スカウト

 多くの貴族たちで賑わう祝賀会の会場。


 ふと、会場の隅に目をやると、明らかに出席者ではなさそうな少年が壁際に立ってあちこちを見ている。ダークブラウンの髪に、正装というよりは警備要員が着るような地味な黒い服。しかし警備員や衛兵だとすると若すぎる。見た目は14、15歳くらいではないだろうか。


 セーラに耳打ちする。

「あっちの壁際にいる少年は誰だろう? 出席者でも、警備要員でもなさそうなんだが?」

「お得意の『人名録フーズフー』で調べたら?」

「ちょっと距離が遠くてダメなんだ」

「確かにちょっと気になるわね」


 そんな話をしていると、不意に声をかけられる。

「テッサード家のデレク殿かな?」

 振り向くと、高齢ながら長身で、背骨にピシッと一本筋が通っている感じの男性。グレイと白髪の混じった少々ボサボサな頭髪と、そして白く長い眉毛が目立つ。

「アンドリュー・ライサムです」

 ライサム辺境伯である。ライサム辺境伯領はナリアスタ国に隣接しており、フォグバリーの町やギリング峠を含んでいる。


「デレクです。初めてお目にかかります。ナリアスタの件では難民対策で大変ではありませんでしたか?」

「いやいや、あのロックリッジ男爵がな、若いのによくやってくれて」

「難民の一時的な居住先を提供して頂いたと伺っておりますが」

「廃村が再開発できるなら一石二鳥というものだよ。それよりも、食料の手配などで尽力してもらっているようではないか」

「はい、幸い、良い協力者があちこちにおりまして」

「なるほど。しかし、良い人脈が得られるというのも、その人物の人徳の一つ。貴殿はなかなか見込みがありそうだ。のう、セーラ殿」

「あ、はい。将来性を信じて婚約致しました」

「あははは。これからも仲良くな」


 セーラがモスブリッジ男爵から聞いた件についてアンドリュー卿に聞いてみている。

「……というわけで、モスブリッジ男爵はヘレンさんがそういう能力に長けているのではないかとおっしゃるのですが」

「なるほど、なるほど。実はな、孫のうちの長女のルースが嫁に行くというのでバタバタしておったので、次女のヘレンは比較的のほほんとしておってな。そうだな。数ヶ月程度なら外国へ出て視野を広げるというのも良さそうだ」

「本当ですか?」

「うむ。本人に、そちらに直接伺うように話をしておくよ」

「有難うございます」


 案外スムーズに話が進みそうだ。


 ハワードがヘレンのことを少し知っていた。

「学院で見かけたことがあるんだけど、おしとやかな感じのお嬢さんだったよ」

 するとアンドリュー卿が笑いながら言う。

「褒め言葉は有り難く頂いておくが、ひとつのことに集中すると他のことに興味がなくなるような性分でな。言い出したら聞かないことも多いし……。あ、本人に怒られそうだから止めておくかな。あははは」

 えっと。……オタク気質?


 その後も入れ代わり立ち代わり、いろいろな人と挨拶をしたり情報交換をしたり。


 ふと気づくと、さっきのダークブラウンの髪の少年が比較的近くに移動して来ていた。つまらなそうな顔をしてあちこちを見ている。

 よし、『ステータス・パネル』でちょっと失礼。


 パーカッシュ ゾロトウ ♂ 14 正常

 Level=0

 特殊スキル: スカウト


「げ」

 思わず声が出た。


 ドロシーの近くに控えているディアナに聞いてみる。

「あのさ、あのダークブラウンの髪の少年なんだけど……」

「はい。さっきから時々、何かを探るようなキツい感じが伝わって来ますので、やんわりやりすごしています」

「そんなことできるんだ」


 するといつもは口数の少ないドロシーが言う。

「あの子、誰か大人の人に言われて、スキルを持っている人を探しに来たみたいです」

「え、そうなんだ」と驚くハワード。


 セーラが訝しむように言う。

「でも、ここにいるのはそれなりの年齢以上の貴族ばかりでしょう? スキル持ちエクストリなんか探してどうするのかしら?」

「親衛隊に対抗する能力を持つ不穏な奴がいないか、あらかじめ調べておくんじゃないかな?」

「目的はともかく、ディアナを連れてきて正解だったわね」



 その日の祝賀パーティーは、王太子から嫌味を言われることもなく、無事に終了。時間はそろそろ夕方。


 ミシェルとブライアンがやって来て、セーラに言う。

「ねえ。フローラの誕生日が近いんだけど」

「あ、そうだったわね。パーティーには必ず行くわ」

 ミシェル、俺の方を見て言う。

「あの、この前のラヴレース家のパーティーで、テッサード家の女性シェフの方のお料理が大変好評だったと聞いたんですけど」

「あ。ジョリーのことだね」

「フローラの誕生パーティーでもお願いできないかしら?」

「もちろん。喜んでお手伝いしますよ」

 ミシェル、春の妖精のような笑顔。

「わ! よかった。お願いしますね」


 美少女に喜んでもらえると、何かいいことをした気になるのは何故だろうな。


 あ、そうだ。思い出してブライアンに聞いてみる。

「あのさ、新年早々、聖都の繁華街あたりで殺人事件があったらしいんだけど」

 ブライアン、ちょっと驚いたように目を見開く。

「え、どうしてデレクが知ってるんだい?」

「いや、又聞きだけど、それを目撃したという話が……」

「え、どんな話か聞かせてくれないか。犯人の証拠がなくて警ら隊も困っているらしいんだが」

 あれれ? 藪蛇だったかな?


