まるでグループデート

 ダンジョンへ向けて出発する当日。


 ダンジョンに最も近い宿場であるブレイズまでは宿場の数でいうと3つ。馬車で普通に進むと1日ではちょっと到着できない。

 そこで、セーラの計画では、早朝に聖都を発ち、途中の宿駅で馬を交代してガンガン飛ばして行くらしい。


 まだ日も昇らぬ時間帯から、ラヴレース公爵邸に集合。

 俺はオーレリーを連れて合流。


 フレッドとアンソニー、それに白鳥隊のカメリアが待っていた。


「おはようございます」

「やあ、デレク。そちらが助っ人のオーレリーさんかい?」とフレッドが挨拶してくれる。

 事前にセーラが知らせておいてくれたのだろう。


「オーレリー・ヴァンドームと申します。よろしくお願いします」

 お、低姿勢なオーレリーは初めて見るかも知れない。


 アンソニーも近寄って来た。

「今、警備員として働いているんですって? こんなにお美しいのに。デレク、もったいないじゃないか」

 するとカメリアがアンソニーを牽制する。

「あら? アンソニー。美人にちょっかいかけたらダメよ」

「あ、いや、そんなつもりは毛頭ないよ」

 アンソニー、婚約(予定)者を前に少しばかり腰が引けている様子。


 白鳥隊のカメリア嬢は栗色巻毛でブルーの瞳。例の『13番地事件』の時にすごくスタイルが良いという印象を持ったが、今日は革のコートを着ているので身体の線までは分からない。胸元がちょっと開いた赤いセーターがセクシー。

 先日のパーティーで少々言葉を交わしたくらいなので、どんな人なのかはまだよく分からない。


 白鳥隊のシャーリーと、従兄弟だというマーカスもやって来る。

 シャーリーはピンクの髪に栗色の瞳。マーカスは黒髪にグレーの瞳。この2人には舞踏会以来、あちこちでたまに会う。

 シャーリーは活発な性格で、自分の意見を積極的に出してくる。

 マーカスは目がギョロッとしていて、一見無愛想に見えるが、話をするととても気配りの人だということが分かる。俺と同い年である。

「おはよう。マーカスはシャーリーの従兄弟だったのか」

「そうそう。シャーリーの父親のチェスター公爵の妹が俺の母親だからな」

「一方、カメリアはマーカスの父親であるブレント男爵の姪だから、マーカスはカメリアの従兄弟でもあるのか。なるほどね」

「そういうことさ」


 オーレリーの方を向いて言う。

「だそうだぜ。だから、シャーリーとカメリアはギリのイトコだな」

 オーレリー、澄ました顔で言う。

「何を当たり前のことを言ってるんだ、デレクは」

 ……きっと、半分くらいしか分かってないと思うな。


 セーラがやって来た。黒のパンツルックにベージュ色のコート。大きな旅行カバンを持っている。

「ごめんなさいね、ちょっと遅れてしまったかしら」

「いや、我々が早めに来ただけだよ」とアンソニー。余裕だな。


 我々8名は、10人乗りの大型の馬車に乗り込む。

「すごいな、6頭立てか」

 俺がつぶやいたのを聞いてセーラが言う。

「ええ、次のカークウォールの宿駅で馬を替えて、ソイバンクまで一気に行ってそこで昼食という予定よ」

「かなり飛ばすんだよね?」

「道は整備されているし、馬車も高速走行向きだそうだから大丈夫よ」


 とはいうものの、やはり揺れは結構ひどい。


 馬車の中ではカメリアと話をしてみる。

「火系統の魔法が使えるんですか?」

「ええ、レベル2です。非詠唱者ウィーヴレスじゃないんですけど、セーラと一緒に練習して、ファイア・バレットの軌道を多少変えられるようになったんですよ。あれってデレクさんに教えてもらったと聞きましたけど、そうなんですか?」

「そうなんです。火系統は派手ですけど、実用的にはあまり威力がないじゃないですか。でも、ダンジョンのモンスターは火に弱い奴らが多いですから、役に立ちますよ」

「それは楽しみね」


 シャーリーが場を仕切る。

「同じくらいの年令なんだし、もっとくだけて話をしない?」

 アンソニーも賛同する。

「それがいいな。騎士隊もそうだけど、仲間に気を使っている間に攻撃されたら意味ないからな。呼び捨てが基本でいいだろう」


 そうは言うものの、最初は少しぎこちない感じ。


 フレッドがオーレリーに色々聞いている。

「魔法が使えると聞いたけど?」

「ああ。火系統の魔法の非詠唱者ウィーヴレスなんだ」

 オーレリーと相談して、2つの系統が使えるという話はしないことに決めてある。ダンジョンで有効なのは火系統だし、土系統を使っても薄暗いから気づかれないだろう。

「武器は何を?」

「長剣と魔法を組み合わせて戦うのが得意だ」


 マーカスもオーレリーに興味津々。

非詠唱者ウィーヴレスだったら、セーラが抜けた穴を埋めるのに騎士隊に入ったらどうだろう」

「いやあ、ゾルトブール出身だし、難しいのではないかなあ」

「あ、そうなのか」


 俺からマーカスに質問。

「騎士隊って、入隊の条件は何があるの?」

「まず、王宮を守るわけだから、外国の人はダメだよね」


 シャーリーが条件を色々覚えていた。

「新規入隊の場合は25歳以下。爵位のある人物2名以上の推薦が必要で、女性の場合はさらに未婚であること、かな?」

「えっと、実力は? ズブの素人じゃまずいよね?」

「そうなんだけど、さすがに隊員として恥ずかしいような人は推薦しないから」

「なるほどね」


「その『未婚』って条件は、男性の条件にはないの?」

「これは女性を守るためだよ。既婚者だと妊娠してて気づかないことがあるでしょ」

 マーカスがそう説明すると、フレッドが余計なことを言う。

「未婚だからって妊娠してないことはない……」

 セーラが右手の人差し指をピッと出してフレッドを止める。

「フレッド、そういう話はね、由緒正しい貴族はしちゃダメ」

「あははは」と照れ笑いをするフレッド。


 まあ、そうは言うけど、絶対、若い可愛いお嬢さんを王宮に集めるためだと思うな。むしろ、条件がある程度明らかになってるだけマシとも言える。


「オーレリーは国籍が問題かあ」とマーカスは残念そう。

「いえ、私、子供がおりましたし、難しいでしょう」

 あちゃー。そんな話はしなくてもいいんだぜ?

