燃える男、デレク
泉邸に帰った俺だが、セーラが風呂に入りたいと言うので転移して迎えにいく。
「一日、色々な人に会うと疲れるわよねえ」
風呂は、まあ、いつものように3人で。
「帰る前に、新しい魔法を見て欲しいんだけど」
「へえ。いいけど、またエッチなやつじゃないでしょうね」
「ちょっと待て。エッチな魔法など見せたことはないぞ」
「あれー? ナタリーが、ほら」
「……ごめんなさい」
リズが魔法管理室に積んである魔道具の箱を指さして言う。
「セーラ、ほら見てよ。デレクがまた魔道具の成れの果てを沢山持ち込んだんだよ」
「成れの果てとか
「だいたい当たってるじゃない」とセーラに言われてしまう。
「セーラに見せようと思ったのはチャットの方なんだけど」
リズが言う。
「デレク。あの妖精がでてくるやつは?」
「あれかー」
セーラ、ちょっと気になる様子。
「またランプから出てくるの?」
「いや、今回はネタ魔法。普通なら1回で終わりなんだけど、コンピュータから何回も実行できるよ。……まあ、やってみるか」
そういうわけで、再び『精霊のささやき』を起動。金色に輝く、妖精が出現。
「へえ。きれいねえ。……なんで全裸?」
「えっと、妖精とか精霊とかだからかな」
「昆虫の羽を持ってるということは卵生で、一回サナギになるのかしら。なのにおヘソも乳首もあるってのは生態としておかしくないかしら」
「そんなところを突っ込まれても、俺は知らないよ」
そんなやりとりに構わず、妖精だか精霊はジョークを披露する。
「新人メイドのドロテアが、洗濯物の中から女ものの豪華な指輪を見つけて、メイド長に相談したんですって。メイド長は『しばらく持っていなさい。悪いようにはならないわ』。ディナーの席でメイド長が少し大きな声で『ドロテア。さっきの指輪は?』『はい、持ってます』。すると、あとから屋敷のご主人がこっそりやって来て、指輪と引き換えにお小遣いをくれたのよ。何日かして、また同じことがあったんだけど、その時、こっそりお小遣いをくれたのは屋敷の奥さんだったそうよ」
精霊は身を翻して消えてしまう。
「ぷっ」とセーラが吹き出す。
「え? あたし、何がおかしいか分からなかったけど?」とリズ。
「うーん、ジョークの説明をするのも無粋だけど」
妖精の羽と乳首の矛盾を論じるのも無粋だと思うが?
「つまりね、最初の指輪は、旦那さんが浮気相手にプレゼントしようと思ってこっそり持っていたヤツなのよ」
「ほう。……じゃ、2回目のは?」
「今度は、奥さんが浮気相手からもらって、こっそり持ってたヤツ」
「へー、なるほど。二人とも浮気してたってことか」
「そうそう。しかもそれをメイド長に知られてるらしいってところが可笑しいわけ」
さすがにアメリカンジョーク。俺的には「ふーん」程度で、吹き出すほどではない。そもそも、面白いかもしれない、という程度の微妙なジョークをわざわざ集めたんだけどさ。
「で、デレクがあたしに見せたいと思った下ネタは何?」
「あのー。下ネタじゃなくて魔法なんだけど」
ぶつぶつ言いながら、チャットのプログラムを起動する。
「こんにちは。ヒナ・ミクラス、チャットGTZです」
「あら。喋ったわね」
「何か質問してみてよ」
「どんなことを?」
「世界情勢とか」
「はあ。じゃあねえ……、最近の海賊の活動はどう?」
ヒナは瞬時に答える。
「『耳飾り』のログを見る限り、エスファーデンに諜報員が潜入したものの目立った行動は起こしていない模様です。あと、別の工作員がミドマスに拠点を作ろうとしているので要注意。スートレリアに関しては特に話題に上っていないことから、治安上の大きな問題にはなっていないと考えてよいと思います」
「へえ。デレク、これは『耳飾り』の会話記録から推測してるってこと?」
さすがセーラは理解が早い。
