新年祝賀

 今日は王宮で新年祝賀のパーティーがある。朝から気が重い。


 ラヴレース家から馬車がやってくる。セーラとハワードが乗っているが、セーラはテッサード家の馬車に乗り換えてもらう。代わりに、先日の打ち合わせ通り、『抑圧』のスキルを持っているディアナに、ドロシーの侍女という役割で付き添ってもらうという計画。


「あたしなんかが王宮に出ていって大丈夫でしょうか?」と心配そうなディアナ。

「ドロシーのそばに付いているだけで、特別に何かをするということはないけど、『スカウト』のような特殊なスキルでドロシーや我々の能力を探ろうとする気配を察知したら妨害して欲しいんだ」

「分かりました」


 セーラは今日は毛皮のコートを羽織っている。コートの襟元に白いもふもふ。優馬の記憶だと、成人式の晴れ着なんかのショールのイメージが強いが、女性の美しいうなじに不思議なほどよく映える。ドレスは落ち着いたワインレッドのロングドレス。まるで冬枯れの野に現れた大輪のツバキの花のようだ。


「あら、ありがとう。でもデレク、最近、無意識に口から何か出てることが多くないかしら」とセーラに言われる。

「う、そうかもしれない」

「王妃殿下や、王太子殿下の前ではやめてよ?」


 軽く昼食を取って、いざ王宮へ。すでに多数の馬車が入口で順番を待っている。

「俺は初めてだけど、どのくらいの人数が集まるのかな?」

「例のボールルームがいっぱいになるくらい。結構な人数よね」

「それだけいたら、嫌な相手を避けて過ごせるかなあ?」

「あっちから寄ってくることもあるからねえ」

「そういえばフランク卿は?」

「お父様とお母様はすでに到着してると思うわよ」


 案内されてボールルームへ。すでに正装した多くの人々でごった返している。

「う、知らない人だらけだ」

「大丈夫。挨拶しなければならない人はあたしがだいたい知ってるから」

「よろしく頼むよ」

「あー。一日終わったら、きっと肩が凝るわよね」

「……そ、そうだね」

 言いたいことは分かる。そうだな。一日終わったら疲れをほぐしたいよな。


 皆、セーラの顔を見ると会釈なんかをしてくれるので、俺もそれに合わせる。口で言うと簡単だが、タイミングを逃すと妙な空気感になって失礼に思われかねないので結構大変だ。


