来年の計画とか
その後も四方山話をしているうちに日が暮れ始める。
イヤーカフにチジーから連絡がある。
「番犬の件ですけど」
「はいはい」
「輸送用にケージを用意する必要はありますか、と問い合わせを受けてます。あと、休暇中で担当者がいないので、引き渡すとしたら新年の4日以降だそうです」
「了解。犬小屋の準備もあるから急がなくていいな。それと、ケージはいらないや」
俺と、『服従の指輪』を持っているオーレリーででも受取りに行こう。
「では、また連絡します」
「ありがとう」
書斎へ行ってみると、セーラが手記の打ち合わせを終えてグテっとしていた。
「原稿書きは久しぶりだから疲れたわ」
「あのさあ、『耳飾りの試練』とかそういうのはぼやかして書いて欲しいんだけど」
「心得てるわよ。あと、デレクは火系統のレベル2しか使えない設定にするわ」
「別にいいけど、それなりにでいいから活躍させて欲しいかなあ。……オーレリーは?」
「えっと、ゾルトブールから来た謎の多い女剣豪って感じ」
「ああ、いいねえ」
「明日も引き続き作業の予定よ」
「じゃあ、クロチルド館にいるエリーゼという人が出版社に勤めていたことがあるっていうから、手伝いに来てもらったらどうかな。原稿のチェックや読み合わせの手助けはできるんじゃない?」
「あー。それは確かに助かるわね」
明日の昼すぎから来てくれるように言っておいてもらおう。
「じゃあ、デレク。出かけましょう」
ディナーをラヴレース家でという約束だ。
エントランスから外へ出たところで思い出す。あれを試してみよう。
「あのね、『シガプフッルゥ』という詠唱の後に『飛行せよ』って言ってみてくれないかな?」
「は? シガプ……何?」
「すまんね、『シガプフッルゥ』」
「シガプフッルゥ。飛行せよ」
……何も起きない。
「あれー?」
「結局何よ」
ノイシャに馬車を出してもらってラヴレース家へ。
馬車の中でさっきまでの顛末を報告する。
「つまり、デレクも知らなかった『飛行魔法』というのがあって、デレクやリズ、クラリスは使えるけどあたしは使えない、ということ?」
「さっき試した範囲ではそうだなあ」
「何よ、不公平だわ」
「しかし、誰でもが空を飛べるというわけではなさそうで、その点では一安心だ」
「いいなあ。飛行魔法かあ。風を切って空を飛び回れたらいいわねえ」
「夢を壊すようで悪いが、そんなにカッコいいものじゃないよ。浮かび上がってフワフワ動くというのが近い」
「え。そうなの? まあそれでも飛べるならいいわよ」
「その場合はスカートだとまずいよね」
「デレクったら、いつもそんなことばかり考えてるわね。ある意味、感心するわ」
本当にごめんなさい。……でも、男の子ってみんなそんなんじゃないの?
話を元に戻したい。
「問題なのは、飛行魔法を使える、俺達以外の何かの存在が明らかになったことなんだけど」
「何かしらね、それ」
「ホムンクルスとかそういった人間以外のものではないか、と推測しているんだけど、名前が付いているから、関与している人間がいるはずなんだ」
「不穏ね」
さっき、セーラが呼び戻された件について聞いてみる。
「で、スートレリアの話だけど、何だって?」
「それがね、女王陛下自らが歴史の研究をしてるんですって。特に、聖王国の正史に見られる、貴族の系統に関する情報の抹消や
「なるほどね。それで共同研究をしませんか、という話か」
「お父様はね、女王陛下自らがご指名というのは大変な名誉だから、数ヶ月程度というなら行ってきたらどうだ、とおっしゃるのね」
「なるほどね。で、セーラはどうするつもり?」
「せっかくのチャンスだし、お誘いを受けて行ってみようと思ってるのよ。期間は1ヶ月になるか、もうちょっとになるか分からないけど」
「分かった。いいと思うよ」
「デレクはいつでも会いに来てくれるだろうし」
「そうだな。俺もスートレリアには行ってみたい」
「唯一の問題は……」
「ん?」
「少なくともスートレリアに行っている間にはデレクとは結婚できないわ」
「まあそうか」
「それどころか、その期間中にそんなことをして、うっかり子供でもできたらまずいわよねえ。デレクの子供だって認めてもらえないわよ?」
そう言ってセーラはニヤニヤする。
「まあ自重しよう」
そう言い終わらないうちにセーラに抱きつかれ、誰も見ていないのをいいことに長いキスをされてしまう。う、自重……。
唇を離して、近い距離で見つめ合う。
セーラが言う。
「ところでね。実はこの話にはかなり気になる重要なポイントがあるのよ」
「ほう?」
「親書にあったんだけど、メローナ女王は貴族の情報が改竄されているのは、魔王が現れた原因を隠蔽するため、という仮説を持っているみたいなのね」
「え! 魔王?」
待てよ? セーラがダズベリーで、聖王国の正史には辻褄が合わないおかしな点がある、という話をしてくれたことがあった。あの時、俺はオクタンドルのゲーム向けにでっちあげられた架空の貴族の系譜が、実際のこの世界の貴族の情報と一致していないということだと解釈していた。
つまり、長い歴史があるという設定の王国なので、王族を始めとした貴族にそれなりの家系図なんかが存在していないとおかしい。そこで、バイト学生でも雇って創作した結果、おかしなものが出来上がったのだろう、と思っていたわけだ。
違うのか?
