目が真っ赤

 第1階層のボス部屋の前まで来た。大きな石造りの扉がそびえるように目の前に立ち塞がっている。

「ボス部屋にはマッドカウというウシのモンスターが2頭出るらしい」とアンソニー。

「俺は知らないヤツだが、どんな攻撃をしてくるんだ?」

「基本的には突進してきてツノで突いてくるだけらしい」とマーカス。

 アンソニーが補足してくれる。

「剣や打撃や、とにかくダメージを与え続けないと倒せないらしい。最初に足にダメージを与えるのがセオリーらしい」

 なるほど。


 2頭いるということで、俺とセーラ、フレッド、オーレリーで1チーム、アンソニーとカメリア、マーカスとシャーリーでもう1チーム。

 マッドカウが真っ直ぐ突っ込んでくるのを煽る、いわゆるヘイトを集める役と、側面と背後から攻撃する役を臨機応変に切り替えつつ攻撃するという作戦である。


「じゃあ行くか」


 アンソニーとフレッドで石の扉をゆっくり押し開ける。それと同時にすぐに壁の篝火かがりびに火がともった。

 直径50メートルくらいのただっぴろい円形の部屋で、天井は暗くて確認できない。正面と左右にやはり石の扉がある。

 中に入ると入口の扉がゆっくり閉まっていき、ドスンという重々しい音と共に完全に閉じる。すると、左右の扉が開き、そこから黒い巨大なウシが姿を現した。

 ウシというより、外見はバイソンの方が近い。大きさは普通のウシの通常の2倍以上はあるだろうか。背中の筋肉が盛り上がっており、鋭く巨大な2本のツノ。そして、何より特徴的なのは目が真っ赤に光っていることである。


 こちらに目を向けると、猛然と走り出した。

「うわっ! 速っ!」

 想像してたのより2倍くらい速い。誰がヘイト役ということもなく、とりあえず最初の突進を避けるので精一杯。赤く光る目が、暗闇に光る猛獣の目のようで怖い。


「あたしが引き付ける!」とオーレリー。

「よし、頼む!」


 オーレリーは「オニギリ丸」を正面に構えると、ウシが突進してくるのを待ち構える。

「危ない! オーレリー!」

 セーラが叫ぶのと同時に、オーレリーの身が翻る。


 一瞬、何が起きたのか分からないが、次の瞬間、ゆっくりと胴体から落ちていくウシの首。吹き出す血潮。足がガクッと力なく折れ曲がり、胴体が床にドスンと落ちる。そしてウシは黒い霧となって光って消えていった。


「すごい! すごいな、オーレリー!」

 3人でオーレリーに駆け寄る。

 オーレリーは澄ました顔で言う。

「オニギリ丸の切れ味が凄かっただけだよ」

「いやあ、あの一瞬の居合い切りは誰にでもできるもんじゃない」

「そっか? 普通だよ」

 フレッドが頭を振りながら言う。

「全然普通じゃないよ。あんな芸当ができるヤツは、騎士隊にもいるかどうか分からんぞ」


 凄いのは魔法だけじゃなかった。底知れないな、オーレリー。


 アンソニーのグループの方は、さっきゲットした「ホワイトアウトの指輪」を使ってウシの視覚を奪い、足を中心に攻撃して倒したという。実に、正攻法だな。


 ウシが消えた後には、小さな革袋に金貨が5枚詰まっていた。

「これは文句なく、オーレリーのものだな」

「いいのか?」

 誰も異論などない。

「そっか。じゃあ、ニーファたちにたくさんおやつを買ってあげようかな」


 もう1頭のウシは、金貨4枚と見たことのない模様のバンダナ。「聞き耳のバンダナ」だ。少し離れた話し声でも聞き取れるアイテムで、布の部分が劣化してしまったものがラヴレースの収蔵品にあった。

