野の風景

 あとちょっと、といいつつ、第5階層に行くことに。

 ボス部屋の奥の扉を開けたら小さい台が置いてあって、『第4階層攻略おめでとうバッジ』が3つ置いてあった。……何に使うのこれ?


 階段を降りて、石の扉を押し開けると、お約束のように薄暗い石のトンネルが真っ直ぐ続いている。幅も高さも2.5メートルくらいだ。少し湿っぽいような匂いがする以外、何の音も気配もない。

 入ってきた扉はゆっくり閉じて、すぐにただの石壁になってしまう。


「何もないなあ」

 俺が先頭で、セーラ、オーレリーの順でゆっくり歩いて前へ進む。


 やがてトンネルの突き当りに小さな祭壇があるのが見える。祭壇の両脇には明かりが灯され、その間に高さ30センチくらいの石像が2つ置かれている。


「行き止まりだなあ」


 石像をまじまじと見てセーラが言う。

「これ、何かしらね?」とセーラ。

 向かって左側の石像は、ファイティングポーズをとる人間の像だが、右側の石像はマネキンというかデッサン人形みたいに目鼻のない顔で気取ったポーズをとっている。


「次の部屋への何か、ヒントではないか?」とオーレリー。

「戦うなら素手の人間の方が楽かしら」とセーラ。


 そう言い終わらないうちに、祭壇の左側の壁がドカンとデカい音をたてて向こう側へ崩れ落ちて穴ができる。その奥は、暗いが広い空間になっているようだ。

「まあ、そっちへ行けってことだよな」


 穴をくぐって左側のスペースに入って行く。3人が入り終わると入ってきた穴は跡形もなく見えなくなり、あっと言う間に、そこは石造りの街の廃墟みたいな場所である。青空に白い雲が浮かんで、爽やかな風が吹き抜けて行く。まるで商店街のように石造りの建物が並んでいるが、人がいる気配がない。


 石畳の道を進むと、あちこちに、木でできたデッサン人形みたいなやつらが立っている。中には2体で抱き合ったり、イスに座ってポーズをとっているヤツもいる。まるで、デ・キリコの絵に入り込んだみたいな気分。


「なんだこれ?」とオーレリーは人形に近づいて触ってみたりしている。


 デッサン人形は至る所にいるが、攻撃どころか動く気配もない。シーンとして物音もしない。


 噴水がある広場に出る。風がさーっと吹き抜けて、噴水のしぶきが回りに散っている。

 のどかな風景だが、周囲の状況が不気味すぎる。


「水のあるナルポートみたいな……」とセーラがつぶやく。


「おい、出てきたぞ」とオーレリー。


 デッサン人形が街のあちこちから、手に手に剣と盾を持って広場の中心に向かって集まってくる。カチャカチャという足音が嫌な感じ。目鼻がないので表情もないし、どこを見ているのか分からない。

