シュガーツ大臣のおしごと

 シュガーツ大臣はこちらを品定めするようにじろじろと見ながら言う。


「最近、ゾルトブールあたりから、身元のよく分からない連中が大勢やって来ておりましてな。話を聞くと、身元の保証をしているのがテッサード家とのこと。あまり変な連中が増えますと、聖都の治安の悪化にも繋がりかねませんのでね、どういう経緯かを少しお話頂けたらと」


 しょうがないので、シュガーツ大臣に経緯を説明する。


「ゾルトブール王国で内乱があったりしたのはご存知のことと思います。その後、体制が変わって、奴隷制度が撤廃されました。これまで奴隷として働いていた人々、あるいは違法な労働に従事させられていた人たちの中には、働く意欲も能力も十分にあり、聖王国に活躍の場を求めようという人材もおります。現地の信頼できる人材派遣の組織と協力し、そういう人たちを受け入れておるようなわけです」


 シュガーツ大臣はニヤニヤしながら言う。

「おや? 私どもの調査では、受け入れているのは若い女性ばかりとのこと。若い女性が見知らぬ土地で働くというのは生易しいことではありません。結局は卑しい職業に身をやつすことになりがち、といいますか、もしかしたら最初からそういう目的でやってきている可能性もありませんかな?」


 おっと。ここにも小バエがいたか。こっちの小バエはオーレリーに叩き潰してもらってもいいよなあ。


 セーラが噛みつく。

「シュガーツ大臣。それは、まだ犯罪に関わってもいない若い人たちへの侮辱ではありませんか」

「いえいえ、内政や治安の維持を任されている立場としては、個々の人物がどうこうということではなく、一般論としてどうかという大局的な見地からの対策をあらかじめ考えておくことこそが重要でしてな」

「なるほど、長年、聖都の治安を維持している経験と実績というわけですか?」

「その通り。分かって頂けましたかな」

 あと、癒着とか恫喝とか、な。


「では、新たに国外から来た者たちがそういう道を踏み外さないためにも、まずは現在国内にあるいかがわしい店を撲滅することが肝要ですね。まだ犯罪に関与しているわけではない者の心配よりも、現在犯罪に手を染めている者の摘発と処罰が先ですよね?」

「あ、うむ。それは当然」


 セーラが言う。

「ならば、すでに様々な罪状で有罪となったトレガロン氏が関わっていた東シポール地区の売春宿が未だに堂々と営業しているのは意味がわかりませんが」


 警ら隊の隊長だったトレガロンは、人身売買組織と繋がっていたのを暴露されて逮捕された。俺やケイ、ダガーズが子供たちを救出したあの一件である。


 シュガーツ大臣、小馬鹿にするように言う。

「あの店をはじめ、トレガロン一味が関わっていた店は、すでに経営者も代わって新しい体制で健全な商売をしていると聞いている。何の問題もないな」


 前の経営者が捕まったから、子分があとを引き継いだだけだろ。で、甘い汁を吸う構造は相変わらずか。


「テッサード家が招き入れた人物が問題など起こさぬよう、一言ご忠告申し上げておくべきかと愚考した次第でして。ではまたいずれ」

 そういって去っていくシュガーツ大臣。


 しかし腹立つな、こいつ。『尋問上手』で内情を聞いてみたいところだが、王宮内でうかつなことはできない。そのうちにボロを出すのを待った方がいいか。


 シュガーツ大臣が立ち去った後でトレヴァーがやって来た。

「話は聞いていました。厄介なことにならないといいんですけどね」

「厄介なことって?」とセーラ。


「つまり、合法であったとしても水商売やそれに近いサービス業に人材を派遣するなら、それなりの『挨拶』は必要だぞ、分かってるんだろうな、っていうようなことを言いに来たわけですよ」

「挨拶、ね」

「もっと露骨に言うと付け届け、かな」

「うわ。新年祝賀の席でそんなこと言いに来る? あんな人は絶対排除すべきよ」

 セーラは嫌悪感を隠そうともしない。


「まあ、シュガーツ大臣はそういうお仕事なわけですよ」

 トレヴァーは一種悟ったような口ぶり。きっと俺達が知っている以上に色々あったんだろうなあ。

 しばらく雑談してから、トレヴァーはまたどこかへ行ってしまう。


 セーラが俺の袖口を引っ張る。

「エルスウィック辺境伯よ」

 見ると、白髪交じりの黒髪、立派なあごひげを蓄えた男性。慌てて挨拶をする。

「はじめまして、テッサード辺境伯家の次男、デレクです」

「おお、大きくなったな。いや、先代のラヴレース公爵の葬儀の時、テッサード家の方々とはお会いしておるのだよ。君は覚えてはおらんかなあ」

「そうでしたか。まだまだ全然子供でしたので」


 先代公爵の葬儀か。俺はセーラと遊んだ記憶がうっすらあるだけだ。

 エルスウィック辺境伯領は聖都の東、ミドワード王国と境を接している。ラヴレース公爵領とは比較的近いことから、交流があるのだろう。


「セーラと婚約したのだろう? いや、おめでとう。ラカナ公国でも活躍していると聞いているよ。これからもよろしくお願いしたいものだ」

「こちらこそよろしくお願いします。ところで最近、ミドワード王国と関係のある人たち何人かと知り合いになる機会があったのですが、恥ずかしながらミドワード王国についてはあまり知りません。どのような所ですか?」


