ダンジョン最奥

 場違いなテンションの自称エルフ、ノピカと連れ立って断崖絶壁の道を歩く。


 遠足の決まりみたいに注意事項の説明をしてくれるノピカ。

「不意にモンスターが襲ってくることがあるけど、襲われるのはあなた達だけ。可愛いあたしが心配なのは分かるけど、守ってくれなくてオッケーよん」

 いちいち「可愛いあたし」をアピールすんな。


「大体の魔法は使えるけど、光と闇のレベル4以上は禁止。転移魔法やストレージ魔法みたいな空間系の魔法もダメ。あと、禁忌魔法も当然禁止」


 聞き逃しそうになったが、ちょっと待て。

「可愛いノピカさんに質問があります。禁忌魔法って何ですか?」

「えぇ? 知らないのかあ。教えてあげちゃおうかなあ、やめようかなあ」

「お願いします。可愛いノピカさん、愚かで無知な私にどうか教えて下さい」


 オーレリーがちょっと呆れている。

「デレク、魔法のことになるとプライドとか関係ないのな」


「いいわ。よく聞きなさいね。禁忌魔法というのは、存在はしていたけれど今は使ってはいけない魔法のことね」

「光系統と闇系統ではないの?」

「あの2つは隠されているけど禁止はされていないわ」

「あ。確かに、ごく稀に自然に能力を持っている人もいるよな」

「禁忌魔法には3種類あります。まず1つが蘇生魔法。死んだ人を蘇らせる『復活リザレクション』という魔法ね。これはあたしもよく知らないし、そもそもダンジョンの中では関係ないわよね」


 げ。『復活リザレクションの腕輪』って、あれ、禁忌魔法なんだ。


「もう一つは障壁魔法。物理攻撃や魔法攻撃を無効化するバリアを設置できる魔法ね」

「何で禁止されてるのかな?」

「互いに障壁魔法を使ったら、面白くもなんともないからなのね」

 あ。ゲームバランスか。


「最後に感情攻撃魔法。相手の感情を操作して、理由もなく可哀想とか愛してるとか思ってしまうという魔法ね」

「へえ」

 それは知らなかったな。

「そんな戦いならしたくない、って思われちゃうかららしいわ」

 つまりはゲームのプレイヤーに嫌われるってことか。


 しかし、禁忌魔法を「使ってはダメ」と制限するということは、使う方法があるということか。

 それを、魔法関連の企画者である優馬も、現在の魔法システム管理者である俺も把握していないというのはどういうことなんだろうか。帰ったらリズに聞いてみなければならないなあ。


 オーレリーが別の質問をしている。

「このフロアがクリアされたことはあるのか?」

「あたしがずっとこのフロアの専従ガイド役なんだけど、これまでにはいないわね」


 つまりはウルドの役割と一緒か。


「挑戦者はよく来るのか?」

「そうねえ、これまでに二千人くらい来たかしら。あたしが可愛いからに違いないわね」


 ちょっと待てよ。この上の第5階層がクリアされたのは初めてじゃなかったかな?

