コカトリス
コカトリスは怒って、今の魔法を放ったセーラの方へ突進する体勢。まずい!
その時。背後に回ったマーカスが、尻尾の中程を狙って「破魔の戦斧」を叩き込んだ。これはナイスタイミング。
「クワーー! クワーー!」
尻尾を切り落とすまでには至らなかったが、明らかに尻尾の動きが悪くなった。
セーラに狙いを付けていたコカトリスがマーカスの方を向き、何かの液体を、まるで水鉄砲のように吐きかける。
「うわ!」
毒液か?
「ウォーター・ジェットポンプ!」
シャーリーがレベル3の水魔法でマーカスに水を浴びせかけると、マーカスは壁際まで押し流されてしまう。
アンソニーがみんなに指示。
「セーラはさっきのファイア・ウォールをもう1回頼む。あのファイア・ウォールの攻撃に耐えている間、コカトリスの足は止まっているから、その間に攻撃を集中させよう」
「了解!」
セーラは「魔力の指輪」を拾っているから、何度でも魔法を使えるはずだ。
「ファイア・ウォール!」
再び、オレンジ色の炎の円盤が、コカトリスの左右両側に出現する。
「それっ!」
アンソニーの観察の通り、コカトリスは炎の熱に耐えているかのように、動きが止まっている。
その瞬間を狙って、俺とアンソニーで右足、オーレリーが左足に攻撃を加える。オーレリーの「斬魔の剣」の威力は凄まじく、たちまち左足を切り落としてしまう。右足にも多きなダメージ。
コカトリスはその場に倒れてしまうが、尻尾はまだ健在だ。
そこに、水浸しのマーカスが駆け寄って、尻尾のさっきと同じ位置に「破魔の戦斧」を叩き込んだ。
だが、コカトリスの頭がセーラとカメリアの方を向いた。これはまずい。
「ジェル・ボール!」
コカトリスの頭部をジェルで覆うことに成功! コカトリスは毒液を吐けなくなって、なんだかのたうち回っている。自分の毒にあたったのか?
マーカスがもう1発、「破魔の戦斧」で攻撃すると尻尾が切り落とされた。本体から切り離された尻尾は、メチャクチャに暴れまわって、むしろ危ない。
気づくと、フレッドが懸命にコカトリスの頭部に近寄って来る。
「フレッド、大丈夫か?」
「最後は任せろ!」
フレッドはそういうと、呼吸ができずにジタバタしているコカトリスの頭に、思い切り剣を突き立てる。
すると、さしものコカトリスも、2、3回大きな羽をバタバタさせてから、黒い霧になって消えていった。
「やったな!」
「おお。これは難敵だったなあ」
セーラがアンソニーを褒める。
「アンソニーがコカトリスの動きに気づいたから、効果的な攻撃ができたわね」
するとアンソニーも照れながら言う。
「いや、あのレベルの魔法がないと倒せない相手ということだよ」
「全員が『破魔の戦斧』を持っていたとしたら魔法なしで行けたかな?」とマーカス。
するとシャーリーが言う。
「それで倒せたとしても、何人かはきっと毒液まみれよ」
「ああ。水浸しになっちゃったけど、ありがとう、シャーリー」
「どういたしまして。合法的にマーカスに放水できる滅多にないチャンスだったわ」
「あははは」
ドロップアイテムがいくつかある。
まず「破撃の
「これはもう、フレッドにあげない?」とカメリア。
「そうか? じゃあ、有り難く」
少しダメージが残っていそうだが、嬉しそうなフレッド。
「光輝の槍」。モンスターなどに高い攻撃力がある槍で、通常の刃物で切ることができない硬い表皮や盾も貫く、と説明が出た。これはレアアイテムでは?