 やがて、周囲をぐるっと囲まれてしまう。デッサン人形は20〜30体はいそうだ。


「どうする、これ?」とオーレリー。

「もう好きに倒していいんじゃない?」

「よし」


 デッサン人形たちが、剣を振り上げ、足をガチャガチャいわせて一斉に襲ってくる。

 3方向に向けて、各々が魔法で攻撃する。

 セーラの攻撃。

「ファイア・ウォール!」


 オーレリーの攻撃。

「ロック・スウォーム!」

 岩石を雨あられと打ち付ける技だ。


 俺も魔法を使ってみよう。

「ツイスター・アタック!」

 小型だが威力の強い竜巻だと思えばいいだろう。


 ものの1〜2分で全部を片付けることができた。


「ふふん、まさにデクノボウってヤツだな」とオーレリー。

 実にそのまんまだな。


 ドロップアイテムは「脱出の指輪」、「魅力の指輪」、「回復の指輪」である。

 「回復の指輪」はダンジョン内限定だが、魔法の詠唱で負傷をある程度回復できるらしい。


「ふふふ、『魅力の指輪』だわ」とセーラ。

 ダズベリーで誘惑された日のことを思い出す。あれは危なかった……。

「あのー。悪用はしないようにして欲しいかな」

「当たり前じゃない」と悪い顔で笑う。



 広場の真ん中に、さっきはなかった石の扉がある。

 押し開けて入っていくと、また石のトンネル。そしてしばらく歩くとまた祭壇。祭壇にはまた2体の石像が置かれている。

 向かって左側の石像は、槍を持った人間の像だが、顔はたてがみのあるライオンのようである。ライオンマンと呼ぶらしい。右側は下半身が馬で上半身は弓矢を持った人間。ケンタウロスかな。


「飛び道具よりは、まだ槍の方がよくないかなあ」

「ちょっと待って。さっきは敬遠した方が出てきたわよね」


 そんな話をしていると、またもや、祭壇の左側の壁がデカい音と共に崩れて穴ができる。選択の余地はなさそうだな。

 穴をくぐって中に入って行く。


 そこは広い青空の下の草原である。地面には青々とした草が生い茂り、所々に白い小さい花が咲いたりもしている。そよ風が吹くと草の匂いがする。あちこちに立木や低木の藪も見える。


 そんなのどかな風景の、百メートル以上向こうに背の低い木が生い茂る藪があるのが見える。

 怪しいと思って見ていたら、その藪の後ろから、ケンタウロスが4頭出てくる。手に手に弓矢を持っている。


「何だよ、弓矢は嫌だって話をしたじゃん」

「やっぱり、嫌だと思う方が選択されたってことよね」


 ケンタウロスはかなり離れた場所に横一列になって並ぶと、続けざまに弓を引いて矢を打ち込んで来る。まさに矢継ぎ早というか、4頭のケンタウロスが次々に、かなり正確に矢を打ち込んでくるのでうかつに動けない。


「結構ヤバいな」

「人間が射る矢よりも大きくて威力があるんじゃない?」

 もちろんここで、馬並みにデカいなどと口にしてはイケナイのだ。


 俺達は必死に盾で防ぐが、矢の威力はとんでもない。盾を手から弾き飛ばされそうだ。時々防御魔法が起動して、石つぶてやジェルが空中で矢を防いでいる。

 しかし、矢を避けているだけじゃしょうがない。


 セーラが魔法を起動する。

「フレーム・スピア!」

 ところが、である。

「あれ? 火球が届かないね」


 フレーム・スピアはファイア・バレットにレーザー光線を組み合わせた技なので、射程はファイア・バレットと同じ。高々50メートルってところだ。

「ロック・スウォーム!」とオーレリーが土系統のレベル4の魔法を撃ってみる。

 だが、これも届かない。

「マジか!」

 つまり、射出系の魔法の射程よりも、ずっと遠くから弓矢で攻撃されたら手も足も出ないってこと?


 ふと、オーレリーがドロップアイテムのことを思い出した。

「『透明人間』ってあったよな」

「あ。そうだな、あれが使えるかな?」


 俺がエンジェル・ブレイド、つまりレーザー光線か何かで殲滅してもいいのだが、それは最終手段として、まずはオーレリーの『透明人間』を試してみよう。

 オーレリーが詠唱を終えると、本当にオーレリーが見えなくなる。

「見えてないか?」

「うん、すごいな。本当にどこにいるかわからんぞ」

「んふふ……」

「……うわっ!」

「何?」


 オーレリーめ、見えないのをいいことに、俺にキスして行きやがった。


 しばらく待っていたら、1頭のケンタウロスが突然倒される。ケンタウロスたちはどこから攻撃されているのかも分からない。周りをキョロキョロと見ている間にも次々に倒されている。こりゃすごいな。


