試練を我に

 第2階層のボス部屋の前まで来たが、ボス部屋が攻略できるか、第3階層がどうなっているか分からないので、ここで、用意してきた魔法のテストをしたい。


「えっと、済まないんだけど、『耳飾りの試練』という魔法を試してみる人はいないかな」

「何だい、それは」とマーカス。


「『以心伝心の耳飾り』という魔道具があって、これはどんなに遠く離れていても互いに話ができるというものなんだけど、これをゲットするにはダンジョン内での試練をクリアしないとダメなんだ」

「その試練って何?」とシャーリー。

「どうやら普通は、将来を誓ったカップルが2人だけでモンスターを倒すなどの課題に挑むらしい」

「ほう」とアンソニーも興味があるらしい。

「で、男女に限らず、誰でもいいから2人でその課題に挑戦できる魔法が、この『耳飾りの試練』だ」


「それは興味深いが、男2人で挑戦したら、その相手とずっとどこでもお話ができると、そういうこと?」とフレッド。

「そういうことだな」

「男といつでも話ができてもなあ」

 まあ、そうかな。


「俺は興味があるけど、カメリアはどうかな?」とアンソニー。

 カメリアも同意。

「面白そうね、いいわよ」


 作った指輪をアンソニーに渡す。

「『試練を我に』って詠唱して」

「よし。試練を我に」

 すると、全員の頭に人気声優の氷川陽子さんのクールな声が響く。

「この試練を共に受けるのは誰ですか?」

「はい!」

 カメリアが右手を元気よく上げて返事をすると、途端に2人の姿はこつ然と消える。


「あ!」「消えた!」


 そしてものの数分で、再び2人は姿を現す。


 アンソニーもカメリアも、何かをやり遂げた満足げな表情である。

 そして、2人の足元に耳飾りが出現する。


「成功か?」


「ああ。急にこことは違う、石造りの部屋に移動したと思ったら、クマの姿をしたモンスターが現れてね。でも、2人で協力して、倒すことができたよ」

「よかったじゃない!」とセーラ。

「時間はどのくらいかかった?」

「少々手こずったから、5分以上かかったか?」

 アンソニーが言うとカメリアもうなずいている。

「さっき、ジャイアント・バットと戦った時に治癒薬の小瓶を拾っていたのが役に立ったわ。すごく力が強い相手でね、結構あちこちを殴られて傷ができちゃったのよ」

 甲冑なしだったら傷程度では済まなかったかもしれないな。


 さっそく、数メートル離れた所で会話ができるかを確認している。

「すごいな、声が聞こえる」

「これは楽しいわね。ありがとう、デレク」

「いや、試練に打ち勝った2人へのご褒美でしょう」

 俺としては、新しい魔法のテストが成功して大満足である。


 その様子を羨ましそうに見ていたマーカスが言う。

「別に誰かとお話はできなくていいから、そんな感じの試練で何かゲットできるのは他にないの?」


「えっと、1人用の試練ってのもあるんだけど、これはどんな試練で何が出るのか分かってないんだよ」

「そうは言っても、ダンジョンの戦闘だろうから、死んだりはしないだろ?」

「ま、多分」

「よし。俺もやってみたい」

「本当にいいの?」

「いいよ。何事も経験だ」

 そうまで言うなら。……っていうか、テストしてもらえるのは有り難い。


 相変わらず耳がロバのままのマーカスに指輪を渡す。

「試練を我に!」

 詠唱とともにマーカスは消えてしまう。


「ふむ。不思議なものだなあ」とフレッド。


 今度も、数分でマーカスが再び現れるが、なんだか疲れ切っている。

 そして、足元に頑強そうな両手斧が現れる。


「どうだった?」

「うー。……でっかい黒いクモが襲ってきてなあ」

「ダンジョンスパイダーか! それは難敵だっただろう?」

「素早いし、暗がりに消えるし、糸を使って空中を飛び回るし」

「あいつは浅い階層の最悪モンスターのひとつなんだが、1人でよく倒せたな」

「うん。結果的にだけど、ロバの耳で聴覚が鋭かったのが幸いしたかな」

 結果オーライ。


 戦斧を拾い上げてしげしげと眺めるマーカス。


「それは?」

「『破魔の戦斧せんぷ』だそうだ。モンスターなどに高い攻撃力を示すと同時に、相手の魔法攻撃を阻害する能力がある、と説明が出た」

「それはレアなアイテムだ! すごいぞ!」

「そうなの?」

「さっきオーレリーがゲットした『斬魔の剣』も攻撃力は凄いが、こっちの戦斧の魔法攻撃を阻害する能力っていうのは俺も聞いたことがないよ。まさに家宝レベルだ」


「あたしが名前を付けてやろうか?」とオーレリー。

「え、えっと。また今度で……」

「お姉さんの申し出を断る必要はないぞ。これはな、オニワリ丸だ」

「はあ」


 いい名前がついて良かったな、マーカス。


 マーカスが結構ヘタっているのを見て、セーラが言う。

「ねえ、どうせマーカスにはちょっと休息が必要そうだし、あたしもその『試練』をやってみたいんだけど」

「え? セーラはもうアイテムとかいらなくない?」

 例のダガーズの指輪を持ち、魔法レベル3のセーラは、それ以上に役立つアイテムを手に入れられそうにはない。


「えー、いいじゃん」

 するとオーレリーが余計なことを言う。

「ほほう。これが尻に敷かれているというやつか」

「あはははは」とフレッドとシャーリーが大笑い。


