禁忌事項

 リズも「制約と禁忌事項」の内容を見て驚いている。

「これまでに見たことがない種類の文書だね。世界はこうでなければならないという決まりというか……」


 セーラが質問する。


「この禁忌事項とされていることで、例えば鉄砲、大砲というのは?」

「火薬、というのがあるよな?」

「ええ。黒い粉で火が点くと爆発するわね。花火にも使うかしら」

「あれを細い鉄製の筒の中で爆発させて、その勢いで鉛の玉を打ち出すようにしたらどうなると思う?」

「凄い勢いで玉が飛び出すでしょうね」

「そう。そういう原理で作られた武器が鉄砲とか銃と言われるもので、それを大型にして城壁を壊せるくらいの威力にしたものが大砲だと思えばいい。優馬の世界では、一秒間に何発も弾丸を自動的に打ち出せる銃が世界中に広まっていて、至る所で戦争が起きているんだ」


「魔法よりも強力ということ?」

「魔法は使える人間が限られている上、射程も数十メートル程度しかない。銃は指で引き金を引くだけで弾丸を発射できるから使う人を選ばない。大砲は城壁くらいは軽々と打ち壊すことができる上に、射程は数百から数千メートルに達する。こういった兵器には大小さまざまなものがあるけど、海のかなたの大陸を狙って数万人を一撃で殺傷できるミサイルというのもある」

「なんてこと……。そんなものを使って戦争したら……」

「フェスライエ・ライブラリーにちらちら出てくる世界大戦では、戦死者は数千万人に上るはずだ」


 セーラはため息をつく。

「想像の遥か上ね。実感も湧かないわ。そもそもなんでそんなにたくさんの人を殺す必要があるのかしら」

「政治体制の違いとか、宗教が違うとか、領土を奪い合うとか」

「デレクの記憶にある世界の人たちが、死にたがりなのか、愚かなのか、それとも本当に神様を見たことがあるのか」

「どれでもないよ。今、エスファーデンでゴーレムを使って戦いをしてるじゃないか。あれがどんどんエスカレートしたと思ってもらえばいい」


「うーん。で、そういう方向にエスカレートしないように、世界の発展に歯止めをかけている、ということなのかしら」

「本当にそんなことができるのかは分からないけど、この文書を見る限りはそう理解できるよね」


「でも、交通手段とか医療にも制限がかかっているわよね。交通とか医療が発達するのは別に悪いことじゃないし、制約して欲しくはないわよね」

「本当にね。この世界で実際に暮らしている我々からしてみると、余計なお世話という気もするよなあ」

「そうね。武器を作ったり戦争をしたりするのも、快適な乗り物を作って楽しく旅行をするのも、そこに暮らす人間たちが好きにすればいいことじゃないかしら?」


 「メレディスの手記」の記述を思い出す。

 L氏、つまりヒックス伯爵がペリに、世界のありように干渉するのは何のためか問うと、ペリはこう答えたとある。

「オクタンドルがそのまま、変わらぬ姿であり続けますように、と」


 ゲームだったらストーリーの進展で王国が滅びたり、大陸が沈んだりくらいのことはあるだろう。しかし、いわゆる『世界観』というやつは変化しない。

 実際の歴史がそうであったように中世から近代、そして現代へと発展して行くのは、見ようによっては面白いかもしれないが、それは別種のゲームだ。そしてオクタンドルを再現しようとした何者かは、そのような変化は望まなかったということだ。


 そんな会話をしばらくしていたら、魔法管理室のドアが開いた。


 ペリが少し遠慮がちに入って来る。


「さっきはどうも」


 リズが歩み寄り、ペリの手を取って部屋の中へと誘導する。

「大丈夫ですか?」

「ごめんなさいね。やはり自分の連れ合いが亡くなったと聞かされるとこたえるわね……。分かっていたことなんだけど」


 ペリは魔法管理室を少し見回している。

「あら、ここはあまり変わらないわね。……えっと、リズだったわね。正直、自分以外の天使に会うのも初めてですけど、こちらの方がリズの?」


「初めてお目にかかります。デレク・テッサードと言います。ザ・システムから魔法管理システムを任されています。これは私の婚約者のセーラ・ラヴレースです」


 ペリ、軽くお辞儀をしてから言う。

「私は、もうご存知と思いますが、レロイのパートナーの天使、ペリです。ところで、レロイが亡くなってからどのくらい経つんですか?」

「だいたい360年ほど……」

「え! 360年ですって? そんなに……。それはそうよね。この部屋は隠されていたし、隠されている間は時間が流れませんから」

「座って頂いて少しお話を……」


 ソファに座るとペリは、少しはにかんだように微笑みながら言う。

「まだ気持ちの整理はつかないのですけれど……。あのね、さっきからしばらく自室で呆然としていましたら、お恥ずかしい話ですけどね、お腹が空きました」


 するとリズがすかさず言う。

「そうですよね、天使も人並みにお腹が減りますもん」

 少し緊張がほぐれたのか、ペリも微笑みながら言う。

「そうよね。……で、今見てきたら食堂のスペースは以前とあまり変わらないようですが、あそこで少し食事をとってもいいかしら?」

「あー。冷蔵庫には年末用のケーキの生地とか、新年のお祝いのお菓子とか、そんなのはいっぱい詰まってるけど、すぐ食べられるものはないかなあ」とリズ。


 ちょっと考える。そうだなあ……。

「じゃあ、もう少ししたら夕飯の時間だし、俺の屋敷で食事にしませんか。実は今、年末休暇なのでメイドも私服でウロウロしてますし、外からゲストで来ている人もいます。一人くらい増えても全然問題ありませんよ。どうでしょう?」


