ホーンラビット

 さて、ドロップアイテムである。


 セーラは治癒魔法で使う薬の小瓶をゲット。カメリアは「妖精の明かり」。俺とオーレリーは魔法スクロール。


 オーレリーが俺に尋ねる。

「『もっと頑張れる』って何だ?」

「説明があっただろう? 疲れた時に詠唱すると体力が戻ると思う」

「なるほど」


 セーラが俺に尋ねる。

「デレクのは何?」

「うーん。どうもねえ、ネタ魔法なんだけど……」

 とたんに嬉しそうなセーラ。

「うわぁ、それは是非詠唱してもらわないと! ね!」

「えー?」

 ちらっと周囲をみると、全員の期待に満ちた眼差し。


 ネタ魔法をせっせと考えたのは俺というか、優馬なんだが、どうやらそれ以外にも他のスタッフが面白がって追加したものがある。例えば「涙を拭けよ」というネタ魔法がある。「異性に一目惚れするが、その異性とはうまく行かない」という効果があるらしいが、俺は作った記憶がない。

 どんなのを引き当てるか分からないので、詠唱するのは勇気というより思い切りが必要だ。


「じゃ、行きますよ。変なことになってもよろしくお願いしますね。……寛容と信頼と輝きの御使いたる呪文の精霊バーヌムに……お示しあれ」


 すると、その途端に全員が大爆笑。

「あははははは!」

「おいおい、しっかりしろよ、デレク!」


 は? 俺は何が起きたのか分からずにキョロキョロするばかり。


 セーラが笑いながら言う。

「デレクだけ、ロバになってる!」


 あ! 『俺が草食獣ロバ』か。


 おなじみの『気分は草食獣』は周囲のメンバー全員がロバに見えるのだが、これはその逆パターン。詠唱した本人だけがロバに見える魔法だ。


「うふふ。デレク、似合ってるよ」

「……ウワアアアン。ヒドイイイイ」と泣き真似をしてみる。

 ひとしきり笑ったら、元に戻った。

「まあ、実害があるようなネタ魔法じゃなくて良かったかなあ」

「いやあ、楽しいなあ、ダンジョン」とご機嫌なオーレリー。


 さて、薄暗い廊下を先に進んでみよう。


 十数メートルほど進んだ所で、柱の陰から小さいシルエットが覗いている。どうやらゴブリンである。

「ゴブリン、だねえ」とシャーリー。

「うは! 初めて見たよ」とマーカス。

「こいつらは、剣でも魔法でも、ダメージを与えたら倒せる」


 棍棒やナイフを持った十体以上のゴブリンが、柱の陰から一斉に飛び出してきた。


「よし、さっきの汚名返上だ!」と、張り切って長剣で斬りかかるマーカス。

 アンソニーも見事な剣さばきで、あっという間に1体、2体と切り捨てている。倒されたゴブリンは黒い霧のようになり、それが薄く光りながら消えてしまう。


 他のメンバーも、それぞれに剣で応戦。俺は長剣で身を守りながらフレーム・スピアで次々に片付ける。

 フレッドはゴブリンが振り下ろした棍棒を左の手甲で受け止めると、右手でゴブリンの顔面を殴り飛ばしている。ゴブリンは床に叩きつけられて、1、2回、転がりながら霧のようになって消えてしまう。


 今回も数分ですべてのゴブリンが片付いた。

「結局、全部で20体くらいいたんじゃないか?」とマーカス。

「身体が小さいせいもあって手応えがないな」とオーレリー。


 今回もそれなりのアイテムが出現した。


 アンソニーが謎の魔法スクロールを拾ったのを、カメリアが覚えていた。

「詠唱するよね?」

「はいはい。……真実と友愛と恩寵の御使いたる呪文の精霊バーヌムに……お示しあれ」


 何も起こらない。あれ?


