スートレリアの使者

 翌日。

 大分落ち着いた感じのクラリスことペリも一緒に朝食。


「良く眠れましたか?」

「ええ、おかげさまでね。メイドのみんなが良くしてくれるのよ。有り難いわね」


 アミーがカップに紅茶を注いでくれる。


 紅茶を一口飲んでから提案する。

「今日も天気が良さそうですし、昼過ぎくらいに墓参りに行ってみますか?」

「そうねえ。お願いできるかしら」

「転移したらすぐですよ」

 するとリズが言う。

「あそこ、風が寒いから、暖かい格好で行かないと」


 食事を終えて紅茶などを飲んでいるとセーラがやって来る。


「昨日、親父殿から手紙が来てね、来年の春くらいにここに来たいそうなんだ」

「あら。その件ならお父様がもうお話していらしたわ」

「あれ?」

 なんだろうなあ。当事者よりも先にそっちに話が行ってるのか。この世界にチャットとかSNSがあったらずっとダベっていそうだな。

 ……孫が生まれたらそんな話ばかりを送りつけて辟易されるに違いない。


「デレク、何ニヤニヤしてるのよ」

「可愛い孫が生まれたら親父殿もデレデレするんだろうかと思ってさ」

「それは絶対そうよ」


 アミーがセーラの紅茶の準備を始めた時である。


 屋敷の前に、馬に乗って男性が駆けつけて来た。

「あら? ホルガーだわ?」

 この前、セーラの護衛役としてダズベリーまで行ってくれたホルガーである。馬から降りるとこっちに走ってくる。


 駆けつけたホルガー、息を切らしながら言う。

「セーラ様! 申し訳ありませんが、至急、お屋敷にお戻り下さい!」

「どうしたの? 何か緊急事態?」

「それが! スートレリア王国からの使者が参りまして! セーラ様と是非、直接お話がしたいとのことです」

「え?」


 ええっ?


 スートレリア王国がセーラに何の用があるんだ?


「何だか分からないけど、戻るわ。ごめんね、デレク」

 セーラはホルガーと一緒に走って出ていくと、馬に乗って去っていった。


 クラリスもあっけにとられている。

「スートレリア王国、ですか……。あそこと何かあるの?」

「いえ、直接の交流はないですね。何だろう」


 もちろん、ゾルトブールの麻薬農園から女王陛下の妹であるリリアナを救出したのは俺達だ。しかし、正体が知られているとは思えない。もしその件だとしても、セーラだけに使者が来るというのはおかしい。


「クラリスさんはスートレリア王国に何か関係したことはありますか?」

「いえ。あそこは海の向こうだし、行ったこともないわ」

 普通はそうだよな。

 直接の交易も、最近になってやっと活発になってきた程度だし。


「でも、多分政治とか外交の話ではなさそうよね」とクラリス。

「そうですね。それだったら外務省を通すのが筋ですよね」

 まったくの謎だが、後で何があったか教えてもらおう。


◇◇◇◇◇◇


 セーラが馬を飛ばしてラヴレース邸に戻ると、エントランスで執事が待ち構えている。

「セーラ様、こちらへ」

 回廊を急ぎ足で歩きながら聞いてみる。

「一体何の用件かしら」

「それが、女王陛下の親書を携えておるそうでして、詳細はそれをお読みいただいてから、とのことです」

「はあ?」


 邸宅の本館の隣に、セレモニーや接客用に使っている別棟がある。

 会議室へ入ると、数名の来客。既にフランク卿とハワードも待ち構えている。

「おお、済まなかったな。使者の方が来られているので、直接話をしたらいいと思って呼びにやったのだ」


 来客は4名。若い精悍な顔つきの男性2名と、同じくらいの年令と思われる黒いロングヘアの色白の女性。さらに少し年上のヒゲ面の男性である。


「お待たせしました。セーラ・ラヴレースです」

 挨拶してセーラが席に着くと、若い男性が立ち上がる。


「年末のお休み中のところ、突然訪問する非礼をお許し下さい。実は我がスートレリア王国の女王であるメローナ1世から、セーラ殿にたってのお願いの儀がございまして親書をお持ち致しました。まずはこちらに目を通して頂きまして、その後でご質問などありましたら何なりと」


 そういって、革製の立派なバインダーを差し出す。


「はい……」

 セーラは受け取って、バインダーを開く。

 バインダーの中にはさらに封筒があり、蝋で封印がされている。公式な文書だ。


 フランク卿にも確認してもらって、封を破って中の親書を取り出す。


『親愛なるセーラ・ラヴレース殿


 突然、お手紙を差し上げる非礼をお許し下さい。


 聖都より遠く離れた島国にも、セーラ殿の文武にわたる活躍は伝わって来ております。

 また、この度はテッサード辺境伯家のデレク殿とご婚約されたそうですね。誠におめでたいこと、心よりお祝い申し上げます。


 さて、私は女王という立場にはありますが、かねてより聖王国および近隣の王国の過去の貴族の系譜、家系に強い関心を持っておりました。昨年刊行されましたセーラ殿の著書も拝読させて頂き、聖王国の正史に精通しておられること、改竄かいざんされたと思われるいくつかの点を的確に指摘し、考察を加えておられることに感銘を受けた次第です。


