犬を飼おう
ダンジョンの記事の件もあるし、オーレリーに会いに行ってみるか。
どうせ時間はあるので、今日は久々に馬に乗って出かける。泉邸から東へ向かい、シナーク川近くのクロチルド館まで。馬でちょっと急げば10分もかからない。
今日は天気も良い。街には年末の買い物などに出かけるらしい人々が楽しそうに行き交っている。
「こんにちは」
「あ、デレクさん」とサスキアが出迎えてくれる。
「最近どう?」
「特に変わったこともないですし、少々ヒマですね」
「平和が一番なんだけどな」
「あたしはご飯が美味しいのが一番です」
「オーレリーに用があって来たんだけど」
「あー。市内パトロールに出かけてます」
「なにそれ」
「近隣の地理とか道路、食料調達経路を把握しておかないと、いざという時に万全の警備ができないという理屈です」
「ははあ。確かに理屈ではそうだが、つまりは散歩か?」
「あと、買い物ですね」
サスキア、ちょっと身を乗り出して言う。
「この前、デレクさんたちとオーレリーさんでダンジョンに行ったじゃないですか」
「うん」
「何だか随分と金貨なんかをゲットしてきたみたいなんですけど」
「そうそう」
「あたしにもお小遣いをくれて、その点は大変に有り難いんですが……」
「ほう。何か美味いものを食えばいいじゃん」
「あ、そうなんです。この前は『チキン・ザ・ヘヴン』でたらふく食ってきました」
「あそこは安くて美味くていいよな」
「ええ、もうすっかり
「ん?」
「あたしもダンジョンに行ってみたいんですけど」
「ほう」
「どうにもヒマですし、活躍したら金貨なんかがゲットできるってのがいいですね」
「なるほど……」
ちょっと考える。近々ヌーウィ・ダンジョンに行くことになるが、今度は身内だけで固めて効率重視で攻めてみたい。サスキアを連れて行くというのもありかな?
「よし、前向きに考えておくよ」
サスキア、ぱっと表情が明るくなる。
「わあ。有難うございます」
そんな話をしていると、向こうからオーレリーと数人の女性たちが買い物袋を手に下げて歩いてくる。
「おや。デレクではないか」
「やあやあ。実はだね……」
ダンジョンでの体験を元に、ドキュメント風の話を新聞に連載する件について説明。
「ふむ。つまり、知名度のあるセーラや女性騎士を中心に据えて、知名度のないデレクは脇役にするという話か」
「あー。あけすけに言うとその通りだ。で、オーレリーに注目が集まるのも避けた方がいいかと思ってて、ここの警備をしてるというのも誤魔化して書くと思うけど、それでいいかな?」
「全然問題ないぞ」
「ありがとう。それで進めるよ。それからだね、ここで番犬を1頭飼ったらどうかと思っているんだけど、どうだろう」
「犬?」
「ほら、不審な奴らが来るたびに追い払うのは大変だろう?」
「あ、それはいいアイディアだな」
するとサスキアが食いついてくる。
「犬ですか。いいですね。あたし、犬、好きなんですよ」
「あ、そう? それは良かった。麻薬探知犬で現役を引退した犬をどうですか、と言われててね。多分ちゃんとしつけられた賢い犬だと思うよ」
「それは期待しちゃいますね」
よしよし、これで1頭を引き取るのは決定かな。
「ところで、次のダンジョンはいつだ?」とオーレリー。
「は?」
「そのうちまた行くだろ?」
「あー。……うん」
サスキアが横から口を出す。
「あたしも連れてってくれる話になってます」
「そうかそうか。足手まといになるなよ?」
「任せて下さいよ」
うーん。なんかそんな事になりそうだなあ。
オーレリーが言う。
「ところで、先日、ダンジョンで出会ったBFと名乗っていた冒険者が突然やって来てな。何事かと思ったが、ここの女主人のゾーイの昔からの仲間だそうではないか」
「そうそう。俺も知らなかったけど」
「飲み会があったので混ぜてもらってなあ。いやあ、楽しかった」
混ざって飲んでたのかよ。
「えっと、何か怪しまれたりしなかった?」
「いや、こちらの出身をとやかく聞かれたりはしなかったな。それより、彼らの色々な冒険談がなかなか愉快でなあ。ダンジョンの話もだが、護衛であちこちに行くのも見聞が広がっていい体験のようだな」
サスキアもそこにいたらしい。
「そうですよね。あたしなんか、ほとんど国外に出たことがなかったんで、あちこちの地方の話を聞くだけでもすっごく楽しかったですね」
「じゃあ、これからは出身がバレない程度にあちこち出かけてみるか?」
「え、いいんですか?」
「ここの警備も何人か後継者を育ててるんだろう? それに番犬も来るんだったら、そんなに毎日ここに張り付いていなくてもよさそうだ」
「うわ、楽しみ」
「サスキアは馬車は扱えるのか?」
「えっと、それなりには」
「でも、オーレリーはうかつに動けないかな」
下っ端のサスキアと違って、メディア・ギラプールは有名人だからな。
「海賊がいない地方ならどうだ?」とオーレリー。
「逆に聞くが、海賊がいない地方ってどこだ?」
「うむ……。聖王国の山の方とか、ナリアスタの山奥とか?」
「まあ、そんな所でもよければ」
「贅沢は言わないから、そのうちお願いしたいな」
