大晦日もやっぱり

 飛行魔法の改良にメドがついて、少しいい気分で昼食をとる。


 午後は書斎で、今年中に片付けたい雑用をさばくことにする。


 しばらくすると、ナタリーが書斎にやって来た。

「何か御用がありましたら」

「あ、そこの書類の束はもう古い情報だから捨てておいてくれる?」

「承知しました」


「ところで、クラリスの様子はどう?」

「はい、時々遠くを見てぼんやりしていることはありますが、食事もちゃんと取っておられますし、今のところ、特に心配することはないと思います」

「そっか。でも、気を付けて見ていてあげてね」

「はい」


 ふと気づくと、ナタリーのメイド服もさっき見たカリーナのものと同じように見える。つまり、テッサード家で業者に発注して作ったものと少し違う。

「そのメイド服、いつものとちょっと違わない?」


 するとナタリー、包み込むような柔らかな笑顔で言う。

「お気づきですか。これ、この前お話したメイド服の試作品です」

「この前? ……あ」


 廃帝のスケッチにあった、エロいメイド服のことか?


 ナタリー、すすっと俺のそばに近寄ってきて背中を向ける。

「どうですか。ここの脇の所なんですけど……」

 そう言ってちょっと右腕を上げると、近くでよく見ないと分からないものの、確かに背中側から手を入れるくらいのスリットがある。

「げ」

「せっかくですからお試し下さい」

「え、でも……」

 ナタリー、ちょっと悲しそうに言う。

「デレク様を思って、とても苦労して作りました。どうか、是非」


 そうまで言われて無下に断るのもあれかなあ。


 そっと右手を入れてみる。

 ……うひゃあ! 右手全体がすんなりと暖かい服の隙間に入ったかと思うと、俺の手のひらがナタリーの柔らかい部分を直接、しかもすっぽり覆うように誘導されてしまう。

 こ、これは!


 と思った瞬間、ナタリーが左手で俺の右手首を掴み、そのまま右腕を下ろして俺の腕を挟んでしまう。


「うふ。捕まえましたよ」

 うわ。右手がナタリーの脇に挟まれてしまって抜けない。しかも、ナタリーが左腕で上から押さえつけるものだから、俺の手のひらはナタリーのあそこに密着状態。


「え、えっとお。あ、あのさあ、素晴らしい感触だけど、離してくれないかなあ」

「あ。最近ちょっと耳が遠いのでよく聞こえません」

 え? ……絶対ウソだけど、耳元に口を近づけて言う。

「離してくれない?」


 ナタリー、身体をちょっとピクッとさせる。手のひらの方の感触にも変化が。

「あの。今度また、遠くを見に行く魔法を使って下さいませんか」


 あれかあ。

「うーん。……セーラの前じゃなければいいかなあ」

「わ。嬉しいです。約束ですよ」


 やっと手を抜くことができたが、……この感触は、ヤバい。


「……えっと、カリーナも同じ服を着ていたような」

「お気づきでしたか。さすがデレク様です。カリーナも裁縫が得意だというので、一緒に作りました」


 メイド全員がこの服を着用するようになったらどうしよう?


「これ、他のメイドは……」

「いえ、あたしとカリーナの、通称『裁縫部』だけしか知りません」

 裁縫部。いつの間にかサークルができてるし。


「カリーナもきっと心待ちにしていますから、どうかよろしく」

「うーん」


 エスファーデンの王宮のマネがしたいわけじゃないが、色々ヤバい。少なくとも来客がある時は止めてもらわないとなあ。


 ナタリーが部屋から出ていって、しばらくすると今度はカリーナがやって来る。

「何か御用がありましたら」

 何? この既視感デジャヴュ


「えっと。もしかしてメイド服の仕上がりを見せに来てくれたのかな?」

 するとカリーナ、ぱっと笑顔になって言う。

「はい。ナタリーが『デレク様は怒ったりされないから、試してもらったらいいわ』と言ってました。よろしいでしょうか」

 ううむ。そんなこと言われたら怒るわけにもいかないじゃないか。


 ちょっと対応に困って固まっている間に、カリーナはいそいそと俺のそばへやってきて背中を向ける。

「……お試し頂けますか?」


 うーん。ナタリーのは試したのにカリーナにしないというのも、なあ。


 おずおずと右手を入れようとすると、両腕を少し上げてカリーナが言う。

「どうぞ、両手で」


 両手をカリーナの脇にあるスリットから服の中へ。

 ……うひゃ! ちょっ、ちょっとこれって天国?

 ナタリーの時は自分の煩悩が手のひらの上に確かな質量をもって顕現したかと思ったが、カリーナの場合、そっと扱わないといけないふわふわのクリームがそこにあるような感覚。何を言っているか自分でも分からん。

 両手のひらで覆った温かいふくらみに、少し力が入ってしまう。

「……ぁん」

 軽く声が出てしまうカリーナ。


「あ、ごめんごめん」

 急いでするっと手を抜くと、もうスリットはどこにあったのか分からない。すごいな、これ。


 カリーナ、こちらを向くと、熱っぽい目で上目づかいにこちらを見る。か、可愛いじゃないか。いかん、と頭で思っているのに、本能がいい仕事をしてカリーナをそっと抱いてしまう。

