メンバーチェンジ

 前の晩、結構熱中して魔法プログラムの開発に取り組んでしまったので、起きてきたら日が高い。


 前日から新加入のズィーヴァが早速朝食の準備をしてくれる。

「どうもありがとう。他のメンバーはどうだい?」

「ディムゲイトで顔なじみの方が多いので、とても働きやすいです」

「そうか。何かあったら遠慮なく言ってね」

「はい」


 コーヒーのお代わりを持ってジャスティナがやって来る。

「デレク様。今日はトレーニングはお休みですか」

「あー。昨日の夜、ちょっと調べ物とかしててね」

「そのうち、この間のリベンジ・マッチをしたいので……」

「おいおい。お風呂選手権は無期限延期だ」


 周囲をちょっと見回し、小声で言う。

「それに、風呂には一昨日入っただろ?」

「えへへ。あれは毎日でも入りたいですね」

「ま、まあね」

 ジャスティナのナイスなウエストまわりを見て、ユフィフ峠での、現実とも幻ともつかない体験を思い出してしまう。


 朝食を終えて、ぼんやりコーヒーを飲んでいたら、見覚えのある女性が訪ねてきたのが見える。

 『街猫』の作者、ジョン・スタックウェイことヒルダである。出版の件だな。


 さっそく応接室に通して話を聞くことにする。チジーにも同席してもらう。

「わざわざお越しいただいて申し訳ありません」

「いえ、すごく興味深いお話でしたので、年内に少しでも話を進めておけないかと思いまして。あの、お送り頂いた小説ですが、どれもとても面白かったです。聖王国でも出版したら評判になると思います」

「そうですか。それは良かった。あれはデームスール王国から来たものなんですが、分かりにくい点とかありませんでしたか?」

「多分、現地の慣用表現なんでしょうけど、少々意味不明な点は確かにありました。でも、全体としてはどんどん読み進めることができましたので大きな問題ではないですね」


「それでですね、この本の聖王国での出版をドゥードヴィル出版社に頼むことを考えているのですが、どうでしょう?」

「実はですね……」

 そう言ってヒルダが話した内容は、以前にマリリンから聞いたのとだいたい同じ。


「私は出版社内部の人間ではありませんので、具体的な財務状況などは分かりませんが、かなり経営は厳しいらしいです。出版社が潰れてしまうと、私の作品も行き所がなくなってしまいますので、ここはなんとか経営を立て直して欲しいのが正直なところです」

 するとチジーが提案。

「では、ドゥードヴィル出版社にレイモンド商会から出資して経営の立て直しに着手してもらうのはどうでしょう。出資の条件として、デームスール王国の小説の出版をするということで」


「会社を買収するの? それとも出資にとどめる?」

「それは先方との相談次第ですねえ」

「しかし、こちらは新興の名も無い商社だし、話に乗ってきてくれるかな?」

「こちらには資金が潤沢にある、というところを納得してもらえたら……」

「しかし、現金を見せつけるようなのも品がないというか」


「では、我々は外国との穀物取引をしている貿易会社で、これから小説などの文化面にも取り組みたいのだというストーリーでですね、穀物取引であちこちの貴族に貸し付けがある、というのを見てもらいますか」

「あ、なるほどね。堅実に商売をしてるということを納得してもらうか」

「トータルでは赤字ですけど、貴族の方々に対する貸し付け額はかなりに上ります。ですから、我々が倒産するとしても、その時は先に貴族の皆さんも破綻しています」

「そうだったね」

「あと、ナリアスタ国にもかなり貸し付けていますね」

「ああ、選挙の費用とかだね」


 ヒルダはレイモンド商会という聞き覚えのない商会がかなり大きな取引をしているらしいことに驚いている。

「こちらのチジーさんが、そんなに大きな商会の代表なんですか。すごいですね」

「チジーはこう見えてやり手ですよ」

「『こう見えて』ってなんですか、デレクさん」

「じゃあ、『可愛い顔して』にしとく?」

「それ、ハラスメントですからね」

「ごめんごめん」


 チジーだけでは商談に応じてくれるかどうか分からないので、ロックリッジ家に頼んで仲介してくれそうな人物を紹介してもらうことにする。出版しようとしている本の内容が面白いということはヒルダが保証してくれるということなので、あとは交渉次第だな。


