スートレリア王国へ

 新年2日目。


 朝食を食べながらぼんやり考える。

 明日は王宮で新年の祝賀パーティーがある。気が重い。


 セーラがスートレリア王国の下見に行こうなんて言っていたが、事前に俺が一度行って、転移できるようにしておく必要があるよなあ。

 このあと、休暇が終わったら色々やるべきことがあるだろうから、スートレリアに行ってみるなら、……今日かなあ。天気が悪くなったらしばらく海を渡るのは難しいだろうし。


 手元には簡単な地図しかないが、海を挟んだ対岸のディムゲイトあたりからなら直線距離で150キロ〜200キロくらいか。飛行魔法はそれほどスピードが出ないから、海上で『目視転移ショートリープ』を繰り返して行くのが絶対に早いだろう。


 念入りに厚着をしてから、リズにだけは行先を告げて、まずはディムゲイトに転移。


 ディムゲイトは、兵隊の数もめっきり減って、普通に年末年始のゆったりした休暇の雰囲気。さて、ディムゲイトから南の方角へ転移して、海に突き出している岬に到着。


 うわ! 風が強い。寒い寒い寒い。

 岬は海から切り立った断崖で、景色はいいが寒風吹きすさぶといった感じ。突端から下を見下ろすと20メートルくらい下の岩場に波しぶき。落ちたらヤバい。飛行魔法が使えると分かっていても、尻の辺りがゾワゾワする。


 いよいよ海を越える。まずは20キロくらい先の地点へ『目視転移ショートリープ』で転移。

 転移ポッドから顔を出すと、まるっきり海の上。めっちゃ寒い。そこからまた転移。


 数回繰り返して、海のまん真ん中というあたり。

 手持ちの簡単な地図には載っていなかったが、小島がある。ちょっと休憩。陸地に降りると少し暖かい。


 島は直径2〜3キロ程度の楕円形で、どうやら火山島らしい。

 島から少し離れた海中に中型船が停泊しており、港というか、浮き桟橋のようなものにボートが1艘繋がれている。その付近に数棟の建物ややぐらがあるが、その場所以外は切り立った断崖ばかりである。


 あとで調べたのだが、この島はポルコ島。海軍が守備隊を常駐させているだけで、普通の住人はいないらしい。


 さて、再び『目視転移ショートリープ』で転移を繰り返す。次第にスートレリア島が大きく見えてくるが、でかい。知識としては知っていたが、実際に目で見ると島という感じはまったくしない。視界の端から端までが陸地だ。


 陸地近くにごつごつとした岩礁が広がる海域がある。地層なのか砂が溜まっているのか、海底に白い模様が広範囲に広がっているのが確認できるが、きっと上空からしか見えない景色だろう。漁場としてはいいかもしれないが、船で航行するのは難儀に違いない。


 やっとスートレリア島に到着。たどりついた地点は岩場ばかりの海岸。船を停泊させる場所もないらしく、周囲に人が住んでいるという気配もない。王都のレプスートはここからまだかなり西ということか。

 飛行魔法で高い位置まで上ってあたりを見ると、確かに南西方向に都市が見える。


 再び『目視転移ショートリープ』で転移し、ようやくレプスートに到着。

 あー、寒かった! 1時間弱くらいかかったかな?


 現在地は街を見下ろす、ちょっとした高台。

 王都レプスートは、大きな川が流れ込む湾と港を中心に発達した街のようだ。街は港の周りから川沿いにかなり上流まで広がっている。町中に張り巡らされた水路も特徴的で、大小の船が行き交っている。

 王宮は、川から少しばかり離れた高台にあり、その周囲には石造りの大きな建物が多く見られる。川沿いには庶民が暮らすような木造の家屋が多く見られるが、整然とした立派な道も整備されており、あちこちに見られる食堂や商店などはいずれも繁盛しているようだ。


「これはなかなか立派な都市だなあ」

 聖都の場合、まずは大きな王宮があり、そこを中心として官庁や貴族の邸宅などが立ち並ぶ地域、その周りの一般庶民の住居区域などにだいたい分かれている。それに対して、レプスートはどちらかというと整然と繁栄している庶民の街からちょっと離れた所に少し遠慮がちに王宮があるような印象である。