 カリーナ、俺の胸にしなだれかかって目を閉じる。何かいい匂いがする。


 やばい。


 大慌てでカリーナから離れて、取り繕う俺。

「いや、その。ごめんね」


 カリーナ、少し目を伏せながら言う。

「スカートの方はもう少しで完成しますので、完成の暁には……」

「いやいやいや。スカートはやめようよ」

「え、ダメ、ですか?」

 悲しそうな目でこちらを見るカリーナ。あ、そんな目で見ないで……。


 でも、そりゃダメだろう。「いつでもどこでも」のあのスカートだ。そんなスカートが視界にちらちら入って来たら、いつ理性のタガが外れてしまわないとも限らない。

 というか、200%、外れる。

 もちろん、ナタリーとカリーナを合わせて200%である。


「うん、スカートはダメ」

 よし、言えたぞ。やればできるじゃん、俺。


「では、こちらの服は時々着用しますので、またいつでもご存分に」

 そう言い残し、一礼してからカリーナはパタパタと去っていく。


 しまった。スカートはダメだけど、あの服はオッケーみたいになってしまった。


 書斎に残された俺は、両手に残った感触を繰り返し「復習」しながら考える。

 いや、考えるまでもなく、「そんなメイド服は禁止!」と強権を発動すればいいだけである。

 ……ダメだなあ、俺。


 仕事を一段落させて、午後のティータイム。

 隣に座ったリズにこそこそと話をする。

「……というメイド服をナタリーとカリーナが作っててだね」

「うは! それいいね」


「いや、確かにいいのは否定しないが、いよいよモラル的に堕落しそうというか、品性というメッキがなしくずし的に削られて地金が見えそうというか」

「確かに四六時中エロいことばかりしてたら、発情したサルみたいだもんね」

「……発情したサル、見たことあるのか?」

「今読んでる小説に出てきたフレーズを使ってみただけ」

「うーん。まあ確かにサル並みと言われると、理性が欠如したケダモノ感があるな」


「そのメイド服、セーラは知ってるの?」

「服のデザイン画自体は、セーラとマリリンが書庫で見つけたんだけど、まさかナタリーとカリーナが本当に作ってるとは思わないだろうな」

「裁縫部の2人ね」

「知ってるのか」

「うん、あとは編み物部があって、元々はメロディが教えてくれたんだけど、現在はあたしとエメルとシトリーだね」

「あ。この前プレゼントしてくれたマフラーね」

「そうそう」


 俺とリズがそんな調子でくつろいでいると、セーラとヒルダ、エリーゼが戻ってくる。

「あれ。ヒルダもお茶とかどう?」

「いえ、今から帰ってすぐに印刷に回しますので。では、来年からもどうかよろしくお願いします」

 エリーゼもヒルダに同行するという。2人は慌ただしく出ていってしまった。


 セーラは食堂のテーブルに突っ伏している。

「あー。エリーゼに来てもらって、本当に助かったわ」

「お疲れ様」


 リズがセーラに尋ねる。

「セーラはスートレリアに行くんだよね?」

「そうねえ。まだ1、2ヶ月は先だと思うけど」

「どんなところだろう? デルペニアには行ったことあるけど、あんな感じかな?」


 するとセーラ、何かを思いついたようだ。

「日程なんかが本決まりになる前に、下見に行くのはどうかしらね」

「あ! それいい。うんうん。大賛成」とリズ。リズはもう観光気分だ。

「え? あの」と俺が割り込もうとするが、無駄。

「よし! じゃあ年明けくらいで、原稿に余裕ができたら下見に行きましょう」

「わあ、楽しみ」


 ……決まったらしい。


 さらにセーラが言う。

「思いついたんだけど」

「うん、何?」

「スートレリアってあまり馴染みがない土地じゃない」

「そうだね」

「旅行中のあれこれとか、気候、風土、王宮での滞在とか、それから議会ってどんな風に運営してるのかとか、手記みたいにして出版したらどうかしら。珍しい土地の話だから、読者はそれなりにいるんじゃないかしらね」

「ほほう。それはいいアイディアかもしれない」

「もちろん、今やってるフィアニカ・ダンジョンの出版がうまく行けばだけど」


「でも共同研究が本来の目的なんだから、そういう手記の原稿をまとめたり、読み直して間違いを直したりしてくれる役目の人にも同行してもらったらどうかな?」

「そうね。どの道、侍女とか護衛は何人か必要だから、そういう才覚のある人を選べばいいかしらね」

「そんな心当たりってある?」

「新年の祝賀行事で知り合いには会うわけだし、心当たりを聞いてみようかしら。ほら、学院に通ってた人たちが知っていそうよ」

「なるほど」


 カリーナとシトリーが、セーラにもお茶を持ってきてくれる。

 シトリーが俺のカップにお茶を注ぎながら言う。

「デレク様。今日は今年最後の日で、ディナーをみんなで食べたりするわけですが」

「うん、そうだね。メイドのみんなとも一緒に楽しい食事をしたいと思ってるよ」

 俺も、年末の豪勢なディナーというか内輪のパーティーは楽しみだ。


「じゃあ、少しくらいハメを外してもいいって感じですよね」

「ん? 何か欲しい物でも……、例えばお菓子の買い足しがしたいとか?」

「え! 少しハメを外してもいいんですか?」

「ま、いいんじゃないか」


 考えてみると、ここ数ヶ月で、ケシャール地方から出てきた「ダガーズ」やゾルトブールの農園から助けた彼女たちと縁ができて、いつの間にかメイドとして一つ屋根の下で世話になっているわけで、不思議なものだな。


 などと感慨にふけっていると、シトリー、メイドたちの方を見て言う。

「みんなー。デレク様の許可が出たよ」

「おおー」

 一部からどよめきと拍手。……何?


「では、デレク様の許可も出ましたので、第2回、栄えあるお風呂選手権、開催の運びとなりました」

「え?」

 パチパチパチ、と拍手。


 しまった! ハメられた!

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