デレクの任務

 黙って見ていたクラリスが質問。

「その表示は名前だけ?」

「どういうことです?」

「フルネームで表示はされないのかしら?」

「あ、確かにファミリーネームがないな。あれ?」


 リズがピンと来たらしい。

「それ、人間じゃないんじゃないかな」

「え」


「ほら、フェンリルくんとか、ホムンクルスのウルドにはファミリーネームが表示されないんでしょう?」

「ブレードウルフとかホムンクルスとか、そういうこと?」

「そうそう。4歳ってのも人間としたらおかしいし」

「確かに4歳児で空を飛べるなんて、噂になってておかしくないもんな。……そっか。そういう可能性が高いか……」

「きっとそうだよ」


 だが、不安は拭いきれない。


「だとしても、名前をつけるのは人間だろう? そして、名前を付けた人間と意思の疎通ができている可能性がある」

「そうだね」

「ブレードウルフか、ホムンクルスかは知らないが、飛行魔法と火系統の魔法が使える存在を従えている人物がいる、ということか?」


 クラリスに聞いてみる。

「そんな魔法が使える存在って、何かあります?」

「えー。……心当たりはないわねえ。そもそも飛行魔法が使えるのは、ここの管理者権限がある人だけだと思ってたわ」

「管理者権限というか、重力を操る必要があるので、多分、闇系統の魔法が使える必要があるんですけど、この2人か2匹かは火系統が使えるだけですね」


 謎である。


 リズが言う。

「飛行魔法のソースプログラムを見たら、何か分かるんじゃない?」

「あ、そっか」


 しかし、『飛行魔法』のソースファイルはイソシオニアン記法だらけである。


 クラリスが言う。

「あたしは読めるけど……。AIに処理させたらいいと思うわ」

「なるほど」


 コメント部分を抜き出したテキストファイルを作って、AIに処理させてみる。

「ありゃ。エラーが出て終わりだな」

「本当ね。あれ?」


 クラリス、ちょっと考えていたが、ひとつ提案をする。

「今と同じことを、レロイのアカウントでやってみたらどうかしら?」

「確かに可能性はありますね」


 ログインしなおしてやってみよう。コマンドを入力して。

「それっ」

 するとたちまち意味不明な音声を喋り始めるコンピュータ。

「ノナヴリンプ シオガゥアバ ピオッククスュジンウ ウオレッフ……」

「うわ!」


「あははは。ただ読み上げちゃったね」と笑うクラリス。

「何ですか? びっくりしました」とナタリー。ナタリーは機械が喋ったこと自体にも驚いているようだ。


「しまったな。確かにエラーは出なくなったけど、出力形式を指定しないとダメか」


 コマンドラインに、この世界の言語で、テキストとして出力、と指定。

 すると、画面上にテキストが表示された。


「あ、できましたね。しかし、何が問題だったんだろう。アクセス権とか環境変数の設定とかかな?」


 ともかく、飛行魔法の概要が表示された。

 中身をざっと読むと、どうやら重力を制御した上で、自分自身の周囲に発生させた多数の高次元接合体を射出系魔法と同様な方法で動かしているらしい。

「スピードの上限値の設定もあるから、やろうと思えばもっとスピードが出るはず」


 リズが質問。

「で、最初の疑問に戻るけど、結局誰が使えるのかしら」

「同じ闇系統の魔法で空間に断裂を入れる『デモニック・クロー』の場合を考えてみると、これはレベル4。だけど、『デモニック・クロー』のAPIをプログラムから直接操作した場合、系統は何でもいいけどレベル3以上があれば起動できる。そこから類推すると、重力制御の『ダーク・グレイヴ』はレベル3だから、もしかしたらレベル2以上があれば、火系統の魔術士でも飛行魔法が使えるかもしれない」


「それって、結構誰でも使えるってことじゃない?」

「なんかまずいな」

「でも、このダグバとゾグバという2人か2匹以外に使っている人はいないよね?」

「うーん。何か使用できる条件があるのかな?」


 リズが言う。

「もし、悪事でも働くようなら大問題だけど、でも、どこにいるかすらも分からないじゃない」

「確かになあ」


 しばらく考えたが、現実問題として何か被害が出ているわけでもない。しばらくは様子見ということにせざるを得ない。


 リズがクラリスに質問。

「さっきのコンピュータの音声、あたしには意味不明だったけど、クラリスは聞いて分かった?」

「ええ。分かるわよ」

「ねえ、デレク。これが魔王が喋ったという『天使の言葉』じゃない?」

「なるほど! 可能性はあるな。天使には理解できる言葉、か」

「可能性だけどね」


 クラリスは知らない話だ。

「魔王が?」

「ええ。魔王が人間の言葉以外に『天使の言葉』を使っていたという記録があるんです。セーラの推測では、天使と魔王が会話をする状況があったのだろうというんですけど」

「なるほど。でも、魔王自体が謎よね」


「ストーリーシステムでは、魔王出現の条件はどうなってるんですか?」

「あたしたちの仕事はこの世界とオクタンドル世界のズレを補修することだったから、それぞれのストーリーの詳細は知らないのよねえ。……でも、魔王出現は最重要のイベントだから、いくつかのパターンが用意されていたはずよ」