「え、そう、でしたか。これは失礼」とマーカスがちょっと困っている。

 俺が代わりに話を取り繕う。

「あまり個人的なことに立ち入るのもなんだけど、オーレリーの子供は事故で亡くなってしまってね。旦那さんも戦闘で亡くなったと聞いている」


 アンソニーが少し口をはさむ。

「ゾルトブールは内乱でかなり混乱していたようだし、辛いこともあったんでしょうね。話しにくいことはしなくても結構ですよ」

 おお、ジェントルマン。


「で、デレクはオーレリーとどういう関係?」

 俺に話を振るのかよ。


「プリムスフェリーの後継者が行方不明だった件でゾルトブールに行ったんだけど、そこで跡継ぎを狙う人物に襲われるようなことがあって。その時にオーレリーに助けてもらったりしたのが縁だね」


 大嘘である。


 オーレリーも、「そうだったのか」みたいな顔をしている。

 頼むぞ、変なこと言うなよ。


 話を変えたい。

「俺とアンソニー以外、ダンジョンは初めてだよね? セーラが無理を言ったんじゃない?」

 するとシャーリーが答える。

「やっぱり1度くらいは行ってみたいとは思っていたんだけど、機会がなくてね。初心者だけだと右往左往しているうちにみんな死んでしまうらしいけど、経験者と一緒なら心強いかなって」

 マーカスも言う。

「シャーリーとカメリアに誘われたってのもあるけど、確かに話に聞くだけじゃなくて実際に行ってみたいよね。普通にはない魔道具が手に入れられるかもしれないし」


「でも、ネタ魔法っていうのもがあるんでしょう?」とシャーリー。

「ダンジョンで拾う小さい巻物を魔法スクロールというんだけど、役に立つのは体力回復の効果なんかがある。逆に、拾った時に正体不明なスクロールは、呪文を詠唱するとがっかりするような効果しか得られない物が多くて、こういうのをネタ魔法っていうんだ」

「へえ。たとえば?」とカメリア。

「周囲の人の顔がしばらくロバに見えたり、家の戸締まりみたいな細かいことが気になって仕方なくなったり」

「あははは。下らないわねえ」とシャーリー。


 それから、どんなモンスターが出るかとか、ドロップアイテムにどんなものがあるかといった話をしているうちに、まず第1の宿駅があるカークウォールへ到着。

 ここで休憩。馬を交代する。



 再び馬車に乗って、次の宿場であるソイバンクを目指す。


 アンソニーがスカーレット辺境伯領にあるというグヴァンゴン・ダンジョンの体験を話してくれる。

「騎士隊の先輩について行ったんだが、ひどい山の中で、まずそこへ行くまでが結構な冒険だった」

「なんでわざわざ山奥のダンジョンに?」とカメリアが質問。

「先輩が言うには、ダンジョン内で拾得できる魔道具はそれぞれのダンジョンで少しずつ違うそうでな。その先輩はフィアニカのダンジョンは行ったことがあるからもういい、って言うわけさ」


「何かゲットできたの?」

「ああ、今もはめてるけど、この指輪がそれだ」

 そういって、左手の中指にはめた古びた銀色の指輪を見せる。

「モンスターを倒したとき、ご親切にもアイテムの名前なんかが目の前に表示されるんだけど、このアイテムの名前は『水の精霊の指輪』だ。俺は土系統のレベル3なんだが、この指輪をしているおかげで水系統の魔法も、レベル1限定だけど使える」


 マーカスが驚く。

「え。それってすごくない? だって、アンソニーは土系統の非詠唱者ウィーヴレスだろ? 水系統も土系統も詠唱なしで行けるってこと?」

「そうなんだけど、土系統があれば攻撃力は十分だから、この指輪はもっぱら喉が乾いた時に使ってる」

「でも、それだけでもすごく便利だよなあ」


 確かに、『水の精霊の指輪』っていうのは初めて聞いた。

 似たようなアイテムに『小さな水の指輪』があるが、あれはダンジョンから出ると壊れてしまう。ダンジョンの外でも使えるように改良してマリリンにプレゼントしたが、そうか、同じようなものは存在していたのか。


「その先輩は何かゲットしたの?」とセーラが聞くと、アンソニーはくすっと思い出し笑い。

「最初に拾った魔法スクロールをね、よせばいいのに詠唱したわけさ。それがどうも『お誕生日おめでとう』ってネタ魔法でね」

「ん? ネタ魔法って、がっかりするやつだったっけ?」とシャーリー。


「その魔法は、誕生日の人にはモンスターが襲ってこなくなるっていう効果があるようでね、先輩、その日が誕生日だったのさ」

「へえ、いいじゃない」とカメリア。

「いやいや、モンスターを倒してアイテムをゲットしようってのに、モンスターが襲ってこないんだから意味ないじゃん。他のメンバーはその分戦闘が大変になるしさ」

「あ。そっか」

「あははは。そりゃひどいね」とフレッドも大笑い。


 すまん。思い出したけど、それ、俺が作ったやつ。

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