ダンジョンは大盛況

 ダンジョンの入口に向かうと、もう行列ができている。

「うわ! かなり人数がいるな」


 座り込んでいるグループあり、中学生男子みたいにじゃれあっているグループあり、とにかく人数で言うと五、六十人、グループ数では10グループくらいかな?


 係員風の人がやってきた。これはいよいよアトラクションである。

「ここの観光協会の者です。えーと、今、最後尾は1時間から1時間半くらい待ちますけど」

「あれ、そんなんで行けるの?」

「ははは。1階層目をクリアするか、全員が脱落リタイアしたら次のグループが中に入れますが、しょっぱなでやられちゃうグループが大半ですから、1グループあたり平均で10分くらいなものですよ」

「へー」

「ちなみに、周辺の環境整備のために、入場料をお願いしてるんですけど……」

 まるっきり観光地だな。


 まあ、雑談でもして待てばいいか。


 他人に聞かれても差し支えないような四方山話をしていると、俺達の前の4人グループの一人に話しかけられる。


「大変失礼ですが、テッサード家の方ではありませんか?」

「は、はあ」


 相手はかなり鍛えた感じの、黒光りするようなマッチョ。この寒いのにタンクトップを着ている。その他の3人はそれぞれバラバラ。騎士風の鎧を着ている人、その辺の倉庫で働いていそうな人、猟師のような格好の人。


「私、プラガ・ポラードという冒険者なのですが、もしやラルフ・ポラードをご存知ありませんか?」

「ラルフ・ポラード……、あ! ダズベリーの冒険者ギルドの支部長の?」

 黒々としたあごひげともみあげ、そしてタンクトップを着用した、ギルド長である。

 男は嬉しそうに言う。

「ええ、実はラルフは私の兄です」

 うは。変な所で意外な人に会う。……しかも、兄弟でタンクトップかよ。


「弟さんですか。ということは兄弟で冒険者なのですか」

「ええ。ダズベリーには時々しか参りませんが、兄は元気でやっておりますでしょうか」

「はい、今年の春ですが、ギルドとは何かという説明を受けて来ました。あ、申し遅れましたが、私、デレク・テッサードと申します」


 4人は昔からの仲間だそうで、年末あたりに集まってはダンジョン攻略に行くのだと言う。忘年会みたいなもの、なのか?

 ちょっと情報を聞いてみよう。

「ここのダンジョンは初めてなんですが、ダズベリーのガリンゾ・ダンジョンとは違いますか?」

「ああ、かなり違いますね。まず、モンスターの種類が違います。第1階層は比較的楽勝なんですけど、その後が段々厄介で。私達も第3階層で脱落リタイアするのが定番のコースですね」

