クリスマス休暇

 セーラたちと夕食を楽しんだ後、泉邸に帰宅。

「デレク様、おかえりなさいませ」とメイドたちや子供たちが迎えてくれる。


 エントランスを入ると、年末年始の飾り付けができている。

 布や紙で花や木をかたどった造花を作って門などの目に付く所に飾り付けるのが定番である。さらに、色とりどりの布や紙を細長く切って棒や竿の先に付けたものを飾る。これはブレードと呼ばれているらしいが、あたり一帯の家々がこの飾りを門や窓から出していて、風が吹くと一斉になびく様子は年末年始の風物詩である。

 ちなみに、どうしてそんな飾りをするようになったのかは、俺は知らない。ゲームの設定にもなかったはずだから、自然発生かな?


「華やかでいい出来だね」

「子供たちが随分手伝ってくれたんだよ」とリズが教えてくれる。


「済まないね、セーラの所で夕食は済ませて来たんだが」

 するとゾーイが提案してくれる。

「では、皆でお茶を頂くのはどうでしょう。さっき、クリスマス用のケーキやクッキーが焼き上がった所です」

「そうだね、みんなで頂こうか」


 お茶を頂きながら、ダンジョンでのあれこれを子供たちに聞かせる。

「ニーファ、オーレリーは大活躍でねえ。凄かったよ」

「そうなの? さすがお姉様です」

「ダンジョンで金貨を拾ったから、子供たちにお菓子を買ってあげようと言っていたよ」

 子供たちは一斉に歓声をあげる。


 ひとしきり歓談した後で、魔法管理室へ。

 まずは風呂だな、とか考えているとセーラから連絡。


「デレク。まずは風呂だな、とか考えているでしょ」

「あー」

「迎えに来て。あたしも入りたい」

 ううむ。この件に関して拒否権は存在しないのだったなあ……。


 そういうわけで、俺とセーラと、そしてリズで一緒に風呂タイム。


「あー極楽ねえ」

「ほんとに」

「デレクがいなくてちょっとさみしかったよ」とリズ。


 のんびり湯船に浸かりながら、まずはホムンクルスの情報をリズに伝える。


「どうやらダンジョンの管理というか、仕組みにホムンクルスが関わっているらしいんだよ」

「へえ……。ダンジョンのことは詳しくないなあ」


「セーラも第5階層で体験したと思うけど、ほら、まるでゴーストタウンや草原みたいになってたりしたじゃない」

「ああ、あれは不思議ねえ。地下にあんなものがあるわけないものねえ」

 セーラはダンジョン内部を思い出しているようだ。


「ああいうフロアのうち、『試練』に関係するものに、専門のガイド役が付いていることがあって、それがどうやらホムンクルスなんだよ。あと、『泣き女』とか『鎧武者』とか、そういうモンスターを操る係もやってるらしい」

「へー。それは知らなかったわ。ホムンクルスってどんな姿なの?」

 リズは天使以外の人工生命に興味があるらしい。

「それが、ダンジョンでは自由に見た目を変えられるらしくてね。例えばエルフの姿で出てきたりするけど、本体は別な所にいるらしい」

「別な所?」

「本人の言うには、どこかの培養液にぷかぷか浮いているっぽい」

「何それ。初めて聞いたけど」


「あと、禁忌魔法ってのを教えてくれた」

「禁忌魔法? それも知らないな」

「蘇生魔法と障壁魔法と、感情攻撃魔法だそうだ」

「うーん。あたしが知らないってことは、オクタンドルの魔法システムにはないってことになるんだけど」

「でも、ホムンクルスのガイド役が『使っちゃダメ』と言っていたということは、この世界に存在していて、使うことも不可能ではない、と思うんだ」

「そうだよねえ。一体どういうことなのかしら?」


 結局、謎のままである。


 その後、リズとセーラに、疲れをほぐすとか称されてあれこれされたことは秘密だ。

「大丈夫よ、お婿にはもらってあげるから」



 その夜は久しぶりに自分のベッドでゆっくり寝た。


 さて、世間的には年末年始の休暇である。

 主任執事のコリンさんは年末年始はランガムの娘さん夫婦の所で、孫と一緒に過ごすことになっている。代わりに、マリウスが執事役として色々取り仕切ってくれることになっている。休暇中は特に重大な行事もないし、問題ないだろう。

 メイドたちにも交代で休みをとってもらっているのだが、結局は泉邸に住み込みなのでいつもとあまり変わらなかったりする。


 朝食を食べていると、ジャスティナがメイド服の代わりにミニスカートでうろちょろしているのを発見。

「何してんの?」

「今日はあたしはお休みなので、私服です」

「休みだったら、別に給仕とかしなくていいんだけど……」

「いえいえ、この朝食はあたしの分なのでお気になさらず」

「ふむ。……(小さい声で)スカート可愛いぞ」

「えへ」


 ジャスティナとテーブルで向き合って食事。


 コーヒーのお代わりを持ってズィーヴァがやって来た。

 メイド服姿のズィーヴァは可愛いなあ。

「有難うございます」

 あれ? 口に出てた? ジャスティナがニヤニヤして見ている。


「ズィーヴァ、ここは慣れた?」

「はい。ところで、トレーニングには参加した方がいいんでしょうか?」

「いや、あれは希望者だけというか……」

「あれに参加すると、特典でデレク様と個人的に何かあると聞いたのですが」

「はぁ? 誰に聞いた?」

「アミーに」

「ううむ。……公式にはそういうのはないし、他のメンバーはかなりのツワモノなので、その、だな」


 すると向かいに座って朝食を食べていたジャスティナが余計な解説。

「第1回お風呂選手権の優勝者はアミーなんだけど、現時点で体術が一番強いのはノイシャだと思うね。でも、エメルがクデラ流の手ほどきを受けて以来、メキメキ強くなってるから、今後は分からないなあ」


 ズィーヴァがジャスティナに聞いている。

「その、なんとか選手権ってのは……」

「不定期開催の楽しいイベントだよ」

 おいおい。

「あのだな、お風呂選手権は無期限延期だ」


 ジャスティナがまた余計なことを言う。

「公式にはそういうことになってるようだけど……」

「あ、非公式には色々あるんですね。了解です」

 にっこり笑って去っていくズィーヴァ。

 ……あっれー?


