第4階層

 しばらく待ってみたが、アンソニーもシャーリーも来ない。


 セーラが正面の石の扉を押してみたら、開く。

「うわ。……ということは、アンソニーとシャーリーもやられちゃったってこと?」

「そういうことになるな」

「4人でラスボス戦か……」


 暗いボス部屋に入ると石の扉がガタンと閉まり、内部にぼんやりと明かりがつく。部屋の広さは30メートル四方くらいとかなり広く、天井も高い。


 しばらくすると、部屋の隅に黒い霧のようなものが現れて、やがて大きな棍棒を持った青黒い巨人になる。兜に甲冑、デカい棍棒と盾。完全武装かよ。


「オーガだ」とマーカス。

「オークとは違うのか?」

「オーガの方が知恵があって、敏捷に動くらしい」

 ガイドブックを熟読しているらしいマーカスが教えてくれる。

 ガリンゾ・ダンジョンではオークに結構苦戦したが、それより強いって? しかも武装している。強力な魔法で対抗するしかないか。


「オークと戦った時は、前面に攻撃して引きつけてる間に背後から攻撃、がセオリーだったんだけど」

「オーガも同じだと思う」

「じゃあ、俺とセーラが火系統の魔法を中心に攻撃して引き付けるから、マーカスとオーレリーは後ろから攻撃してくれ」

「了解」


 セーラがいきなりデカい魔法をぶつける。「魔力の指輪」があるから強気だ。

「ファイア・ウォール!」


 いきなりの攻撃にさすがに少々たじろいでいるオーガ。そこに俺も攻撃。

「フレイム・スピア!」

 だが、これは分厚い盾に阻まれてしまう。


 その間に背後に回ったオーレリーとマーカスが、それぞれ「斬魔の剣」と「破魔の戦斧」で下半身を中心に攻撃を加える。

「えいやっ!」「それっ!」


 攻撃はかなり効いたようで、ガクッと姿勢が崩れるオーガ。

 ただ、さすがに階層ボスだけあって、少々の攻撃では倒れない。足を負傷したようだが、側方へ素早く移動すると、すぐに体勢を立て直してこちらを向くと、デカい棍棒を振り下ろす。

