年末のにぎわい

 昼ご飯を食べ終わるころ、オーレリーとサスキアがやって来た。


「やあ、デレク。ニーファたちにお菓子を買ってきたんだ」

「約束通りだな。俺は出かけないといけないんだけど、夜までここでゆっくりして行ったらいいと思うぞ」

「そうか。それは有り難いな。久しぶりにのんびりさせてもらうよ」

「早くお菓子の味見をしましょうよ」とサスキアは食い気ばかりが先行している様子。


 ふと思い出す。桜邸の2人は寂しいことはないかな?

 ちょっと様子を聞いてみよう。

「チャウラ、聞こえるかな?」

「あ。デレク様ですか。久しぶりですね」

「そっちは2人だけで寂しくない?」

「そうですねえ。2人でそれなりに楽しくはしていますけど、まあ、ちょっと寂しいかなあ、と」

「じゃあ、今日の午後は聖都に来たらどうかな。俺は出かけるけど、リズやオーレリー、ノイシャや、気のおけない身内だけでお茶会なんかをするからさ」

「いいんですか?」

「いいよ。あ、スールシティで買ってきたお菓子もあるよ」

「え。それは心惹かれますね」

「じゃあ、これから迎えに行くよ」


 桜邸に行ってチャウラとガネッサを連れてくる。

 彼女らは泉邸は初めてだが、見知った顔もいるので安心した様子だ。それと、子供たちが多いのに驚いている。

「デレク様の子供ですか?」

「そんなわけないだろ。まあ、たまには子供たちと遊ぶのもいいだろ?」

「ええ。楽しそうですね」


 さて、そろそろラヴレース邸に出かけないといけない。

 厩務員にも休暇を取ってもらっているので、今日はエメルに御者として付いてきてもらうことにした。

「待っている間にお茶くらいは出してくれると思うよ」

「はい。でもお仕事ですから、頑張ります」


 エメルは久しぶりに颯爽とした御者の服に着替えている。

「あれ? 服は前と同じだよね。……なんか、前よりカッコよく見えるな」

「え! そうですか。やっぱり体型が良くなったせいでしょうか?」

「あー。そうかもしれないなあ」

 オーレリーみたいに、男っぽい服も似合う感じになってきた。


 ラヴレース邸に到着。

「なんだか随分と馬車が多いですよ?」

「エヴァンス家の人たちも来るって言ってたからなあ」


 エメルには休んでいてもらって、屋敷の中へ。なんだか見知らぬ顔が多いなあ。


「あ! デレク。こっち」とセーラに手招きされる。

 セーラはちょっと落ち着いたブルーのドレス……と思ったら、腰骨の上までスリットが入っている。しかも両方。

「あれ? よね」

「当たり前じゃない。ほら、スリットを太もものところで紐で編み上げるみたいにしてるから、デレクの言う『セクシーな魚屋』にはならないわけ」

「なるほど。これはいいな」

 確かにスリットが入っているにも関わらず、セーラの美しいウエストのラインはそのままである。

「スールシティで作ったドレスを元に、少し研究したのよ」

 眼福である。ありがたや。


 ハワードとホワイト男爵も揃っている。

「パーティーが始まる前に、『耳飾り』の件を済ませちゃいましょう」

「はいはい」

 ハワードが回りにあまり聞こえないくらいの声で話を始める。

「例の『耳飾りの試練』だが、フィアニカ・ダンジョンあたりで試練を受ければいいと漠然と思ってたんだが」

「そうだね。何か問題が?」


「ブレイズの町とフィアニカ・ダンジョンのあたりはブロムフィールド伯爵領なんだよ。だから試練の場所をフィアニカに固定するのはちょっと……」

「どういうこと?」

 ブロムフィールド伯爵ってどこかで聞いたな。何だっけ。

 するとセーラが教えてくれる。

「ブロムフィールド伯爵は奥様がナリアスタのご出身なこともあって、かなり王家寄りの立場をとる方なのね。で、王家もブロムフィールド伯爵の意見は尊重することが多いらしいわ」

「あ、王太子殿下の婚約者の件でそんな話をしてたな」


 ハワードが背景を説明してくれる。

「王家は聖王国を東西に貫く運河の建設に乗り気ではないんだが、その理由のひとつが、ラムウッドからレディチ、マシャムという東西をつなぐ運河ができると、ブレイズを経由する船便が減ると思われるからなんだ」

「ははあ。なるほど。ニサイ川やクロービー川が上流で相互に連絡できるようになると、シナーク川との合流地点であるブレイズをわざわざ経由する必要がなくなるのか」


 親父殿から、王家が運河の建設に乗り気でない話は聞いていたが、理由はそこらあたりにあるわけか。すっげえよく分かった。

 しかし、目先の損得にばかりこだわらずに、聖王国全体の活性化のことを考えることはできないものか。例のヒックス伯爵のエピソードにあった、橋を渡すことによる経済効果の例がまさにそれだ。


