フィアニカ・ダンジョン
シャーリーはダニッチがどうにも気になるらしい。
「キーン・ダニッチは、魔法士じゃなくて錬金術師を名乗ってるらしいんだけど、錬金術ってのは魔法とどう違うのかしら?」
「デレクがそういったことに詳しいって、セーラが言っていたな」とアンソニーに言われてしまう。説明しないとダメ?
しかし、魔法システムに触れずに、魔法と錬金術の区別を話すのは難しいな。
「魔法にはよく知られた系統魔法の他に、系統外の魔法と、さらに防御魔法、属性魔法っていうのがあるんだけど」
「系統外魔法ってどんな?」とシャーリー。
「例えば、教会で使っている神聖魔法とか、ダンジョンで出くわす変な魔法とか」
「ほう」
「防御魔法って?」とアンソニー。
「魔法のレベルが高い人ほど、相手からの攻撃が通りにくいんだけど、あれは実は、本人も意識しないうちに攻撃に対抗する魔法が自動的に起動されているからなんだ」
「自動的に?」
「ああ。確かにそういう感覚はあるわねえ」とシャーリーは同意してくれる。
「もうひとつが、……属性魔法だっけ?」
つまり、プロパティである。
「防御力が高い盾とか、攻撃力が高い剣には、魔石が付けられているんだけど、あそこに魔法の効果が書き込まれていて、魔法を使う相手と戦闘するときに能力を底上げしてくれるんだ」
シャーリーが気がつく。
「もしかして、ダニッチにもらった盾とか革鎧の防御力が高いのはそのせいかな?」
「そうかもしれないね」ととぼけておく。
アンソニーが改めて問う。
「で、錬金術は?」
「今まで説明した魔法の仕組みと関係なく、世の中の隠された仕組みを使って、通常はできないことを実現する術のこと、かな」
「例えば?」
「これはロックリッジ家にあった魔道具に関係するんだけど、それはゴーレムを召喚する魔法が封じられた腕輪で……」
「なら、魔法じゃないのか?」
「ところが、ゴーレムを操るのは確かに魔法なんだけど、ゴーレムの生成自体は魔法ではない別の方法を使うらしい。こういうのが錬金術だね」
「ほほう」
「実はデレクはゴーレムが作れたりするんじゃないの?」とシャーリー。
「作ってみたいけど、方法が分からないんだ。むしろ、ロックリッジ家のマリリンの方が詳しいよ」
「あら、意外ね」
「マリリンの言うには、ロックリッジ家は実は魔王軍との戦いで、勇者一行とは違う重要な役割を担っていたらしいよ」
「へえ」
「そういう知識をいろいろ知ってるところも怪しい」とアンソニー。
「『怪しい』の意味がだんだん分かってきたぞ」とシャーリーもニヤニヤしている。
会話は楽しいが、怪しい奴というレッテルがペタペタと貼られている印象。
アンソニーが言う。
「確かにデレクは詳しいなあ。変な魔法もいくつか知ってるみたいだし、下手をすると王宮のおかかえ魔法士よりすごいんじゃない?」
「そこらあたりは内密にしておいて欲しいかな……」
アンソニーは、井戸を掘った時の『
馬車が止まった。
いよいよ、ダンジョンに到着したらしい。
馬車から降りると、……あれれ? 想像していたのとかなり違う。
深い山の中のはずなのだが、数件の宿屋、食堂、食料品店などが軒を連ねており、ちょっとした宿場町といった風情。通りは明るく照らされているし、宿屋は酒場も兼ねているらしく、大勢の客が大声で陽気に盛り上がっている。
冒険者や兵士のような風体の人々も少なくはないが、職場の仲間で観光地に遊びに来ました、みたいなグループもいる。
「これは……。情報では聞いていたけど、思っていた以上に賑やかね」とセーラも予想外だったらしい。
俺とアンソニーはダンジョンの経験者ではあるが、このフィアニカ・ダンジョンは初めてである。
「ダンジョンって普通はさあ……」
「山の中にひっそりとある、よな」
肝心のダンジョンは、宿屋から二百メートルくらい離れた所にあるらしい。入口の両側に大きな
今から入ろうというグループもいるようだ。そうだな、どうせ中は暗いし、日中に入らないといけないというルールがあるわけじゃない。
数件ある宿屋の中でも、比較的立派な作りの宿へ。かなりの人数が宿泊している。数日後の年末休暇になるとさらに輪をかけて大混雑らしい。
これだけの人数がみんなダンジョンに行くのか、と思っていたが、つきそいで来ただけの人や、数泊して何日かおいてから再度挑戦という人もいるらしい。
男女4名ずつで部屋を決めて、とりあえずは夕食である。
「予定では今日は移動だけで、明日の朝から挑戦ね」とセーラ。
「しかし、もう観光地だな、これ」とアンソニー。
「観光気分で来ている人たちは第1階層のクリアも難しいらしいわね。冒険者のグループで2階層くらいまでで、それより下の階層は難易度が高いって話よ」
そういう情報は、さっき宿でもらった冊子に書いてあった。
どの階層でどんなモンスターが出やすいか、それぞれのモンスターの弱点は何か、ということがちゃんとまとめられている。つまりは攻略本だな。