「そうそう。今まで『耳飾り』のログを俺が読んでいたけど、このシステムで自動化して、さらにどこからでもイヤーカフで確認できるようにしたいと思ってる」
「なるほど。それは便利ねえ」
セーラ、納得してうなずいている。
俺もヒナに聞いてみる。
「エスファーデンの内乱はどうなった?」
「年末年始で実質的に戦闘休止状態でしたが、新年になってから、教会関係者が間に入って停戦の交渉が行われたとの情報があります。国王派、反国王派とも持ち帰って検討中の模様です」
「へえ」
セーラが別の質問。
「スートレリアの女王陛下が、リリアナ殿下を救出した人物を知っているのはどうしてかしら」
一瞬、AIチャットのヒナからのレスポンスが遅れる。
「救出に関わった人物について、ダンスター男爵の周囲が情報を持っているようには見えません」
「あれぇ?」
「『耳飾り』で通信している以外の情報は入ってこないわけだから……」
「となると、リリアナが何かに気づいたか、メローナ女王が別の情報を持っているか」
「……謎だなあ」
「他には面白い魔法はないの?」とセーラ。
「えっとねえ、この前のランプのヤツで遊んでみてるんだけど……」
ランプの精の設定を変更して、燃え盛る熱い男とか、水っぽいお姉さんが歩き回るやつである。
「あははは。これは面白いわね。大きさも変えられるの?」
「等身大にもできるよ」
青い炎のお姉さんが等身大になって現れる。
「へえ。……別に本体は熱くないし、そもそも手でさわれないのね」
「立体的に見えるだけで、実体はないからね」
「これ、セクシーだけど誰かモデルがいるのかしら?」
「どうだろう? 人体のモデルから適当に生成してると思うんだけど」
「そういえば、さっきの妖精。妖精が実際にいるわけはないから、あの羽の動きなんかは作り物か、昆虫の羽をモデルにしてるってことかしらね」
すると、黙っていたAIチャットのヒナが急に喋りだす。
「『精霊のランプ』、『精霊のささやき』の立体映像は、人体の汎用モデルに基づいて生成しています。『精霊のささやき』の妖精は、大型のトンボの動作モデルを加味して動作させています」
「え、ホント? それはすごいなあ。……人体の汎用モデルに、特定の個人の体型や挙動を組み合わせたら、その人っぽい動作ができるのかな?」
「はい、できます」とヒナが即答。
「それって、難しくない?」
「いいえ、その人物の全身の動きが分かる動画情報さえあれば、解析することは容易です」
「ほほう」
そうなると、あれだな。
リズが横から茶々を入れる。
「あ。デレクが良からぬことを考えている」
「え、な、何を言うんだ」
セーラにも何か感づかれてしまう。
「なるほど。具体的に何を考えているか分からないけど、何かエッチなことを考えているというのは大体分かったわ」
「ご、誤解だよ、やだなあ。ははは」
リズがヒナに尋ねる。
「全身の画像データって、スチルカメラじゃなくてビデオの方がいいのかな?」
「はい。さらに全裸か、身体にぴったりした衣服の方が解析が容易かつ正確です」
リズがちょっと悪い笑顔で言う。
「じゃあ、ビデオカメラを出して、デレクを撮影しようか」
「え、何で俺? で、ビデオカメラなんてあるのか」
セーラも興味津々。
「何々? デレクの撮影? どういうこと?」
「うん、ちょっと待ってね……」
リズはそう言うと、例によってポチポチと魔法管理室のインタフェースを操作しているっぽい。間もなく、プリンタのそばにビデオカメラ登場。筒型の本体を片手で支えながら撮影するオーソドックスなタイプ。というか、見た目はちょっと安っぽい。
「この機械でデレクの映像を取り込むことができて、で、そのデータをコンピュータに入力すれば、デレクの特徴を持った炎の男とかを作れるってわけ」