「ドンッ!」

 うわ。床が揺れている。当たったら鎧など気休めにもならずに死ぬ。


 オーガは棍棒を振り回して襲ってくるが、同時に、背後に回り込まれないようにうまく立ち回っている。


 右側面からセーラの攻撃。

「ファイア・ストーム!」

 オーレリーが左から魔法攻撃。

「ファイア・ウォール!」


 そこにマーカスが突っ込んで、右膝めがけて「破魔の戦斧」を叩き込む。

「ドガッ!」

 よし、かなりのダメージ。

 マーカスが棍棒で狙われそうだったので、フレイム・スピアで牽制する。


 オーガは右足を動かせなくなっているようだ。

「よし、行けそうだ。もう一回たのむ」とマーカス。


「ファイア・ストーム!」

「ファイア・ストーム!」

 左右からセーラとオーレリーが攻撃。

 そしてマーカスが突っ込む。


 だが、オーガはどうやら攻撃パターンを読んでいた。

 棍棒ではなく、分厚い盾の方を振り回してマーカスにぶち当ててきた。盾だけでも人の背丈くらいはある。マーカスは壁際までふっとばされて、霧になって消えてしまう。


「しまった!」


 セーラが俺に言う。

「デレク、もういいわ。やっつけてよ」


 そうか、そうだな。

「エンジェル・ブレイド!」


 レーザー光線で貫かれ、オーガはガクッと崩れ落ち、霧になって消えた。


 セーラがふうっとため息をついて言う。

「あー。なんとかクリアはしたけど、デレクのヤバい魔法に頼っちゃったわね」

「当初の目的の第3階層までは来たし、初めてのダンジョン探検としては上々なんじゃないの?」

「そうね」


 ドロップアイテムは『雷撃の杖』。エンジェル・ライトニング、つまり電撃を出せる杖である。これはオーレリーに。

「ふむ。不審者を失神させるのに最適なアイテムだな」

 石を投げつけるよりはいい、……かもしれない。


 さらに指輪が1つ。「不可知の指輪」。魔法を詠唱すると、指定した物体がしばらく他人からは認識できなくなるらしい。

「いいわね、これ」とセーラが食いつく。

「何に使うのさ」

「例えばテーブルの上に、好物のクッキーがあるとするじゃない。この魔法を使えば、こっそり独り占めってわけよね」

「お子様かよ」

 でも、確かに何かの役に立ちそうなので、後で解析させてもらいたい。



「さて、第3階層はクリアできたわけだが?」


 セーラが言う。

「きっと脱落リタイアした他のメンバーはダンジョンの外で待ってるだけだろうし、ダンジョンに入ってからまだ3時間くらいじゃないかしら? 第4階層を覗いて帰らない?」

「そうだな。『脱出の指輪』のコピーは持っているから、いつでも脱出できるし」

「確かに、もうちょっと楽しんでから帰りたい気分だな」とオーレリー。


 少し休憩してから、部屋の奥の扉を開けて、第4階層への階段を下る。


 階段を下りて石造りの扉を開けると、陰鬱な感じの曇り空の下に、廃墟になった王宮のような巨大な建物がそびえている。周囲には岩山と森の他に何も見当たらない。

 振り返ると、たった今、通ってきたはずの扉はもうない。


 まるで白日夢である。


「……どういうこと?」とセーラは呆然としている。

「あはは。こりゃあ凄いなあ」と無邪気に喜ぶオーレリー。

 俺は、さっきの『試練』で、湖水の真ん中に立たされていたから、廃墟の城の方がまだあり得るかな、とか思っている。


 正面の城門のアーチをくぐって中へ入っていくと、すっかり荒れ果てた庭園跡が見える。花壇だったであろう石垣、水のない池、誰とも分からない乗馬騎士像。

「なんか寒々としてるわね」とセーラ。


 城の中庭を進んで行くと、あちこちの木立や岩の陰から小動物らしい顔が覗いている。

「キツネか、イタチ……か?」とオーレリー。


 物陰から何かが音もなく走り寄って、ナイフで切りつけてきた。

「うわっ!」

 辛うじてかわし、襲ってきたものを見ると、なんだこれ。


 顔も身体も大きさもイタチだが、両手だけ人間。イタチと同じ4本足でも、2本足でも走れるらしいが、尻尾はある。

「イタチ人間?」とセーラ。


 物陰から顔を出してこっちを見ているイタチ人間たち。総勢20匹くらいはいるだろうか。うわー。嫌な感じ。


 また1匹、また1匹と、あちこちの物陰から飛び出して来ては音もなく走り寄ってナイフで一撃を加えようとしてくる。とにかく素早い。

 さらに悪いことに、地面のあちこちにトンネルが掘ってあるのか、小さい身体で思いもかけない所から出てきたり、逃げ込んだりする。


 俺達3人は、射出系魔法の狙いを定めることができないので、ひたすら剣と盾で応戦するのみ。

「これはいかん。数が多すぎて、そのうちにこっちがへばるぞ」

 オーレリーが魔法を撃ってみている。

「ストーン・スウォーム!」

 1、2発は当たったりかすめたりしているが、決め手に欠ける。きっと、ジェル・スウォームでも効果は似たようなものだろう。


「ちょっと援護してくれ」

 トンネルの入口を1つ見つけて、そこにウォーター・ジェットポンプで水をガンガンに流し込む。多分どのトンネルもどこかで繋がっているから、水浸しにしたらトンネルは使えなくなるはずだ。