「運河に反対の立場という点については、ソイバンクを所領にしてる、シャーリーのチェスター公爵家も同じ立場らしいけど」とセーラ。

 ハワードが話を続ける。

「それはともかく、フィアニカ・ダンジョンで『耳飾り』が取得できることが分かると、王直轄の親衛隊にも渡せという話になる心配があるんじゃないか、とね」

 あ。なるほどね。

「親衛隊は胡散臭いから、そういう状況は避けたいな」

「だろ? そういうわけで、フィアニカ以外のダンジョンで、実質的にはこっそり試練を受けるようにしたいという話なんだけど」


 聖王国の外交を上手く進めたいという一方で、現在の王家は内政ではなんとなく信用ならない。王家とは表面上は穏やかにお付き合いはするが、変なことを始める可能性を考えて全幅の信頼は置かない。そんなところか。公爵家も気苦労が絶えないな。


 そこで、ハワードとホワイト男爵で検討した結果、フィアニカではなく、聖王国東部にあるエルスウィック辺境伯領内のヌーウィ・ダンジョンが良さそうだということになったそうである。

「そのダンジョンは聞いたことがないんですが」

「フラゴルという町の外れにあるダンジョンで、確かにあまり知られてはいないが聖都から2日あれば行ける」

 ホワイト男爵がそう言うと、ハワードが追加する。

「エルスウィック辺境伯領だから、そのあたりは内密にやってくれると思うよ」

「ん? どうして?」

「辺境伯の娘さんが、ホワイト男爵の奥さんだからさ」

「なるほど」


 指輪の説明をしておくか。

「えっとね、現状では指輪はどのダンジョンでも機能するようにしてあるけど、万一、指輪を奪われたりすることを考えると、指定したダンジョンでだけ機能するように設定するのが絶対に安全だと思うんだよね」

「そうだね」


「でも、それにはそのダンジョンを区別するための情報が必要なんだよ」

 具体的には『ダンジョン固有ID』という識別子である。


「それが分かってるダンジョンはどこ?」とセーラ。

「フィアニカと、ダズベリーの近くのガリンゾ・ダンジョンだけだなあ」

「それを調べるにはどうするの?」

「そのダンジョンで拾得したドロップアイテムがあればいいけど、確実性を重視するなら俺か、信頼のおける誰かに直接行ってもらうのが間違いないかな」

「なるほど」


 ホワイト男爵がエルスウィック辺境伯に話を通すのと平行して、俺が現地で指輪の調整をすることになった。

「緊急を要する案件があるわけではないが、それなりにスピード感を持って進めたい」

 ホワイト男爵がそう言うと、セーラが嬉しそうに言う。

「デレク、またダンジョンに行くのね」

「そうなるけど、でも今回はダンジョンの情報が得られれば十分……」

「またまたあ。行くなら当然、下の階層を狙うでしょ?」

「そう、だなあ」

「ふふふ。新年早々、楽しみだなあ。また人選を考えないと」


 セーラはすでに一緒に行く気満々である。……さて、どうしよう。


「でも新年早々は、騎士隊は結構行事があって休みがとりにくいのよね」

「へえ」

 年頭の行事、たとえば消防隊の出初式でぞめしきみたいなのがあるのだろうか。騎士隊はハシゴのてっぺんに登ったりはしないと思うが。


「でも、人目を気にしないでヤバい魔法もバンバン使うならデレクの回りの女の子から選抜したら気楽かしら」


 確かに、そっちの方が手っ取り早いかな?



 ダンジョンの話が一段落ついたころ、エヴァンス家の人々がやって来た。

 長男のアンソニーは婚約者(予定)のカメリアを伴っている。


 フローラがアンソニーの様子を饒舌に説明してくれる。

「ダンジョンから帰ってきてから、アンソニーお兄様はずっと一人でニヤニヤしながらぶつぶつ話をしているんですのよ。最初はダンジョンで頭をどこかにぶつけたか、そうでなければ何かの危険な呪いでもかけられて帰ってきたのかしらと心配したんですけど、話を聞いたらいつでもカメリアとお話ができる魔道具を拾って来たとかいうじゃないですか。まあ婚約する間柄ですから仲がいいのはよろしいんですけど、知らない人が見たらエヴァンス家の長男は大丈夫か、とか思われてしまうのではないかしらと……」

「はいはい、フローラ。大丈夫だから」とアンソニー。


「今日はブライアンは?」とセーラがミシェルに尋ねている。

「お祖母様のお加減があまりよろしくないようなのよ」

「それは心配ね」


 ロックリッジ男爵家一行もやって来た。

 先代の男爵の最初の奥さん、つまりマリリンとトレヴァーの母親が、フランク卿の腹違いの姉になるそうである。このあたりは前にも聞いたのだが、なかなかに複雑で覚えきれない。


「デレクとセーラはダンジョンに行ってたんですって?」と相変わらず情報の早いマリリンである。

「え。ウソぉ! それって楽しそう」とタニア。

「実際、楽しかったわよ」とセーラ。

「いいなあ、あたしも剣術の稽古とか始めようかしら?」

「そうね、それもいいかも」

「セーラの代わりに騎士隊に入るとか」

「あら。タニア、学院に行くんでしょ」

「でも、やってみたいことはいっぱいあるわ」


 若いっていいねえ。

 ……オジサン的な感想が出るのはアラサーの優馬の記憶のせいかなあ?

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