感情攻撃魔法

 俺がコンピュータから色々な情報を引き出しているのを、クラリスは半ばあきれたように見ている。


「すごいわね。コンピュータをただ教えられた通りに使う人と、仕組みが分かっていて応用ができる人ではこんなに違うものなのね」

「まあ、優馬という人物はそれが仕事でしたから」


「ナタリーに聞いたんだけど、デレクは『遠見の筒』の魔法をかなりカスタマイズしたらしいじゃないの?」

「ええ、魔道具なしで起動できますし、視覚に加えて聴覚も共有できます」


「あと、転移魔法も?」

「ええ。これは開発にかなり時間がかかりましたが、方角と距離を指定して転移する魔法、視点の先に転移する魔法、自分以外の人物の知っている場所に転移する魔法なんかを作りました」

「ということは、行ったことがない場所にも転移する方法がいくつかあるわけ?」

「はい。これまでに、デームスール王国やエスファーデン王国、デルペニア王国に行ったことがあります」

「それはすごいわねえ。あたしが行ったことがない場所ばかりね」

「どこかへ行ってみますか?」

「いえ、もう少し暖かくなったらね。外は寒いわ」


「ネコやカラスの視点なら、部屋でぬくぬくしたままあちこちを見て歩けますよ」

「あ、なるほどね。その魔法、あたしも使えるようにできるかしら?」


 興味を持ったようなので、『遠隔隠密リモートスニーカー』と関係する魔法、それに『想起転移リコレクト・リープ』や『直行転移ラッシュ・オーバー』をペリの固有魔法に書き込む。


「ナタリーに『ダガーズの指輪』というのを渡してありますから、ナタリーがどこにいてもそこに転移できますよ」

「あら。……逆じゃない? ナタリーにあたしの所へ来てもらう方が便利よね」

「残念ながら転移魔法はシステム魔法らしいので、ナタリーは使えません。システム魔法の利用権限について究明できれば可能になるのかもしれませんが」

「確かに。……でも、デレクならあっさりクリアしそうな気もしてきたわ」


「あと、ナタリーや他のメイドに協力してもらえば、彼女らの知っている場所を見に行くのもできます」

「いいわね。じゃあ、さっそくやってみるわね」


 クラリスは泉邸に戻り、自室でぬくぬくしながらポルトムあたりを見に行ってみるらしい。


「クラリスはだいぶ立ち直ってきたみたいだね」とリズ。

「そうだね。転移魔法なんかであちこちを見て、興味を持つのはいいと思うな」


「ねえ、デレク。さっきは障壁魔法について調べたけど、『威厳の指輪』も調べてみたら? あれは感情攻撃魔法らしいじゃない?」

「そうだな。AIチャットという強力なツールも手に入ったし、調べてみようか」


 これも、ソースファイルだけは見つけてある。聞いてみよう。


 AIチャットのヒナに話しかける。

「このソースファイルの概要を教えてよ」

「これは感情攻撃魔法のひとつ、『畏敬攻撃』です」

「そのままかあ。……そのパラメータはどこに書いてあるのかな?」

「定義ファイルがインポートされています。列挙型の定数で、『歓喜』、『悲嘆』、『怒り』、『愉悦』、『恐怖』、『畏敬』、『憐憫』、『恋慕』、『愛欲』、『強欲』、などなどが定義されています」

「げ。……なんかずげえいっぱい種類があるんだけど」


 リズもプログラミングは知らないまでも、概要は理解できたようだ。

「『畏敬攻撃』のパラメータだけ書き換えれば別の感情攻撃魔法になるわけね。闇系統のダーク・フライトニングって、恐怖を増大させるんだっけ? 同じ種類かな?」

「多分そうだね」


「でも、『憐憫』とか『恋慕』って、攻撃としてはどうなの?」

「戦っている最中に、急に相手が可哀想に思えたり、大好きになっちゃったら、攻撃の手が緩むだろ?」

「あ。それは卑怯だね」


「ともかく、このソースコードにあるのが『感情攻撃』を呼び出す APIであることに間違いはなさそうだな」

「大収穫だね!」

「しかし、禁忌魔法に指定されるくらいだから、むやみに使ったらダメだな」


 この魔法を使ったら、人の感情を制御できてしまう。魔法が効果を発揮している間だけのことだが、逆に自分がそんな魔法で感情をコントロールされたらと考えたら不愉快極まりない。濫用は厳禁だな。


 謎だった感情攻撃魔法もあっさり解決。

 すごいな、AIチャット。


「ところで、……GTZって何?」

 するとチャットプログラムのヒナ、こんなことを言いだす。

「禁則事項です」

「は?」

 んんん? 何だ、これ?


「どういったことが禁則事項に相当するのかな?」

「アクセス権がない情報について尋ねられた場合です。そのように答えるのが正解だと教えて頂きましたけれど?」

 そう教えたのはヒックス伯爵、だよなあ。


「えっと、『線形代数学2』の単位を取るにはどうしたらいいの?」

「『線形代数学2』の意味が分かりません」

「ホムンクルスを作るにはどうするの?」

「情報へのアクセス権がありません。禁則事項です」

 ふむ。逆に、作る方法はあるんだな。


「サラマンダーを呼び出すにはどうしたらいいの?」

「サラマンダーを使役する魔道具を使います」

「使役できるサラマンダーを用意するにはどうするの?」

「情報へのアクセス権がありません。禁則事項です」

 同じだな。


「アクセス権を得るにはどうするの?」

「禁則事項です」

 これも、その方法はあるんだな。


「各種の『呪い』の定義はどこに記述されているのかな?」

「『呪い』とはストーリーシステムで実現される、比較的小規模、または短期間の因果律制御のことを言います。ストーリーシステムの基幹部分ではなく、追加定義のルールとして扱われます。ルールには、条件が整えば活性化するものと、魔法システムのインタフェース経由でスプールに置かれてから一時的に活性化されるものがあります」