 さて、町の中を歩き回るには今のこの格好は厚着過ぎる。新年で賑わう繁華街に雪中行軍の兵隊が現れたみたいになる。泉邸に戻ってちょっと着替えようか。


 書斎に戻ったら、ナタリーが掃除をしていた。


「あら。デレク様、お出かけでした?」

「うん、ちょっと着替えてまた行くけど……」

 近寄って、さりげなく俺の身体に触れてくるナタリー。


「あらら、デレク様。ずいぶん身体が冷たいですね」

「そりゃ、さっきまで凍りつくような空の上を移動してきたからなあ」

 ナタリーは俺のコートのベルトを緩めて、前のボタンをポチポチと解いている。何?


「えいっ!」

 コートの前を開いてナタリーが抱きついてくる。

「わ!」

「へへっ。あったかいでしょ?」

「うわあ……」

 ああ。なんて柔らかくて暖かいんだろう。こわばっていた身体がほんわかとほぐれていくみたいな感覚に、しばらく抱擁されたままで動けない。

 ナタリーは俺の胸に顔をうずめてうっとりしている様子。ふと顔を上げて俺の方を凝視する。……び、美人だなあ。


 あ。いかんいかん。

 ……最近、このパターンが多いような気がする。


「着替えてからまた出かけるけど、……ナタリーも一緒に来る?」

「え! いいんですか。是非!」

 身を翻して書斎から駆け出して行くナタリー。


 俺が着替え終わるとちょうどナタリーも戻って来る。チェックのロングスカートにピンクのニット、濃いブラウンのコート。オシャレっぽい。

 期待に満ちた顔で俺の顔を見る。

「どこへ行くんですか?」

「スートレリアの王都、レプスートだ」


 転移ポッドに入って、レプスートへ。

 高台から街を見下ろして、ナタリーが感嘆の声を上げる。

「ええ! ここがもうスートレリアなんですか。聖都より少し暖かいですかねえ? 街は整然とした感じで……マフムードより小綺麗な感じがします」


「じゃ、行ってみようか」

「あの、腕を組んでもいいでしょうか?」

 おずおずと尋ねるナタリー。


「う、うん。やっぱり普通のカップルという感じで」

「そうですよね!」

 嬉しそうに腕を組んで、腕にぐいぐいと胸のふくらみが押し当てられる。


 こんな所にスキル持ちエクストリがいて監視しているとも思えないが、今日はディアナも連れてきてはいない。とりあえずは年始休暇を楽しむ二人連れといった感じで、怪しまれないようにしておくべきだな(言い訳完了)。


 穏やかな日差しの下、のどかな風景が広がっている。

 高台から坂道を下って、川沿いを目指す。畑や住宅地を抜けて人通りの多い表通りへ出ると、大きな店や事務所、レストランなどが並んでいる。そして市内には荷運び用の船を引き込むための水路が縦横に張り巡らされ、荷物を沢山積んだ小型の船が馬に引かれて通って行く。


「もっと海軍の船なんかが多くいるかと思ったけど、全然商業都市だな」

 軍港は別にあるのかもしれない。


 しばらく歩いて行くと四つ辻があって、曲がった先は商店街のようだ。

 ちょっとした広場で大道芸人がジャグリングなんかをやっていて、その様子を大勢の親子連れが見ている。いかにも休日の風景でいい感じ。


「聖都とも、ゾルトブールの町とも感じが違いますね」

「確かにのんびりした感じだな」


 商店街に入ると、これまた人通りが多い。聖都ほど派手な服装の人は少ないが、やはり新年の休暇だけあって、皆、華やいだ雰囲気で楽しそうに笑い合っている。


 ナタリーが楽しそうにキョロキョロあたりを見回す。


 見たことのない色、形のフルーツを露店で売っていたり、包丁やナイフの研屋が客の前でせっせと刃物を研いでいたり、どこから仕入れたのか大量の楽器の中古品を屋台にぶら下げて売っていたり。