「何も起きないニャ」とマーカス。

「なにふざけてるんだニャ」とカメリア。

「ふたりとも語尾がおかしいニャ」とシャーリー。


 どうやら事情が分かって、全員、爆笑。これは「ネコの呪い」というネタ魔法だ。


 セーラは「魔力の指輪」。ダンジョン内限定だが、魔法を使っても体力が消耗しない。

「これはいいニャ。魔法をバンバン使い放題ニャ」

 ちょっと怖いニャ。


 オーレリー、カメリアは今回はなし。

「あれ。毎回というわけじゃないのかニャ」


 俺とフレッドは金貨を1枚ずつゲット。

「この金貨って、どこの国が発行したやつなんだニャ?」

「偉そうなヒゲの人物の肖像が刻印されているニャ……誰だニャ?」

 まあ、素材は金だからそれなりの価値があるのは確かだ……ニャ。


 シャーリーは「無限ライター」。便利な小型ライターといったもの。

 アンソニーは「ヒール」の魔法スクロール。詠唱するとパーティー全員の体力、魔力が回復する。


 さて、次に行ってみよう。


 廊下を進んで行くと、少し向こうの柱の陰から小さな白いものがヒョコッと顔を出す。

「あら? ウサギ?」とカメリアがつぶやく。


「ホーンラビットだ。可愛いふりして凶暴なヤツだぞ」とアンソニーが叫ぶ。

 話には聞いていたが、初めて見た。

 普通のウサギよりひとまわり大きいくらいだが、頭から10センチくらいのツノが1本出ている。薄暗い中で目が赤く光って見える。


 柱の陰から次々にヒョコヒョコと出てきて、あっという間に十数匹になった。一斉にこっちにピョンピョンと走って来る。

 と思ったら、5メートルくらいまで近づいたところで、バチッと地面を蹴る音をさせてこちらに向けてミサイルみたいに突っ込んでくる。

 ジャンプというより、カタパルトで発射されているような凶悪さ。しかも頭のツノが危険極まりない。


「うわあ!」「危ねえ!」

 全員、盾で防ぐのに必死。


 ジャンプしてくる個体を剣で薙ぎ払おうとして待ち構えている間にも、背後から側面から、次々に弾けるようにジャンプして飛びかかってくる。

「くそー、ストーン・スウォームが使えれば!」とアンソニー。

 石つぶてを雨あられと打ち出すストーン・スウォームは確かにこういうたくさんいる相手には有効そうだ。ただし、レベル4が必要で、残念ながらアンソニーは使うことができない。