 しょうがないなあ。

 指輪をセーラに渡す。


「試練を我に!」

 詠唱とともにセーラは消えてしまう。


 しばらくかかるかと思っていたら、なんとすぐ戻ってきた。

 足元に腕輪。


「あれ? 超絶早くないか?」

「うん、気づいたら薄暗い部屋でね、トカゲ人間みたいなやつ……」

「リザードマンか! 俺も見たことないんだけど」

「うん、それが3匹いて、ナイフで襲ってきたんだけど、ファイア・バレットで速攻倒した」

 きっとファイア・バレットじゃなくてフレーム・スピアを使ったんだろう。


「で、この魔道具は何?」

「えっとね、『サラマンダー召喚サモン・サラマンダーの腕輪』だそうよ」


「えええ?」


「そんなに驚くようなものなのかしら?」

「説明には何と?」

「火炎に潜むサラマンダー1体を呼び起こし、命令に従って動作させる、だそうよ」

「サラマンダー、どこにいるって?」

「さあ?」

「使ってみる?」


「よし。やってみよう。……サラマンダー召喚サモン・サラマンダー!」


 何も起こらない。


「あれ?」

「何も起きないね」とカメリア。

「サラマンダーって、火トカゲって呼ばれてるヤツでしょ? 呼び出して使役できたらなんか楽しそうなんだけど。どうして召喚できないのかしら?」


「推測だけど、可能性としては2つ。まず1つは、この魔道具がダンジョン内では使えないものである、ということ。もう1つの可能性は、サラマンダーは別の方法で用意しておかなければならないのかもしれないということ」

「ふむ」

「この魔道具は、前にロックリッジ家にあったゴーレムを召喚する魔道具と同じ系列じゃないかと思うんだ。そうなら、ゴーレムと同じように、サラマンダーは別の方法で用意しておいて、それをこの魔法で呼び出すということになりそうだ」


 シャーリーが質問。

「別の方法って?」

「それこそが、錬金術だろうなあ」

「へえ」


 そうこうしているうちにマーカスも回復したらしい。


 ボス部屋に挑戦だ。


「ボス部屋のモンスターはコカトリスだ」とマーカス。

「え。見られるだけで石になっちゃうやつ?」とシャーリー。

「実際は石になったりはしないようだよ。ただ、口から毒液を吐くのと、尻尾が蛇になってるので、それが動き回って厄介だそうだ」


「毒にはどう対処するの?」

「まずは、毒液が目に入らないように用心すること。それと、かけられて放置すると皮膚がただれるから、水で洗い流すこと、とパンフレットには書いてある。だからシャーリーに頑張ってもらわないと」

 パンフレットにはなんでも書いてあるなあ。「○○の歩き方」みたいだな。


 ボス部屋の入口は、天然の洞窟のような中に唐突にそびえる大きな石の門。かなりの違和感だ。

 俺とフレッドで重い石の扉を押して開ける。


 部屋の中に明かりが灯ると、そこは20メートル四方くらいの部屋。天井は暗くなっていて見えないが、かなり高そうだ。

 入口の扉がドカンという大音響と共に閉まると、部屋の隅に黒い霧が集まり、やがて巨大なニワトリのような鳥になる。全体の羽の色は茶色と黒のまだら模様。尾に当たる部分からはウロコのある蛇の胴体になっている。脚からトサカまで4〜5メートル。尻尾はかなり長く、もしかしたら10メートル近くあるかもしれない。足はニワトリというより、ワシのように凶暴なツメが生えている。


「あたし、ニワトリの三白眼が苦手なのよね」とセーラがつぶやく。うん、俺もそう思う。


 その声が聞こえたのかどうか知らないが、コカトリスは耳をつんざくほどのでかい声で鳴く。


「クワーーーー、グワッグワッグワッグワッ。クワーーーー、グワッグワッグワッグワッ」


 聞きようによっては「コケコッコー」に似ている、かもしれない。などとぼんやり思っていたら、いきなりこっちへ突進してきた。結構速い。


 巨大な足で我々に掴みかかろうとする。

 すんでのところで避けると、今度はクチバシで突こうとしてくる。しかも羽があるので、急に止まったり、バックしたり、飛び上がったりも自由自在。


 フレッドが果敢に側面に回り込んで、長剣を振り回して足を狙う。

 だが、足が動く方が一瞬早く、フレッドは後方へ蹴り飛ばされてしまう。 床にうずくまるフレッド。さらにそこに、大蛇のような尻尾が襲う。今度は尻尾で弾き飛ばされて壁に激突。

 うわあ。甲冑を着用しているとはいえ、これはダメージがあるだろうなあ。


 シャーリーが少し体勢を整えて、魔法で狙い撃つ。

「ウォーター・カッター!」

 レベル3の斬撃魔法だ。しかし、命中しているはずだがコカトリスには何の変化もない。


「え? 効かないってこと?」


 セーラが少し離れた部屋の隅に移動して、魔法の用意。

「ファイア・ウォール!」


 たちまち、直径3メートルほどの、オレンジ色に光り輝く炎の円盤が、コカトリスの左右両側に出現する。円盤はすぐさま、コカトリスを挟み込むように近づく。

「お! やったか?」


 炎の円盤は確かにコカトリスを左右から挟んだのだが。

 円盤は3秒ほどで消失し、コカトリスはまだピンピンしている。


「えええ! あれが効かないの?」


 ちょっと待て。コカトリス、強すぎないか?

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