「これは、攻撃の糸口を教えてくれたアンソニーにどうだろう」
「そうだね」
「ありがとう。槍ってあまり使ったことがないけど、攻撃力が高そうだな」
セーラは魔法スクロールを取り上げた。
「なんか『倍返し』って表示が出てたんだけど」
「ああ。ラヴレース家の盗難品にあった『倍返しの指輪』と同じ効果があると思う」
「ダンジョンから出ても効果あるかな?」
「多分」
「じゃあ使わないで取っておこうっと」
あとは「ヒール」の魔法スクロールと、金貨が8枚。それから、内容が不明な魔法スクロールが2つ。
「魔法スクロール、誰が詠唱する?」とセーラ。
もう詠唱することに決まってるのかよ。
厳正なるくじ引きの結果、俺とシャーリーが大役を務めることに。ううむ。
まず、俺から。
「しょうがないなあ。……正義と利益と安定の御使いたる……お示しあれ」
何も起きない。
「また後で何か起きるんじゃない?」とセーラ。
「じゃあ、この後のお楽しみかな?」とロバの耳のままのマーカス。
次にシャーリー。
「行きます。……博愛と平穏と勝利の御使いたる……お示しあれ」
一瞬の沈黙の後。
「え! ウッソお!」とシャーリーが叫ぶ。
「どうしたのよ」とカメリア。
「うん、頭の中に魔法の名前が出てきてね。『恋の花咲くこともある』っていうんだけど、意中の異性と自分の仲を取り持とうとしてくれる、善意の仲介者が現れる、って言うのよお!」
「へー。それは凄いじゃない」
「でも、仲介者が現れるだけよね?」と冷静なセーラ。
「それって、意中の相手が誰かいるってわけよね? ね?」とカメリアが追求する。
楽しそうで何より。
で、さっきの俺の詠唱も、実は頭の中にメッセージはあったんだけどね。……秘密だ。
さて、休憩もとったし、指輪の効果も確認できた。
「このあとはどうする?」とアンソニー。
「予想以上にうまく行ってるし、ダンジョンに入ってから、まだ1時間と少しくらいじゃないかしらね?」とシャーリー。
「いや、そろそろ2時間だ」と「時刻の腕輪」を持っているフレッド。
「ここまでは観光客でも来れるらしいから、第3階層に行ってみようよ」とセーラ。
「そうだな。せっかくだし、まだ体力もある。強力な武器もゲットできたから、使ってみたいという気もする」とアンソニー。
「ヒール」のスクロールで全員の体力を回復する。
「行くか!」
ボス部屋の奥にあった石の扉を押し開け、下に続く石の階段を下って行く。
第3階層に到着。
石の扉を押し開けて、
「あら。耳が元にもどってるわ」とカメリアがマーカスの耳を指差す。
「残念ねえ、似合ってたのに」とシャーリー。
「勘弁してくれよ」
従姉妹にイジられっぱなしのマーカス。
通路を10メートルも進むと、会議室ほどの小さな部屋があり、向かいの壁には2つの扉が開いている。扉の向こうはさらに小さな部屋。
「さて、これはどっちに進むのがいいの?」とセーラ。
パンフレットを片手に、マーカスが説明する。
「この先、いくつか枝分かれがあるが、どちらに行くと何があると決まっているわけじゃないようだ。ただ、枝分かれの扉の向こうの部屋には最大4人程度しか入れないそうで、入口を閉じないと向こう側の扉が開かない」
「つまりどういうこと?」とオーレリー。
「つまり、ここで2つのグループに分かれて進む必要があるってことらしい」
「そうなると、どっちかが
マーカスがパンフレットを読んで説明してくれる。
「
「開かない時は、まだ戦っているメンバーがいるから待たないといけないのね?」
つまり、バリア同期ってやつだ。
「じゃあ、グループはどうする?」とアンソニー。
「男女から2人ずつ選んで右側に割り当てて、残りは左でどうかしらね?」とシャーリー。
「それでいいわ」とカメリア。
厳正なるコイントスの結果、枝分かれの右側には俺とフレッド、カメリアとオーレリー。左側はアンソニー、マーカス、シャーリーにセーラだ。
「フレッドとデレク、カメリアをよろしくな」とアンソニー。
「ふふふ。淋しいだろうが心配するな。それより、自分が先に死ぬなよ」とフレッドが軽口を叩く。
それぞれのグループが別々の部屋に入り、入口を閉めると反対側の扉が開いた。
そこには、貴族邸のような豪奢な、しかし古びた感じの広間があった。
「もしもし?」
イヤーカフでセーラに呼びかけてみるが、どうやら通じない。カメリアも、アンソニーに『耳飾り』の通信が届かない様子。
広間のスペースはかなり広く、天井も高いようだ。壁にほんの1つ、燭台の明かりがあるだけで薄暗く、何かがいるらしいが良く分からない。
「
天井付近に、蛍光灯かLEDのような明るい照明が出現。
「ほう。便利な魔法を持ってるな」とオーレリーが感心する。
「『ライト・キャンドル』の上位魔法だ」
「え? 知りませんよ」とカメリア。そう、光系統の魔法だからね。
「あ。天井に何かいるぞ」とフレッドが気づく。
「大きな……イモリ?」とオーレリー。
イモリの体表が黒いので、正確に何匹いるかよく分からない。
何匹かがするするっと音もなく壁を這い下りて近寄ってくる。
次の瞬間、1匹が火を吐いた。フレッドに直撃。
「うわっ」とあわてて火を手で払っている。
幸い、甲冑を着ていたので実害はないようだ。
イモリというより火トカゲってやつか? もしかしてこれがサラマンダーなのか?
数が多い上に音もなく天井や壁を素早く移動してくる。
「こりゃ厄介だな。多分、ファイア・バレットは効かないだろう」とフレッド。
「じゃあ、打撃や斬撃ってこと?」とカメリアが応じる。
「それ以上の火力ならどうだ? ファイア・サーペント!」
そう言うと、オーレリーは太さ50センチはあろうかという大蛇のような炎の帯を出現させ、部屋の壁や天井にいるイモリを掃討しようとする。
「うわあ!」
炎が部屋中の壁や天井をなめ尽くす。熱が我々の頬にも伝わってくる。
無茶しやがって。
「あれ?」
かなり念入りに炎で攻撃したはずだが、イモリは平気な顔をしてそこにいる。
そしてさらに不思議なのは、部屋の壁も、装飾品の絵なども燃えずにそのままということだ。まあ、元がゲームだからな。
「こりゃいかん。本格的に剣で倒さないといけないらしい」
「うわあ……」とフレッドがげんなりしている。
面倒な相手だな、こいつら。
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