「やあ、セーラ、デレク」


 声をかけられて振り向くと、ブライアンとミシェル。

「あれ、ブライアン。久しぶりな感じだけど、お祖母様のご様子は?」

「いや、心配かけたけど容態は回復しつつあってね。今はもう起き上がって屋敷の中を歩けるくらいになったんだ」

「それは良かった」

「フレッドに聞いたけど、フィアニカ・ダンジョンのツアーは盛り上がったみたいじゃないか。行きたかったなあ」

「また機会を作って是非行きましょうよ」とセーラ。


 そこへフレッド、ハワード、それにドロシーとディアナがやって来る。

「やあ、ハワード、ドロシー。……えっとこちらは?」とブライアンが言う。

「ドロシーはほら、ちょっと前まで風邪気味だったから、今日は念の為に侍女に付き添ってもらってるんだ」とハワードが打ち合わせ通りの説明。

「なるほどね」とブライアンも特に疑問には思わない様子。


 ドロシーに話しかけてみる。

「今日はディアナに何でも言って下さいね」

「ありがとうございます。ディアナさん、とてもお優しくて頼りになります」

 ドロシーはにっこり笑いながら、例によって小さな声で返事をしてくれる。


 ちょっと離れた所に人だかりができている。何かと思ったら、アンソニーとカメリアを囲んで輪ができているようだ。ミシェルに聞いてみる。

「アンソニーの婚約の件はもう公になってるの?」

「ええ。年明けに親戚一同が集まる機会があったので、その場で」

「それはおめでたいわね。となると、ブライアンとミシェルもいよいよ?」とセーラ。

 ミシェル、ちょっと顔を赤くして言う。

「そんな方向だけど、アンソニーの方が先かしら……」


「ご来場の皆様方!」

 高くよく響く声がした。ざわざわとしていたボールルームの空気が静かになる。


 見ると、入口の両脇に衛兵が立ち、司会役と思われる人物がひときわ高い声を上げる。

「国王陛下、王妃殿下、王太子殿下がご入場なさいます!」


 2階席に陣取った楽団がファンファーレを演奏すると、衛兵が入口の扉を大げさな所作とともに開く。係員が先導して道をあけ、そこに豪華な衣装を身にまとい、王冠をかぶった国王陛下が入場する。へー。王冠って、かぶるんだ(当たり前である)。

 全員が恭しく礼をし、流麗な音楽が演奏される中、国王一家が入場して場内に設けられた演台のそばに整列する。王妃殿下、王太子殿下、それに俺は初めて見るが、国王陛下の妹君であるキャロル殿下、母君であるクロエ殿下、さらにキャロル殿下の夫であるチェスター公爵、国王陛下の叔父に当たるヴァローズヒル伯爵、といった人々。


 国王陛下が演台に進み出て挨拶をする。

「新たな年の始まりを、こうして聖王国を支えてくれる諸君らと祝うことができ、誠に嬉しい限りである。……」

 何か演説していたが、まあ、例によってあまりよく覚えていない。それよりも俺は王太子に見つからないように気配を消し、視線が合わないようにすることに集中していた。


 会場から大きな拍手。

「国王陛下、万歳!」という声も聞こえる。あ、挨拶が終わったのね。


「あとは適当に知り合いに挨拶をして、頃合いを見計らって失礼するだけかな?」

 するとセーラに釘を刺される。

「それなりの重要人物に挨拶はしておくべきよ。年が明けたばかりでまだ公務がないから、主だった貴族がほぼ全員揃っているわけ。このチャンスを逃しちゃダメよ」

 ごもっとも。


 とはいえ、ディアナからあまり離れるのはまずいので、俺とセーラ、ハワードとドロシーがそれとなく一団となって動く。

 セーラが年配の少々小柄な男性に声をかける。

「ゲイル男爵」

 振り向いた男性は黒い髪に青い瞳。日に焼けた目つきの鋭い人物である。

 ゲイル行政長官か。声は知っていたが、本人を目の当たりにするのは初めてである。


「テッサード辺境伯の次男、デレクです。初めてお目にかかります」

「おお。君がテッサード家の。うんうん、ロックリッジ男爵からよく話は聞いているよ。ナリアスタの件で色々尽力してもらっているそうだね」

「はい、また暖かくなる頃に、難民対策を本格的に再開する予定でおります」

「有り難いことだ。……そういえば、学院に行くと聞いたが?」

「ええ」

「ウチのマーガレットの心配もしてもらえるとかいう話で、これまた申し訳ないのだが、ウチはそれほど大きな家ではないので、警備などにも手が回らなくてね。もちろん、自前でも手を尽くすが、協力してもらえると有り難い」