 これはとどめを刺したシャーリーに。

「ふふふ。これはヤバいわね。王宮の怪しい会話も筒抜けってわけね」


 結局、第1階層をクリアするのに30分くらいしかかかっていないので、体力には十分な余裕がある。やはり魔法士が何人もいると楽だな。


 少し休憩して、ボス部屋正面の扉を押し開ける。下へ続く階段が現れた。

 再び石段をくねくねと下って第2階層に到着。

 待合室のような石造りの部屋になっていて、ここにもトイレが付いている。


 石造りの扉を開けると、フロアの明かりがともる。今度は洞窟の中を石畳の通路が続くような作りになっている。通路は微妙にカーブしながら前方に長く続いているようで、所々広い所もあれば天井が低い所、大きな岩が視界を遮っている所など様々である。

 第1階層が単調な石の廊下だったのに比べると難易度は上がっている。


 だが、出現したモンスターは、まず最初にジャイアント・バット、つまりデカい吸血コウモリ。それほどの苦労もなく倒すことができたが、一方、ドロップアイテムにはたいしたものがない。


 マーカスがスクロールを拾っている。これは仕返しのチャンス。

「もちろん、詠唱するよね?」

「あー、はいはい。では。均衡と霊妙と叡智の御使いたる……お示しあれ」


 すると、マーカスの耳がピョコッと大きくなる。

「ぶわっはははは」とシャーリーが爆笑。

「まるでロバの耳だなあ」

 マーカス本人は見えないので比較的淡々としている。

「詠唱したら、目の前に効果が表示されたんだけど、『お前様の耳はロバの耳』という魔法だそうで、聴覚が鋭くなるらしいが、このフロアから出るまではずっとこのままらしい」

「一生そうじゃなくて良かったな」とフレッドが可笑しくてたまらない様子。


 その後は、またゴブリン、それに甲冑を着た武者と骸骨の混成部隊。

 これも比較的容易に倒すことができた。


「段々慣れてきたな」とマーカス。

「出現したモンスターが比較的倒しやすいものだったのもラッキーね」とセーラ。

 シャーリーも余裕の表情で言う。

「これは第2階層もクリアできそうね」


 そう言い合いながら先に進むと、ロバの耳のマーカスが何かに気づいた。

「何か硬いものが擦れ合うような音が聞こえてくるぞ」


 全員で用心しながら進むと、暗い岩の陰から這い出して来たのは、……カニだ!


「ダンジョンクラブだ!」とアンソニー。


 カニの種類には詳しくないが、イシガニかガザミの大きいようなヤツで、甲羅だけで幅50〜80センチくらいある。かなり大きくて硬そうなハサミを振りかざして、5、6匹がガサガサいいながら、めちゃくちゃ素早く襲ってくる。


 アンソニーが剣で斬りかかるが、カニはハサミを振り回して剣を防いでしまう。

 セーラがファイア・バレット、シャーリーがウォーター・カッターを放ってみるが、硬い甲羅で覆われたカニには効いていない。


「どうすんだこれ?」とフレッド。

「脚の関節を狙って攻撃する、って書いてあったけどな」とアンソニーが答えるが、なかなかそんなうまい具合に攻撃は通らない。


 カメリアがカニに近づいて、脚に直接斬りかかろうとした瞬間、カニはでかいハサミをブンッと振り回す。カメリアは足をすくわれてひっくり返ってしまうと、そこに別のカニが左のハサミを振りかざして襲いかかる。

 危ない!


