空も飛べるはず

 フランク卿が例の件を切り出す。

「ところで、デレク。マイルズがこちらに来るという連絡が来たが、あれはいつ頃になるのかね」

「具体的にはまだ未定です。ただ、5月くらいになると兄のところで孫が生まれる予定ですから、それまでには来るつもりだと思います」

「なるほど。孫か。いやあ、お互いに歳をとったもんだ」


「ハワードもそろそろかしらね」とイライザ。

 思わぬところから火の粉が飛んできてあわてるハワード。

「あ、え? 俺はまだ、その……」

「来年で学院も修了予定だろう? うむ、そろそろ頃合いかな」とフランク卿。

「は、はあ」


 公爵家の長男の結婚式ともなると、準備段階から大騒ぎだろうなあ。頑張れ、ハワード。

 一方、気楽そうな次男のジーン。

「ハワードが結婚したら、どこに住むのかな?」

「セーラに今いる建物から出てもらうのはどうかしら」とイライザ。


「え! それって、あたしはデレクのところにお嫁入り?」とすごく嬉しそうなセーラ。

「いや、それは。せっかくだから新築で一棟作らんか?」とフランク卿。セーラが出て行きそうなので少し焦っている様子。

「それだったら、年明けくらいから作業に入らないとダメよね」


 イライザは心なしかウキウキしている感じだ。そのあたりはラヴレース家の中で相談して欲しい。

 しかし、こうやって段々と世代が移っていくんだよなあ。


 セーラが思い出したように言う。

「あ、デレク。新年恒例の王宮での祝賀会には出るわよね?」

「話だけは聞いていたけど、やっぱり出ないとダメ?」


 するとフランク卿が言う。

「それは出るべきだろう。辺境伯の代理として聖都におる以上、王宮での公式行事には出席が基本だな」

「そうですね」

 ううむ。新年早々、気が重い行事、来た。


 フランク卿が会のあらましを説明してくれる。

「基本、貴族が集まって国王陛下のちょっとしたスピーチがあって、あとはパーティーという感じだ。まあ、デレクは王太子殿下とあまり会いたくはないだろうけどな」

「セーラも出席するの?」

「お父様とハワードは出るわよね。あたしはデレクの婚約者として出席かな?」

 そうだよな。婚約者がいたら、普通は一緒にパーティーへ出席するよな。


 ふと思いついて聞いてみる。

「参考までに、なんですけどそういうパーティーでお供を同伴するのはアリですか? 例えばセーラに侍女が付いて行くとかいう……」

 イライザが教えてくれる。

「身体の弱い方もおられるから、なくはない、かしら。でも、控室で待機が普通で、会場まで付いてくるのはよっぽどね」

「デレク、何の心配?」

 セーラに小声で伝える。

「『スカウト』のスキル持ちエクストリを心配してる」

「あー。ディアナを連れて行くのか」


 王太子が親衛隊にスキル持ちエクストリを集めるといった話をしていたようだし、用心に越したことはない。

 そんなスキル持ちエクストリが実際に王宮あたりにいるのか、さらにそのスキルでどこまで分かるのか不明だが、俺の能力を探られるのはできれば避けたい。ディアナの『抑圧』のスキルで、『スカウト』の能力を妨害できるんじゃないかな。


 セーラがちょっと考えて言う。

「じゃあ、ドロシーがハワードと出席するなら、ドロシーの付き人という形で」

「それはアリかな?」

「え? 俺とドロシーで出るの?」とハワードが慌てている。


「おお。それはいいな。うむ、そうしたらいい」とフランク卿が乗り気。

「早速、フレッドのところに連絡しておかないとね」とイライザも嬉しそう。


「フレッドには、シャツをちゃんと用意しておくように言っておかないとな」

 ぼそっとつぶやいたら、セーラが盛大にむせている。


「あらあら。お行儀が悪いわね、セーラ」とイライザに咎められる。

「だってデレクがぁ」


 その夜は和やかにディナーを楽しむことができた。



 次の日。今日は大晦日である。


 最近サボっていたが、一年の締めくくりで久しぶりにトレーニングをしようか。

 トレーニングルームに行ってみると、ノイシャとアミーがスクワットなどをしている。


 アミーにいきなりジャブを食らう。

「おや、デレク様。しばらくサボっていたでしょ? 余分なお肉が付いてませんか?」

「な、何を言う。こう見えても国境守備隊で鍛えたこの身体は……」


 いきなり、背後に忍び寄ったノイシャに組み付かれ、体勢を崩されて投げ飛ばされる。

「うわあ!」


 いかん。床に這いつくばったまま、ノイシャに組み敷かれて起き上がれない。

「ほーら。隙だらけですよ」

 耳元でノイシャがささやく。


「うーん。参りました」


「あ、じゃあ次はあたしね」とアミーが嬉しそうに構えをとる。

「よし、ちゃんと組み合ったらアミーには負けない……」


 あれ?

 ……アミー、強いんですけど?


 技を掛け合ったら、3回に1回はこっちが負ける感じ。


「ふふふ。デレク様、身体がなまったんじゃないですか?」

「……こんなはずでは」


 その様子を見ていたノイシャが言う。

「デレク様、わざと負けてアミーの下敷きになってる、なんてことはないですよね?」

「そんな手加減をしてたら怪我するよ」

「安心しました」

 ……何が?


