ウルド
まだ戦っているメンバーがいる間、ボス部屋の前で待たないといけないようだ。
俺から、ちょっとお願いをする。
「さっきの『試練』、俺もやってみたいんだけど。時間はかからないから」
「え? デレクは自分ではやったことないの?」とセーラ。
「この魔道具はダンジョンの中でしか有効じゃないからね」
「すぐ戻って来るでしょ? いいんじゃない?」
ということで、詠唱。
「試練を我に!」
すると、モヤっと視界が切り替わって、別の場所にいる自分に気づく。
「あれ?」
これまで、他の人がどんな試練を受けたかを聞いてきたが、ここは石造りの部屋ではない。四方八方、見渡す限り、鏡のような水面が広がって、端っこの方は白いモヤがかかっている。自分が立っている場所は1メートル四方の石造りの人工島、というより「足場」。足場は水面から10センチほどの高さしかない。
そして、50メートルくらい離れた所に小島があって、小島にはなぜかベッドが1つ。そしてどうやら半裸の美女が横たわってこっちへ来いと手招きをしている。
何だろうな、この状況。
泳いで向こうまで行けばいいのか?
湖水に目を凝らしてみると、透明度は高いものの底が見えないほど深く、しかも下の方には何やら怪しくうごめくものがいる。
これは、美女の誘いに乗ってうっかり飛び込んだら、何やら怪しい水棲の魔物に攻撃されて、あえなく終了、というパターンかな。
転移魔法を使おうとしたが、使えない。当然、そういう縛りはあるだろうなあ。
しかし、ゲームなんだから、攻略方法はあるはずだが……。
ちょっと待て。そもそも、あの小島に行くのがゴールだ、とは誰も言っていないわけじゃないか。そうじゃないなら何がゴールなんだ?
『試練』のプログラムを起動する時、モンスターの種類と数をパラメータにしていた。とすると、試練はパズルとか脱出ゲーム的なものではなく、やはりモンスターを倒すことと考えるべきだろう。
じゃあ、あの小島にいる美女か、湖底でうごめく何かがモンスターだろうな。
別に女性を攻撃しないというポリシーがあるわけじゃないが、とりあえずは湖底の何かを倒してみるか。
レーザー光線なら湖底にも届くかな?
「エンジェル・ブレイド!」
レーザー光線を湖底に向けて発射して様子を見る。
数秒後湖面が波打って、足場を乗り越えて波が押し寄せる。足元はずぶ濡れである。
波は大きくなる一方で、湖水に投げ出されそうだ。こりゃいかん。結局、小島に向けて泳ぎだしていても同じことだったかな?
「
幸い、魔法が効力を発揮したので空中に浮いて様子を見る。しかし、普通の冒険者はこんな対応はできないだろう。ゲーム的に正しい対処方法は何なんだろうか?
様子を見ていると、湖面に出てきたのはナマズのような大きな口を持つ、奇妙な水棲生物である。頭部は全体的に青黒いが、頭部から後ろは次第に赤みを帯びて、赤と銀色と黒の奇妙な模様の触手の集合体になっている。身体半分から後ろは水面の下にあって確認できないが、印象としてはタコの足を持つナマズ。全長は10メートル以上はあるだろう。
レーザー光線で攻撃されて怒っているようだ。口の横についている小さな丸い目が赤く光っている。
水面から何本も触手をこちらに伸ばしてくるが、俺がそれなりの高度を保っているので届かない。すると、触手を野球のピッチャーのように使って水塊や氷塊を投げつけ始める。
防御魔法が起動して、ウォーター・ボールやジェル・ボールで攻撃を防いでいるが、触手は何本もあるので、攻撃は次第に激しくなっていく。
「こりゃいかん」
そのうちの1発でも当たったらまずい。やられる前に倒すに限る。一撃で決めないとヤバそうだ。射出系の攻撃では水中に逃げられて効果半減だろう。ならば。
「デモニック・クロー!」
その瞬間、その恐ろしくもヘンテコな生物の中央部分に切れ目が入り、何か緑色みたいな体液が溢れ出す。ちょっとグロい。そして、全体が霧になって消えていく。
お、これで終わりかな、と思った次の瞬間。
俺は小島に移動していた。
ベッドの上には、あれ?
