読んでいる。

 ちょっと待てよ? この前、王都ダルーハンの書店を見てみたけど、たいして興味を引くような本はなかったよなあ。ブライスは何を読んでるんだ?

 近くに寄って、テーブルの上にジャンプ。

「あら。プリーキー。テーブルに乗ったらダメって言ってるでしょ」

 どうやらこの猫の名前はプリーキーらしい。

 そのプリーキーに本の表紙を観察してもらう。何だ、『街猫』じゃないか。どこかからか輸入してるのかな。


 しかし、部屋のドアは閉じているし、このままここにいてもしょうがない。

 いったん感覚共有を切って、再度、今度は王宮の庭のあたりをイメージして『遠隔隠密リモートスニーカー』を起動。

 すると庭ではなく、別の室内が見える。やはり寒いせいで庭にネコがいないのだろう。


 で、ここはどこ?


 部屋の中にはメイドたちが数人、思い思いにイスに座ったり、クッションをたくさん置いた長イスでくつろいでいる。午後のこの時間帯は、夕食の準備が始まる前の、メイドたちが比較的暇な時間だ。

 俺(ネコ)は、部屋の隅にある古い毛布の上に座って、メイドたちを斜め下から眺めている。


 一人のメイドが白くて長い脚をブラブラさせながら言う。

「ねえ、ウェドヴァリー男爵家と戦ってたのは、あれはどうなってるの?」

 別のメイドが答える。

「年末休暇だったからしばらくお休み」

「へー」


 休暇で戦闘が休みになるというのは、優馬の記憶からすると変な感じだが、この世界では戦闘はもっぱら騎士や傭兵が専門に行う「仕事」なので、世間一般が休みに入ると戦闘も休みになる。もちろん、現場には最小限の兵は残っているはずだが、司令官クラスも休みを取っているので本格的な戦闘はない。


「じゃあ、休暇明けだから、またそろそろ始まるのかな?」

「停戦するとかいう話もあったわよね?」

「教会の誰だっけ、あのヒョロっとした人。あの人がまとめようとしてるらしいけど」

 また別なメイドが言う。おや? この前見かけたちょっと可愛い子じゃないかな?


「へえ。じゃあ、そろそろ終わり?」

「それが、ウェドヴァリー男爵側が案外強硬らしいのね」

「噂だと、あっちにはゴーレム兵ってのがいるらしいじゃない? 強硬なのはそのせいかしらね?」

「あ、そうそう。あたしも聞いたわよ。でっかい土か石でできた彫像みたいなヤツが、腕を振り回したりして王家側の兵をなぎ倒すって話」

「本当なの? そんな奴がいたらすぐにも決着がつきそうだけど」


「それがねえ、どうも砦を守る戦力としては抜群に優秀なんだけど、相手の陣地に攻め込むにはイマイチらしいのよ」

「どうしてかしら」

「図体がでかいせいか、落とし穴にはまったり、脚をロープで絡められると進めないんだって」

「なるほどねえ。じゃあ、ここに攻め込んでくる心配はあまりないのね?」

「そうらしいわよ」


 なーるほど。だからゴーレムは砦にいるのか。


「あたし、ゴーレムが攻めてきたらどうしようかと思ってたけど、それなら安心かな?」

「シアラったら心配性ねえ。あたしたちは戦う必要はないんだから、いざとなれば逃げればいいだけでしょう?」

 ちょっと可愛いメイドはシアラっていうのか。……ちょっと失礼。


 シアラ ブルトン ♀ 17 正常

 Level=1.8 [風]


 魔法が使えるのか。でも能力的には特務部隊に入るほどではないな。


「でもほら、ゴーレムなんて不思議な奴を使うくらいだから、他にも怪しい魔法で攻めてくるかもしれないじゃん?」

「例えば?」

「それはほら。伝説の魔王軍にいたとかいう魔物みたいなのよ」

「あー、そんなのが出てきたら怖いわね」

「オークみたいなのに取って食われちゃうかも」


 するとシアラ、重ねた両手に頬を乗せて、あざといポーズをとって言う。

「食われる前に、可愛いあたしは○されちゃうかもしれないわ」

「えー。それはどうなのかしら」

「何よぉ」

「あなたが可愛いかどうかは置いておいて、オークとかゴブリンとか、そういう奴らは実際にをするのかしら?」

「うーん。こっそり出回ってる怪しい本では、そんな話が多いけどねえ」

「ああ、洞窟あたりに連れ込まれて、ゴブリンにされるようなあれ?」

「そうそう。あたしああいうのが好きなんだけど」

 シアラ、そんなのが好きなのかよ。


「えー。陛下の変態が伝染うつったんじゃない?」

「あら。あたしも結構好き」と別のメイド。

「知ってるわよ。あなた、何冊もコレクションしてるでしょ。……ってか、ちゃんとパンツ履いてる?」

「さすがにパンツは履くようになったけど。ねえ、知ってる? ああいう本で、可愛い男の子がされるパターンもあるのよ?」

「げ。マジ?」


 なんてこった。この世界にもはあって、多分非合法ながら出版物が出回っているのか。

 しかし、エスファーデンは識字率は低いと聞いていたが、王宮のメイドくらいになると、さすがにを読むくらいはできるわけだな。そりゃそうか。

 そしてもうパンツは履いている、のか。


「でもほら、オラリア様は……」

 あ、あの巨乳の側室ね。

「そうそう。オラリア様は今でもらしいわ」

 あ、そうなの?

「……ああ。だから部屋の掃除をすると」

 メイドはうんうんとうなずいて、何か腑に落ちた風だが、何を納得しているんだろう?


 シアラが言う。

「この前、ブライス様が読んでいる本をパラパラ読んで見たら結構面白かったんだけど、どこで売ってるのかしら」

「あ、あたしも気になってたんだけど、あれは聖王国の本で、出入りの業者に譲ってもらってるらしいわよ」

「えー。普通に売ってないの?」

「書店で面白い本を買おうっていうのが間違ってるわね」

 なんだそれ。それはエスファーデンの常識なのか?

 ……っていうか、さっき話してた怪しい本はどこから入手してるんだ?


 今日は、ゴーレムが攻め込んでこない理由とか、エスファーデンのある種の「裏事情」が分かったものの、それ以外にはたいした情報はなかったな……。


 あ、この世界にも「ターゲットが限定されているアレな本」があるというのが分かったのは収穫かもしれん。……だからどうしたというわけではないけど。


 を終えて廊下に出たらシトリーに出くわす。

 脈絡なく、心に疑問がムクムクと湧く。さっきメイドたちが話していた『アレな本』は聖都あたりでも出回っているのだろうか。


「ねえねえ、普通の書店では売れないような、なんていうか、親に隠れて読むちょっとアレな本って、聖都あたりでも手に入るのかな?」


 するとシトリー、こらえられない笑いを抑え込むように両手で口を覆う。

「えー。デレク様、そんなことに興味あるんですかー。もちろんこっそり売られてますよ。おおっぴらに商売したらきっと内務省に捕まりますから」

「あるんだ」

「……読みます?」

「え。……。遠慮しておくよ」

「あれー。今一瞬迷ったでしょ」

 いたずらっぽく笑うシトリー。

「いやいや。そんなことは決してないぞぉ」

「うふ。大丈夫ですよ。他の人には言いませんから。最近入手したおすすめはですね、可愛い男の子がゴブリンに……」


 エロは国境を超える、らしいな。……そして入手してるのかよ。

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