考えてみると、俺のその考えには何の根拠もない。もし、魔王が関係しているという話が本当なら、それはすごく興味深い。
セーラが問う。
「デレクはどう思う?」
「そういえば、ダンスター男爵がゾルトブールの王宮で探していた『例の文書』は『エインズワースの交友録』らしいけど」
「そうだったわね」
「側近の人に直接聞いた話だと、あれを探していたのは女王陛下の指示で、しかもやっぱり魔王出現の秘密に関わる件らしい、という認識だった」
「思い出したわ。確かにデレクからそう聞いたわね」
「しかし、その時も不思議に思ったのは、エインズワース氏が日記を書いたのは魔王出現よりもかなり前なのに、どう関係しているのかということなんだよな」
「やっぱりデレクも気になるわよね?」
「気になるねえ」
セーラが耳元に口を近づけて言う。
「さらに追い打ちをかける文が最後に書かれていてね……」
「何?」
「リリアナの件ではお世話になりました、だって」
「え!」
「ね? どうしてそうなるのかしら?」
スートレリアの女王であるメローナの実の妹であり、ダンスター男爵のもう一人の妻であるリリアナを、我々がアルカディアという架空の団体を名乗って麻薬農園から救出したのだった。
しかし、正体がバレるようなことはしていないつもりなんだけどなあ。
「俺の方がバレてるとしたら、それはまだ分かるけど」
「でしょ? なんであたし? しかも、リリアナさんの救出の後で、あたしすぐ帰っちゃったわよね」
えーと、リリアナを救出して、ダンスター男爵に引き合わせた時、セーラはその場にいた。その後、農園に突入して見張り役を倒した後、セーラは白鳥隊の勤務があるからといって帰ったが、この時点ではあたりはまだかなり暗かったし、鼻から下はバンダナで隠していた。
……どこにバレる要素がある?
そういえばあの後、代わりに召喚したジャスティナとケイと一緒に例の2階を見たな、と余分なことを思い出す。
「そうだな。セーラは明るくなる頃にはもうジャスティナと交代してたよな」
「あたし、ダンスター男爵とは話もしてないわよ」
「ラヴレース家のエンブレムの入った服を着たりしてた?」
「まさか」
「……謎だ」
馬車はラヴレース邸に到着。
ディナーが用意されたテーブルに案内されると、ハワードとジーンが既に着席していた。我々が席に着くとフランク卿とイライザもやってくる。
「やあ、デレク。セーラから話は聞いたかね?」
「ええ。大変名誉なことですね」
「だろう? それで、セーラは外務省の肩書も持っていることだし、外務省の人間も1人同行させたらどうだろうと考えておるのだよ」
「なるほど。これまであまり国交がない国同士ですから、これを機会に情報を得たいところですね」
イライザは同行者の心配をしている。
「この前、ダズベリーに出かけた時にはイヴリンと、護衛役はニデラフ兄妹でしたけど、国外に行くとなるともう少し人数が必要よね」
するとフランク卿が言う。
「外務省から人間を出してもらうとしたら、護衛なんかはそっちと相乗りの感じになるだろうな」
「とすると、総勢で10名弱程度ということかしら?」
「そんなところかな? 国を代表して行くというわけではないから、仰々しくするのは逆にまずい。王宮にも事後承諾みたいな感じで済ませたいな」
そのあたりの感じは、公爵家に任せよう。
ハワードもポツリとコメント。
「外務省関係者に同行してもらうなら、できれば『耳飾り』を持っていってもらいたいところなんだがなあ。例のヌーウィ・ダンジョンの件は、時間的に間に合う? セーラも行くような口ぶりだったけど」
セーラは少し考えている。
「あ。……うーん。どうしようかな。フィアニカからあまり時間が経っていないし、今回はあたしはパスかなあ。ヌーウィってフィアニカほど周辺が整備されているわけじゃないらしいし、とにかく原稿を書き上げないと」
「じゃあ、ヌーウィ・ダンジョンの件はデレクに任せていいかな?」とハワード。
「了解」
一度、身内だけで出かけてみて、ダンジョンIDさえ入手できればいいか。
イライザがセーラに尋ねる。
「その原稿って、この前話してたわね。ダンジョンに出かけた時の体験談みたいなのを書くんでしたっけ?」
「そうなのよ。フィアニカ・ダンジョンとしては歴代最深の階層まで到達したということもあるし、ウィング・シックスの2人とも一緒だったし、興味を持ってくれる人は多いと思うのよ」
「でも、セーラは小説みたいなのを書いたことはないわよね?」
俺から少し情報提供。
「今、聖王国内で人気のジョン・スタックウェイという作家さんに手伝ってもらうことになってますから、その点は大丈夫だと思いますよ」
「ジョン・スタックウェイ?」
「男性名ですけど、実際は女性です。『街猫デューイの事件簿』というシリーズを出している方です」
「あ。それ、知ってるぞ」とジーン。
「だから、多少の脚色はしつつも、読み物としては面白いものになると思います」
フランク卿も多いに興味が湧いた様子。
「ほほう。それは是非読んでみなければならんなあ。しかし、年頭からの連載だとすると、原稿は間に合うのかな?」
「連載だから各話のつながりを考えないといけないし、文字数も決まってるからなかなか大変。でもまあ、見通しは立っているし、スタックウェイさんに助けてもらってるから大丈夫よ」
「なるほど。白鳥隊をやめてどうするのかと思っていたが、なかなかに引く手あまたといったところだな。結構結構」
フランク卿、自慢の娘の活躍が嬉しくて仕方ないらしい。
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