 ご存知の通り、過去に存在していたはずの貴族の家系の痕跡が抹消されたり、改竄かいざんされている例がいくつも知られております。その理由について、セーラ殿は貴族間のいさかいや不祥事を隠すためではないかと推察されておられるようですが、私はそれ以外に実は重大な理由があると考えております。


 それは、魔王が現れた原因を隠蔽するためです。』


「え!」

 思わず声を上げてしまうセーラ。

「どうかしたかね?」とフランク卿。

「あ、失礼しました」


 親書はまだ続きがある。


『この仮説に、私はそれなりの根拠と自信を持っているのですが、まだ確信するに足るほどの決定的な証拠や事実を発見するには至っておりません。実は関連する古文書がゾルトブール王宮に収蔵されていたらしいのですが、内乱の際の混乱で行方が分からなくなってしまい、極めて残念な状況です。』


(あら。これってあれよね)とセーラは考えながら続きを読む。


『そこで、聖王国の正史に精通し、国内外の主要な資料の知識も豊富なセーラ殿と共に、この仮説に関する検証作業を進めてはどうかと思い至った次第です。


 つきましては、来年の適切な時期に数ヶ月程度、スートレリア王国を訪ねては頂けないでしょうか。もちろん、宿泊費、滞在費、旅費、護衛のための費用などは、同行される御一行の皆様の分も含めて全て当方で負担致します。


 極めて重要な歴史上の問題に、知識豊富なセーラ殿と共に取り組むことができるならば、この上ない喜びと存じます。

 何卒、御一考を頂けないでしょうか。


 追伸


 「魔王の出現」に関わる事項を、現在でも隠蔽しようとしている勢力が存在する可能性を考え、公式な外交ルートではなく、突然使者を送るような真似をさせて頂きました。非礼をお詫びいたします。


 追伸の追伸


 リリアナの件ではお世話になりました。誠にありがとうございました。』


「え?」

 また大きな声を上げてしまうセーラ。

(何で知ってるんだろう? デレクの方がバレてるならまだ分かるけど、あたし?)


「で、どんなご用件だったのかな?」とフランク卿が尋ねる。


「外交的な内容ではなくて、女王陛下自らがしたためたという意味での親書です。内容はですね、聖王国の正史をはじめとした歴史の研究に一緒に取り組みたいと希望しているので、スートレリア王国に数ヶ月くらいの期間で訪問して頂けませんか、と……」


「ほおー」と予想外といった感じで感嘆の声を漏らすフランク卿。

「つまり、昨年出版したお前の著作を読んで頂いたということかな?」

「そうなのよ。それで興味を持って頂いたようなのですけど……」


「女王陛下直々のご招待とは、なかなかな名誉だな。どうするかね?」


 セーラは使者の方を向いて言う。

「いくつか質問させて頂いてよろしいでしょうか」

「はい、何なりと」


「まず、スートレリアはゾルトブールとの間で戦争といいますか、国内的な混乱があったと思うのですが、それはもう収束しているのでしょうか」

「確かにねえ」とハワードも言う。


 すると、使者の4人の中のヒゲ面の男性が答える。

「例の混乱につきましては近隣の国々の皆様にもご心配をおかけ致しました。ただ、内乱でありますとか、その後の宣戦布告に伴う戦闘は、もっぱらゾルトブールの側でのみ発生しておりまして、スートレリア島の方は従前の通り、まったく平和な状態です。その点に関するご心配は皆無であると保証致します」


 セーラが応じる。

「分かりました。それから、そちらのお国の事情を、恥ずかしながらあまり存じ上げないのですが、例えば聖王国と何か風習が違うとか、あるいはそちらに滞在中はずっと監視の方が付いて回るとかいった心配はありませんか?」


 今度は使者の中の女性が答える。

「風習で大きな違いというものはないと思います。日常生活での細かな習慣の違いはあると思いますが、それをお客様で来られた方に強いるものではありません。滞在中に監視が付いて回るようなこともありません。どうぞ、好きな時に好きな場所にいらして下さい。さらに、女王陛下がお許しになれば、王宮内の行事や、議会の見学も可能と存じます」


「そうか、そちらは議会というものがあるのだったな」とフランク卿が言う。


 セーラは言葉を選びながら返答する。

「分かりました。大変興味深く、しかも得難い機会と存じます。ただ、父フランクや婚約者であるデレク・テッサードとも相談の上、正式にお返事をさせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか」


 最初に挨拶をした男性が少し安心した表情で答える。

「はい、それで結構です。私ども、年明けまで数日間は観光気分で聖都に滞在しておりますので、お返事は急がなくても結構です。どうかよくお考え下さい」


 セーラ、ふと思いついて、まだ何も言葉を発していない若い男性に向かって尋ねる。

「あの、女王陛下はまだお若いと思うのですが、どんな方ですか?」


 するとその男性、にこやかに答える。

「普段は冗談ばかり言っている、普通の女の子ですよ」

「こらこら」と隣の男性が小声で制止している。


 その様子を見て、思わず笑顔になってしまうセーラ。

「分かりました。本日は遠路お越し頂き、ありがとうございました。後日、女王陛下へのお返事を差し上げます」


 ……さて。どうしようかなあ。

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