障壁魔法の越えられない壁
さてさて。障壁魔法かもしれない魔法スクロールの解析である。
ちょっとわくわくしながら、魔法管理システムで『もう誰も傷つかない』に該当する魔法名を調べると、『ᚻᚼ𐍆𐍇𐍁フ:』になっている。
「うわ。またこんなやつか……」
ソースファイルもあり、長いコメントもあるのだが、意味不明。
「この記法で書かれていると、あたしには解読できないや」とリズも諦めモード。
「つまり、ノクターナルで使われていた魔法だから、かな?」
「一度、起動してみたら? 防御するだけみたいだから問題はないと思うんだけど」
というわけで、コンピュータから魔法を起動してみる。
「それっ!」
……見た目は何の変化もない。
「あれ?」
「何もない……あ」
俺の方へ手を伸ばしたリズが気づく。
「デレクの周りに、目に見えない、空気のゼリーみたいなのがある」
「え?」
俺も手を伸ばしてみるが何もない。
「何も感じないけど」
「えー。確かにあるよ……」
二人でその「空気のゼリー」を確認しようと手を伸ばしたり引っ込めたり。
「あ、わかった」とリズ。
「どういうこと?」
「その空気のゼリーみたいなのは、デレクがどんな姿勢を取ってもデレクの周囲を囲むように変形するみたい。だから、デレクは自分では触れないんだよ」
「なーるほど。じゃあ、それが障壁になって攻撃を防ぐのかな?」
「多分」
「でも、光は通ってるから、レーザー光線とか、赤外線の熱は防げないのかな?」
「それは試してみないと何とも言えないよね」
レーザー光線で試すのはちょっと怖い。
「もう1つの禁忌魔法らしいのも調べてみようよ」とリズ。
「ダンジョンで拾った『不屈の指輪』だな?」
これは指にはめると自動的に魔法が発動するタイプ。
魔石に書き込まれているプログラムを調べると、これも魔法名は意味不明な文字列。
ソースコードを何とか探し出して内容を見ると、何やらAPIを叩いているだけだが、これまた、コメントも何もかもが意味不明。
「うーん。一応動作を確認してみたいんだが……」
「魔法スクロールとか指輪魔法で、感情攻撃魔法の可能性があるのは何かな?」
「結構ありそうだと思うんだ。魅力の指輪、蠱惑の指輪、威厳の指輪、なんかがそれじゃないかな」
「コピーとってあるでしょ?」
「ああ。えっと、『威厳の指輪』のコピーはこれね」
うっかり渡したら、ちゃっかり指にはめるリズ。
その途端、リズから押し寄せる圧倒的な威厳。
「う!」
ああ。リズ様。
あなたの美しい瞳、麗しい唇、それこそが神秘。間違いだらけの私を峻厳なる真理へと導く生命の輝きに溢れています。
ああ。あなたのことを尊敬してやまないちっぽけで愚昧なデレクに視線を送って下さって本当にありがとうございます。
……って何考えてんだ、俺。
なんて恐ろしくも甘美な魔法。リズの発する威厳に打ちのめされて身体が痺れる。何かヤバい世界への扉が音をたてて開いて行く気がする。
リズに抗えない、反抗してはダメだという気分を必死に押し留めて、「不屈の指輪」をはめる。
すると、あたりを濃密な大気のように覆い尽くしていた畏敬の念はスッと嘘のようにかき消えてしまう。ヤバい世界への扉もバタッと閉じて何事もなかったかのような感覚。
「あー。びっくりしたあ。しかし、これで効果は確認できたかな」
「え、何かあったの?」
何があったのか、リズにはまったく感じられていない。
「前にロックリッジの魔道具を調べた時にソフィーがこの指輪をはめたじゃない。多分、魔法のレベルのせいだと思うけど、あの時の10倍はすごい威力でね。女神という存在がいるとしたらこのリズ様しかいない、といった感覚になるんだ」
「えー。そうなんだ。……じゃあ、時々はめてみようか」
「知らなくてもいい性癖に目覚めそうなのでやめてくれないかな」
しかし、セーラが使った『魅力の指輪』にも似た感覚があったから、同様に「不屈の指輪」で効果を打ち消せるだろう。
「あと、解明すべき点は、威厳とか魅力とか以外にどんな感情が操れるのかということかな?」
今、リズが指輪をはめた結果として起動された魔法を調べてみると、魔法の名前は判明したものの、またしても謎の文字列。ソースファイルもあるが、謎のパラメータを設定して、これまた謎のAPIを叩いている。
「ソースファイルがあっても、これじゃあねえ」
「いろいろなパラメータを全部試すわけにも行かないよな」
そんなことしたら、絶対心が病む。
どうしようか、これ。
どうやら推測した通り、障壁魔法と感情攻撃魔法は存在するようだ。
しかし、ソースファイルが意味不明な文字列で溢れていて、解析もままならない。
「禁忌魔法のもう1種類、蘇生魔法と思われるのは、この前入手した魔道具なんだけど、あれはそれなりに説明があったように記憶してる」
「違うよ、デレク。あれは魔法システムに説明があったんじゃなくて、魔道具に『
「あ、そっか。えっと、『
「そうそう」
「ということは、やっぱり禁忌魔法と呼ばれるものに関して、魔法システムから情報を得るのは困難ってことか……」
何かが分かるかと期待していたが、行き詰まったなあ。
「ねえねえ、デレク。行き詰まった時は気分転換がいいんじゃない?」
「ふむ」
「久しぶりにどこかへ出かけてみたいんだけど」