 俺から質問。

「もしかして、『試練』でこのフロアが使われることがあるの?」

「あら。あなた何で『試練』のこと知ってるのかしら」

「まあ、やったことがあるからだけど」

「ふーん。世界中にいくつかあるダンジョンで、すべてのフロアや試練を個別に作るのは無駄だから、難易度に応じて共有することはあるわね」

「なるほど。で、その専従ガイド役である可愛いノピカさんは、ホムンクルスの中でも最も賢いクラスってことなんですね?」

「そうそう。あなた分かってるじゃない。見どころあるわね」

 もう、ホムンクルスであることを隠しもしないのかよ。


 断崖の道を進むと、やがて崖をくり抜いた真っ暗なトンネル。ノピカがカンデラをかざしてくれる。

「足元に気をつけてね。時々落とし穴があるから」

「落ちたらどうなる?」

脱落リタイアかな」

 おいおい。


 突然、何か黒いものが飛来。

「ジャイアント・バットだ」とオーレリー。

 暗くてよく分からん。

夜間照明ナイト・ライトニング

 トンネル内に、煌々と光る明るい照明が出現。

「あら。ルール違反じゃないけど、……ちょっと卑怯よね」とノピカ。


 照明のおかげで、数匹のジャイアント・バットを簡単に撃退。


 トンネルを抜けると、今度は深い谷底の道。両側はほぼ切り立った崖で、つまりは逃げ場のない1本道。


 見通しの悪いカーブを抜けたら、前に立ちはだかるコカトリス。

「げ」


 猛然とダッシュしてくるコカトリスだが、さっきまでと違ってヤバい魔法も使える。

「ダーク・グレイヴ!」

 重力を数倍にする闇系統のレベル3。

 途端に動きが鈍くなり、つんのめって倒れてしまうコカトリス。

「ほいっ」

 オーレリーが流れ作業のように首を落とす。霧になって消えてしまうコカトリス。

「このフロアはドロップアイテムはないの?」


 コカトリスが簡単に倒されてしまう様子を目撃してちょっと呆然としていたノピカ、平静を装って答える。

「ドロップアイテムなんてケチなものはないのよ」


 谷底の道が終わると次は岩山の登山である。

「道はないから、可愛いあたしの後をちゃんとついてきなさいよ」

 それはいいのだが。

「デレク。あたしが前になろうか?」とオーレリー。

 ノピカのすぐ後ろをついて行くと、岩登りの場面では必然的に目の前にノピカの可愛いおしりがあるわけである。そしてはいてない。

「そ、そうだな」

「エスファーデンの王宮を思い出すなあ」

 平常心、平常心。

「デレク、あたしのおしりも可愛いだろ?」

「うん」

 あ。うっかりで答えてしまった。……平常心、平常心。


 傾斜40度ほどの岩壁に取り付いた状態で、ワラワラとゴブリンの群れが登場。

「げ」

 もうかなり登ってきたので、下を見ると目が眩むレベル。滑落したら死ぬ。


 そんな急傾斜をものともせず、短剣を片手に襲ってくるゴブリンたち。

 ちょこちょこ動き回るので、斬撃系の攻撃は当てづらい。


「ヘヴンリー・グレイス!」

 電磁波で平衡感覚を狂わせる光魔法である。

「ファイア・ストーム!」

 オーレリーは火炎放射で薙ぎ払っている。

 ゴブリンたちはゴロゴロと斜面を転がり落ちながら霧になって消える。


 やっと岩山を登り終えると、二百メートルほど向こうに剣が刺さった山の頂きが見える。ただし、そこまでの稜線はマンガでしか見たことがないような細さで、両側が切り立った崖。屏風みたいな岩の板と言った方が正確だろう。


「到着しました。あそこです」とそっけなくノピカが言う。

「え。連れてってくれないの?」

「もう十分近くじゃないですか」

 ……カーナビが時々似たようなことを言うよなあ。


 しょうがない。恐る恐る屏風岩の上を、ほぼ岩にしがみついて這い進む。オーレリーが後から付いてくる。

「オーレリー、俺だけ行くから別にいいぞ」

「剣を抜いたら終わりなんだろう? 黙って見ていてもしょうがない」

 まあそうか。


 下を見ると、百メートルはあろうかという高さ。うひゃあ。時々ブワッと叩きつけるような突風が吹く。し、死ぬ。

 あ。いざとなったら『無重力ゼロ・グラヴィティ』を使えばいいのか。

 しかし、頭でそう思っていても、本能的にめっちゃ怖い。


 じりじりと進んで、やっと半分近くか?

 ちょっと広くなった岩の上で休憩。

「真下さえ見なければ絶景なんだが」

「水とか飲むか?」とオーレリー。

「いや、手を岩から離したくないんだ」

「デレクは怖がりだなあ」

 これが普通だよ。


 遠くから数羽の鳥が飛んでくる。

「何だあれ。嫌な予感しかしないな」

「かなり大きな鳥じゃないか?」


 ハーピーである。


 ワシのような大きな翼を持っているが身体は人間。頭部には凶悪そうな女の顔。腕はないが太い足にワシのような鋭いツメを持っている。全部で4羽。


 女性のような声で「ルーリーウーリー」「キーコーピーコー」と鳴きながら、我々の頭上をかなりの高度を保って旋回している。


「まずいな、高すぎて斬撃系の魔法が届かない」

 ケンタウロスの時に攻めあぐねたことを思い出す。


 4羽のうちの1羽が、突然、物凄い勢いで急降下してそばをかすめて行く。距離にして10メートルほどまで近づいただろうか。

「うわ! やられた」とオーレリー。


 見ると、肩のあたりにざっくりと切り傷が付いている。

「大丈夫か」

「ちょっと痛む。エアロ・ブレイドみたいな、空気系の斬撃を飛ばすらしいな」


 これは手を離したくないとか言ってられない。


 オーレリーに身体を支えてもらいつつ、『正鵠せいこくの弓』を取り出して構える。この魔道具なら、狙いは正確でなくても当たるっぽい。


 弓を引き絞って……、真上を旋回するハーピーの1羽を狙って矢を放つ。


 矢は真っ直ぐ上昇すると、旋回するハーピーに合わせるように軌道を変えて命中!

