飛行魔法の謎
飛行魔法という名前から想像するような、つまりスーパーヒーローのように風を切ってカッコよく飛べるという感じではない。空中に浮いたまま移動している、というのが実態に近い。強風の日なら飛べないのではないだろうか。
「最高スピードはどのくらいですか?」
「馬の駆け足よりは速いけど、全力疾走より遅いわね」
「……それって案外遅くないですか?」
「きっとね、凄いスピードで飛ぶと、鳥なんかとぶつかった時のダメージが大きいからだと思うわ。あと、やっぱり寒い」
「それは道理ですね」
馬の全力疾走は時速60キロくらいだが、駆け足は時速30キロくらいか? だから、速度的には原付バイクか、かなり速い自転車くらいなものだ。それほど速くはないが、歩くよりはかなり速い。
上空をそれなりのスピードで移動すると確かに寒いが、景色を楽しむ余裕も出て来た。優馬の記憶にある、ドローンの空撮を見ているようだ。
十数分も飛行するとスワニール湖が見えてくる。
「あれがスワニール湖です」
「わ! 本当にナイアールの町がなくなってるわ」
「もっと北の山のふもとにアクトースの村と思われる廃墟が残っています。ガフォー峠で熾烈な戦いがあったらしいんです。このあたりを通ってスワンランドに至る街道はもう存在しません」
「これほどとは思わなかったわね」
湖の近くまで来たところで、ペリが言う。
「この真下あたりからナイアールの街だったはず。……今やもう何もないわね」
「降りてみますか?」
「そうね」
木々の生えていないあたりに降りてみるが、川の氾濫でもあったのか、流されてきた大量の流木が一面の泥に埋まっている。
ペリはあたりを見回して、すこし離れた場所に何かを発見したようだ。
「あそこ。あのちょっと小高くなったあたりに石碑があるわ」
山というほどではないが、大きい岩が泥に埋まることなく顔を出していて、その上に石碑が立てられている。刻まれた文字を読むと、どうやら里程標である。
「これよりナイアール、と書かれているっぽい。北へガフォー峠、かな」
ペリの言うとおり、昔はここに町があったのだ。300年間には何度も川の氾濫などもあっただろう。町の痕跡はすっかり埋もれてしまい、現状は他に痕跡も見当たらない。
しばしその場に立ち尽くす我々。
「寒くなってきたし、帰りましょうよ」とリズ。
「そうね。一度来たから、またいつでも来られるわね」
泉邸へ転移。
「あー。屋敷はあったかくていいなあ」
「お茶を淹れようか」とリズが言う。
「魔法管理室へ行こう。さっきの飛行魔法について調べたい」
ナタリーを呼んできて、一緒に転移。
「すまないけど、お茶の用意をお願い」
「寒くなかったですか? 急いで用意しますね」
ペリ、というかクラリスは、拾ってきたヒックス卿の胸像を水洗いしている。
「少しサビがあるかしらね」
それでも、鉄製品ほど錆びてはいない。あまり湿気のない場所にあったのかもしれないな。汚れを綺麗に落としたら、少しのサビも風格があるような感じに見える。
クラリスは満足げである。
「あたしの部屋に飾っておくわ」
さて、さっきの話の続き。
「飛行魔法をどこかで見つけた、とか言ってませんでした?」
クラリスが思い出しながら答える。
「ええ。ドラゴンを退治することになって、で、空が飛べた方が絶対いいよね、という話で。確か、魔法管理システムにログインして……。ほら、魔法のソースファイルなんかが格納してあるディレクトリがあるでしょ。あそこにあったと思うのよ」
うーん。そんな魔法、あったかな?
とりあえず、ログインして例のディレクトリの中を見る。ファイルやディレクトリの数はすごいが、一体どれが飛行魔法なんだろう。
クラリス、ファイルの一覧をしばらく眺めていたが、やがて1つのディレクトリ名を指差す。
「これこれ。確かこの魔法のはず」
指さされた名前は……。
『𐍇çØ𐌸ᛜ᛬』
「ね。シガプフッルゥ、って書いてある」
「は? ……えっと、俺には読めないですけど」
「あら? えっと。……リズは読める?」
「いえ、さっぱりです。何ですか、この文字」
「不思議な形の文字ですね」
紅茶の準備をしてくれたナタリーも興味深そうに覗いている。
クラリスは少し首をかしげながら言う。
「そういえば、あたしは何でこれが読めるのかしら」
はあ?