「第3階層のモンスターが強いんですか?」

「ええ、人数を分散させられる仕組みになってて、その先に厄介なヤツが出てくるんですよ。ボス部屋までたどり着けないことが多いですね」


「第6階層まであると聞きましたけど」

「ええ。でも第5階層をクリアした人はいないはずです」

「あれ? じゃあ、どうして階層が6つと分かるんですか?」

「はい、ダンジョンの入口で『表示デスクリプション』と唱えると、そのダンジョンの情報が表示されるんです」

「あ、なーんだ」

 魔道具とか、その他のと一緒か。


 ふと、国境守備隊のことを思い出した。

「お兄さんの支部長さんは、国境守備隊のケニー副隊長などとも親しいようですが……」

 すると、プラガ、昔を思い出すような表情になる。

「ああ、ケニー。ケニーも元気ですか」

「お知り合いでしたか。ええ、まだ第一線で仕事をしていますよ」

 すると、プラガ、意外なことを言いだす。


「私達兄弟とケニーは、昔、傭兵として働いていたことがありまして」

「え! 傭兵……ですか?」

「本人はあまり話したがらないかもしれませんので、私が話をしたとは言わないで下さいね。でも、もう15年ほども前のことです」

「どこの傭兵だったのですか?」

「ミドワード王国です。王位をめぐる内乱が発生して、その時に外国から冒険者などを傭兵として雇い入れたわけです。まあ、若気の至りってやつです」

「そうなんですか」


 あれ? リズの絵の教師をしてくれているフェオドラも内乱の話をしてたなあ。


「本格的な戦争状態には突入しませんでしたけど、あちこちで小競り合いは起きたりしましてね。あの、兄の肩に刀傷がありますでしょう? あれはその時のものです」

「へえー」


 あ。ちょっと聞いてみよう。

「あのー。ケニー副隊長は頬にタトゥーがありますよね」

「ああ、はいはい。あれは、ケニーが伝令役を仰せつかった時の名残です」

「伝令? 何のタトゥーかを本人は話してくれないのですが」

「そうですか。ここで会ったのも何かのご縁かもしれませんのでお話ししましょう。傭兵仲間はみんな知っている話なんで、構わないと思います」

「ありがとうございます」


「ケニーはその時、本当に下っ端でしたから、とにかく俊敏なのを買われて伝令になったようなわけです。ただ、傭兵ですから、忠誠心みたいなのはないじゃないですか」

「そうですね」

「そこで、籠城していたウェストリング家に情報を伝えるために、まず3人の伝令役を選んで、頬にタトゥーを入れました。それぞれ1文字ずつ、A、B、Cです。それから、頬ヒゲをボウボウに伸ばさせて、タトゥーがあることが分からないようにします」

「はあ?」


「伝令が伝えるべきメッセージは、徹底抗戦せよ、降伏せよ、国外に亡命せよ、の3つのうちのどれかである、というのは最初から決まっていたそうです。伝えたい内容に対応したタトゥーの伝令が選ばれて、ニセの書状を持って城内に入るのですが、伝令役ですら、自分に託された本当のメッセージは分からないという仕組みです」

「なるほど! 書状が途中で奪われても、改ざんされても、死体になっても、本人さえ城にたどり着けばいいんですね」

「そうです。で、ケニーが選ばれて伝令の仕事を見事にやり遂げはしたんですが、なにせ戦場です。見たくないものを見たりもします。今、その件に触れるのを嫌がっているのはそのせいかもしれませんね」

「そうでしたか。では、私もその話はしないようにしますよ」

「そうして頂けると助かります」


 意外なところでタトゥーの秘密を知ることになったが、これは情報科学で言うところの深層暗号の一種だ。なるほどなあ。


 そんな話をしていると、さっきの係員が呼んでいる。

「BFの皆さーん!」

 プラガたちがダンジョンに入る順番のようだ。

「じゃあ、がんばって」

「ええ、デレクさんも」

 ……BFって何だ? グループ名?


 それから、20分以上経つ。

「これは、第1階層をクリアする感じじゃない?」とセーラ。

「そうだな。やられちゃう時はもっと早く終るらしいからな」


 そして30分ほど経ってから、いよいよ我々の番である。

 なお、参加メンバーがアイテムをゲットする確率と幸運度はそれぞれ70%に設定してある。デフォルトは10%なのでかなり高い。この値は2度目にガリンゾ・ダンジョンに行った時に守備隊メンバーに設定した値と同じである。あの時はかなりドロップアイテムを入手できたが、このダンジョンではどうだろうか。


 石造りのアーチの両側に松明が灯されている。ここから自分たち用の松明を持って行けるらしい。サービスが行き届いているなあ。

 アーチをくぐって石畳の道を20メートルほど進むと、地下へ下りる階段がある。階段は幅3メートル弱程度で、十数段下りると踊り場があり、左へ直角に曲がる。また十数段で踊り場があり、左へ。これを繰り返すたびに段々階段は細くなって行き、さらに次第に暗く、空気も湿っぽくなってくる。