「エドナさん?」
目にもエロい肢体でベッドに横たわっていたエドナ……によく似た女性はベッドの上に起き上がって、俺を隣に座らせる。服は着てるけど、ほぼ無意味。
「今のあたしは、あなたの知っている人の姿を借りてるだけなのね」
「なんでエドナさん? しかも、……エロくないですか?」
「誰のどんな姿になるかは、あなたの意識の問題らしいわよ」
「……はあ。じゃあ、あなたは誰?」
「あたしはアイテムを守っているだけの人工生命なのね」
「天使?」
「いえ、天使ほどの能力はないから、まあホムンクルスってやつかしらね」
「ホムンクルスって知能があるんだ」
「いえいえ、ピンからキリまでってやつらしいわね。ま、あたしは最高クラスに賢いんだけどね、ふふん」
と、ちょっと自慢する人工生命さん。
「あのモンスターは何?」
「あれはダゴンね」
「あれがダゴンなのかー」
「で、あなた。空中に逃げるなんて卑怯ってものよね。本当なら水中で電撃にやられて終わりのはずなのにぃ」
「あ、電撃があったのか」
「そうよ。あんなふうにダゴンがバチャバチャ水をかける愉快な攻撃は初めて見たわ」
愉快かどうか知らんが、それなりに効果はあったと思う。
「じゃあ、本来はどうやって倒すのが想定されていたのかな?」
「クラッシング・トルネードとロック・スウォームを繰り返し使って倒すことになってるみたいね」
それぞれ、水系統魔法のレベル5、土系統魔法のレベル4である。
「個人で2系統の魔法が使えないとダメってことじゃん。しかも、水の中で、でしょ」
「そうそう、ほぼ無理ゲーってやつね」
時々変なボキャブラリーを知ってるのは天使と一緒だな。
「どんなアイテムを守っているって?」
「『真実の指輪』よ。この指輪はこの世に1つしかなくて、これまでにゲットした人はいないわね」
「え! この世に1つ? このダンジョンに、じゃなくて?」
「あなたがどこのダンジョンから来たのかは知らないわ。ダンジョンやその従属空間の管理はどこだったかで一元管理されているのよね」
クラウドかな?
「この試練に挑んだ人はこれまでにもいるの?」
「ええ、結構ね。あたしはこの試練の専従ガイドなんだけど、これまでの千年間に、そうね、1万人くらいいるわね」
それはゴッツイな。
っていうか、千年も生きてるの?
「なんでホムンクルスにアイテムを守らせる必要があるのかな?」
「用意されたダゴンのインスタンスが規格外にショボイってことが、確率的にゼロではないのね。これまでに10回くらいあるわ。ここのアイテムは極めて貴重かつ重要なので、そういう時にはインスタンスをチェンジしたりしないといけないのよね」
なるほど。安全面を重視した設計ということか。
「人工生命さんはザ・システムの管理下にあるのかな? こんな風におしゃべりしてていいの?」
「あら。ザ・システムのことを知ってるなんてタダ者じゃないわね。えっとねえ、確かにザ・システムの管理下にあるんだけど、そもそもこの試練がクリアされるとは考えてなかったんじゃないかな。何をしたらダメ、って制約はないわね」
ははあ。プログラミングでいうと、想定していない条件で switch文の下に、あるいは catch文で例外を捕捉できずに抜けてしまったみたいな?
