空飛ぶ墓参り
セーラが慌てて屋敷に戻ってしまった後、俺は書斎で雑用をこなすことにする。ダガーヴェイルの開拓の件とか、難民の食料支援の件とか、軌道に乗りつつあるとは言うものの、進捗状況の把握とか財務状況の把握をしておかないといけない。
行政官のシェーナは年末で休みだが、雑用はこなせる時にこなしておかないとな。
さて、そろそろお昼かな、という頃に、セーラからイヤーカフに連絡。
「……あのね、今からお昼を食べたらそっちに戻るけど、お父様も交えて相談したいことがあるから、今夜はラヴレースの屋敷でディナーを一緒に取らない?」
「いいけど……結局何だったんだ?」
「うーん。歴史の研究をしに、スートレリアに来ませんか、というお誘いね」
「え?」
「ま、詳細は後でね」
「了解」
……歴史の研究? セーラの好きそうな領域ではあるが、何ゆえ?
昼食が終わるころ、ヒルダがやって来る。
「ごめん、セーラはもうじき来ると思うよ」
「分かりました。ダンジョン探検の連載、社内だけじゃなくて取引先でも注目されてて、書籍の予約販売でかなり行けそうです」
「お、それは良かったね」
人気のある書籍は店頭でも販売するが、予約販売のみという書籍も多い。予約販売だと出版前から売上が予想できるので出版社としては堅実な商売だ。
クロチルド館にいるエリーゼという女性のことを思い出す。
「こっちに、ゾルトブールで出版社に勤務していたという女性がいるんだけど、そちらの出版社で働かせてもらうことはできないかな?」
「あたしの一存では……。今資金面で厳しいですから難しいと思いますけど」
「じゃあ、給料はレイモンド商会で出すよ。出向という形で仕事を手伝ってもらって、将来的には新しい事業も担ってもらうというのはどうかな?」
「それなら可能性はあると思います」
ヒルダに少し待っていてもらうと、セーラがラヴレース家から戻ってくる。
「これから墓参りに行こうという流れなんだが?」
「あたし、原稿があるからお墓参りはいいや。この前行ったし、寒いよね、あそこ」
そういうわけで、俺とリズがクラリスことペリのお墓参りに同行することに。
「さて、行ってみましょう」
「何だか妙な気分だわ」
しっかり厚着をして、例の山の中腹へ転移。
墓の周りは先日俺が来た時のまま。周囲の藪はかなり切り払ったので、歩いて墓に近寄れる程度にはなっている。
山肌は、相変わらず風が強い。
クラリス、いやここではペリでいいだろう。
ペリは墓を目の当たりにして、少しばかり茫然としている。やがて墓石に近寄り、墓碑銘を確認すると、その場に崩れ落ちるようにしゃがみ込んですすり泣き始めた。
「ああ、本当に。本当にあなたは先に逝ってしまったのね……。レロイ。……レロイ」
数分間はそのままだっただろうか。
やがてペリは涙を拭って立ち上がると俺の方に向かって言う。
「デレク、有難う。墓参りなど、それほどの意味のある行為かと思っていましたが、こうして墓の前に立つと、まさに万感胸に迫ると言うか、色々なことが思い出されて悲しくもあり、懐かしくもありという感じです」
「俺も母親が亡くなっていますが、墓の前に立つと神妙な気持ちになります」
「不思議なものね」
「墓石の下に骨壺がありますが、ご覧になりますか?」
「いえ、それはいいわ」
ペリは山の周りの景色を見渡しながら言う。
「ここって、どこかしら?」
「イサニーという川がふもとにあって、既に森に飲み込まれてしまっていますが、石造りの教会なども確認しました」
「ここがイサニー? ……その町の跡も見てみたいのだけど、いいかしら」
「はい」
また転移して、この前確認した教会の前へ。
「なんてことかしら。この建物、確かにあたしの知っているイサニーの教会よ。ああ、こんな廃墟になってしまって……」
「この辺りがヒックス卿の郷里と聞いていますが?」
「そうね、ちょっといいかしら」
そう言うと、ペリは道なき道をずんずんと歩いて行く。倒木をくぐり、崩れた建物を避けながらしばらく歩くと、十字路だったと思われる場所に出る。十字路を曲がってさらに森の奥へ。
「あら。こんなところに茂みができていて進めないわ」
「お任せください」
デモニック・クローで空間ごと藪を切り開く。
足元に気をつけながら進むこと数分。
目の前に小さな集落の跡が見えてきた。レンガ造りの家だったのだろうが、もうすっかり崩れてしまい、壁一面にツタが這い、かつての家の中だったであろうあたりも雑草で覆われている。辛うじていくつかの家にあった暖炉やかまどの跡が確認できる。
「この辺りが、確かレロイの生家なんだけど、見るかげもないわね」
ペリはその場に立ち尽くしている。