「すいません、この文字って、多分俺が記憶してる世界のコンピュータの文字なんですよ。で、多分こんな組み合わせで意味のある言葉を表すことはないはずで……」
「イソシオニアン……」とクラリスがつぶやく。
「は?」
クラリスが言う。
「これはイソシオニアンと呼ばれる記法で……。多分、元になる何らかの文字を、このコンピュータで表示できる似た文字を使って表現するための記法なのよ」
あ、それは前にリズも同じようなことを言ってたな。
「シガプフッルゥ、って何ですか」
「直訳すると、空中飛行術、なんだけど」
「その言語ってどこから来たんです?」
「さあ?」
……天使さんは時々肝心な情報が抜けてるな。
「リズは知らないけど、クラリスさんは知ってる、というのはどうしてでしょう?」
クラリス、首をかしげながら答える。
「うーん。多分だけどね、担当する箇所が違うからというのが1つの理由ね。もうひとつは、ザ・システムの運用が安定してきたから、天使にあまり情報を与えなくてもよくなったんじゃないかしら」
「えーっと。ドラゴンに聞いたんですけど、最初の天使のグレモリーがオールマイティーで、ペリ、ジュリエル、ラシエルまでは主にストーリー・システムの担当だとか」
「へえ。あたしの後の代の天使は知らないけど、そうなのかもしれないわね」
「でも、魔法システムにもアクセスできますよね?」
「アクセスはできるけど、デレクみたいに内容をいじったりはしてないわ」
「つまり、魔法のことはそれほど把握していないけれど、ファイル名が何を意味しているか分かるので、内容も推測できる、ということでしょうか?」
「そういうことね」
「じゃあ、例えば教会で使う神聖魔法はこのディレクトリに入ってるんですが……」
以前に調べた『ᛇᛞ+』という名前のディレクトリである。
「ああ、これは教会を意味する言葉に『関係』を表す語尾がくっついているのよ」
「じゃあこの、読めないけどナントカ無効化……」
教会で、犯罪者などが魔法を使えなくする『ᛇ⨂無効化』というやつだ。
「これは……略語ね。個人属性を表す言葉から1文字、魔法能力を表す言葉から1文字取ってきて並べてあると思うわ」
「そんなの、知らない人には謎の暗号じゃないですか」
「知ってる人が分かればいいんじゃないの?」
いやいや、そういう考えの蓄積が、大規模システムの運用を破綻へと導くのですよ。
実際、魔法システムの管理を任されたはずの俺が読めないじゃん。
「他に内容が分かる魔法名はありますか?」
「そうね、ちょっと待って。……これは『
「え? どうやって使うんです?」
「いや、名前が分かっただけ。それから、これは『タイムロック』とあるわね」
「謎ですね」
「こっちは『使い魔』かな?」
「ほほう」
「これは……。『ナイトスコープ』って何かしら」
「夜でもネコみたいに見えるんですよ、きっと。探偵にはもってこいですね」
その他、いくつか興味を引くキーワードがあったが、先ほどの神聖魔法のように略号だったり、イソシオニアン記法とこちらの言語が混ざっていたりしてすぐには意味が分からないものの方が数が多い。
「若干前進といった程度ですかねえ」
リズが思い出す。
「そういえば、魔法のログの中にも、時々このイソシオニアン記法っぽいのが混ざってなかったかな?」
「ああ。スライムが使ってるらしい魔法とかだな」
クラリスは知らなかったらしい。
「え? スライムが魔法なんか使うの?」
「ええ。スライムはネバネバする液体を吐きますが、あれは魔法なんです」
「へえ……」
実際にログを表示してみる。
「最近寒いからか、スライムはあまり活動してないですね。……あ、これがそうです」
数ヶ月前のログに『ᚵᛂᛚアタック』がある。
「なるほど。魔法のログはあまり見たことなかったわねえ。あ、これはあたしたちがさっきが使った飛行魔法ね。ふーん」
そういって珍しそうに魔法のログを見ていたクラリス、何かに気づく。
「あら? あたしたち以外に飛行魔法を使ってる人がいるわよ」
「え!」
そんなことって。
ログを見ると、確かにここ1ヶ月くらいの間に、時々飛行魔法が使われている。俺達が使うよりも前からだ。
「これ……。誰だろう?」
「ドラゴンとかいうことはない?」とリズ。
あ、なるほど。
あの巨体でよく空を飛べるよなあ、とか思っていたが、魔法の補助があるという可能性は確かにあるな。
「でも、もしそうならずっと前からログに頻繁に出現していそうなものだけど」
検索してみる。
「3年前に初めてログに出現してる。それよりも前は、10年遡っても利用例はない」
「ええ?」
つまり、ドラゴンではない。
「使用頻度はどんどん上がってて、最近は特に多いね。使ってるのは、2人」
「誰かしらね?」
「飛行魔法を知ってる人がどこかにいる?」
なんてこった。
「その人の個人IDから、誰なのか分かるよね」とリズが指摘。
「あ。そうか。ちょっと待って……」
ダグバ ♂ 4 正常
Level=2.1 [火*]
ゾグバ ♂ 4 正常
Level=2.1 [火*]
「はあ? 4歳? しかも
「どういうこと?」
俺もリズもちょっと困惑というか、軽いパニック。
ふとしたことから、何やらヤバい魔法士(4歳)の存在が明らかになってしまった。
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