ゾルトブールから来たスパイ
朝起きて、トレーニングルームに行ってみると、ズィーヴァとカリーナがエメルに指導を受けている。
「あれ! 2人とも偉いなあ」
「はい。戦闘はできませんが、健康の維持は重要と思いまして」
そうカリーナが言うと、ズィーヴァも答える。
「プロポーション作りにもいいと思いました」
身体にぴったりしたトレーニング用の服を着ているのを見るのは初めてで、なかなか新鮮である。2人とも筋肉はあまりないが、均整がとれた美しい体型だ。
「えっと、2人ともすらっとしてて、十分キレイな身体に見えるけど」
「え! ありがとうございます。でも、やはり筋肉の量がまだ足りません」
「そうなんです。農園で監禁されていた間にかなり体力が落ちました」
なるほど、そうなのか。食事も粗末そうだったからなあ。
ズィーヴァがぶっちゃけた話をする。
「あたし、もうひと回り、ふた回りくらい胸が大きかったはずなんですよ」
するとカリーナ。
「あたしも、胸もおしりも小さくなっちゃった感じで」
「え。そうなの? でも、今、筋肉の量とかって言わなかった?」
するとエメルがドヤ顔で言う。
「脂肪だけ増えても、筋肉だけ増えてもダメです。適度な運動と食事でバランスよく身体作りをしなければ」
どこかのジムかエステで言いそうな文句である。
「そうだよなあ、エメルは最近、筋肉がついて後ろ姿がすごくキレイだもんなあ」
うっかりそんなことを言ってしまったら。
「え! う、うれしいです! 頑張ってる甲斐がありました。そっかあ。ううん、やったわ、あたし!」
何か琴線に触れたようである。
3人の熱量が一気に上がった気がするので、軽めのストレッチだけして退散する。
リズと一緒に朝食を食べていると、ゾーイがニコニコしながらやって来る。
「デレク様。フィアニカ・ダンジョンで、BFという冒険者グループにお会いになりましたよね?」
「あ、うん。俺の知り合いの弟さんだったんだけど、何で知ってるの?」
「彼らが、あたしが一緒に仕事をしている仲間なんです」
「え!」
「田舎から聖都に出てきたような人の仕事の手配とか人脈づくりを支援する組織です。ちなみに、BFというのはバーリーフィールド、つまり大麦畑のことです」
「そうなのかあ。そんな話は全然してなかったけどなあ」
「はい、彼らもあたしとデレク様の関係に、昨日初めて気づいたみたいですよ」
「世の中、広いようで狭いねえ」
「で、ダンジョンで大活躍だったらしいじゃないですか」
「ああ、最後の方はセーラとオーレリーと一緒に頑張ったんだけどね。最後までは行けなかったなあ」
「彼ら、驚いてましたよ」
「いや、俺達のグループは8人いたのに、あの人達は4人だったじゃない。そっちもすごいと思ったけど」
「まあ、彼ら、元傭兵とか、かなり実戦で鳴らした経歴の持ち主なので」
「そうなのか」
「今はもう、殺すんじゃなくて生かす方に力を入れていますけどね。デレク様がクロチルド館のサポートをしておられることに、大層感謝していました。これからもよろしくお願いします、とのことです」
「いやいや、こちらこそと言っておいて」
「ちなみに、デレク様が常々心配されておられるような、後ろ暗い方面への仕事の斡旋はできるだけ排除していますので」
「ああ、それはお願いしたいね」
ということは、守備隊のケニーも彼らの活動は薄々知っているのかもしれない。
優馬の世界でいうNGO(非政府組織)みたいなものかな?
「ところで……」
ゾーイちょっと声を潜めて言う。
「何?」
「昨日、バーリーフィールドの仲間から聞いた話では、聖王国内で『青タルク』の流通が増加しているらしいのですが……」
「え」
『青タルク』とは、麻薬である
「正規の輸入品というわけじゃないよね? どこから流入してるんだろう?」
「流入経路は不明ですが、出どころはデルペニアあたりの模様です」
「なるほどなあ。例によって海賊なんだろうな」
ゾーイ、俺の耳に顔を近づけてボソボソ言う。
「で、『青タルク』。今、値が下がっています。お入り用でしたら購入しておきますが」
「は?」
「セーラ様よりも先に誰かに子供ができるとまずいですよね?」
「それは、あの……」
「きっとデレク様は必要ない、とおっしゃると思いまして」
「うんうん」
「私めの一存でいくらかというか、かなり購入してあります。いつでも必要な時にお申し付け下さい」
「……え?」
「では、そういうことで」
意味深な笑顔ですすすっと去っていくゾーイ。
あれー?
避妊薬の取引は違法ではないけれど、結局、海賊の懐が潤っているのではないかという点はどうなのか。何か道義的な問題を感じるな。
……問題はそこ……だったかな?
「よかったね、デレク」とリズ。
「……えっと」
メイド服に着替えたカリーナがやってきて、テーブルの上を片付けてキッチンの方へ引っ込む。それを見て、リズがこそこそと話をする。
「あのさあ、カリーナとズィーヴァって……」
「何か気になることでも?」
「ゾルトブールから来たスパイってことはない?」
「はぁ?」
「確かに真面目に仕事をしてくれてるし、どうやらデレクのことが好きみたいだけど、逆に考えるとそれってスパイだったとしてもありうるよね?」
えー?
「でも、彼女たちは麻薬農園で捕まってたのを俺達で助けたんだから、スパイってことはないんじゃないの?」
「とか思ってたけど、ほら、海賊のスパイが一人紛れ込んでて分からなかったって言ってたじゃない」
「あー。確かにそうなんだよなあ」
フィロメナを名乗っていた、海賊の仲間のミゲラという女である。本物のフィロメナは現在もどこに行ったか分からない。
「色仕掛けでデレクを誘惑しようとしてるのかもしれないよぉ?」
「はう」
「一度確認した方がいいんじゃないかしら?」
色仕掛け……。心当たりがないわけではない、というか、……うーん。
しかし、リズは何でそんなことを急に言い始めたのだろうか?
