メイド服の秘密

 ヒックス伯爵のアカウントにログインできて、収穫は大量の文書ファイル。

 伯爵は誰も読まないであろう文書を日記のようにせっせと書き溜めていたことになるが、単に暇だったのか、それとも本当は誰かに伝えたい何かがあったのか。


 文書を、作成された時間順に並べ直して読んでいくことにする。


 最初に読んだ文書は、この謎研修所の不思議について。俺もそれは不思議に思ってるぜ、と思わず共感するようなことが書かれているが、それ以上のものではない。

 次は自身の境遇について。

 当時の王宮の人間関係みたいなことが書かれているが、事情を知らない俺からすると、ちょっと冷たい言い方になるけれど所詮は他人事である。同情できる事情もあると感じたが、実際にどうだったのかは、もう知る由もない。

 ペリとの出会いについて書かれている文書もある。この文書に込められた熱量は半端ではない。どんなに愛しちゃってるんだよ、って感じ。


 最初の十数個くらいを読んだところでは、謎研修所に対する感想、ペリへの愛情の吐露、人間関係の不満、というのが3本柱で、転生前の情報とかは出てこない。

 ……うーん。これがまだ延々あるんだよなあ。


 ただ読み進めるだけだと時間がかかってしょうがないので、AIに要約を作成させることにする。処理のためのシェルスクリプトを記述して、走らせておく。ちょっと置いておけばすぐに出来上がるだろう。


 いったん泉邸に戻る。リズはそのまま魔法管理室でスケッチ帳に何か楽しそうに書いている。この前入手した小説は読み終わったのかな?


 書庫に入ると、マリリンとセーラと、ナタリーという珍しい取り合わせで、何やら楽しそうに話をしている。

「あら。デレク。何か見つかったの?」とマリリン。

「えっと、今、解析中です」

「誰が?」


 AIが、とうっかり言いそうになるが、喉元でこらえる。

「分析の作業に入ったものの、厄介そうなのでちょっと休憩です。それより、ここで何をしてるんです?」


 するとマリリン、フェスライエ・ライブラリーの中の衣装のデザイン画を手に取って言う。もちろん、廃帝の描いたものの模写である。

「このスケッチがね、現在でもあちこちで着られている色々な服の原型になってるわね、という話をしてたのよ」

「あら。そういう話もしてはいたけど、今盛り上がっていたのはそうじゃないわ」

 セーラはそう言って、デザイン画をマリリンから受け取る。


「ほら。このメイド服を見てよ」


 普通にクラシックなメイド服である。黒いロングスカートに白いエプロン。

「え? 普通のメイド服だよね」

「ふふーん。ところがね、ここ」

 セーラはそう言ってメイド服の脇あたりを指差す。何かコメントが書いてある。


「ここが何か?」

「ここね、前からは分からないんだけど、背中側から手を入れられるスリットが開いているんだよ」

「は?」

「それからこのスカート。プリーツみたいに見えるけど、お尻のところが2重になっててね、左右に開くことができるという仕組み」

「だから?」


 マリリンとセーラがあけすけな話をする。

「だからね、旦那様はいつでもメイドの柔らかいあそこや秘密のあそこに手を入れて鑑賞し放題という話なのよ」

「鑑賞どころじゃないわ。その場でいきなり、よ」


 あー。ローザさんもそんなこと言ってたなあ。そのメイド服がこれか!


「……えーと、この場合俺は何て反応するのが正解?」

 セーラが男の口調を真似ていう。

「これは素晴らしいな。ウチの屋敷のメイド服もぜひこれにしよう、とか?」

「あははは」

 ナタリーが珍しく凄く楽しそうに笑っている。


 セーラがいらない追加情報を教えてくれる。

「これはオーソドックスな後ろからのスタイルね。前からが好きな旦那様向けのもあるのよ。ほら、これとか」

「いや、そういう情報はいらないから」

「えー。絶対ウソよね。きっとデレクは夜になったら書庫に一人で忍んできて、何かの作業に励むに違いないわ」

「あのねえ……」


 ナタリーが言う。

「実は、ゾルトブールの伝統的な衣装にも、明らかにを目的にしている仕掛けや装飾があるんですよ。その源流と思われるものが、このデザイン画の、まさにここにありました」


 そう言って見せてくれたスケッチには、食堂のウェイトレスさんっぽいお姉さんの衣装がある。

「えっと……。どこが?」

「袖に飾り紐が出てるでしょう?」

「ん?」

 飾り紐は袖口で蝶々結びされていたり、上腕部まで折り返してから水引のように綺麗にまとめあげられたりしている。パッと見たところでは、ちょっと変わった、しかし美麗な服にしか見えない。


「……で?」

「この紐は服自体に縫い込まれていますので、着ている人を簡単に後ろ手に縛り上げることができます」


「はあ?」

 何言ってんの?