「結構下りてきたよね?」とフレッドの声。

「暗くなってきたわ」とシャーリーの声。


 階段をぐるぐると下りていくと、目の前に石の扉が現れる。俺とアンソニーで押して開ける。中へ入ると、5メートル四方程度の石造りの部屋。


「多分、トイレがあるはず……。あ、あっちだね。トイレに行きたい人は順番に行っておいた方がいいぞ」とアンソニー。

「どのダンジョンもトイレがあるんだなあ」

「考えてみると可笑しいよね」


 しかもこのダンジョンには、男性用と女性用のトイレがちゃんとある。なんだそれ。

 外の寒い所で待たされたので、全員で順番にトイレに行く。


「さて、こっちの扉を開けるといよいよダンジョンの第1階層のはずだ。宿でもらったパンフレットでモンスターの種類はだいたい分かっているが、想定外ってのはいつでも起きる可能性があるから注意して行こう」

「よし!」「行こう!」


 石の扉を押し開けて、持っていた松明を所定の明かり台に置くと、真っ暗だったフロアに次々に明かりが灯される。

 目の前に、幅10メートルくらいの石畳の廊下。廊下の左右には太さ80センチはあろうかという石の柱が何本も立ち並んでいて、その柱のそれぞれにランプの明かりが灯されている。廊下は50メートル以上も続いているようだが、奥のほうは暗くなっていてよく見えない。


「柱の陰からモンスターが出てきそうだな」とマーカス。


 そういい終わらないうちに、あちこちの柱の陰から、ぼんやりした薄暗い影のようなものがスッと現れる。そう思ったら、そいつらはくるっとこちらに顔を向ける。白い顔に黒い長い髪。

「ウワアアアン!」

「シクシクシク!」

「エエンエエン!」

 それぞれ、いかにも悲しげで恨みに満ちたような女の顔で泣きながら、フラフラとこちらへ向かって来る。大きな手のひらから鋭いツメが出ているのが見えるが、腕の輪郭ははっきりしない。胴体から下はあるような、ないような。


 アンソニーが叫ぶ。

「泣き女だ! 火か風の攻撃が有効だ」


 総勢、10体以上の泣き女が前方から浮遊するように近寄ってくる。


 マーカスが、長剣で泣き女に斬りかかる。泣き女は長剣をその鋭いツメで受け止めると、ひらりと後ろへ逃げてしまう。

「う、素早い!」


「ならば!」とセーラ。ファイア・バレットを連射する。


 耳をつんざくような金切り声。

「ヤメテェエエエエエエ!」

「タスケテェエエエエエエ!」


 火の玉が直撃した泣き女は全身が燃え上がり、悲鳴を上げながら1、2秒で消滅して行く。

 カメリア、オーレリー、それに俺もファイア・バレットで応戦。

「ダンジョン内は魔力の消耗が早いから注意しろ!」

「まだ大丈夫!」


「イヤァアアアアアア!」

「クルシイィイイイイイ!」

「ヒドイィイイイイイ!」


 ものの2〜3分で、あれだけいた泣き女たちは消滅している。


「あいつら、自分たちで襲ってきたくせに『タスケテ』とか『ヒドイ』って何よ」とセーラが辛辣なコメント。

「あはは。本当だな」とオーレリーは楽しそうに笑う。


 男性騎士隊たちは、剣で応戦したものの、ダメージらしいダメージすら与えられないまま終わってしまった。


「うわ……。俺達、役立たずだったなあ」とフレッド。

 同じく、活躍の場がなかったシャーリーが言う。

「これ、火系統を使えるメンバーが多かったからあっという間に終わったけど、そうでなかったらどうやって倒すのかしら?」


 パンフレットを読み込んできたらしいマーカスが言う。

「胴体部分に的確にダメージを与えられれば倒せるらしいけど、あんなにヒラヒラと剣をかわす相手じゃ、かなり時間がかかりそうだ」

「しかも甲冑なんか着てたら、体力を消耗するだけだな」とアンソニー。


 とりあえず、最初のモンスターは無傷のまま撃退だ。

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