 しばらくしてリズがやって来る。

「昨日は楽しかったね」

「あー……。うん」

「あれれ? リズさん、ご機嫌ですね」

「うふふ」


 俺とジャスティナとリズで楽しく朝ご飯である。……なんだこれ。


 さて、ウルドに頼まれた件を追求してみるか。

 リズと一緒に魔法管理室へ。


「まず、ウルドはホムンクルスだけど、『ホットライン』の魔法が機能したから、人間と同じように固有IDを持っていると思うんだよね」

「ダンジョンの外からでも通信できたって言ってたっけ?」


 そこで、俺との会話を魔法のログから探す。固有IDが確かにある。個人情報はどうだろう? 久々にアプリ UserSetting(ユーザセッティング)を使ってみる。


 名前: ウルド

 状態: 休眠

 魔法系統: [水, 火, 土, 風]

 特権系統: [水, 火, 土, 風]

 魔法レベル: 10

 対人スキル: 念話

 ……(その他にも表示はあるが省略)


「ほう。年齢も性別もないな。全系統で非詠唱者ウィーヴレスだけどレベル1か」

「で、どういう設定をするの?」

「外の世界が見たいというから、『遠隔隠密リモートスニーカー』を固有魔法として書き込んだらいいと思うんだけど」


 するとリズが的確な指摘。

「ウルドはダンジョンの外を知らないんだよね? 体験に基づいて場所を思い浮かべることができないんじゃないの?」

「あ。そっか。……じゃあ、『共有隠密シェアドスニーカー』を使ってもらって、最初は俺の思い描いた場所を見てもらうところから始めるか」


 というわけで、ウルドの個人情報に「固有魔法」の属性を追加。『遠隔隠密リモートスニーカー』と『共有隠密シェアドスニーカー』を書き込み、地点が共有できる相手は俺にしておく。


 泉邸に転移。エントランスに出る。

「ホットライン。ウルド」

「あ、はいはい」

「あのね、ウルドが使える魔法を追加したから……」

「へー。デレクってそんなことができる人なんだ」

「で、俺のことを指定して『共有隠密シェアドスニーカー』という魔法を起動できるかな?」

「やってみるね」


 すぐに頭の中に「ウルドが場所をリクエストしました」とメッセージが流れる。どうやら起動できている。そこで、現在地を思い浮かべる。


 間もなく、ウルドからの反応。

「あ。何か見えるね。えっと、これはお屋敷かな? 入口に男の人と女の人が立ってるけど……」

「手を振ってみるよ?」

「あ、手を振ってるのが見える。ああ、デレク、あなたね」

「ネコかカラスと感覚を共有できているはずで、行きたいと思う方角へ行けるんだけど、どうかな?」


 すると、生け垣の隙間から黒いネコが入ってきてトコトコと近寄ってくる。

 俺たちはその場にしゃがんでネコとお話をするという変な構図。

「こんにちは。ウルド。えっと、声も出せるはずだよ。しゃべってみて」

「こんにちは。私はウルドです」

 音声は、デフォルトの土田まあささんと区別できるように、同じく人気声優の金澤ハナさんのほんわかした声に設定してある。


 リズは大喜び。

「うわ、すごい、すごい。ウルド。あたしはリズっていうんだ。秘密なんだけどね、あたしは実は天使なんだ」

「え。本当に? 天使はこの世界にまだいるんだねえ」


「ウルドは現実世界は初めてだろうから、少しずつ好きなように見て回ればいいよ。一度行った場所は次からは思い浮かべれば行くことができるし、今回みたいに俺が知ってる場所に行くこともできる」

「あたし、この世界の常識がないから……」

「観察してたら分かるようになるよ。時間はいくらでもあるんじゃないか?」

「そうね。……デレク、本当にありがとう」


 しかし、人工生命なのに、ちゃんとお礼を言ったりもするし、かなり人間っぽい感情を持っているようでもある。


「ウルドはダンジョンの中しか知らないというわけじゃないのか。こちらの世界を見てもそんなに驚いた風じゃないよね?」

「うーん。それがですね、自我を獲得したというか、あたし自身としての記憶がある前からとして普通に暮らしていたような記憶があるんです」

「え。そうなの?」


 リズがちょっと考えて仮説を述べる。

「天使もさあ、大本の天使の記憶を複製しているみたいだから、ホムンクルスも誰かの記憶を最初にコピーされてるんじゃないかな」

「なるほど、それはありうるな。でもという言い方だと、誰だったかは分からないわけか」

「ええ、そうですね」


 黒ネコはその場に座り込んで毛づくろいを始めた。


「あ、そういえばノピカが禁忌魔法について得々と教えてくれたんだけど、ウルドは禁忌魔法って知ってる?」

「ええ。あたしの管理してた試練で関係ありそうなのは障壁魔法くらいですけど、まあ、そんなのを使う人はいませんでしたね」


「実はリズは天使の役割として、この世界の魔法システムについては大抵のことを知っているはずなんだけど、禁忌魔法は知らないって言うんだ。何でだろう?」


「えーと。……きっと禁忌魔法がノクターナルの魔法だからですね」


 え?


「ちょっと待って。今なんて言った? ノクターナル?」

 とんでもない名前をネコから聞かされてしまう。

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