「それと、足に履いたブーツにも同じような飾り紐があります。右手と右足、左手と左足の紐同士を結んでしまうと、もう逃げられません」

「うわ。サイテー。……わざわざ最初から、自分を縛るための紐が服に付いてるってことだよね?」

「ええ。これは女性用ですけど、男性用もあります。ほら、これ」

「……つまり奴隷に着せておくとか、そういうこと?」

「そうとも限りませんね。いわゆる勝負服でデートの時に着ていくとか……」

「ヤル気満々かよ」


「現在、飾り紐自体はには使わない単なる装飾としても発達していますし、逆に、もっと手軽に拘束できるような金具が付いている服もあります」

 ……恐るべし、ゾルトブール。

 いや、その原案を考えたのは廃帝だよな。なんてこった。時代を越えて、いや、異世界にまで通用する変態の天才を見た思いだ。


「まあ、そんな感じのエロい服が満載だということに気づいて、盛り上がっていたわけなのよ」とセーラ。

「エロくない服も普通にあるんだろう?」

「そりゃああるわよ。あとは、実際には着られない服とか、物理的に存在できない服もあるわ。アイディアだけの服ということね」

「例えば?」

「空中に浮いている帽子とか、透明な素材が前提の服とか」

「なるほど」

 ゲームだったら、物理法則は関係ない。ビニール類はまだこの世界にはないしな。


「ちなみにデレクの喜びそうな追加情報があるわ」とセーラが悪い顔で言う。

「え。何かな」

「ディムゲイトから来たカリーナとズィーヴァの2人は、今日は非番で私服でウロウロしてるけど、今日の服装はまさにこの飾り紐の服よ」

「は?」

「ふふふ。誰かに拘束して欲しいんじゃないかしら?」


 一昨日のの件を生々しく思い出してしまう。


「……この場合俺は何て反応するのが正解?」

 セーラが男の口調を真似ていう。

「いじらしい女の子の誘いを無視するのも忍びない。だが正しい順番としてはまず婚約者からだな、とか?」

「あははは」

 マリリン、笑いすぎ。


「あたし、お裁縫が得意なので、さっきのメイド服を作ってみようかと思いますがどうでしょうか」

 とんでもない提案をするナタリー。

「え。それはさすがにやり過ぎ」

「飾り紐の衣装の方がお好きですか」

「そういう話じゃないよ」

「確かに、来客がある時はまずいわねえ」と真顔で反応するセーラ。

「来客がなくてもどうかと思うんだが。子供に見せられないでしょ?」

「えー。いいじゃない。毎日がきっと楽しいわよ」

「さっきから聞いてれば、セーラはそういうのを制止する立場じゃないのか?」

「うふ」


 などと他人には決して聞かせられない話で盛り上がっていると、イヤーカフにリズの声がする。

「デレク。エラーが出てるよ」

「え?」


 あわててまた魔法管理室へ。

「さっき、シェルスクリプトを走らせておいたよね?」

「画面をちょっと見たら、エラーメッセージが延々と出てる」

「うわ。本当だ。何か間違えたかな?」


 スクリプトを強制停止させてメッセージを読む。

「あ」

「何?」

「文書ファイルが作られた順で処理させてたんだけど、どうやら途中から日本語で書かれたファイルが増えてるんだ。AIは日本語が分からないらしい」

「それって、デレクがやっぱり自分で読まないとダメってこと?」

「そうなるかなあ」


 やれやれ。


 コンピュータシステム自体は、優馬もおなじみのOSとユーザインタフェースを使っているし、プログラミング言語も優馬が使い慣れたものである。従って、文字コードも入力システムも日本語が問題なく使えるのだが、AIはこの世界の言語しか知らないらしい。


 ちなみに、全部が日本語で書かれた一番古いファイルには、和歌が書かれていた。


   今朝よなほ あやしくかはる ながめかな

   いかなる夢の いかがみえつる


 誰の歌かは忘れたけど、恋の歌、だったかな? 恋人との夜を過ごして次の朝、すべてが変わってしまったように見える、的な?


 ヒックス伯爵としては、『前世』の記憶が突然やってきた時の気持ちだったのかもしれないし、ペリと出会ってからの恋心なのかもしれない。


 スクリプトを書き直して、AIが要約を作るのに失敗したファイルは別のディレクトリにリンクを作っておくことにする。


 スクリプトを走らせておいてリズと一緒に泉邸に戻ると、そろそろ昼食である。


 マリリンに質問されてしまう。

「デレクはさっきから何をウロウロ行ったり来たりしてるの?」

「えーとですね。詳細は秘密ですけど、実はさっき頂いたハーゲンの岩のヒントから、ヒックス伯爵の未発見の直筆エッセイ集を見つけ出すことに成功しました」

「え! それってすごいわね。三百数十年前の記録ということになるわね」


 セーラも食いついてくる。

「じゃあ、例の『交友録』の記述を裏付けるようなものもあるってことかしら」


「かなりの量があるんですけど、大半は王宮での人間関係のボヤキですよ」

「いや、むしろそういうのに興味があるわね」とマリリン。

「あたしは、聖王国の正史との違いをチェックしたいわ」とセーラ。


「じゃあ、整理をお願いすることも可能ですか?」

「ええ、喜んで」


 すると、隣に座ったリズが小さい声で言う。

「デレク、あれ、印刷しないと読めないでしょ?」

「あ」


 現状は、コンピュータの中のファイルでしかない。しまったな。どうしよう。


「大丈夫。あとでプリンタを出しておくから」

「え? プリンタ、あるの?」

「もちろんよ」


 すごいな、魔法システム管理室。

「でも、数百年前の古文書がまっさらな紙にきれいな活字で印刷されているって怪しいよなあ」

「それはどうしようもないかな」


「リズとデレクは何をコソコソ話してるのかしら。怪しいわね」とマリリンに茶化されてしまう。

「あははは」

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