「何かいい匂いがしますね」

 確かにそろそろ昼飯時である。


 長蛇の列を発見したので何かうまい料理を出す店かと思って先頭を見ると、顔をヴェールで隠した怪しげな女性の占い師。

「……人気なのかな?」とつぶやくと、並んでいた中年女性が教えてくれる。

「あーた。知らないの? 年末あたりからここにいる占い師さんでね。めっちゃ当たるのよ。あたしも何度も観てもらったけど、外れたことってないわね」

「へー」

「ほら、彼女さんも、そのお兄さんの将来性とか占ってもらったらいいわよ」

 とか言われて、ちょっと嬉しそうな様子のナタリー。


 さて、食事。喫茶店というか、軽食が食べられる感じの店があちこちにあって、皆それなりに繁盛している。ナタリーが選んだのはテラス席のある開放的な感じの店。

「何が名物なのか分からないが……」

「みんなが食べてるのを選べばきっと間違いないです」


 ナタリーが店員にあれこれ聞いて、おすすめで出てきたのは、熱々の小さいカレーパンのようなものと、器に入ったお粥のようなもの。

「このお粥みたいなのは……。ココナツミルクで炊いたお粥?」

「あ、甘いですけど、甘すぎずに爽やかですね」

「このパンみたいなのは?」

「中に大豆や野菜なんかを炊き込んで作った具が入ってるらしいです」

 食べてみると、大豆で作った肉まんみたいな感じ。

「美味いな、これ」

「お粥と一緒に食べると格別ですね」


 食後に出てきたコーヒーも美味い。

「スートレリアはコーヒー豆の一大産地ですから」

「本場のコーヒーは美味いな。どこかでお土産に買って帰ろう」


 身体が暖まったところで、再び商店街をうろつく。

「あ、デレク様。あんなのがお好きと聞きましたが?」

「え?」


 雑貨店のような、古物店のような、怪しげな店、ってどこにでもあるよなあ。

「魔道具を探すんでしょ?」

 すっかりお見通しのようである。


 薄暗い店に入り、暇そうに店番をしているおかみさんに聞いてみる。

「魔道具という触れ込みで仕入れたけどとんだガラクタだった、みたいなものはない?」

 すると、おかみさん、俺を頭からつま先までジロジロと見て言う。

「ウチの亭主が凝りもせずに仕入れてくるけど、そんなのでいいのかしら?」

 そして店の隅にある木箱を指さして言う。

「あそこに積んであってさあ。もう捨てろって亭主には言うんだけど」

「今日はご主人は?」

「なんかゾルトブールで騒動があったからって、海軍に引っ張られて行ったっきりでね」

 なるほどね。


「木箱ごともらって行ってもいい?」

「え? 買ってくれるの? ウソぉ」

 ……店にあるからには売り物ではないのか?

「きっとご主人も喜びますよ」

「いやあ、どうかしらねえ。自分がいない間に捨てたって思われるわ。絶対」

 主人も売れると思ってないのかよ。


 とりあえず値段の交渉をして、俺的にもおかみさん的にも破格の価格で購入決定。


「ねえ、彼女さん。あなたの彼氏は変人ねえ。いいの?」

 そんな風に話しかけられて、ナタリーはまんざらでもなさそう。


「ところで海軍ってどこが本拠なんです?」

「軍港はちょっと離れたピクトンの町にあってね、ウチの亭主はそこに詰めてるわ」

「戦場に行かされなくてよかったじゃないですか」

「まあそうだけど、今回は戦争とはいうものの、戦闘らしい戦闘はなかったらしいじゃない。ゾルトブールまで行った人はそれなりに手当が出たらしいんだけど、こっちに残った人員は何もなし。ちょっと損した気分ね」

 今だからそんなことも言えるけど。本格的な戦争にならなくて本当に良かったよ。


 さて。初のレプスート訪問は満足な結果。ナタリーも楽しそうで良かった。


 ……普通にデートじゃん。

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