「結局またロックリッジ家にお願いすることになったなあ」

「でもデレクさん、マリリンさんと仲がよさそうじゃないですか」

「そうだね、なんか気が合う感じだね」


 せっかくなので、ヒルダに昼食を振る舞うことにする。


 昼食の準備ができるまで雑談などをしていると、セーラが馬でやってくる。


「デレク、ちょっといいかしら」

「はいはい」

「あ、来客中?」

「もう話は終わったからいいよ」

「失礼ですが、どちら様で……」


「ヒルダ・ヒュースヴィルと申します。『ジョン・スタックウェイ』というペンネームで小説を……」

「え!」

 セーラの顔色が変わる。

「もしかして、『街猫』の作者さん?」

「はい」


 セーラに両肩をがしっと掴まれて前後に激しく揺すられる。

「ちょっと! なんでデレクが『街猫』の作者さんと知り合いなわけ?」


 あー。この同じ反応、前にもあったなあ。


「勇者の記念行事よりも前の話だけど、ひったくりに遭って困ってるのを……」

「あ、そういえばケイに聞いたことあった気がするな」

「ケイも、今のセーラとまったく同じ反応してて、個人的にちょっと可笑しかったよ」

「何よ、もう」


 ヒルダの方は、聖都の有名人のセーラと一緒に昼食ということになって、かなり緊張しているようだ。

 お昼ということでリズもやって来た。

「あれ。ヒルダさんがいる」

「お邪魔しています」

「例のほら、デームスールの本を出版する話で」と説明する。


「うまく行きそうなの?」

「うーん、今後はチジーの交渉次第かな」

「チジーにまかせておいたら大丈夫じゃない?」

「多分ね」


 セーラが、ここに急いでやってきた用事を思い出す。

「あ! そうよ。あのね、明日のダンジョンの件だけど」

「うん」

「ブライアンのお祖母様が急病で、ブライアンはお見舞いに行くことになったのでダンジョンには行けないって言うのよ」

「ありゃりゃ。……えっと、アルフォード男爵のお母上ということ?」

「そうよ」

「それはお見舞いを優先すべきだよな」

「で、人数的に少々不安かなと思って、シャーリーとカメリアに相談したんだけどね」

「うんうん」

「2人の共通の従兄弟にあたるマーカスはどうかということになって……」

「マーカス・ブレント? この前のパーティーに来てたよね」

「そうそう。デレクにしてはよく覚えてるわね」

「ひど」


 チジーが吹き出しているが、セーラは構わずに話を続ける。

「で、彼が代わりに行こうと言ってくれたのよ。デレクもいいかしら?」

「問題ないよ」

「さてそれでね、彼、騎士隊に所属しててかなりパワーもあるし、その点は心配ないんだけど魔法は使えないのよね」

「魔法は必須ではないけどね」

「で、現状7名なんだけど、もう1名、魔法が使える人を追加してもいいかな、とか考えたのね。だれか追加でいないかしら。ここのメイドでもいいわよ。女性を追加したら男女ちょうど4人ずつよね」

「あー。うーん」


 ダガーズのメンバーなら誰でも戦力になるだろうが、他のメンバーが貴族の子弟なので居場所がないかもしれないなあ。


 すると、話を聞いていたリズがしれっと言う。

「オーレリーに頼めばいいよ。彼女、暇だ暇だって言ってるし、王宮にいたことがあるから貴族に混じっても大丈夫でしょ、きっと」

「あ」

 その発想はなかった。


 セーラはちょっと不安そうである。

「大丈夫かしら。実力は問題ないけど、その……出自……とか」

 言いにくそうにしているが、つまり、現在は偽名を使って生活しているからそれがバレないか、ということだろう。

 リズが言う。

「聖王国の人は、あっちの方の事情はほとんど知らないでしょ?」

「まあ、そう、かな」

「じゃあ、頼んでみる?」とセーラ。


 絶対、行くって言うよなあ。


 話を聞いていたヒルダが俺に聞いてくる。

「ダンジョンに行かれるんですか?」

「うん、明日からフィアニカっていうダンジョンに」

 するとヒルダ、パッと表情が明るくなる。

「あの、あたしダンジョンのことってあまり知らないんですけど、よろしければダンジョンってどんな所なのか教えて頂けませんか?」

「いいですよ。気楽に色々聞いて下さい」


 それから、これまでのダンジョンの体験を話したりしながら、楽しく昼食を頂いた。


 午後。

 セーラと2人で馬車に乗り、ヒルダを自宅まで送ってからクロチルド館へ。


「あれ? セーラとデレクでお出ましとは珍しいな」とオーレリー。

「うん、実は頼みがあるんだけど」

 ダンジョンに行く話をしたら、そりゃあもう、何とかランドに行くことになった女子高生のような喜びよう。


「ダンジョン! いいね! 行ったことないから、ぜひぜひお願いしたいな」

「それでね、同行するのは聖王国の騎士がほとんどで、まあ貴族の子弟なんだけど、大丈夫かな?」

「あたしも騎士というか、正確には特務機関に所属してて貴族とは日常的に付き合ってたから大丈夫だよ」


「よし、じゃあそこは信頼するとして、どういう身分だったことにする? これまではなんとなく『ラカナ公国の方から来た』とか言ってごまかしてたわけだけどさ」

 するとセーラが提案。

「エスファーデンからはまだ追われている状態なわけだから、エスファーデンじゃなくてゾルトブールあたりの貴族の庶子とかにした方がよくないかしら?」

「ラカナ公国ではダメかな?」

「聖王国にはラカナ公国の貴族と親戚関係の人もいるので、下手な嘘はバレる可能性があるわね。その点、ゾルトブールなら、今回の混乱でこちらに来ることになった、と言えばそれ以上追求はされないんじゃないかしら」

「そうだな。じゃあ、貴族の庶子で、王宮付きの衛兵をしてた、みたいな感じで行くか」

「うむ。よろしく頼むぞ」


 というわけで、暇そうなオーレリーが一緒に行くことになったのである。

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