「いや、メイドが出入り業者から聞いたようなことを言ってたんだけど、4人対2人で、長剣で切り合ってたとか……」

「あ、まさにそれだ。そうか、互いに長剣で切り合うというのは、やはり繁華街のチンピラ同士の喧嘩とは思えないな」

「被害者はどんな人なんだい?」

「これがまた身元不明でね。衣服などから、外国船の船員じゃないかと言われているが」

 えー?

「海賊?」

「いや、海賊はタトゥーを入れていることが多いが、そういうのはなかったらしい」

「不穏だなあ」

「うん。でも、相手の人数も分かったし、参考になると思うよ。ありがとう」


 ブライアンとミシェルが去ってからセーラが言う。

「デレク、また誕生日プレゼントを持って行かないといけないわよ?」とセーラ。

「そうだなあ」

「ミシェルの時はほら、ネコ耳カチューシャがかなり好評だったから、今回も同じくらいのものを何か考えないといけないんじゃないかしら」

 確かに、ミシェルの時に比べて見劣りがするようだとフローラに申し訳がない。

「でも。……そんな立て続けにヒットは出ないよなあ」

 悩みの種が増える。


 ドロシーとフレッドはフランク卿に招かれていて、これからラヴレースの屋敷に行くという。


「俺も行った方がいいかな?」

「そうね。さっきの親衛隊の件を考える必要もあるしね。ディナーは大勢で食べた方が美味しいわ」


 というわけで、流れで、ディアナにもそのまま付いて来てもらうことに。


 ラヴレース邸でディナーの準備が整うまで、来客用の控えの間で待つ。


 ハワードがドロシーに聞く。

「今日はどんな感じだった?」

「ディアナさんがそばにいてくれたおかげで、なんだか安心して過ごせました」

「そんなもの?」

「ええ。こういう大人数の集まるパーティーでは、多分無意識なんでしょうけれど、敵意というか、すごく嫌な感じで私に視線を送って来るのを感じることがあるんですが、今日はそういうことはほとんどありませんでした」

 ドロシーはいつもより落ち着いて、楽しげに会話をしているように見える。


「スキルとまでは行かなくても、強い感情をぶつけてくる人間がいるということなのかしら?」とセーラ。

「そうなんだと思います」

 そうだろうな。ドロシーははかなげな美少女だから、色々な感情というか妄想混じりで見つめる奴はいるだろうな。


「ディアナはそういうことは意識した?」

「いえ。特に意識したのは、例の少年からの強い感覚だけです」

 ということは、半ば無意識に害のありそうな感情が送られてくるのを排除できるということか。それはすごいなあ。


 セーラはさっきの少年を思い出している様子。

「さっきのあの子か」

「えっとね、名前はパーカッシュ・ゾロトウだ」

「そのパーカッシュという子はスカウト専門要員かしらね?」

「魔法の能力はなかったからスカウトの能力を買われているんだろうな。とりあえずは、ドロシーのスキルを知られてしまうと困るかな?」

「今日は多分特別で、貴族のパーティーに毎回出てくるとは思えないわ。それにきっと、ドロシーはハワードが守ってくれるわよね?」


 ハワードがちょっとどぎまぎする。

「お、おう」


「孤児院あたりで青田買いみたいなことをするのかな?」

「王太子が孤児院の支援に力を入れていると言ってたじゃない。めぼしい人材を探そうっていう下心があるんだわ、きっと」

「それと、我々の仲間と聖都のどこかでばったり出会ってしまったりする可能性があるのも困るな」


「親衛隊に『スカウト』のスキル持ちエクストリがいるとなると、ほかのスキルを持つ人間も次第に集まってくることになるわよね? ますますエスファーデンの特務部隊みたいで厄介じゃない?」

「他のスキルか。厄介そうなのは『予知』とか『探索』とかかな? それ以外にも知られていないスキルはありそうだ」


 ただし、スキルが実際にどんなものか我々には実感として分からないので、オーレリーと相談しつつ対策を考えることにしよう。



 ラヴレース家でのディナーは、もっぱらハワードとドロシーの婚約とか今後の生活について。フランク卿はドロシーが大層お気に入りの様子で、邸内に新婚夫婦用の新しい建物を建てるのはもう決定事項らしい。


「そうなると、次はフレッドの番かな?」と聞いてみる。

 ちょっと顔を赤くするフレッド。

「いや、それはまだ……」

「王家の意向も多少はあるのかしら?」とセーラ。


「王家?」と俺が訝しむと、セーラが教えてくれる。

「フレッドのお母上のボニー様はヴァローズヒル伯爵の娘さんだから、つまり国王陛下の従姉妹ってことね」

「あ、そうなのか」

 フレッドがワインを飲みながら言う。

「王家が何か言ってくるとしたら、俺なんかよりもチェスター公爵家の方だと思うけどね。シャーリーは現国王陛下にとっての姪だけど、俺は従姉妹の息子だ」

 セーラが言う。

「だったらなおさら、王家が何か言ってくる前にさっさと……」

「まあ、いいじゃないか。今日はドロシーの話をしよう」と逃げるフレッド。


 しかし、フランク卿も少し興味を引かれた様子である。

「フレッドはどなたか、意中のお嬢さんはおらんのかね?」

「あ、いや、特には、その……」

 その様子をニヤニヤして見ているセーラ。

 ドロシーはというと、微笑んで見守るのみ。ふむ。

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