クリスマス・イヴ

 ダンジョンでの冒険は、アンソニーたちにとっては3時間ほど、俺とオーレリーは5時間弱といったところだったが、やはり疲れた。


 まずは昼飯を食って、それからしばらく寝る。

 夕飯時に起き出して、祝勝会。いや、別に勝ってはいないか。

 ダンジョンに入った全員が、何かしらのレアアイテムをゲットできたし、何よりもモンスターと実際に戦ってみたという満足感が大きい。


 特にカメリアは、普段から火系統の魔法の使いどころという点に不満があったらしいのだが、ダンジョン内では大いに活躍できて日頃の鬱憤が晴れたようだ。しかもアンソニーと話ができる『耳飾り』をゲットできたため、大満足の様子。


 俺としては、フレンドリーに接することができる同世代の友人が新たにできたのが嬉しい。さらに、魔法に関する新しい情報や、ホムンクルスについて知ることができたのも予想外の収穫だ。

 企画してくれたセーラに感謝しなければならないな。


 祝勝会では、オーレリーが底なしかというくらい酒を飲むし、これにつられてセーラがまた酔っ払いそうなのを制止するのに一苦労。


 半分酔っ払ったセーラがシャーリーに絡んでいる。

「ねえねえ、シャーリーは『恋の花咲く』ってやつのアテはあるのかな?」

「えへへ。秘密だよぉ」

 上機嫌のカメリアも絡んでいる。

「シャーリーはどうして舞踏会の時にヴァローズヒル伯爵家のグレンとペアだったの?」

「ヴァローズヒル伯爵って国王陛下と私の母の叔父様に当たるでしょ。グレンはあたしから見ると再従兄弟はとこだし、色々あるのよ」

「色々、ねえ」


 黄色い髪のグレンとサイラスの兄弟はパーティーで会ったことがあるし、舞踏会でも同じ組だったから覚えている。

「グレンは来年から学院に行くって言ってなかったかな?」

「あ、そうそう。確かそのはずだ」とフレッド。フレッドはグレンの従兄弟にあたるはずだ。なかなか複雑だな。


 シャーリーが反撃に出る。

「そういえば、グレンの妹のダーシャ。マーカスはダーシャがお気に入りだったわよね」

 自分のところに急に飛び火が来てあわてるマーカス。

「い、いや、確かに可愛い子だなあ、って言ったことはあるけれどもだな」


 アンソニーがオーレリーに話を振る。

「オーレリーも、聖都にいたらいい人に出会えるかもしれないよな」

「それは期待したいなあ。ただ目下はだな、セーラに『デレクなんかの嫁になるのはもったいないぞぉ。やめておけー、やめておけー』って呪文をかけて、あたしがデレクの嫁になる予定だ」

「だはははは」

 男性陣、爆笑。


「ちょっとお、オーレリー。デレクは渡さないわよ」とふくれるセーラ。


「ねえ、セーラたちはいつ結婚するのよ」とシャーリー。

「お父様がハワードの方が先だとか色々言ってねえ……。ミシェルの所とかはどうなの? 婚約してからずいぶん経つわよね?」

「ブライアンとミシェルは、アンソニーが片付いてからでないと……」とフレッド。

 急に話を振られたアンソニー。

「え? 俺のせい? 関係ないよね? ブライアンの方が年上だしさ」

「でもアンソニーは、この様子ならすぐ片付きそうよねえ」とシャーリー。

「そうねえ、あたしの予想では来年の早いうちにもう決着がつきそうかな」とセーラ。


 そんなこんなで宴会は盛り上がって、で、次の日は船に乗って聖都まで帰る。


 セーラが憂鬱な顔をしている。

「あー。軽度の二日酔いってところかしら。頭痛いわね」

 軽度で済んで良かったよ。よっぽどひどいともう一泊とかになりかねず、それはさすがにお母様に叱られそうだし、俺にも責任問題が発生する。


 メンバーの中ではマーカスがやはり二日酔い。

「あー。二日酔いが治るドロップアイテムはないのか」

「いいわね、それ。次は是非ゲットしたいわ」

 そんなものはない。


 オーレリーはあれだけ飲んだのにけろっとしている。

「なんだ、セーラはだらしがないなあ」

「デレクはあげないけど、ダンジョンではデレクをサポートしてくれてありがとう。お礼を言うわ」

「しかし、ダンジョンは楽しかった。そのうちにまた行きたいな」

「本当にね」


 セーラをはじめ、他のメンバーに話を聞くと、ダンジョン内で致命傷と思われる傷を負ったという記憶はあるものの、痛みとかの辛い記憶は残っていないという。俺も、オーレリーと一緒にハーピーに掴まれたまま真っ逆さまに落ちたところまでの記憶しかない。