そうだなあ。確かに、俺達がダンジョンに出かけている間、リズには留守番をしてもらっていたわけだから、ちょっと申し訳なかったかな。
「行くとしたらどこに?」
「そうねえ。久しぶりにスールシティでパフェが食べたいかな」
「よし、行ってみようか」
相談がまとまって、厚着してスールシティへ転移。
スールシティの街も冬の装い。年末の飾り付けで華やいだ雰囲気である。
さっそく、喫茶店に入って例のパフェを注文するリズ。
楽しそうで何より。
しかし、無断で屋敷を出てきてしまったので、お土産を買って帰ることにするか。
「ここは何が名物だっけ?」
「スールシティでお菓子を買って帰ったことはないんじゃないかな?」
「ちょっと待てよ? オーレリーがニーファにお菓子をたくさん買うとか言っていたが、あれはどうなったかな? 同じようなお菓子ばかりだと、ねえ」
「じゃあ、聖都であまり見かけないのを中心に買えばいいよ」
よく分からないが、テイクアウトできるカヌレやらフロランタン、ガレット、マドレーヌやらをごっそり買い込む。
ついでに書店にも寄って新刊をチェック。
「これ、ケイにも買ってあげないと」
「そっか。じゃあ、共有のストレージに入れて、と」
「そういえば、出版の話はどうなったの?」
「お金が絡む話だし、動きがあるとしたら年明けかなあ」
帰ってから夕食、それからみんなでお菓子を食べたり、少しお酒を嗜んだり。
子供たちは目新しいお菓子に大騒ぎ。
「これ、バターの味がすごくする」
「アーモンドって香ばしくて美味しい」
「この黒いやつ、聖都では見かけないよね」
「あれ? 今日はゾーイはお休みかな?」
ナタリーが教えてくれる。
「クロチルド館の仕事仲間で集まってパーティーらしいですよ」
「なるほどなあ。どんな仕事仲間なのか、一度偵察した方がいいのかな?」
すると、シトリーがちょっと情報を持っていた。
「あたし、ちらっと見たことがありますけど、なんか冒険者風の人が何人かいましたよ」
「へえ。そういえばゾーイは魔法が使えるから護衛の仕事をしてたって言ってたな。冒険者の知り合いがいてもおかしくはないか」
リズが言う。
「チジーもいないね?」
すると、クロフォード姉妹の姉のジュノが教えてくれる。
「えっと、2、3日前に急ぎの用ができたとかで、ミドマスへ行っています」
「何の用だろう? 一人で行ったのかな?」
妹のディアナが答える。
「プレハブの件だそうです。で、プリシラと一緒に出かけたはずです」
「プリシラ……って誰だっけ?」
「ゾルトブールからクロチルド館に来てた人で……」
「あ、あの人ね。分かった」
プリシラ・クリーヴランド。奴隷から解放されて、ゾルトブールから聖都にやって来た何人かの中の一人だ。
「彼女、商取引に詳しい上に魔法が使えるらしいので、護衛も兼ねてですね」
「へー。そんな有能な人材だったのか」
帰ってきたら詳しい話を聞いてみたい。
寝る前にまた魔法管理室へ。久しぶりに『耳飾り』のログをチェックしておく。
まず、エスファーデン王宮がゾルトブールの王都に送り込んでいる諜報員。内乱はどうなったんだ?
【ウマルヤード監視】 Y8qbb3T6
▲: クリスマス休暇で休戦状態だ。
▽: こちらも休暇に入ってあまり動きはない。
▲: 輸入が滞っているせいで食料が入手しにくく、値段が高い。
▽: 断交状態が解除される見通しはない。
一時休戦か。しかし食料がないと、特に貧しい層にしわ寄せが行くだろうなあ。
次はガッタム家の諜報員。あちこちに行かされて大変な人。
【マミナク監視】 j9S5ugAo
▽: ダルーハンに到着。
▲: 状況は?
▽: 内乱は休戦状態らしい。貴族に連絡をとったものの、梨のつぶてだ。
▲: 休暇だからしょうがない。
▽: 食事がまずい。
あははは。食事、ね。このペアの名称は「ダルーハン監視」に変更しよう。
次は、ガッタム家がミドマスに配置した諜報員。
【ミドマス監視】 ue1r0NdE
▽: 着実に拠点を作っているが、資金が欲しい。
▲: 上に伝えてはある。
▽: 役人の監視が厳しくなってきた印象がある。
▲: 当面は表の商売だけして過ごすといいだろう。
表の商売って何だろうな? どうにも実体がつかめないな。
ペギーさんのところも、休暇のせいか情報なし。しかし、昔はカップルだったんじゃないのか? 休暇に会話もなしって寂しくない?
あと、アンソニーとカメリアが楽しそうにずっと話をしていて、しかもAIが律儀に文字起こしと要約をしているが……。これはログには残さないようにしておくか。
イヤーカフからセーラの声がする。
「ねえデレク。明日の午後、こっちに来れるかしら? エヴァンス家の人たちと、ラヴレースの遠縁の方なんかが来られるので、婚約者を紹介する必要があるの」
「いいけど」
「それから、多分、ホワイト男爵も来るから、例の『耳飾りの試練』の話をもう少し具体的にしましょう」
「了解」
「昨日は話題に出なかったけど、あたしとデレクもその試練でイヤーカフを持っていることにすれば、これからはコソコソ話をする必要はないと思うんだけど」
「うん、それもいいと思うよ」
会ったことのない遠縁の人たちってのがちょっと気が重いけど、まあしょうがない。
貴族ってそういうのが仕事だからなあ。
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