俺は瓦礫となった家のあたりに入り込んでみる。食器のかけらが確認できる程度である。すると、同じようにレンガの山のあたりをウロウロしていたリズが何かを見つけた。
「これ、何かな?」
ペリが近寄って見てみると、誰かの胸像のようである。大きさは高さが12センチくらい。それほど大きくはないが、結構ずっしりと重みがある。
「これは青銅で作られた像のようですね」
汚れを擦り落としてみると、土台部分に文字がある。
『レロイ・ヒックス伯爵の宰相就任を祝う』
多分、ヒックス卿が聖都で宰相になった際に、郷里でそれを祝って作られたのだろう。郷里の偉人であり、誇りでもあったのだ。
「そう言われれば若い頃のあの人に似てるわ。もらって帰ってもいいわよね」
「まったく問題ないでしょう。むしろ、
ペリはちょっと嬉しそう。
墓参も果たし、生家がどうなっているかも確認できた。
「そろそろ帰りますか?」
「ちょっと待ってね。ここがイサニーということは、川を下ったあたりが以前はナイアールの町だったはずなのよ。だけど、町はもうないんですって?」
「ええ。川を下った先には湖があるだけです」
ペリ、ちょっと考えてからこんなことを言い出した。
「上空から見てみましょうか」
「え?」
リズが驚いて言う。
「デレクみたいに重力が操れるんですか?」
「あら。飛行魔法を使うだけのつもりですけど」
何だって! 飛行魔法?
「ちょっと待って下さい。俺は魔法システムの管理をしていますけど、そんな魔法は知りませんよ?」
「あたしも初耳なんだけど」とリズ。
「あら?」
ちょっと考えるペリ。
「でもほら。黒いドラゴンを討伐したじゃない。相手は空を飛べるわけだから、こちらも空中に少なくとも滞空して対峙しないといけないわけで……」
そう言われればその通りである。地上に立っていたままでは空を自在に飛び回るドラゴンには攻撃が届かない。
「ここは森が深いから、さっきのお墓のそばにもう一度転移しましょうか」
再度、さきほどの山の中腹に転移。
ペリは斜面から周囲、上空を見渡しながら言う。
「じゃあここでやってみるわよ。『シガプフッルゥ。飛行せよ』」
すると、ペリの身体がスーッと上空へ飛び上がる。
「うわ!」
上空10メートルほどの位置で、ペリが半径5メートルくらいの円を描いてゆっくり飛行している。ペリはそのまま俺たちに話しかける。
「ほら、飛べるでしょ?」
「えええええ?」
ペリはさっきと同じようにすーっと降りてきた。
「ね?」
「いやあのー、闇系統の魔法にダーク・グレイヴがありますよね。あの変形版として『
「あら。自分で魔法を開発できるの?」
「ええ。優馬はプログラマでしたから」
「それはいいわねえ」
「今の魔法はそうすると、オクタンドルにもともとあった魔法ということになりますよね?」
「そうね」
「でも、あたしは知らないわよ?」とリズ。
リズは魔法システムに関する情報はすべて知っているはずなのだが。
「そう言われると謎ね」
「系統魔法ですか? それともシステム魔法?」とリズ。
「どれでもないわね。……そういえば、これはどこで見つけたんだっけ?」
「見つけた?」
「ま、いいわ。あなたたちも詠唱すればきっと使えるわよ。魔法名は『シガプフッルゥ』で、その後に『飛行せよ』と『停止』、『着陸せよ』が基本ね。でも慣れてくると、停止も着陸も、それに飛んでいく先も思い描くだけで制御できるわ。あと、『スピードアップ』、『スピードダウン』が使えるけど、最高速度はそんなに速くないわ」
謎だらけではあるが、まあやってみる。
「シガプフッルゥ。飛行せよ」
その途端、身体に加速度がかかって空中に飛び上がる。
「うわ! これ! あ?」
突然のことにあわてているうちにかなり上空まで飛び上がってしまう。
「シガプフッルゥ。停止!」
そう詠唱すると、やっと上昇が止まる。うわ! 上空数十メートルくらいはある。落ちる感じはしないが、身体を支えるものは何も無いので、正直、かなり怖い。
リズも試してみたらしく、すぐそばまで上昇してきた。
「これ、すごいね! こんな魔法があるんだ」
「慣れればもう少しうまく制御できるかな?」
ペリも近くまでやってきた。
「ちょっと寒いけど、このまま湖の方へ行ってみましょう」
「あ、はい。方角はそっちです」
「離れないように手をつないだらいいわ」
確かに上空は地上にいるよりも風が強い。ぼんやりしていると飛ばされそうだ。
俺とリズ、リズとペリで手を繋いで、ふわふわと森の上を飛んで湖の方へ。
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