 ほほう。呪いについて、初めて具体的な説明が聞けたぞ。


「その魔法システムのインタフェースはどこにあるのかな?」

「オクタンドルのユーザは直接アクセスできません」

「は? ……どういうこと?」

「禁則事項です」


 ううむ。しかし、間接的にならアクセスできる可能性はあるわけか。

 実際、例えば『人形の呪い』みたいに、魔法スクロールから呪いは起動できてしまうわけだから、方法がないのはおかしい。そのうち、時間をとって調べてみたい。


 リズはずっと魔法管理室にいるのに飽きてきたらしい。

「障壁魔法の効果も実際にどこかで確かめておいた方がいいんじゃない?」

「それはそうだなあ」

「広い場所じゃないと危ないから、外へ行こうよ」


「広い場所か。……よし、久しぶりにゲッテンガム砦跡に行ってみないか? 寒い時期だからきっと誰もいないよ」

「あ、あたしとメロディが誘拐されて連れて行かれた場所か。確かに久しぶり」


 相談がまとまって、厚着してからゲッテンガム砦跡へ転移。

 予想通り誰もいない。あたりは冬枯れの寒々した草原が広がっているだけだ。


 10メートルくらい離れて向かい合って立つ。

「よし。『バリアドーム』を起動した。とりあえず、ストーン・バレットを撃ってみてくれるかい?」

「いいよ。ストーン・バレット!」


 リズから結構な勢いで石つぶての攻撃! だが、俺に届く寸前で、目に見えない壁にぶつかったようにぽとりと落ちる。だが、ぶつかった時の音もしない。

「お? これは……。じゃあ、ストーン・スウォームはどうかな?」

「よーし。行くよ。ストーン・スウォーム!」


 今度はさっきのような石つぶてが雨あられと降り注ぐ。だが、今度も俺の周囲に透明なドームがあるかのように石はすべてあらぬ方へ跳ね飛んで行く。

 サンドエッジの斬撃も試したが、見えないドームが打ち消してしまう。


「じゃ、ファイア・サーペント!」


 大蛇のような火炎の帯が俺の回りでトグロを巻くが、ドームの中には入って来ることができない。

「リズ! 熱い! 熱い!」

「あ。ごめん」


 予想した通り、輻射熱、つまり赤外線はバリアを素通りするので、熱い。


「あのままじゃ、リアル道成寺だぜ」

「デレクが何を言っているか分からないけど、規模の大きな炎には弱いんだね」


「よしよし。魔法の働きはだいたい分かったな」

「これ、ダガーズの指輪に追加するの?」

「そうだな。防御の魔法だし、これまでの弱点だった弓矢の攻撃にも耐えられるから、いいんじゃないかな」

「段々と無敵になって行くねえ」

 あ。でも、ダンジョンでは禁忌魔法は使用禁止だとホムンクルスのノピカが言ってたな。あのケンタウロスの攻撃が防げたらいいんだけどな。


「しかし、このバリアがあれば防御はできるとしても、攻撃の手段がないな」

「エンジェル・ブレイドとか、デモニック・クローの射程はどうなの?」

「レーザー光線はさすがに遠くまで届く。デモニック・クローは試したことないな」


「じゃあ、あそこの……」と、リズは砦跡の岩山の上の方の木を指さして言う。

「大きな枯れ木をデモニック・クローで切り飛ばすことはできる?」

「うーん。二百メートルくらいあるな。……デモニック・クロー!」


 すると、カミソリで雑草を切り払ったように、それなりに大きな木の幹がスパッと切れるのが見える。

「うわ! これはちょっと怖いな。攻撃は届くものの、狙いを外したら大変だ」

「遠くの敵にも対抗手段はあるってことかな?」

「しかし、周囲の目があるところでは使いにくいな」


 さらに試してみたところ、エンジェル・ブレイドとデモニック・クローは、障壁のドームの内側からでも使えることが判明。ドーム内から使えないのは、何かを飛ばして見せる射出系魔法らしい。

 防御だけでなく、攻撃も同時にできることが分かったのは収穫だ。


 一段落したところでリズが言う。

「せっかく外へ出たから、今日はデルペニアあたりに行ってみたいかなあ」

 実は最初からそれが狙いだった、のかな?

 まあいい。


 久しぶりにデルペニアの王都、デルフォニーへ。

 聖都よりはかなり南なので、少し暖かい。

「ここも新年って感じだけど、やっぱり気候が穏やかだねえ」

 リズは嬉しそうにキョロキョロしている。

「俺達だけ妙に厚着なことない?」

「大丈夫だよ。デレクの服装がダサいのは今に始まったことじゃないし」

「……えっと」

 そういえば、こちらでは棒に紙の帯をつけた飾りは見かけないな。ドラゴン退治を記念したものというのは本当みたいだ。


「デレクはこの前、エメルも遊びに連れてくって約束してたよね? 呼んでこようか? 人数がいたら楽しいでしょ?」

「あ。そんなこともあったな」

 例の『スパイ容疑』の尋問をした時である。うっかりそんな約束をしたっけ。


 そんなわけで、急遽、エメルも呼んできて3人でお茶やら買い物やら。

「うふふ。デレク様、約束を覚えててくれて嬉しいです」

 それは俺じゃなくて、と言おうとしたら、リズが目配せをする。

 すまんなあ、リズ。恩に着るよ。

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