 俺がフレーム・スピアを放つのと、オーレリーが特大のストーン・バレットを放つのがほぼ一緒。フレーム・スピアのレーザー光線がカニのハサミの根本に命中し、ストーン・バレットがハサミに当たって、ハサミがちぎれて飛ぶ。

 フレーム・スピアの炎のせいで、オーレリーがストーン・バレットを放ったのは、他のメンバーには見えていないだろう。結果、俺の「ファイア・バレット」がなぜかカニのハサミを切り飛ばしたように見える。


 そこへカメリアを救おうとアンソニーが飛び込んで、ハサミを失ったカニの左側から剣を何度か突き立てる。どうやらそれが致命傷となったのか、ようやくカニは霧となって消え失せた。


「剣の攻撃をハサミで受け止める時、一瞬動きが止まるぞ!」とマーカス。

「じゃあ、そのタイミングでファイア・バレットで目玉を攻撃するわ!」とセーラ。


 剣で斬りかかる係と、隙をみて目玉を攻撃する係に分かれて、陣形を立て直す。

 さすがに目玉を焼かれてしまうとカニの防御はメチャクチャで、1匹、また1匹と、倒すことができた。


「かなり難敵だったな」とフレッド。

「あと1、2匹多くいたら危なかったわよ」とシャーリー。


 カニに足を攻撃されたカメリアは、少し打撲傷を負ったようだ。

 セーラが瓶から数滴をカメリアの傷に振りかけると、ポワッと魔法陣が現れる。

「あら! 痛くなくなったわ!」

「すごいな! 傷跡もないぞ」とアンソニーもほっとした様子。


 一方、土系統の魔法を温存しているオーレリーは比較的呑気である。

「いやあ、連携がうまくいって良かった。この調子ならまだまだ行けるな」


 今回は、最後にとどめを刺した剣担当にドロップアイテムがあった。


 アンソニーには「爆滅弾」のスクロール。魔法レベル4程度の強力な爆破攻撃を1回だけ発動できる。

「使い所が難しいし、レベル4相当ってどのくらいか分からないよな」とアンソニー。

 多分だが、これは光系統魔法「エンジェル・ハンマー」の規模限定版じゃないかな?


 マーカスは「勤勉の指輪」である。眠くなると起こしてくれる例のやつ。

「おお。これはいいぞ」

「ダンジョンから出ても使えるはずだよ」

「色々と役立ちそうだ」


 フレッドは「時刻の腕輪」。

「うん、これは便利だ。今が何時かすぐ分かる」


 まだロバの耳のままのマーカスが言う。

「ところでフレッド、さっきのゴブリン戦で何かのスクロールを拾ってなかったか?」

「え。バレた?」

「もちろん詠唱するよね?」

「しょうがないな。……いくぞ。光輝と収穫と歓喜の御使いたる……お示しあれ」


 すると、周囲が少し暗くなり、フロアの一角だけが明るくなる。

「お? 何だ?」

 全員で注目していると数人の女の子が優美に舞いながら出現する。女の子たちは肌もあらわなセクシーな衣装を身にまとい、クルクルっと回りながら踊りだす。

「フレッド・ソールズベリーさんの格別な勝利を祝い、歌い、踊ります」


 ああ、素晴らしき勝利。フフフー、ルルルー。

 誰もが感嘆の声を上げるでしょう、フレッド。

 鍛えられた肉体、研ぎ澄まされた技、そして爽やかな笑顔。

 あなたを一目見たならば、地獄の将も怖気づくでしょう、フレッド。

 あなたの声を聞いたなら、どんな乙女も頬を染めるでしょう、アアーン。

 明日の勝利もあなたのために。

 ああ、フレッド。フフフー、ルルルー。(繰り返し)


 一連の華麗な踊りと、歯の浮くような大仰な歌を透き通るような声で歌い終わると、踊り子たちは再び闇に消えていく。

 歌詞はともかく、踊りと歌は素晴らしい。ブラボー。


「うわあ! 恥ずかしい……」と顔を真赤にしているフレッド。

 セーラが言う。

「今の踊り子、なんかケイに似てなかった?」

「あ、そう言われれば。確かにな」

 アンソニーも言う。

「えっと、フローラに似てる子もいたな」

「ふむ。これはどういう仕組みの魔法なのかな?」とシャーリーがニヤニヤしている。


 これはきっと「勝利の舞」というネタ魔法だが……。踊り子、ねえ。

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