ただ、情報があるのは第3階層まで。第4階層以下は情報が極端に少ないらしい。
オーレリーが脇目もふらずに夕食を食べている横で、我々は呑気に世間話などをする。
シャーリーが言う。
「このまえのパーティーで聞いたけど、デレクはロックリッジ家のタニアの護衛役で学院に入学するんだって?」
「あれはねえ、マリリンさんの策略というか……」
「ふふふ。ウチの妹たちもよろしく」とアンソニー。
「マリリンさんからは、ゲイル男爵家のマーガレットもよろしくね、とか言われてて」
「なんだ、女の子ばかりに囲まれて。楽しい学園生活ってやつか?」とフレッド。
「いや、勘弁してよ」
「ほほう。学院に行くんだ。それもなかなか面白そうだねえ」とマーカス。
「え、何が面白いって?」
「そりゃ、学院にはまさに怪しい人が色々いるからよ」とシャーリー。
そんなフラグは立てないで欲しいんだが。
アンソニーが言う。
「今、エスファーデン王国で王位の継承をめぐって争いが起きているらしいが、次の代の王は継承順で粛々と決まるものじゃないのか?」
あまり詳しい話はしない方がいいのだが。
「えーと、ゾルトブールの内乱に介入して失敗した責任とか、いろいろあって、前の国王の方針をそのまま継承した王は認められない、という貴族が少なくないということらしいよ」
「へえ」
ご飯に夢中だったオーレリーが、唐突にこんなことを言いだす。
「聖王国では王位の継承順位はどうなってるんだ?」
「そういう話は軽々にすべきではない、かなあ」とアンソニー。
するとフレッドが言う。
「いやいや、いざという時にうろたえることなく対応するためには、ルールはルールとして把握しておくべきだと思うぞ」
なるほど。それはそうだな。
マーカスが言う。
「そうなると、まあ継承順位1位はダニエル王太子だとして、第2位は国王陛下の妹君のキャロル様か。すると、その第一子のシャーリーが継承順位では第3位ってこと?」
「そうか、改めてそう考えると、シャーリーって偉いのね」とセーラ。
すると、シャーリー、ちょっと面倒くさそうにこう言った。
「うーんとねえ、実はそうじゃないのよ。あたしも継承順位では何位かではあるんだけど、今の話ほど高くはないのね」
「え! 他に誰かいたっけ?」とマーカスが宙を睨んで考えている。
現国王のヴィクター4世陛下には、ダニエル王太子しか子供はいないはずだが? 実は他にいるとか? あるいは王妹であるキャロル殿下の方の関係?
「うーん、シャーリーももしかしたら女王陛下になる可能性だけはあるってことだな。まあそれでいいじゃないか」と、この話をもうやめにしたい風のアンソニー。
シャーリーがあまりその話はしたくなさそうだし、もし隠し子的な話なら大っぴらには言えないかもしれない。セーラも知らないらしいのが意外。
一瞬、『
そして逆に、エスファーデンの王宮の側室たちは、よくあんなに細かく継承順位を把握してたものだ。つまりは、自分の子供に王位継承の芽があるかどうかだけを考えて毎日暮らしているってことか。そんな人生は嫌だなあ。
さて、翌朝は早めに起床、朝食を食べて出発。朝はやっぱり寒い。
見ると、俺とオーレリー以外、騎士隊の格好をしている。
兜と上半身の甲冑、女性用の腕あてだけは革製で、あとは金属製である。騎士隊は乗馬するわけで、その都合から下半身は太もも部分だけをプレートで覆う形になっている。
そうか。セーラをはじめ、みんなの大きな旅行カバンの中身はこれか。
「あれ! 職務でもないのに騎士隊の格好でいいの?」
するとフレッドがドヤ顔で言う。
「いやいや、デレク。よく見ろよ。胸に騎士隊の徽章がないだろ? だからセーフ」
「何だか、俺だけ浮いてるんだけど」
「デレクだって、それは国境守備隊の制服じゃないの?」とセーラ。
「ここはほら、国境じゃないから」
「ふふふ、その点、あたしが一番服装に気を使っていると言えるな」
そういうオーレリーは、どことなく異国風の出で立ちに、泉邸にあった革鎧と長剣、小型の盾、それにどことなく野球帽を思わせる兜。
「この革鎧、ダニッチにもらったのに似てる」とカメリア。
……しまったな。
「ふーむ。それは知らんが、これはナリアスタ国のものだと聞いている」
「へえ……。ダニッチって、ナリアスタの出身なのかな?」とシャーリーがつぶやくのを聞いて、セーラがニヤニヤしている。
「この革鎧、いいねえ。特にこの腰のラインが……」とアンソニー。
「だよね、だよね」
「うむ。名工の逸品に違いないな」
「あんたたちなに言ってるのよ」とセーラにあきれられる。
とにかく、一番の軽装は俺。国境守備隊の格好に細身の長剣と小型の盾。
「しまったなあ。俺が一番に死にそうだ」
「案内役が最初に
大怪我だったらいっそのこと
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