「ぐあっ!」

 剣を必死に振り回していたが、背中に一撃食らってしまう。すげー痛い。


 オーレリーが土系統の魔法を使いたそうにしているが、それはまずいな。

 こうなったらあれだ。


「ジェル・スウォーム!」

 ジェルをストーン・スウォームのように雨あられと打ち出す魔法である。


 全弾命中というわけにはいかなかったが、それでも何匹かのホーンラビットにジェルが粘りついて、明らかに動きが悪くなっている。

 動きが悪くなった個体を着々と剣で倒し、数が少なくなってきたところで、残りはアンソニーのサンド・エッジやシャーリーのウォーター・カッターで個々に狙う。

 少々時間はかかったが、なんとかすべてを倒すことができた。


「うひゃー、疲れた」

 甲冑でブンブンと剣を振るっていたら、それは疲れるだろう。

「デレクの例のベタベタするやつに助けられたな」とマーカス。


 セーラがさっき治癒薬を拾ってたな。

「セーラ、すまんけど治癒薬を塗ってくれないかな」

「ひどくやられてるわね」


 治療薬を背中に塗ってもらうと、魔法陣がぽわっと浮かび出て傷が治ってしまう。

「え! これは不思議ね」

「すごいな、治療薬」

 みんなが感心して見ている。


 さて、ドロップアイテムだが、フレッドに治癒薬の小瓶。


 マーカスには「小さな土の指輪」。土系統のレベル1の魔法が使えるようになる。

「俺も魔法ってやつが使えるようになるのか! 感動だなあ」

「ダンジョンから出ると壊れちゃうけどね」


 カメリアは「ホワイトアウトの指輪」。強力な光を発して相手の目をくらませることができる。以前拾った時は短い棒状のアイテムだったが、指輪バージョンもあるのか。


 オーレリーは「死の予感の指輪」。

「何だそれ?」

 初めて聞く名前の指輪である。

「何かのヴィジョンが見えるらしいんだが……。詠唱がすごいんだ。ちょっとやってみるから見ててくれ」

 そういうとオーレリー、みんなが注目する中、右手をバッと前に突き出して詠唱。


「いでよ! 死の下僕げぼくども!」


 すると、オーレリーの背後に、まるでマンガの意味ありげな背景画のように、大きな鎌を持つ死神っぽい骸骨と棺桶のイメージが見える。気のせいか「ゴゴゴゴゴ」とかいう擬音まで聞こえてきそうな迫力である。


「おお!」「なんですそれ?」「圧倒されるな」


 ほんの数秒でイメージは見えなくなる。

「……で、結局何なんだ?」

「カッコいいだけ、かな」

「くだらねえなー」


 オーレリーは気に入っているみたいだが、中二病を具現化したようなアイテムとしか言いようがない。

 ……ごめん、正直に言うと俺も欲しい。


「あと1回、モンスターを倒せば、ボス部屋のはずだ」とマーカスが勢いづく。

「このまま行けそうかしら」とシャーリー。

「まだ体力はあるし、アンソニーが『ヒール』の魔法を持ってるのが心強いな」


 ちょっとだけ休憩して、またそろそろと薄暗い廊下を進む。


 石柱の陰から黒い霧のようなものが現れたと思ったら、みるみるうちに刀を持った骸骨の集団になって襲ってくる。

「こいつらは、打撃、火に弱いはずだ」とアンソニー。

 結構な数の骸骨が、石畳の上をカシャカシャと足音を立ててやってくる。


 フレッドが力任せに剣を振り回すと、ガシャッと音を立てて崩れ落ちる骸骨。

「案外、力で押せるぞ!」

「フレッドはいいけど、あたしたちは無理!」

 そう言うシャーリーは骸骨と刀で切り結んでいる。


 火の魔法が使える俺、セーラ、カメリアとオーレリーはせっせとファイア・バレットを骸骨にぶつける。うまく命中すると、たちまち霧になって消え失せるのだが、数が多い上にファイア・バレットを防ぐ盾を持った骸骨もいる。


「ええい、面倒だ。ファイア・ウォール!」

 オーレリーがしびれを切らしてレベル3の魔法を繰り出すと、3メートル四方ほどの炎の壁が現れて、そのあたりの骸骨を焼き尽くす。薄暗いフロアが、一瞬、まばゆい光で満たされる。

「うわ! こりゃすげえ」とマーカスが驚いている。


 レベル3になったばかりで、しかも「魔力の指輪」を拾っているセーラはうれしそうに魔法を起動。

「あたしもやってみる! ファイア・ウォール!」

 オレンジに輝く炎の壁が出現し、数秒で残った骸骨をあらかた消し去る。

「うわ! 初めて使ったけど、いいわね、これ」

「通常は体力を消耗するから注意しないと」

「その点、『魔力の指輪』は大助かりね」


 今回のドロップアイテムは、まず、全員に金貨1枚。


 セーラは「ヒール」のスクロール。


 オーレリーは「斬魔の剣」。モンスターなどに高い攻撃力を示す鋭利な剣だ。

「これは良さそうだな。見た目もカッコいい」

「貴族邸の宝物庫にあるくらいだから、貴重だぞ」

「そうか。では、オニギリ丸と名付けよう」

ではいかんのか?」

だ。ここは譲れんな」

 何か悦に入っているが……。よく分からない。

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