「クリアできない試練を作っておく理由が分からないんだけど」
「そりゃあ、次は攻略できるかも、って永遠に思わせておく仕掛けよね」
「何それ、酷くない?」
夜店の、絶対に当たりのないくじ引きみたいじゃん。
「でも、ピンチになったら『念話』で攻略のアドバイスをあげたりってサービスもするのよ?」
「いやいや、分かってきたけど、攻略できるかもって希望を持たせるだけで、攻略できるように誘導するわけじゃないんだろ?」
「あははは。全くその通りね」
ますます酷くない?
ん? 『念話』って言ったよね。
多分ルール違反というか、別な言い方だと「脱法」なアイディアを思いついてしまう。思いついたら、やってみるよね。
「君に『ウルド』という名前を付けるよ」
「あら。いいわよ」
「ホットライン。ウルド」
(もしもし。あなたの心に直接語りかけています)
(うわあ、念話で話しかけられるのは、あたし、初めてよ)
よっしゃあ。これできっと召喚もできる。
「ウルドはこうやっておしゃべりする以外に何ができるの?」
「誰かの格好を真似したりするくらいかしら。それはでも、ダンジョンの『試練』で呼び出された時だけね。物理的な実体のあたしは、多分だけどどこかの培養液の中にぷかぷか浮かんでるだけよ」
「え? 人間みたいな身体で、どこかで暮らしているわけじゃないの?」
「ホムンクルスにも色々あるみたいだけど、あたしはどうやらそういう存在らしいわね」
「じゃあ、物理的に召喚したりしたらどうなる?」
「培養液の外に出たら死んじゃうかしらね」
「ありゃりゃ」
「やってみたら分かるんじゃない?」
死んだら元も子もないのでやらないよ。
「この指輪を俺に渡しちゃったら、ウルドはもうずっと暇ってこと?」
「そうね。でも、生まれてからかなり時間が経つけど、大半は
「え? ダンジョンのモンスターってホムンクルスが操ってるの?」
「さっきのダゴンみたいに特別な生物種のやつは違うけど、そうね、鎧武者とか泣き女とかの役はよくやるわよ」
……テーマパークの中の人?
「ウルドは女の子なの?」
「この試練の設定では秘宝を守る美少女ってことになってるけど、ホムンクルスとしてのあたしは人間みたいな女の子じゃないわよ」
「なるほど。俺の名前はデレクって言うんだけど、時々呼び出して話をしたり、相談したりしてもいいかな?」
「もう無職というか定職はなくなったってわけだし、いいわよ」
「そういう時って、何か報酬みたいなものはいる?」
「別に。もらっても困るし」
「何もないのも悪いので、あとで相談しようか」
「あのねえ、アイテムの説明をしたいんだけど」
「あ。ごめん」
「世界に1つだけのアイテムだから、心して聞いて欲しいわね」
「はい」
「この『真実の指輪』をはめて魔法を詠唱すると、失われた鍵、過去にあった本当のこと、解決に至る道筋を知るためのヒントを得ることができるのね」
「すごいじゃん!」
「でもね、気を付けて欲しいのは、失われたモノや知識そのものが得られるわけじゃない、ってことね。あくまでもヒント。それから、他人の思っていることやザ・システムの権限が必要な事項にはアクセスできないわよ」
「でも、何もないより、はるかに素晴らしいよ」
「魔法レベル4以上が必要で、使用にあたってはかなり体力が奪われることがあるので要注意。詠唱は『痕跡は未だ世界にある。○○の痕跡に導け』ですよ」
そう言って、俺の手をとって指輪をはめてくれる。
ウルドの手は思ったよりも温かかった。
その途端に、また風景がボワッと歪んで、元のダンジョンに立っている自分を見出す。
「あれ?」
「あ、デレク、おかえり」とセーラ。
指には『真実の指輪』がはまっているが、びしょ濡れだったはずの衣服には全く変わりなく、もとのままである。
「うーん、なんか凄かったな……」
しかし、予想以上の収穫があった。
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