 そうだ、専門家に聞いてみよう。


「ホットライン。ウルド」

「あら。デレク」

「おお、ダンジョンの外からでも連絡できるんだな」

「あたし自身がダンジョンの中にいるわけじゃないからね」


 ウルドの言うには、ダンジョン内では普通に痛みなどがあるわけだから、ダンジョンから放り出される前に直前の辛い記憶を消しているんだろうとのこと。


「ところで、ノピカって子、知ってる?」

「あ、知ってるわよ。ダンジョンでガイド役をやってるホムンクルスは、ある程度の情報を共有してるから」

「ほう」

「ただ、固有名を持っているのはノピカとあと数名といったところね。あとは名前がないから、なんとなく仲間がたくさんいる、って漠然とした感じ」

「情報を共有してどうするんだ?」

「まあ、主にトラブル対応かな」

「はぁ?」

「ドロップアイテムを想定外の方法で使われたりした時にどうするかとか。そういう対応はホムンクルスの仕事ね。あとはね、時々だけど常識外れのセクハラ野郎とかクレーマーがいたりするのよ」

 どこにでもそんなヤツはいるもんだなあ。


「そういう人の扱い方を共有してるってこと?」

「そうそう。よっぽどひどいのはブラックリストに載せて、二度とダンジョンには入れないようにするわね」

「へえ。……俺、結構想定外の魔法を使ったりしたけど、大丈夫かな?」

「そのくらいは大丈夫よ」

「あぁ、安心した」


「ところで、あたし、専従ガイドだった試練がクリアされちゃったわけじゃない」

「そうだね」

休眠スリープしてるから暇ということはないんだけど、それって死んでるのと大差ないじゃない。時々でいいから、そちらの世界の様子を見ることはできないかしらね?」

 それって俺が死なせたも同然ってこと? ちょっと考えすぎか。


「……ウルドは魔法は使える?」

「専従ガイドのホムンクルスは、最低でも各系統のレベル1は使えるわよ」


 とすると、個人情報に固有魔法の属性を書き込んだら、『遠隔隠密リモートスニーカー』が使えるようになるかな?


「わかった。後でやってみるよ」

「期待してるわよ」


 シナーク川を下る船は、昼にはソイバンクに到着し、そこで軽食を積み込む。

 今日はよく晴れているが、少々風が寒い。川風に吹かれながら軽食を食べる。


 ケトルを持って客の間を歩いている給仕係の女性にセーラが言う。

「熱いお茶がありがたいわね」

 すると、その女性が答える。

「温かいお茶をお出しできるようになったのは今シーズンからなんです」

「あら。そうなの?」

「練炭というのがありまして、これなら船着き場の小さな事務所でも安全にお湯を沸かしたりできます。下流の大きな船は船の中でお湯を使えるようになったらしいですよ」

「ああ! それは便利ねえ」

 こんな所でも便利に使ってもらっていて、しばらくは練炭の商売は順調かな?