 思った通り、あちこちの穴からイタチ人間たちが慌てて出てくる。

「ストーン・スウォーム!」

「ファイア・ウォール!」


 こうしてなんとか、素早い連中を殲滅することに成功。


 オーレリーのドロップアイテムは『服従の指輪』。馬や犬、ネコなど、たいていの動物、家畜を意に従わせることができるらしい。

「ほほう。動物は好きだし、これは平和でいいな」


 セーラは「土の指輪」。

「これでダガーズの指輪の分も合わせたら4つの系統を制覇したことになるわね」

 それぞれレベル3まで使える。しかも「魔力の指輪」があるから、ダンジョンの中限定だが疲れ知らずである。


 俺は「爆滅弾」。まあ、似たような魔法は使えるからどうでもいいかな。セーラに渡しておく。



 城の中庭の突き当りに門がある。そこを開けて城の中へ。

 薄暗い部屋にいたのは2体のゴーレム。

 水をバシャバシャとかけたらあっけなく倒すことができた。


 次の部屋には双頭の大蛇がいた。

 オーレリーが見事な剣さばきで頭を1つ落とすと、もう一方をセーラがファイア・ストームで焼き尽くして、討伐完了。


 その次の部屋は、最初に出てきた泣き女みたいな奴らがウロウロしている。ただ、手にはナイフを持ち、ボサボサの白髪頭にシワだらけの顔。山姥やまんば鬼婆おにばばか、だな。

 今回は泣きはしないが「ウヒヒヒ」とか「ゲヒョヒョヒョ」とかいう気色の悪い笑い声を上げながら、身軽にヒョイヒョイと襲ってくる。

 ファイア・バレットでは倒せなかったが、ファイア・ウォールで殲滅。


 いつもの陰鬱な石のトンネルを少し歩いて角を曲がったら、どうやら第4階層のボス部屋の扉の前。


「最初のイタチ人間には手を焼いたけど、あとは比較的楽勝だったかしら」とセーラ。

「楽勝というか、力で押した感じだけどね」

「ついでだからボスの顔を見てみようか?」

「ああ、そろそろ腹がすく時間だけど、もうちょっといいかな」とオーレリー。行動の判断基準をご飯に置いているようだが、そんなことでいいのか?


 重い石の扉を押し開けると、またまた暗くて広い部屋。

「ボス部屋はこうしないとダメって決め事でもあるのかね」

 軽口を叩いていると、まず部屋の壁にあるいくつものランプに次々に火が点く。


 そして、部屋の隅に黒い霧が湧き出し、やがて何か巨大なものが現れる。

「何だこれ?」とオーレリーが訝しんでいる。


 体長5メートルはありそうな巨大なオオカミの姿をしているが、頭は3つある。背中にはワシの羽。


「ケルベロスかしら?」とセーラ。

「羽があるのはマルコシアスのようでもあるな」

「知り合いか?」とオーレリー。

「地獄の番犬や悪魔に知り合いはいないなあ」


 3つの頭がどれもこちらを凶悪な目つきで睨んでる。低い唸り声も聞こえて、今にも飛びかかって来そうだ。

 ケルベロスにしろ、マルコシアスにしろ、口から何かヤバいものを吐くような記憶がある。これは先手必勝かな?


「ヘヴンリー・キャノン!」

 轟音と一瞬の閃光と共に、何かが莫大な熱量とともに射出される。


 レールガンである。


 実は撃ってみたかったんだよね。部屋中が白い煙で満たされてしまって、何か焦げ臭い。

「ちょ、おい。デレク」

「いきなりなによ」


 しばらくして煙が薄まってくると、部屋には何もいない。向こう側の壁もメチャクチャに壊れている。自分で撃ったものの、威力に驚く。


「瞬殺、だな」

「あー。ひどいなあ。……耳がキーンって言ってるぞ」とオーレリー。

「ちょっとは活躍させてほしいわね」とセーラ。


「すまんね。また、オーレリーに頭を切り落としてもらっても良かったかもしれないけど、ほら、頭が3つもあるじゃん」

「だったら頭を1つずつ担当したら良かったんじゃないか?」

「あいつ、毒か何かを吐くらしいから、悠長にやってられないんだよ」

「じゃあしょうがないかしらね」

 セーラは渋々ながら納得。


「しかし、多分久しぶりに出てきたんだろうに、見せ場もなくて可哀想なボスだなあ」

 オーレリーがモンスターに同情している。

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