「はい、微力ではありますが」


 そのあとはハワードがゲイル長官と何やら仕事の話。その間にもセーラは周囲を見回して、次に挨拶をすべき人物を探している。

「ほら、デレク。チェスター公爵よ」

 見ると、シャンパングラスを片手に持った、胸板の厚い、立派な体格の男性である。髪がピンクなのは、娘でウィング・シックスのシャーリーと一緒か。


「テッサード辺境伯の次男、デレクです。初めてお目にかかります」

「お、この前、ウチのシャーリーとダンジョンへ行ったらしいじゃないかね」

「はい、ご一緒させて頂きました」

「よほど楽しかったらしくてね、あれ以来その話ばかりだよ。セーラも活躍したと聞いているよ。白鳥隊を辞めてからも、是非とも仲良くしてやって欲しい」

「はい。有難うございます」


「そういえば、例の『13番地事件』だがね。あの関係でまだ怪しい連中が、大きな声では言えないが王宮にも残っててだね……」

「困ったものですね」とハワードが応じる。

「司法省のミルデンホールも頑張ってくれているんだが……。おっと、今日はそんな話はやめておこうかな」


 どうやら、チェスター公爵は王宮内部の怪しい勢力を快く思ってはいないらしい。


「セーラ!」

 呼び声の方を見ると、金髪美人のヴィオラ。

「あ、ヴィオラ!」

 ヴィオラは鮮やかなプルシアンブルーのドレス。腰のあたりから胸にかけてボディラインを強調したラインが美しい。お胸の破壊力がいやが上にも増している(個人の感想です)。

 ヴィオラと一緒にやって来たのは栗色の髪、鳶色の瞳のナイスミドル。

「久しぶりだね、セーラ」

「紹介するわ。これが婚約者のデレク。デレク、こちらはモスブリッジ男爵」

「はじめまして、デレク・テッサードです」

「ジミー・モスブリッジです。お噂はかねがね」

「先日、旅行に参りました際に、セーラの侍女のイヴリンに随分と世話になりました」


 セーラの侍女のイヴリンは、ヴィオラの妹である。そういえばイヴリンの栗色の髪はジミー卿と同じ色だな。

「そうだったのか。イヴリンは生真面目すぎるところもあるけど、本人は一生懸命なんだ。よろしく頼むよ」

「はい」


 ヴィオラが言う。

「セーラもデレクさんも、この前のパーティー以来かしら。あたしもダンジョンに行きたかったんだけど都合がつかなくて」

「あのね、ヴィオラ。あたし、詳細はまだ話せないんだけど、ちょっと遠方まで旅行に行くことになりそうなのよ」

「え? デレクさんと一緒に?」

「それが残念ながら別々なんだけど。でも、イヴリンとはきっと一緒に行くことになるわね」

「あらあ。そうなの?」


「それで、どうせ旅行に行くなら、道中のあれこれを紀行文にまとめたら面白いんじゃないかって思いついてね」

「それはいいわね。じゃあ、誰か文章をまとめる手伝いを連れて行った方がいいんじゃないかしら?」

「あたしもそう思ったんだけど心当たりがなくて。マリリンはさすがに忙しいでしょうし……」


 すると、話を聞いていたジミー卿が言う。

「ライサム辺境伯家のヘレンはどうだろう?」

「ヘレンさん? えっと、あたしあまり存じ上げないのですけれど」

「ライサム家はご当主のアンドリュー卿が高齢ながらまだご健在で……」

 と言いかけてあたりを見渡すジミー卿。

「……さっきあっちで見かけたんだけどな。で、アンドリュー卿の孫にあたるヘレンが、確か昨年だったか学院を修了しているんだ。まだご結婚という話も聞いていないし、もしかしたら時間が比較的自由になるかもしれないよ」

「学院を出ているならサポート役として申し分ないんじゃない?」とヴィオラ。

 セーラも前向きのようだ。

「そうね。アンドリュー卿がいらしたら聞いてみるわ」


 ジミー卿とヴィオラは「ではまた」と言い残して離れていった。確かにこうやって知り合いが増えて、情報交換ができるのはパーティーのいいところだな。


 だが、挨拶をしなければならないのはそんな人物ばかりではないのが辛いところ。


「デレク・テッサード殿ですかな?」と声をかけてきたのは、小太りでハゲかけた人物。あれ? この声は聞き覚えがあるな。

「あら。シュガーツ内務大臣」とセーラ。


 げ。こいつがシュガーツか。目つきが嫌な感じの人物だ。

「失礼ですが、少々お話をよろしいですかな?」


 新年早々、面倒なヤツにからまれちゃったなあ。

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