 唐突な申し出かとも思ったが、近親者を亡くして塞ぎ込んでしまうよりも、大勢の人と一緒に食事でもしたらその方が早く立ち直れるのではないかと考えたのだ。


「それがいいわ、そうしましょう」とセーラも賛成してくれる。


「え。そんな……、でも……」

「ペリさんの時間の流れではヒックス伯爵が亡くなったばかりですから、まだまだお気持ちの整理がつかないとは思いますが、一人で悲しく食事をするのはかえってよろしくないと思うのですよ」

 ペリ、俺の顔をじっと見て言う。

「あなた、デレクさんと仰ったかしら。……お優しいのね」

「いえ、そんな。それとあの、呼び捨てで結構ですよ」


「でも、やっぱりできれば静かに食事をしたいので……。皆さん、楽しくされている中で一人だけ陰鬱な顔をしていたらご迷惑でしょう?」

 まあ、強く勧めるのも逆に申し訳ないかな。


「分かりました。そうしたら……。俺が屋敷の方にいないのはちょっとまずいので、申し訳ないけど、リズ。ここでペリさんと一緒に食事をしてもらえるかな」

「いいよ。そしたら、食事はナタリーに持ってきてもらうようにしようか」

「そうだな」


 リズにナタリーを連れてきてもらう。

「あら。お客様……ですか?」

「えーと、順番から言えば俺たちよりも先にこちらのペリさんがいらっしゃったんだが、まあそれはいいや。ちょっと事情があってこちらでリズと一緒に夕食を取ってもらうことにしたから」

「分かりました」


 ペリが俺に尋ねる。

「デレク、……テッサードと先ほどお聞きしましたが、辺境伯の?」

「ええ、そうです。俺はテッサード辺境伯家の次男で、聖都にあるテッサード家の屋敷を任されているんです」

「なるほど。ご面倒をおかけしますがよろしくお願いします」


 その晩はそのまま、ペリはリズと夕食をとり、早めに休んだそうだ。


「何か色々あったけど、明日もまた来るわね」とセーラも帰っていった。


 さて。

 これからどうしたらいいのかな?


 眠れない俺は、ヒックス伯爵が遺した文書のあれこれを読んで夜を過ごした。



 明けて次の日。


 リズによれば、ペリの部屋に出入りできるように登録させてもらったので、様子を見に行っているものの、やはりまだぼんやりしていることが多いという。それも仕方ない。

 でもまあ、朝食はとってもらおう。


 ペリは時間が動き出したその瞬間から、突然、天涯孤独になってしまったわけだ。

 元々子供はいないはずだが、知り合いも一人も生きてはいない。


「浦島太郎状態か」

 とつぶやくと、リズが言う。

「デレクが何を言っているか分からないけど、あたしもデレクが急に死んじゃったら絶対悲しいから、ペリさんも悲しいだろうなって思う」


 俺はふと、優馬の記憶の祖父母のことを思い出す。

「でもな、まだ若い友人が亡くなるとそれは悲しいものなんだけど、年を取ってからは、人間はいつかは死ぬものだからという諦めみたいなものがあって、不思議とそうでもない」

「そうなの?」

「でも、夫婦のどちらか片方が先に亡くなるのは、当事者にしてみるとやっぱり辛いみたいだ」

「それはそうだろうね」


 そのまま昼になるまで、俺は久しぶりに魔法のプログラムをあれこれいじって過ごす。


 昼食の時間に近くなった頃、セーラが馬でやって来る。

「寒くない?」

「今日はいい天気で風もないからそれほどではないわね。で、例のダンジョンの原稿の件で、ちょっとシャーリーと、アンソニーの所へ行って来たのよ」

「あ、それで馬か。そうだね。話を通しておく必要はあるもんな」


 一緒に昼食を、という話をしていると、リズが、ペリが話がしたいから来て欲しいと言っていると言う。

 急遽、俺とリズ、セーラと一緒に謎研修所の食堂で昼食である。


「一晩寝たら、だいぶ落ち着いたと思います。昨日はいろいろご配慮ありがとうございました」

「いえ、ペリさんの時間を動かしたのは俺達なので、それなりの責任みたいなものはあるかなと……」


「いえ、そんなことはないわ。でも、そうね……」


 ナタリーが昼食のサンドウィッチとサラダを持ってきてくれる。

 そして各人のカップに紅茶を注いでくれる様子を見ながら、ペリは次の言葉を探すように、膝の上に置いた手を組み替えている。


「……人並みにあの人の最期を見届けることができなかったのは、やはり悲しいと感じます。しかし、それはあの人が望んだことの結果です」


 そう言ってから自嘲気味に笑いながら続ける。


「勝手な人よね。あたしが先に死ぬのは嫌だ、見たくないって、だからといって自分が先に死ぬって。ねえ?」

「そう、ですね」


 そして、ペリはつぶやくように付け加えた。

「どちらかが先に死ぬにしても、普通に人間のように死にたかった、かな?」

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