ノクターナル

 リズが訝しげに問いかける。

「デレク、ノクターナルって何?」


「この世界はオクタンドルと呼ばれているけれど、それは元々はゲームの名前なんだ」

「そう聞いたわね」

「ゲームっていうのは、それを企画して作る会社組織があって、そこで何人もの人が関わって作成して世の中の人に使ってもらうわけだけど、作るゲームによっては人気のあるもの、ないものがある」

「へえ」

「小説を例にすると分かりやすいかな。一人の作家がいろんな作品を書くけれど、どれもこれもが面白いというわけじゃない」

「そうね」

「人気がない作品でも、時間と労力と愛情を注いで苦労して作っているわけだ。だから、次の新しい作品を、前の作品の設定を引き継いで改良したようなものとして作ることはあるわけだよ。せっかくのアイディアを無駄にしたくないしね」

「ということは、ノクターナルって?」


「そう。ノクターナルというのは、オクタンドルの前に作られたゲームだ。そこそこの人気はあったはずだが、より新しいオクタンドルのサービスが開始された時にサポートを終了したと聞いている」

「ユウマはそのノクターナルには関係していないの?」

「関係していない」


 毛づくろいをしているネコと感覚を共有しているウルドに聞いてみる。

「ノクターナルとオクタンドルはどういう関係なのか、知ってる?」


「まずどこかにノクターナルを模した世界が作られたらしいのよ。そのシステムを拡張してオクタンドルのザ・システムが作られたと聞いているわ」

「え? それは誰に聞いたの?」

「オクタンドル世界のダンジョンの調整チューニングをした天使ね。名前はねえ、ナオミ」

「あ、ドラゴンも同じ名前を言ってたな……。グレモリー、ナオミ、ペリ、の順だったかな」


「あたしはナオミしか知らないわ。しかし、デレクはドラゴンとも知り合いなの? すごいわね」

「ナオミと会話をしたということ?」

「そうね。自我を獲得してから、ダンジョンの管理についての詳細な指示は、対面でナオミからしてもらったわね」

「それってどのくらい前?」

「千年ほど前ね」

「げ。そんなに長い間、生き続けてるわけ?」

「うん。挑戦者がなければ休眠スリープ状態で過ごしてるけど、ホムンクルスは定期的に子孫に代替わりするから」

「は?」

「あたしたち、不定形生物だから基本は単為生殖で、時々分裂するのよ」

「はあ?」


 てっきり、よくあるSFみたいに、液体を満たした円筒形のガラスの中に美少女がたたずんでる、みたいな絵を想像してたが、……不定形生物? 単為生殖?


「性がないわけじゃないから、性別の違う相手と接合して有性生殖もできるけどね」

「え? 男女の違いがあるの?」

「いえ、あたしたちの性別というか接合型はもっとたくさん種類があるわ」

 ……はい?


「……分裂すると同じものが2つできないか?」

「そうね。でもすべての記憶が引き継がれるわけじゃないので、分裂のまえに記憶のバックアップをとって、それを子供にコピーするわね。だから、あたしはずっと存在し続けている感覚でいるけど、物理的な存在は何世代か経過してるはずね」

 ええええ?


「培養液の中にいるとか言ってたじゃない。それで分裂していたら、際限なく子供が増えることにならない?」

「うーん。あたしたちは機嫌よく培養されているけど、きっと適当に間引きとかしてるんだと思うよ」

 何の悲壮感もなく、あっけらかんと言うウルド。


「その、記憶をコピーしたり、間引きをしたり、そもそも培養液なんかのメンテをしてるのは誰なんだ?」

「知らないけど、定期保守ってのが時々やってきて、うまいことやってくれてるわ」


 あー。定期保守ね……。


「じゃあ、定期保守の様子を見たことがあるの?」

「あるわよ。でも、あたしたちとは違う存在らしくて、姿も形もはっきりしないし、そもそも生き物なのかも分からないし、そうね、夢を見ているみたいな感じかしらね」


 えー。なんだそれ。


「……ノクターナルの話に戻るんだけど、俺の理解では、この世界をオクタンドルのような世界にするためにザ・システムで管理してる、という話だったと思うんだ」

「それでいいと思うわ」


「さっきの話だと、まずノクターナルのような世界を作るという試みがあって、そこで使われていたシステムを拡張してザ・システムを作った、ということ?」

「そうそう。そう聞いてるわ。だからね、禁忌魔法と呼ばれている魔法はノクターナルのシステムには存在していたけど、オクタンドルのザ・システムを作る時に抹消すべき魔法だったんだって」


 ははあ。


「つまり、オクタンドルは全体としてノクターナルを『継承』して構築されているんだけど、アクセス禁止にはしていないから、何らかの方法で古いノクターナルの機能が使えてしまう、ってこと?」

「あ、そうね」


「システム的にアクセス禁止にしなかったのはどうしてだろう?」

「そのあたりは知らないけど、ごく一部分で、ノクターナルの機能を使う必要が発生したから残したみたいなことを言ってたわね」


 それって、もしかしたら『呪い』の実装で使ってるんじゃないかな?