「え。じゃあ、これからも条件を満たせば出現するんですか?」

「可能性はあると思うけど、でも、頻繁に魔王に襲われる世界って不自然じゃない?」


 リズがふざけた調子で言う。

「こんにちはー。今月の魔王です、よろしくー、みたいな?」

「それはやめて欲しいな」

「あははは」とナタリーが笑う。もう魔王は伝説のおとぎ話だからなあ。


 クラリスが言う。

「ナタリーに聞いたのだけど、ナタリーにかけられていた『奴隷魔法』っていうのを、デレクが解除してくれたんですって?」

「ええ、まあ」


「もしかしたら、それがデレクに託された任務のひとつだったかもしれないわね」

「なるほど」とリズ。


「どうしてそう思います?」

「つまり、『奴隷魔法』はそもそも存在していない魔法で、それが悪用されたことで世の中の仕組みが少し歪んだわけじゃない?」

「そうですね」

「それを正そうとしたら、魔法システムのソースプログラムにまで手を出して修正できる人物に頼むしかないわけよね?」

「なるほど。そう、かもしれませんし、結果的にそうなったのかもしれません」

「でも、あたしもその可能性は高いと思うな」とリズ。


 俺は日頃から考えている疑問を口にする。

「しかしもしそうなら、世界が少しおかしなことになってきたから修復係を派遣しよう、とか考えているがどこかにいることになりませんか?」


 クラリス、ちょっと笑いながら言う。

「そうなるかしらね。でも、そもそもこの世界がこんな風に作られている理由が分からないから何とも言えないわね」

「確かに」


 リズが質問する。

「クラリスはノクターナルって知ってるの?」

「何それ。知らないわ」


 あれ? ホムンクルスのウルドは知っているのに、クラリスは知らないのか。

 そこで、ウルドに聞いた、ノクターナルと禁忌魔法の話を説明する。


「へえ。そうなんだ……。禁忌魔法というのも初耳だけど、ナオミに直接聞いた話ならそうなんでしょうね。」

「禁忌魔法は、実はダンジョンのネタ魔法や、ドロップアイテムの実装に使っているようですよ」

「例えば?」

「『威厳の指輪』っていうのは、指輪をした人物への畏敬の念が意味もなく増大するんですが、これは感情攻撃魔法の応用です。ネタ魔法に『明日はきっと晴れ』という、超ポジティブな気分になるやつがありますが、きっと同じ部類ですね」

「へえ……」

「障壁魔法を使う魔法スクロールや、治癒魔法が使える魔道具も存在しています」

「それも初耳ね」


 我々が魔法の話で盛り上がっていると、ナタリーがおずおずと申し出る。

「あの、そろそろ夕食の準備なので、手伝いに行ってもいいでしょうか」

 ナタリーの立場としては理解が難しい話で、少し退屈だったかな?



 俺達も一緒に、泉邸のクラリスの部屋に戻ることにする。ナタリーは夕食の手伝いへ。


「ダンジョンの魔法って面白いわねえ」

「実は半数以上は俺が記憶を持っている優馬が企画したんですけど」

「あらあら」


「でも、謎なのはネタ魔法よりもスキルでしょ」とリズ。

「確かになあ」


 すると、クラリスが怪訝な顔。

「スキル、ですか? えっと……」

「あれ? クラリスはスキルを知らないの?」とリズ。


「スキルという概念がオクタンドルに存在しているのは知っていたけど、あたしたちの時代というか、少なくとも360年前には存在しなかったと思うわ」

「え!」


 それは意外。


「じゃあ、いつから? ……あ、ちょっと待てよ」


 『スィーロン戦記』の記述を思い出す。


「若者ジョンに神官フィリスが祝福と魔法、スキルを付与して勇者の称号を与えた、とあったな。この時から、かな?」

「なるほど。フィリスは天使らしいから、可能性はあるね」とリズ。

「同じ時期に、スグル・ロックリッジが『調整者レギュレータ』として活動していて、そのサポート役が天使のリリスのはず」


「え? 何なに? 魔王が出現した時にそんなことが起きていたの?」

 クラリスは初めて聞く話に驚いている。


「そう言えば、『オクタンドル世界の概要と禁忌事項』という冊子にはスキルという話は出てきていないな。魔王出現を境に、あの冊子の内容も変更されている可能性がないかな?」

 クラリスも同意する。

「元のオクタンドルには概念自体は存在していたけど、あたしたちの時代にはまだ実装されていなかった、ということじゃないかしら」

「それで、魔王軍と勇者が戦うにあたって、必要になったから実装した、あるいは逆に、スキルの実装が完了したから条件が整って魔王が出現したのかもしれない」


 リズが言う。

「どっちにしても、スキルって一体何なのかを根っこの部分から知っている人とか、ちゃんと記述した情報がないわね」

「確かになあ。エスファーデンの特務部隊みたいに、スキルを持った人間を集めてきて何かしようという動きは実際にあるわけだから、対処するためにはもっと的確な情報が欲しいよな」


 クラリスも文書が変更された可能性に興味があるらしい。

「今の八賢人という人たちが読んでいる文書の内容って分からないのかしら」

「うーん。聖王国の王宮のどこかにある、のかな?」


 残念ながら、きっとネコでは潜り込めないだろう。夜見の巫女がどんな能力を持つ存在なのかも謎だ。

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