おばあさま

「へえ……。しかしまあ、本当にペリさんなんですね……」

 自分に信じ込ませようとするかのようにつぶやくエドナ。


「バートラムさんが亡くなる原因になった『聖体』の正体というわけですけど」

「はー……。そういうことよねえ」


 エドナ、何度も深くうなずいている。


「今回もデレクが頑張ったわけ? 素晴らしいじゃない」

「いえ、紆余曲折はあったんですけど。それですいません、実はご相談が」

「何かしら」

「ペリさん、泉邸で暮らしたいというご希望なんですけど、身元が……」

「あー。はいはい」


「プリムスフェリー関係で、実はこの人の義理の従姉妹です、みたいな言い訳ができるうまいポジションの……」

「あはは。なるほど。えーとちょっと待ってね」


 エドナ、右手を額にあてて、目を閉じて少し考えている。


「あたしたちがしばらくご厄介になっていたブルース男爵家が、何年か前に後継者がなくて爵位を返上してるじゃない」

「そうでしたね」

「プリムスフェリーの先々代のオスカー卿、あたしからするとお祖父様ですけど、この方の奥様でバートラムの母上に当たる方は、妹が先代のブルース男爵の奥様なのね」

「えーと、ちょっとややこしいですね」

「その家はジョンストン家と言うんだけど、三姉妹がいて、長女がオスカー卿の奥様、次女がブルース男爵の奥様、そして三女の方が婿養子をもらって家の跡を継ぐはずだったんだけど、それを嫌って若い頃に出奔されたらしいのね」

「はあ」

「確か、クラリスというお名前だったと思うけど、そのまま行方不明で、噂ではもう亡くなっているらしいわ。バートラムの叔母にあたることになるわね。ジョンストン家ももう跡継ぎがいないらしいし、その方の名前を使わせてもらうのはどうかしら?」

 長い話だったな。

「なるほど。一応プリムスフェリーの親戚筋だから、俺のところにいてもおかしくはないですね」


 話をきいていたセーラが言う。

「いいと思うわ。ラカナ公国に帰らないのは、過去の因縁があるから、みたいな感じかしら」

「そうそう。そんな昔の因縁話をしつこく聞く人もいないでしょうし」とエドナ。


 そういうわけで、ペリはクラリス・ジョンストンと名乗ることになった。


「話が一段落したところで、あたしはそろそろ……」と言いかけたエドナ。部屋の隅にナタリーがいるのに気づいて声をかける。

「ナタリー、久しぶりね。元気でやってる?」

「はい、お陰様で毎日楽しくやっています」

「デレクとはどう?」

「えっと、まあ、まだその……」

「ふふふ。……デレク。ナタリーをよろしくって言ったわよねえ」

「えー。お子様の俺に何を求めてるんですか」

「ま、セーラの手前、あまりあけすけな話もできないわね」

 いや、もう十分してると思うんだけど。


「……あ。思い出したけど」

「はい?」

 まだ何かありますか?