 するとエルスウィック卿、ヒゲをなでながら言う。

「まず、聖王国とミドワード王国の国境は、まあ一応はあるものの、国境のあたりは人も住んでおらんような荒れ地でな。そのあたりから南の地域は農業も漁業も行われていて、聖王国ほどではないが、発展しているな」

「以前、内乱があったと聞いたのですが」


「そうなのだ。王家の後継について国内の貴族を二分する権力闘争があったらしい。派閥争い程度ならどの国にも多少はあるのだが、どうやら混乱に乗じて外国勢力が入り込んで事態をややこしくしたらしいのだな。その結果、武力で衝突するまでに至った、と」

「外国勢力ですか」

「現在の王家はその内乱の勝者ということになるから、現在もその勢力とは繋がっていると思われるが……。実はな、デルペニア王国が介入したのだ」

「え。……海賊ですか?」

「海賊と、デルペニア王家だ。デルペニア国内の勢力争いが持ち込まれたと表現すると近いかな」


 話を聞いていたセーラが質問する。

「南大海のあちこちで海賊の活動が活発のようですが、一方、デルペニア王国は国内の海賊の討伐に躍起になっているとも聞いています。そのデルペニア王国がわざわざ海の向こうの王国の揉め事に介入するのはなぜでしょう?」


「そのあたりの力関係は複雑でなあ。ワシも細かいことまでは把握しておらんが、つまり、デルペニア王国は、表立って犯罪に手を染めなくなった海賊だと思えばいい」

「え?」


「ああ、すこし口が滑ったかな。これはワシの個人的な見解ということにしておいて欲しいのだが、つまり、デルペニアを構成している島々には、平時には漁業を、時には海賊を生業なりわいにしているような集団が昔からいたわけだな。その中でも最大の、デルペニア本島を本拠としていた一団が数百年ほど前から『デルペニア王国』を名乗って、まともな統治を始めたと考えると大体合っているのだな」


「すると、国内の勢力争いというのは?」

「王国と、それに従わない勢力。つまりは海賊だな」


 セーラが少し考えて話を整理しようとする。

「デルペニア本島の王国と、それ以外の海賊が、自分たちの勢力圏を広げようとして王位継承でごたごたしているミドワード王国で代理戦争をした、ということですか?」

「そうそう。で、とりあえずはデルペニア王国の方が影響力を行使する立場を確保したというわけだ。我々は部外者だが、海賊側が勝利しなくて良かったとも言える。彼らは理性的な話し合いなどに応じないからな」


 俺もこっそり聞いてみる。

「その海賊って、ガッタム家……」

「あ、なんだ。知ってるのか。カルヴィス海賊団は百年以上前からデーム海あたりにも勢力を伸ばしてガッタム家を名乗っているな」


 俺とセーラは顔を見合わせる。

 エルスウィック卿、ヒゲをなでながら話をまとめる。

「デルペニア王国は、今や海賊をやっているわけじゃないから、ミドワード王国も含め、デルペニア本島の周りから目障りな海賊を追い出して統治を安定させたいのだな。一方のカルヴィス海賊団、ルリエ島の海賊団なんかはデームスール王国だの、ほかの国に勢力を広げることで、デルペニア王国と対峙しつつ南大海での影響力を保持している、と」


 そばで黙って聞いていたハワードが口を開く。

「今でも、ラヴレース家にはミドワード王国から亡命してきた貴族の方がいますが、海賊と繋がっているわけではないのですか?」

「そういう繋がりはないと思うよ。国内の貴族が二分された時に、たまたまその一方にすり寄ってきたのが海賊だったというだけだろう」


 そういえば、リズの絵の教師であるフェオドラも内乱のあおりで聖王国に亡命することになったようだが、フェオドラが仕えていたウェストリング家はデルペニア王国のペンバートン伯爵家と繋がりがあったと言っていた。そのあたりの関係は簡単に割り切れるものではないのだろうな。


 それぞれの国の成り立ちは色々で、正史に書かれているような聖人君主が建国したというわけではあるまい。実際には生活圏、経済圏を必死に守ろうとした集団があちこちに存在していて、それが淘汰され、合従連衡を繰り返して次第に国になって行ったのだろう。としたら、その中にはほぼ海賊というコミュニティがあっても不思議ではない。

 そんな風に考えると、平和とか友好関係という概念など、心細いほど頼りないな。


 ふと、離れた場所にフランク卿がいるのが目に入った。何やら上機嫌で談笑しているが……。あれ? その話し相手はシュガーツ大臣である。


「ねえセーラ。フランク卿はシュガーツ大臣とずいぶん親しいように見えるね」

「うーん。お父様は立場上、誰とでも仲良くされてるけど……」


 ハワードが言う。

「言い方は悪いかもしれないが、例えばシュガーツ大臣を辞めさせたとしても、似たような不正を働く連中というのは出てくるものでね。どの程度の悪さをしていそうかとか、どんな人脈があるかとかを把握できている分、まだシュガーツ大臣は扱いやすいんじゃないかな?」

「え? マジで?」

「もちろん、父上がそんなことを言うわけはないから、あくまでも個人的な意見だが」

「ふむ。俺には真似できないなあ」

「いずれシュガーツ大臣には辞めてもらう時期も来るんじゃないかな。その時は悠々自適な老後など、望むべくもないと思うけどね」


 何それ、怖い。

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