 朝食の後、少しぼんやりしているとエメルが紅茶を持ってくる。

「アミーに時々負けるらしいじゃないですか」

「あー、そうなんだよなあ。いかんなあ」

「次回はあたしと是非」

「ううむ」

「鍛えないと、そのうちあたしたちの方が強くなっちゃいますよ」

「……そうだね」

 エメルはクデラ流の手ほどきを受けているのでさらに油断ならない。



 セーラは原稿の日程が厳しいそうで、大晦日にも関わらず朝から泉邸にやってくる。


「今日中に初回の原稿を仕上げないといけないのよ」

「でも、その後は週に1回のペースだろ?」

「スートレリアに行くことを考えたら、前倒しで完成させておくのがいいと思うのね」

「ある程度のプロットを仕上げたら、あとはヒルダにやってもらって、チェックだけするって方式はどう?」

「よっぽど時間がなければそうなるかも」


 私服のアミーがくつろいだ様子で朝食を食べている横で、カリーナがせっせと紅茶を注いで回っている。あれ? カリーナのメイド服はいつものものと違うように見えるな。


 クロチルド館からエリーゼがやって来た。

 エリーゼはちょっとスリムな赤毛の女の子で、今日は清潔感あふれる白いブラウスで登場。今日から原稿の読み合わせとか綴り間違いのチェックなどを手伝ってもらうようにお願いする。

 しばらくしてヒルダもやってきて、3人は一緒に原稿書きの仕事へ。


 俺は魔法管理室で飛行魔法について再検討である。


 まず、セーラが飛行魔法の詠唱を行ったものの、飛行はできなかった現象。

 ログを調べると魔法の起動自体はできているので、プログラムのどこかで魔法レベルなどのチェックを行った結果、実行がキャンセルされた可能性が高い。


 AIに活躍してもらってコメントを理解しつつ、ソースプログラムを追いかける。

 すると、魔法レベルが2以上はないと重力制御が使えないとコメントにあり、まずそのチェックがある。しかしセーラのレベルは3あるから、ここが問題ではない。

 さらに別のチェックがある。ペリが言っていたように、システム管理者かどうかを調べるルーチンを呼んでいるようだ。そうでなかった場合はまた別のチェックがある。


生物種クリーチャチェック、って何だ?」


 コメントには特に何もない。つまり、プログラムを書いた誰かにとって、この「生物種クリーチャチェック」はコメントで説明するほどのこともない、当たり前の処理ということになる。

 例のダグバとゾグバというのが人間ではない何かの生物クリーチャだとしたら、そういう特殊な存在にはこの魔法が起動できるということか?


 だが逆に、セーラが飛行できなかった理由がここの部分だったとしたら、ここに手を加えたらレベル2以上の魔法士なら飛行魔法が使えるってことじゃないかな?


 そう思いついたら、やってみるよねえ。


 まず、『シガプフッルゥ』という名前は言いにくいし覚えにくい。このソースプログラムをコピーして別の名前をもつ魔法にしよう。……『飛翔ソア』とかがいいんじゃないかな? 鳥みたいにパタパタ飛ぶわけじゃないし。


 で、コピーした方の魔法は、「生物種クリーチャチェック」を削除して、代わりに特定のプロパティを持っていたら魔法が起動できるようにしておけばいい。プロパティは『飛行可能フライアブル』にするか。これを個人の属性に直接書き込んでもいいし、指輪で付与してもいいかな。

 ダガーズだったら魔法が使える3人、アミー、ジャスティナ、シトリーはレベルが2以上ある。またエメルあたりに不公平とか言われそうだけど。


 最高スピードもちょっと上げて時速60キロくらいにしておく。

 俺やリズはいいとして、普通の魔法士は「魔力」を消耗するから、そんなに長時間は飛び続けることはできなさそうだ。これはあとで誰かに試してもらおう。


 何かやり遂げた感。


 ついでに、名前だけ分かった新しい魔法も調べてみよう。


 まず、『衝撃波ショックウェーヴ』。

 ソースファイルのコメントは例によってイソシオニアンという記法だが、AIに活躍してもらって概要を理解。


 『衝撃波ショックウェーヴ』は、相手の身体に衝撃波を送り込む魔法らしい。攻撃対象に直接触れている必要があり、相手を殴りつけるような目立つ動作を伴わずに脳震盪くらいは起こせる。コメントによると、強い力を送り込むと相手の骨を砕くくらいのことができるらしいが、それってちょっと怖い。


 現状、相手に物理的にショックを与える魔法として、例のタガーズの指輪には電撃を浴びせる魔法のエンジェル・ライトニングを装備してある。だが、エンジェル・ライトニングは金属の甲冑などを着ている相手には通じない。『衝撃波ショックウェーヴ』はそういう場合でも役に立つかもしれない。だが、どちらも水の中で使うと自滅しそうな予感がする。


 次に『使い魔』。

 現在重宝している『遠隔隠密リモートスニーカー』の大本は『カラスの嫌がらせ攻撃』と『遠見の筒』なわけだが、これもその系統の魔法で、カラスやネコにちょっとした仕事をさせることができる。

 典型的には、手紙やちょっとした小物を、指定した相手の前などに置いてこさせるという、いわゆるメッセンジャー的な役目をさせることができる。ただし、そのネコやカラスの生活圏からあまり離れた場所に出張させることはできなさそうである。


 あとは、何か特徴的なものを取ってこさせることもできるようだが、さすがに文字は読めないので手紙を持ってこさせたり、その場で自分の判断で何かをすることはできない。つまり、子供のお使い程度だな。

 しかし、誰からとも分からない手紙をカラスが持ってくるなんて、なんか小説かマンガっぽくていいよね。機会があれば試してみたい。

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