「……あ。もしかして、今読んでる小説にそんな話があるんだな?」
「え、分かっちゃった?」
「なんだ。そういうあれか」
「でも、多少は心配になったわけなのよ」
そんな話を聞かされると、確かにちょっとは確認した方がいいような気がしてくる。俺個人だけの話ではなく、泉邸全体のセキュリティにも関わるし。
「じゃあ、……メイド長だし、ゾーイにも聞いててもらうか」
再び、ゾーイに来てもらう。
「……ということをリズが心配しててだね。まあ、そんなことはないとは思うんだけど、確かに一度くらいちゃんと確認しておいた方がいいかなあ、と思うんだ」
「なるほど。分かりました。……あの尋問のやつを使うんですか?」
「あ、うん」
「うふふ」
すっごい悪い笑顔で妖しく微笑むゾーイ。
書斎に俺とリズで待機して、ゾーイにカリーナを連れてきてもらう。
「えっと、何か御用でしょうか?」
ここで『尋問上手』を起動。
「ゾルトブールからこっちに来て、新年を迎えることになったわけじゃない。ここでの暮らしには慣れたかなあ、とか」
「はい。毎日楽しく過ごしてます」
「他のメイドに言えない心配事とかはない?」
「いえ、全然。最近来たあたしなんかにも優しくしてくれて、とても感謝してます」
「ところで、泉邸で働きたいって希望してくれたのはどうして?」
「それはもう、助けて頂いたデレク様に少しでも恩返しがしたいからです」
「誰かに、デレクの秘密を探ってこい、なんて言われたりしてる?」
「いえ。そんなことはありません」
なんだ、やっぱり杞憂ってやつだったよ。
「恩返しとかにこだわらなくていいよ。ここ以外でもいい仕事が見つかったりしたら……」
するとカリーナ、すこしばかり高揚した様子で語る。
「いえ、デレク様。あたし、きれいな身体じゃありませんけど、デレク様に尽くしたいと思うんです。犬をしつけるみたいな感じで十分なんです。っていうか、むしろ首輪にでもつないで部屋の隅に置いて頂けたらとか、時々はかまって頂けたらと思うだけできゅんきゅんします」
はあ?
書斎の入口に立っているゾーイは、後ろを向いて右手と額を壁にあてている。脱力しているのか?
リズはうつむいて少し肩が震えている。……笑いをこらえているのか?
ここで『尋問上手』を解除。
「カリーナの気持ちはよく分かったよ。どうかこれからもよろしくね」
「はい。どうかいつまでもおそばに置いて下さい」
カリーナが部屋から出ていくと、リズがそりゃあもう嬉しそうな顔で。
「うひゃあ。デレク、聞いたよね。部屋の隅に置いて欲しいって?」
「……さすがにちょっと引く。……ズィーヴァもしないとダメ?」
「そりゃ、ここまで来たら」
というわけで、ゾーイがズィーヴァを呼んでくる。
『尋問上手』を起動。
「今更だけど、泉邸で働きたいって希望してくれたのはどうして?」
「心から崇敬するデレク様のおそばにいたいからです」
う、なんか雲行きが怪しいぞ。
「デレクって奴は怪しいから秘密を探ってこい、とか誰かに言われてない?」
「そんなことはまったくありません。あたしはあそこで死んでいたかもしれないんです。死ぬまでデレク様に尽くす決心です」
隣に座っているリズが、俺の腕を掴んだまま下を向いている。
「でも、将来的にはさ、いい人がいたらちゃんと結婚して……」
ズィーヴァ、夢見るような目つきでこちらを見ながら語る。
「いえ、あたしとしては、デレク様に無慈悲に○されて背徳的な悦びに身体を震わせるような日々を妄想しております。あたしが口で何と言おうと、構わずに強引に、いえ、むしろ手荒にやって下さい。どうかお願いします」
「げ」
ゾーイはもう、書斎の入口に座り込んで手を額に当てている。
ここで『尋問上手』を解除。
「ズィーヴァの気持ちはよく分かったよ。これからもよろしくね」
「はい。遠慮などなさらず、何でもお申し付け下さい」
ズィーヴァが部屋から出ていく。
リズが言う。
「いやー。スパイ容疑は晴れて、良かった良かった」
「スパイもうなんかどうでもいいよ。俺的にはちょっと受け止めきれないというか」
でも、心の奥底にあるものをストレートに言葉にしたら、誰でもあんなことを言い出すのかもしれない。彼女らが特別という気は、俺はしないんだが……。
あー。聞かなきゃ良かったかなあ。
「今の件は絶対内密にな。他言無用だ」
ゾーイも少々上気した顔でニヤニヤしながら言う。
「それはもちろんですけど、デレク様のご寵愛を待ち望んでいるらしい女の子は他にもいっぱいいますよねえ」
「あー」
リズが余計なことを言う。
「エメルやノイシャにも尋問してみようか?」
「いやいやいやいや。それはやめようよ」
悪いことに、ちょうど部屋の外を通りかかったエメルに聞かれてしまう。
「あ、あたしが何か?」
「エメルはデレク様に誠心誠意お仕えしていて偉い、という話よ」とゾーイ。
「ありがとうございます。でも、あの……」
「何か?」
「ここのところ、召喚できるからってジャスティナとばかり出かけてませんか? ちょっと不公平というか」
「あ、えっと」
「あたしも連れてって下さい」
「はい」
……。うっかり返事をしてしまう、押しに弱いデレクくん。
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