 ネコが伸びをして、思い出したようにどこかへ駆け出してしまった。

 リズがちょっとびっくりしている。

「あれ? どうしたんだろう。何か変なこと言っちゃったかな?」

「きっとネコがお腹が減ったとか、水が飲みたくなったとか、だよ」


 ちょっと聞いてみよう。

「ホットライン。ウルド」

「あ、急に言うことをきかなくなっちゃってね。感覚共有をキャンセルしたわ」

「ネコも生き物だから、疲れたりお腹が減ったりするんだよね」

「あたしもちょっと疲れたから休むわね」

「いろいろ聞かせてもらってすごく参考になったよ」

「あたしも人と話をするのは本当に久しぶりだからうれしかったわ。また呼んでね」

「またよろしくね」


 ずっとエントランスにいると寒いから、書斎に戻ろう。


 リズが言う。

「あたしが知ってて、デレクが管理を任されたのはオクタンドルの魔法システムであって、元になっているノクターナルの方の情報は含まれてないのかな」

「どうもそうらしいな」

「でも、ノクターナルの機能を使う必要が発生したとか言ってたから、魔法システムからそれを使うAPIは残っている可能性があるんじゃない?」


「ノクターナルの魔法が起動される場合でも、それはやっぱりオクタンドルの魔法システムの枠組みを使うことになるのかな?」

「その可能性は高いわね」


 この件については、少しずつ追求して行くことにしよう。


 さて、フィアニカ・ダンジョンでの収穫は、まだある。


 拾った魔法のスクロールは、ネタ魔法が疑われるものも無謀にも(?)詠唱してみていた。あの時は「幸運度」のパラメータを上げていたので、ひどいのには当たらなかったのだと思うが、全部を詠唱したわけではなく、拾ったけれど詠唱していないスクロールがある。それを、他のメンバーからもらってきたのである。

 さらに、ダンジョンの近くにはそういうスクロールを安値で買い上げて土産物として売る露天商もあったので、しこたま買い込んできたというわけだ。


 全部でなんと20枚。大漁である。


「また、デレクのお楽しみが始まったねえ」とリズもニヤニヤしている。


 だが、スクロールも種類が無限にあるわけではないので、当然、今までに見たこともないスクロールに出会う確率は次第に低下してきている。


 最初は「あんただれ」。この前見つけた時は感動したが、2枚目からは普通だ。

 次も「気分は草食獣ロバ」、「小市民の日常」、「人形の呪い」。


 次が「お誕生日おめでとう」。

「うわ。本当にあるんだ」

 アンソニーが言っていた、先輩がひどい目に遭った……正確には遭わなかったやつ。


 その後も「予言の書」、「ネコの呪い」、「もう誰も傷つかない」、ロバのやつ、などなど。見たことがあるものばかりである。


「うーん。枚数の割に収穫がないなあ」

「この『小心者の夜』って何?」

「えっと、しばらくの間、昔の何らかの後悔で胸が一杯になる、だそうだ」

「へー」

 リズにはそういうことってなさそうに見えるが、俺なんかにはそういう後悔はいっぱいある。おまけに優馬の記憶まである。ふとした拍子に思い出して壁を殴りつけたくなるようなアレだ。


「ちょっと待って、デレク。この前もあったけど、この『もう誰も傷つかない』って魔法さあ」

「デルペニアで買ってきたスクロールにもあったな」

「これ、もしかして禁忌魔法ってことはない?」

「え! ……障壁魔法?」

「そうそう」

「この前は防御魔法のグレードが上がるのかと思ったけど、そうか。その可能性はあるかもな。……あ! ダンジョンでゲットした『不屈の指輪』も感情攻撃魔法の関係かな?」

「それは調べてみないと!」


 と思ったが、お昼ごはんの時間なので、続きは午後のお楽しみである。



 みんなで和やかに昼食を食べた後、庭の噴水を見ながらボケッとしていると、来客があるのが見える。

 あれ?


「みんなー! こんにちはー!」

「あ! キザシュとイスナじゃん」


 元(?)ダガーズのキザシュとイスナだ。ナリアスタ国の大使館のスタッフとして聖都に来るって言ってたな。


 たちまちダガーズのメンバーが集まってきて大騒ぎである。キザシュはたちはナリアスタ土産をいくつも持ってきていて、メンバーたちは大興奮。


「デレクさん、久しぶり」

「やあ、本当に来たねえ」

「ふふふ。年明けから大使館の業務をスタートさせるというんで、年末年始は休みなしで準備作業ですよ」

「そりゃまた大変な……。大使ももうこちらに?」

「はい。ヘミンガム大使ももうこちらに来られています。そのうちに挨拶に来たいと仰ってますよ」

「え? 何で?」

「難民支援をしてもらってるお礼と、あとは街道を通す話ですね」

「あ。そっか」

 この前、ジャスティナと山の中を歩いたなあ。


 アミーがキザシュに話しかける。

「ねえ、あたしたちもナリアスタの出身だから、大使館に遊びに行くのは別に構わないわよね?」

「一応はお役所だからそんなに気軽に遊びに来る所じゃないけど、色々な行事をすることはあると思うから、そういう時はぜひ来てよ。ナリアスタの特産品を展示したり、郷土料理を振る舞ったりすることもあるわよ」

「それはいいわねえ。お手伝いにも行くわよ」

「よろしくね」


 キザシュたちは忙しいらしく、ちょっとお茶を飲んだと思ったらもう帰ると言う。


「大使館は比較的近くにありますから、ちょこちょこ顔を出しますよ」

「うんうん。いいよ」

「そういえば、セーラさん、外務省の参与か何かになったんですよね?」

「げ。なんでそんなこと知ってるんだ」

「ふふ。そういう立場なら大手を振って行き来できますよね。公文書の件ではお世話になりましたけど、これまで以上によろしくお願いしますね」


 実はそれを言いにきた、のかな? 俺よりは、セーラ、ハワード、ホワイト男爵、というあたりを通じて根回しをするのが外交的にも重要なのかもしれない。

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