 やがて、『透明人間』の効果が切れた。遠くにオーレリーが姿を現し、手を振っているのが見える。

 ……あれ? 何かを伝えようとしている……のか? 風に紛れて声が聞こえない。


 その時である。


 ドスッ、という音とともに、甲冑をも突き破ってセーラの背中にデカい矢が突き刺さる。


「え?」


 セーラは一瞬俺の方を見たが、次の瞬間、霧になって消えてしまう。


 後ろを振り向くと、後方の藪からもう1頭のケンタウロスがこっちを狙っているのがみえる。しまった。

「エンジェル・ブレイド!」


 さすがにレーザー光線はかなりの射程がある。ケンタウロスは一瞬で倒れた。

 周囲を警戒するが、もうケンタウロスはいないようだ。


 オーレリーが戻ってきた。

「しまったな。まさかもう1頭が背後に隠れているとは。こっちから見えていたのに伝えられなかったな」

「確かにダンジョンのモンスターが正々堂々と戦うという決まりはないもんなあ。それにしても油断した……」


 甲冑を突き破るとはなんという威力。セーラ、一瞬だけどきっと痛かっただろうなあ。

 悔やんでももう仕方がないんだけど。


 ケンタウロスの倒されたあたりへ行ってみると、ドロップアイテムは『正鵠せいこくの弓』。通常より遠くまで、極めて正確にターゲットを射抜くことができるという魔道具だが、俺は弓使いではないからなあ。

 オーレリーは『鉄壁の盾』と金貨。


 あたりを見回すと、何も無い草原の真ん中に石造りの扉が出現している。

 いつの間にか日が陰ってきて、風が冷たくなってきた。遠くで雷が鳴っている。


「どうする? 次に行ってみる?」とオーレリーに尋ねる。

「そうだなあ。昼飯時までに帰ればよくないか?」

「なるほど。そうするか」


 トンネルの中にはまた祭壇があったが、石像はもう見ないことにした。見たら、戦いにくい方が選択されるらしいからな。


 穴から外へ出ると、ゴツゴツとした黒い岩だらけの場所。

 晴れた空をバックに、白い噴煙を上げる火山が見える。ここはその山麓で、あたり一面の黒く尖った大小の岩は、溶岩が固まってできたものであろう。大きな岩は人の背丈を優に越える。

 今回は二〜三百メートル離れた小高い場所に石の扉が見えている。あそこまで行けということなのだろうが、道らしい道もなく、進みにくい上に死角だらけである。


 苦労して歩いていると、鋭いナイフを持ったゴブリンの群れが現れた。

 大きな岩の上から飛びかかってきたり、小さな岩の背後に隠れていたりと、通常なら手こずること必至。


 だが、俺がオーレリーを抱えたまま『重力制御グラヴィティ・コントロール』で上空へジャンプ。浮遊したまま、上からオーレリーがファイア・ウォールで殲滅。


「なあなあ、今のは『お姫様抱っこ』ってやつか?」

「そういう名前で呼ぶと、なんか恥ずかしいんだけどな」

 そうは言いつつも、オーレリーを抱き上げた、ちょっとうれしい感触が残っている。

「ふふふ。なかなか楽しいなあ」


 オーレリーが岩の上に見つけたドロップアイテムは『貪欲の腕輪』。

 指定した相手から魔力を奪って自分のものにすることができる上に、自分のフルパワーに相当する魔力を蓄えておくことができるのだという。


「魔力タンクみたいな感じ? レアアイテムだろうなあ」

「つまり、通常の2倍までの魔法が使えるってことか。そりゃいいな」

 オーレリーはうれしそうだが、使うチャンスが来ないことを祈ろう。


 怪しいネタ魔法のスクロールも出た。

「さて、詠唱するよな」とニヤニヤするオーレリー。

「えー。……しょうがないな。情熱と寛容と貞淑の御使いたる……お示しあれ」

「あれ? 何か起きたか?」

「特に変化はないような……」

 後から何かあるのかな? ちょっと不安。


「ところで、デレクは色々な魔法が使えるようだが、それで女の子に悪さをしたりしてないだろうな」

「いやいや、してないし。そもそもオーレリーに怒られるような話じゃないよな」

「よしよし、分かった分かった」


 お姫様抱っこのせいか、妙に上機嫌のオーレリーである。

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