 ハーピーは霧になって消える。凄いな。


 もう1本の矢をつがえようとしている間に、また1羽が襲ってくる。

「サンド・エッジ!」

 オーレリーが攻撃を加えるが、当たらない。


 再び弓を引き絞って……、放つ。また命中!


 ハーピーはあと2羽。よし、この調子で行けそうだ。


 矢をつがえようとしていると、今度は2羽が同時に襲ってくる。

「うわ! それは卑怯」


 1羽が俺とオーレリーのいる場所に水平方向から真っ直ぐ突っ込んでくる。

 するとオーレリー、狭い足場にすっくと立ち、斬魔の剣をすらりと抜く。


 一閃。


 ハーピーは真っ二つになると、黒い霧になって消える。


 ところが、あと1羽が。


 ほぼ真下から急上昇して来たのか、突然視界に現れる。

 オーレリーの真後ろだ! オーレリーからは見えていない!


 ハーピーの頭部の顔に表情というものがあるのかどうかよく分からないが、その一瞬、ハーピーは勝ち誇ったような残忍な笑顔を浮かべ、オーレリーに背後から体当たりをかます。たまらず岩からよろけて落ちかけるオーレリー。


「オーレリー!」


 俺は絶叫しながら、思わずオーレリーの身体に飛びつく。断崖のてっぺんから真っ逆さまに落ちる俺とオーレリー。


 だが、これで『無重力ゼロ・グラヴィティ』を使えば、と思った瞬間だ。抱き合って落ちる俺とオーレリーを、ハーピーが凶悪なツメでガシッとつかみ、そのまま地面に向かって急降下。

 しまった!


「デレクーッ!」


 オーレリーがそう叫んだのは覚えている。


 気がつくと、あれ?


 どこかの芝生の上に寝かされている。


 周囲にはたくさんの人がひしめいていて、お祭りのようなにぎわい。

「ん?」


 俺の隣にオーレリーがやはり寝かされている。


 俺が上半身を起こしたら、セーラが駆け寄ってきた。

「デレク! 大丈夫?」


「あー。俺、死んだみたいだなあ」


 オーレリーも起き上がる。

「ん? あ、ここはダンジョンの外なのか……。いやあ、落ちたなあ」


「どこかでやられちゃったの?」

「あ、そういえばセーラ、ケンタウロスの矢が当たって、痛かっただろ?」

「人の心配はいいから! あたしは大丈夫だから」

 ちょっとセーラ、涙ぐんでいる。

「ははは、ダンジョンだし、本当に死んだりしないよ」

「でも、しばらく戻ってこないから心配したわよ」


 ふーっ、と大きなため息をついて、オーレリーが言う。

「デレクさあ、あたしなんか助けようとしないで、さっさと剣を抜けばよかったんじゃないのか?」

「そういうわけにはいかないだろ。っていうか、あれは無意識だな」

「そっか。ありがとうな。2人とも死んじゃったけど、ちょっと嬉しいかもしれん」


「で、結局どうなったのよ」とセーラ。


「最後の最後、目の前の剣を抜けばダンジョン攻略、ってところまで行ったんだけど、残念ながらしくじって帰ってきた」

 そう言って、『第5階層攻略おめでとうバッジ』を見せる。


「え? 第6階層まで行ったの?」

「うん」


 その話を小耳に挟んだ通りがかりの冒険者が大声を上げる。

「第6階層まで行っただと?」

「なんだって?」

「すごいな! お前ら」


 その後は、ダンジョンの係員が飛んできて『おめでとうバッジ』を確認したり、見も知らない冒険者たちが群がってきて「おめでとう」とか「すげえな」とか言われて肩を叩かれまくったり、なんかもうカオス。


「腹が減ったんだが……」とオーレリーがぼやく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る