「そういえば、ここの警備員のトレーニングってどこでやってるんだ?」
「今は、遊んでいる倉庫の一角でやっているが、この前のダンジョンで臨時収入もあったし、少々改装したいと思っている」
「泉邸にトレーニングルームがあるから、あそこを使ってもらってもいいけど」
「なるほど。こちらの改装ができるまではそれもいいか」
ふと思いついて提案する。
「子供たちの勉強を見てもらっているリアーヌとマリエッタみたいに、泉邸とクロチルド館の間を行ったり来たりしてる人も多いし、1日のうち、馬車を往復させる時間を決めておいたらよくないかな?」
つまりシャトル便である。
「それは何がいいのだ?」
「今までだと、出かける時にわざわざ馬車を出すようにお願いしないといけなかったけど、必ず決まった時間に馬車を往復させるようにするんだ。時間が決まっていたら使いやすいだろう? しかも辻馬車と違ってタダだ」
「しかし、誰も乗らないかもしれんぞ?」
「それは別に構わないさ。馬も厩舎にずっといるよりも運動になるからいいんじゃないかな」
「なるほどな」
「ゾーイと相談して、年明けくらいからやってみるよ」
「そしたら、そちらのトレーニングルームにお邪魔してもいいのか?」
「あまり大人数で来られると狭くなるけど、3、4人程度なら突然来てもらっても全然構わないな」
「デレクもそこでトレーニングしてるのか?」
「あ、ああ。時々はね」
「ふふふ」
「お、お手柔らかに……ね」
泉邸に帰ってきて、シャトル便の構想をゾーイにしたら大いに賛同してくれた。
「それはいいですね。厩務員もいつ馬車を出したらいいか分かっていた方が仕事がやりやすいですし、こちらから馬車を出して欲しいとお願いする手間も減らせます」
「あと、マリリンのところから番犬を譲り受けて飼おうかと思うんだけど」
「それも賛成です。ここは女性の比率が多いですから、用心に越したことはありません。きっと子供たちも喜びますよ」
「よし、じゃあその方向で進めよう」
「ところで、ちょっとよろしいですか?」とゾーイ。
「いいよ。何?」
「あのですね、お屋敷になんとなく居候でいる人が増えてきてると思うんです」
「う。……そう、だな」
「それはいいんですけど、食費をはじめとして出費がかなりどんぶり勘定なのではないかと。テッサード家からの仕送り、デレク様とチジーのレイモンド商会からの入金が主な収入ですが、どのお金をどこに使ってもいいのか、ダメなのか」
「そうだね。ゴメン」
「グレーゾーンなのは、面倒を見ている子どもたちの養育費とか、屋敷の裏手に作ったトレーニングスペースの維持費とか。それからクラリスさんのために使うお金も、テッサード家のお金をあてるのはおかしいのではないかと」
「び、微妙だね」
「そのあたりの会計的なことを、誰かにきっちりやってもらった方がいいのではないかと思うんですよ」
「ううむ。確かにね……」
正論である。
「差し出がましいことを申し上げましたが……」
「いや、ありがとう、本当にその通りだ。財務担当というほどではなくても、仕分けをする担当者を誰か置いた方がいいな」
ゾーイは泉邸のメイド長であって、メイドを取りまとめるのが仕事。行政官のシェーナはテッサード家の公的な仕事をするのが役目だ。泉邸の金銭的な面のあれこれを取り仕切るのは違う。
クロフォード姉妹がチジーの所で勉強中だけど、どうかな?
そういうわけで、早速イヤーカフでチジーに連絡する。
「……というわけで、大至急というわけじゃないんだが、ミドマスのロックリッジ家を訪ねて欲しいんだけど」
「了解しましたが、……あたしが犬を連れて帰るんですか?」
「あ、いや。連絡をくれたら俺が行く」
「安心しました」
「それとね、泉邸の収支関係がドンブリだとゾーイに指摘されたので、だれか管理してくれる人を決めたいんだけど」
「なるほど。……当面はクロフォード姉妹でいいと思いますよ。デレク様、ディアナを連れて歩くことが多いならジュノの方に任せてはどうです?」
「了解」
「ミドマスに来ているのはプレハブの件なんですけど、ちょっと計画を変更するかもしれません」
「ほう」
「今、まとめている最中なので、一段落したら報告します」
「うん、よろしく」
年末のせいということもないが、なんとなく雑事でバタバタするなあ。
少し時間ができたので、魔法管理室でヒックス卿の遺したファイルを読む。
すると分かったのは、どうやら高瀬川氏、オクタンドルだけではなく、その前のノクターナルの企画にも関係していたらしい。断片的にそういう情報が書き残されている文書がある。少しずつ情報を集めたい。
それから、中には小説とかエッセイとか、舞台の台本みたいなのがいくつもあることを発見した。高瀬川
文書の整理のつもりが、目についた小説をうっかり読みはじめてしまう。
内容は、日本の高校が舞台の学園モノだ。さすがにこっちの世界に、内容が理解できる読者はいないだろう。面白いのにもったいないなあ……。
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