「例の『ラシエルの使徒』と『ジュリエル会』はラカナ公国で要監視団体にしたじゃない」

「そうでしたね」

「活動したいならば、団体の活動内容について申し開きをせよ、ということになってたわけだけど、『ジュリエル会』の方が年明けあたりに弁明に来るらしいのよ」

「え! マジですか」

「ええ。ディケンズ大臣から聞いたから間違いないわ」

 あ。ディケンズ内務大臣か。久しぶりに名前を聞いたな。

「だから、デレクもこっそり聞きに来たらいいんじゃない、という話」

「そうですね、聞きたいです」

「正式に決まったら連絡するわ」

「よろしくお願いします」



 エドナが帰ってから、クラリスを名乗ることになったペリを泉邸へ案内する。

「あら。年末の飾り付けね。何百年経ってもあまり変わらないものねえ」

「少しは違いがありますか?」

「ふふふ。この、棒に紙の房を取り付けた飾りがあるでしょう?」

「はい。ブレードって呼ばれてます」

「これ、あたしが黒いドラゴンを倒した時の、レーザーブレードを模したものなのよ」

「ええ!」

「本当に?」とセーラもびっくりだ。


「あたしがドラゴンを倒したっていうのは秘密だったんだけど、そりゃ、見てた人も大勢いてね。その人達がドラゴンが倒された記念に作り始めたのよ」


「意味も分からずに作っていましたけど……」

「レロイは、ジンジャの何とかっていう飾りみたいにしたらご利益倍増、アクリョウタイサンとか言ってたけど、そもそもそのジンジャってのを知らないから」

「あはは。俺は分かりますよ」

「さすが転生者同士ね」


 そんな会話をしていると、向こうから子供たちがやってくる。

「デレク様。お客様ですか?」

「あ、ちょうどいいや。これからこのお屋敷で一緒に暮らすことになったクラリスさんだよ。俺の遠い親戚なんだけど」

「クラリスよ。可愛い子ばかりねえ。……まさかデレクのこど……」

「いえいえいえ。色々な事情で面倒を見させてもらってます」


 栗色の髪のミシュナが尋ねる。

「私たちは何とお呼びすればいいですか?」

「クラリス様、かな」と提案するも、クラリスが満面の笑みでこう言った。


「おばあさま、でいいわよ。あたし、子供たちと暮らすのって初めてよ。楽しそうでいいわねえ」

「おばあさま、これからよろしくお願いします」とニーファが挨拶すると、他の子供たちも倣う。

「おばあさま、よろしく」

「はいはい、よろしくね」



 クラリス用に部屋を整えるため、執事代理のマリウスとメイドたちに集合してもらう。

「こちら、プリムスフェリー家の親戚筋のクラリス。エドナの旦那さんだったバートラムの叔母にあたる方、ということになってる」

 セーラが吹き出す。

「ちょ。『ということになってる』とか言っちゃダメじゃん」

「あ」


 今日は私服のシトリーが余計なことを言う。

「デレク様が連れて来る方は可愛い女の子ばかりかと思いましたが」

 するとジャスティナがクラリスを見つめながら言う。

「いえいえ。クラリス様、お若い頃はきっと女神のようにお美しかったと思いますよ」

「あら、ありがとう」とクラリスはニコニコしている。


「あー。余計なこと言ってないで、調度品を一式揃えて、あとはベッドメーク」


 しかしクラリス本人が俺の方を見て、これまた余計なことを言う。

は死ぬまであたしのことばかりを心配してましたが、デレクのそばには可愛い女の子ばかりがたくさんいるのね」

「えーとですね」

「いえいえ、いいのよ。そうでなくちゃ」

 ……何が?


 身の回りの品を買い足したりしたいというので、エメルに馬車を出してもらって、クラリスはリズと一緒に買い物に出かける。

「聖都に住んでいたことがあるけど、ずいぶん昔のことだから、やっぱり少しは変わっているのかしらね」

「ねえ、デレク。お菓子とか買い足してもいいかな?」

 そんなことを言いながら出かけていった。少しずつでも落ち込んだ気分が元に戻るといいんだけど。


 しばらくすると、ヒルダがやって来た。

「こんにちは。早速打ち合わせに来ました」

 セーラが対応する。

「えっとね、シャーリーとアンソニー、それとフレッドには確認をとったわ。カメリアにはアンソニーから、マーカスにはシャーリーから連絡が行くと思うから関係者の了解については問題ないわ」

「分かりました。じゃあ、早速全体の構成あたりから決めて行きましょうか」

「あ、デレク。オーレリーには了解を取り付けておいてね」

「はいはい」


 2人は別室で仕事にかかる。


 あれ? 俺だけ暇になっちゃったなあ。

 ……とか思っていたら、マリリンが馬車でやって来る。


「デレク、ちょっといいかしら?」

「あ、どうも。年末年始の行事とかはいいんですか?」

「いえ、すぐ帰るつもりだけど、ちょっとお願いができないかなあ、という件があって」

「はい。まあ、お話を伺ってからですけど」


 すでに泉邸では顔なじみのマリリン。

 当たり前のようにノイシャがお茶を持ってきてくれる。


「えっと、麻薬探知犬って知ってるかしら?」

「はい。国境守備隊をやってる時、国境の検問所にいました」

 確か、テリーとミリーという名前だったなあ。


「実はね、聖王国の麻薬探知犬の訓練をしてるのはロックリッジ領内の専門の施設なんだけど」

「あ、そうなんですか。それは知りませんでした」

「現役で何年か活躍したら、6歳から8歳で引退なんだけど、ミドマスで長年活躍してくれた犬の引き取り手を探してるのよ」

「ははあ」

「デレクのところはこの前暴漢に襲われたし、子供も多いから番犬としてどうかしら、と思ったんだけど。訓練されてるから、意味もなくやかましく吠えたりはしないわ」

「なるほど。それはいいかもしれません……。あ、クロチルド館にもいいかも」

「外国から来た女性が沢山暮らしている所よね?」


「あそこは、女の子を見にやってくる連中がかなりいるらしくて、警備が何人かで追い払ってはいるんですけど」

「なるほど。犬がいるだけでも違うかしらね」


 そういえば、オーレリーはダンジョンで『服従の指輪』をゲットしてたな。まあ大丈夫だろう。


「ですから、こことクロチルド館で最低1頭、うまくいけば2頭、お引き受けできそうです。今、レイモンド商会のチジーがミドマスに行ってますから、連絡しておきます」

「助かるわ。えっと、ロックリッジ家に麻薬探知犬の件で、と言って出向いてもらえば分かると思うわ」


 マリリンはお茶を飲むと、そそくさと帰っていった。

「また年明けにね」


 ふむ。犬か。賢い犬は、何か互いに信頼しあっている仲という感じがあって飼っていて楽しい。そんな犬だったらいいなあ。


 マリリンと入れ替わるように何やら手紙が届いたらしい。ジェフが持ってきてくれる。


「げ。親父殿」

 ダズベリーの親父殿からの手紙である。何か急用か?


 読んでみると急ぎの話とかではなく、セリーナの出産が予定されている来年の春までに一度、聖都を訪問したいのでよろしく、とのことだった。

 なるほど。孫が生まれたら、もうしばらくは屋敷から動かないだろうからな。


 あのいかめしい感じの親父殿も、孫の前ではデレデレするんだろうか。想像するだけで微笑ましい。

 訪問の具体的な日程は未定とのことだが、少し暖かくなってからだろうから、3月下旬くらいかな? まだ準備にかかる必要はないが、心に留めておく必要はある。

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