 夕方になって、聖都に到着。

 シャーリーとカメリアはマーカスが送っていくというので、3人とは船着き場で別れる。

 ラヴレース邸からの迎えの馬車に乗り込み、オーレリーをクロチルド館まで送る。


「たまにはフレッドとアンソニーも一緒にウチで夕飯を食べて行きなさいよ」とセーラが言うので、俺も含めて男3人はそのままラヴレース邸まで。

「ちょっと汚いなりのままだけど……」とアンソニーが言うものの、セーラは気にしない。

「いいじゃない。騎士隊ならいつもそんなものでしょ」


 ラヴレース邸でダイニングに通されると、年末の休みである『クリスマス』に向けて、もうすっかり飾り付けができている。クリスマスという名称は本来の意味も分からず使っているだけなので、宗教色はない。そもそも、古代ローマの暦で冬至の日から年末までを休みにしたのがこの日を祝う起源だと記憶している。ゲーム内での扱いもそんな感じ。


 もう休みに入るということで、ラヴレース家の家族も勢揃いである。

 フランク卿も上機嫌で現れた。

「おかえり、セーラ。どうだったね、ダンジョンは」

「すっごく楽しんできたわよ。普通の冒険者は行けないような階層まで行って、レアな魔道具もいくつか拾得してきたわ」

「そりゃよかったなあ。デレクはどうだったかね?」

「はい、最後の第6階層までは行ったものの、攻略はなりませんでした」

「いやいや、それは凄いぞ」


 その後はラヴレース家と一緒に夕食を頂く。

「アンソニーはカメリアと婚約すると聞いたが?」とフランク卿。

「ええ、そのつもりで準備しております」

 フレッドが言う。

「アンソニーとカメリアは、ダンジョンの試練も一緒に乗り越えた仲ですからなあ」

「それは何だね?」


 そこで俺が説明する。

「ダンジョンの仲で、将来を誓いあった男女が試練に挑んで『以心伝心の耳飾り』という魔道具を手に入れることができるというお話をしたと思いますが……」

「そうか、それを手に入れたということかね」

「ええ、今もここに」とアンソニーが耳につけたままのイアリングを見せる。

「今も話しかけることができるのかね?」

「はい」

「ならばカメリアに、休みのうちに是非、アンソニーと一緒に遊びに来るように言ってくれないかね」

「はい、少々お待ち下さい。……はい、喜んでお伺いするとのことです」

「ほほう。これは便利なものだなあ」


 ちょうどいいタイミングだし、話をしておくか。


「実はですね、『耳飾り』は極めて少数しか存在しないのですが、それは試練に挑む権利を偶然でしか得られなかったことが原因です。今回、新しい魔道具『耳飾りの試練』を入手しまして、これを利用することでいつでも試練に挑むことができることを確認しました。アンソニーとカメリアがその第1号ということになります」


 ハワードが食いつく。

「え! 何だって? いつでも?」

「そう。しかも将来を誓いあった男女の必要もなくて、単に仕事上で必要だという男同士2人でも構わないんだ」

「ちょっと待てよ。それは凄いな。……じゃあ、他国の大使館に新たに派遣する人員がいたとしたら、その人物と、本国の外務省の担当者がダンジョンに挑めばいい、ということか?」

「そういうことだ」

「そうなると心配なのは、……デレクの身辺だな」

「え?」

「そりゃそうだろう。なんでそんな魔道具を持っているのか、各国が知りたがるに決まっているじゃないか」

「あ、そっか」

「デレク、自分の心配をもっとしなさいよ」とセーラ。


 ハワード、ちょっと考えてからこう言う。

「この前、ウチの宝物庫に強盗が入ったじゃないか。あの後で、収蔵はされていたが正体不明だった物品を改めて調査したら、そういう魔道具だったことが分かった、ということにしないか?」

「あ。それはナイスアイディアね」とセーラ。


「そうしておけば、魔道具の出どころを勘ぐられる危険を少なくできるし、魔道具はウチと外務省で管理すればいいよな」

「本当だ。いや、ハワード、ありがとう。そうしてくれると助かるな」


 話を聞いていたフランク卿もうなずいている。

「そうだな。これは対外的にも極めて重要な案件になるから、公的機関で、しかも極秘扱いで管理するのがいいだろう」

 奥さんのイライザがにこやかに言う。

「それにしても、デレクは頼もしい反面、魔法に妙に詳しいというか、……何だか怪しいわね」

「いえいえ、決してそんな」

「いいのよ、きっとセーラが見ててくれるから。ね、セーラ」

「それはもちろんよ」


 フレッドがこっちを見て何かいいかけて止めた。

 きっと「尻に敷かれてる」とか何とか言いたかったに違いない。ううむ。

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