セーラはビデオカメラに驚いている。
「へえ。動いてる様子が記録できるのか。これ自体がすごいわねえ。……で、そこからデレクのデータをとる、の? 何の役に立つのかは分からないけど、面白そうね」
「あのさあ、きっと役に立たないから……」
「はい。デレクは服を脱いで!」とリズとセーラが二人がかりで服を脱がそうとする。
「ちょ、全裸の必要はないじゃん」
「しょうがないなあ。まあ、パンツは履いていてもいいかな」
「背景がない方がいいから、廊下で撮影しようか」とリズ。
結局、パンツ1つで廊下をうろうろ歩いたり、スキップしたりさせられる俺。
「あははは。これだけでも十分なお宝画像だよね」
天使さん、また変なボキャブラリを知ってやがる。
「SNSに流したりするなよ?」
「デレクが何を言ってるか分からないけど、さて、ヒナ。どうすればいいの?」
するとヒナがリズにアプリの使い方をレクチャーしている。
リズもシステムのことは把握しているので、飲み込みが早い。
「あー、なるほど。案外簡単だね」
「出来上がったデータに適切な名前を付けて、所定のディレクトリに保存しておけばいつでも呼び出せますよ」
「……。ふふふ。できたよ?」
リズがそれはもう、嬉しそうな顔でコマンドを入力すると、身長30センチほどのオレンジ色に燃え盛る炎の男が現れ、テーブルの上を歩き回る。
テクスチャが炎なので表情はないが、俺と同じような感じ、なのかな? 自分ではよく分からない……。
「うわあ! これ、デレクだ!」
「本当に! 歩き方なんてデレクそのものよね?」
「あのー。股間のそれは必要かな?」
リズがニヤニヤしながら言う。
「付けないオプションもあったけど、あえて付ける方向で処理しました」
「あははは。ここも燃えてるわねえ」とセーラ。
「それは外して欲しいなあ」
「えー」
「ねえ?」
リズとセーラはわざわざ股間に手を伸ばして触るフリ。
「お願いだから、外して下さい」
「しょうがないなあ」
セーラが尋ねる。
「これ、あとはどんな遊びができるの?」
するとヒナが淡々と教えてくれる。
「加齢や肥満による体型の変化をシミュレートしたり、アニメ風のオーバーアクションをさせたり、ダンスをさせたりできます」
「じゃあ、デブになったデレクの華麗なダンスを見るにはどうするの?」
リズがそう言うと、ヒナがオプションの指定方法を教えてくれる。
「じゃーん」
「ぶはははははは」
さっきより明らかに横幅がでかい炎の男が、クルクルとダンスを舞う。
「これは楽しいねえ」
「3等身にしてみよう……」
「ぎゃはははは」
俺のデータでさんざん遊んだ2人。
セーラが俺の方を見て言う。
「さて、デレクだけおもちゃにするのはかわいそうだから、あたしのデータもとる?」
「え! いいの?」
「顔は出ないようだから別にいいけど……。でも、やっぱり人前でさっきみたいなことはしないでよね?」
「それはもちろん!」
「その代わり、といったらアレなんだけど」
おっと。このパターンは何かヤバくないか?
「さっきの炎のデレクみたいなやつ。あれをあたしも使えるように、指輪の魔法か何かにしてくれない?」
「え? ……う、うん。いいけどどうするの?」
「あの、デレクに会えない時に出してみたりしたいかなあ、とか」
あ。なんだ、そういうことか。
「そんなことなら喜んで」
俺もセーラがいない時には、水もしたたるセーラとかを出してみようっと。触ることができないのは残念だけどな。
「声も出せないのかしら?」
「元のランプの精は変な忠告をしてくれるわけだから、できるはず」
「お願いね」
可愛い女の子ににっこりとお願いされて断れる男子がいようか(いや、いない)。
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