耳飾りの試練

 しばらくしたら、事務所からローザさんが顔を出す。

「あれ。賑やかだと思ったらデレクとセーラさんか」


 セーラが声をかける。

「あ、ローザさん! この前のパーティーで、ゾルトブール風のスパイスが効いた料理が大人気だったのよ。スパイスの輸入をよろしくお願いしたいんですけど」

「そっかそっか。実はね、これまでゾルトブール経由で高い値段で買わされていたんだけど、スートレリアから直接仕入れることができそうでね」

 それは初耳。


「じゃあ、ゾルトブールとスートレリアが政治的に安定したら、もっと安く流通するってことかしら?」

「そうそう。しかもね、ラカナ大公陛下の覚えめでたいRC商会ということで、優先的に取引してもらえそうなのよ。いやー、これから忙しくなりそうよ」


 どうやら、ケイが言っていた通りになったようだな。


 セーラが当日の料理を思い出して褒めてくれる。

「デレク。あのお料理ね、お母様も素晴らしい出来栄えと言ってらしてね、パーティーの後でわざわざシェフのジョリーさんのところまで行って感謝してたのよ」

「そうだったのか。マーガレットやジーンも美味しいって言ってたし。それは良かった」

「これからもお願いすることがあるかもしれないわ」

「ジョリーの方の都合さえ良ければ」



 子供たちは小一時間そのあたりを見学して、一足早く泉邸へ帰ってもらう。

 入れ違いに、ゾーイとチジーがやって来た。


 すると、同じタイミングで、馬車が4台到着。ディムゲイトからの女性たちだ。


 ディムゲイトで働いてもらっていた、4人、エステル、アデリタ、カリーナ、ズィーヴァもやって来た。

「デレク様。これからお世話になります」

「長旅お疲れ様。まあ、ここでしばらくゆっくりしてよ」


 4人は世話係として働いていたので、このクロチルド館にいる全員が知っている。たちまち人の輪ができて、大賑わいである。


 とりあえずお茶を飲みながら、4人の話を聞く。

 エステルはアーテンガムの貿易商で働いたことがあるそうだ。アデリタはマミナク付近の貴族の庶子で、実家は船会社とのこと。2人はレイモンド商会かRC商会の仕事に本格的に加わりたいとの希望。

 ズィーヴァとカリーナは、貴族の屋敷でメイドをしていたことがあるので、メイドの仕事がしたいとのこと。可能なら、俺の屋敷に、とも言っていた。


 ゾーイ、チジー、さらにローザさんと相談して、エステルとアデリタはRC商会で当面面倒を見てもらって、ズィーヴァとカリーナは泉邸でゾーイが面倒を見ることになった。


「じゃあ、ズィーヴァとカリーナは、さっそく泉邸に来てもらったらどうだろう? そろそろ年末の準備も始めないといけないし、人手はいるよね?」

 ゾーイも同意。

「そうですね。経験者なら即戦力になりそうです」


 相談がまとまって、黒い髪、鳶色の瞳のズィーヴァと、オレンジの髪、黒い瞳のカリーナは馬車に乗って一緒に泉邸に帰ることになった。


 セーラはというと、明後日からのダンジョンツアーの準備をするために早く帰るという。

「そんなに準備するものってないだろう?」

 うっかりそう言うと、教え諭すように言われてしまう。

「デレク。女の子にはね、いろいろあるのよ」

「……はい。あ、今回は侍女や護衛は不要だよね?」

「ええ、どこかのお屋敷にお邪魔するわけじゃないし、シャーリーやアンソニーが一緒だとお母様に言ったら、まあ楽しんでいらっしゃい、と言われたわ」

「それはよかった」


 泉邸に帰ると、リズがニヤニヤしながら待っている。

「何だっけ?」

「例の秘湯に連れてってよ。明日は予定ないんでしょ?」

「あ。そうだな。日暮れまではまだ1、2時間あるから、ちょうどいい頃合いかもな」


 タオルと脱衣カゴを持って、ユフィフ峠の例の沢へ2人で転移。

「うわー! 寒っ!」とリズ。

「うん、ちょっと待っててよ。どこがいい湯加減か調べるから」

 昨日、ジャスティナと入った窪みは今日はちょっと熱いので、それより少し下流でいい場所を探す。


 いそいそと服を脱いで、二人で入る。なんだか、リズと一緒に全裸になるのもすっかり躊躇しなくなった自分に、今更ながら気づいて驚くというか、呆れる。


「うは。これはこれまでにない感覚だね。水が流れているのに温かいよ」

「いやー! いい気分だ!」

「ちょっと風が吹くと、首から上だけが寒いね」

「よく温まらないとな」


 山の中は段々暗くなってきて、西に広がるダガーヴェイルの方向だけが明るく見える。聞こえるのは水の流れる音と、時々木々を揺らす風の音だけ。そして山肌からは硫黄と土の匂い。


 リズに全裸で抱きつかれてキスをされるのもお約束。

 目を閉じると、自分とリズだけが暗い山の胎内に閉じ込められて、細胞が混じり合って生まれ変わるみたいな妄想に囚われる。触れ合う素肌が本能レベルで気持ちよくて、ヤバい。


 十分に温泉を楽しんで、身体が冷えないうちに謎研修所の脱衣所に転移。


「とても良かったよ、デレク。あそこを開発しちゃうのはちょっともったいないかも」

「でも、冬だから他に誰もいなかったけど、夏はどうだかわからないぞ」

「そっか、夏は嫌な虫もいるかもしれないね」

「そうだな、山の中だからな」


 夕食のテーブルにつくと、早速、メイド服に着替えたズィーヴァとカリーナが待っていた。うわ、可愛いじゃん! メイド服、ばんざい。


「今日くらいは仕事しなくても良かったのに」

「いえ、一日も早く慣れたいと思いまして」

 そばにいたゾーイが言う。

「さすがに経験があるので、現在のスタッフよりも、もしかしたら手際が良いかもしれません」

「ほほう。それは、他のみんなは頑張らないとな」

「えへへ」とか笑っているジャスティナやエメルたち。


 用意ができたら、もうメイド服のままで構わないので、子供たちも含めてみんないっしょに食事をしてもらう。

「よろしいのですか?」とズィーヴァ、カリーナは戸惑っている。

「うん。来客がある時は別として、いつもはこんな感じでいいよ」

「さすがデレク様です」

「いや、堅苦しいのが嫌いというか、普段の食事は楽しくしようよ」


 食事が終わってくつろいでいたら、ゾーイがすすっとやって来て、周囲をはばかるように小声で言う。

「デレク様。ズィーヴァとカリーナ、それぞれに同じことを聞かれたのですが」

「何?」

「夜伽はしなくていいのですか、と」

「!」


 飲んでいたコーヒーでちょっとむせる。


「前はどうだったか知らないけど、ウチはそういう心配はまったく不要だからってきつく言っておいて」

「えーとですね。別に以前のお屋敷がそうだったということではないようですが、2人の個人的な、その……」

「えー?」

「ご迷惑ですか?」

「いや、可愛い子だから迷惑なことはないけど、主人と使用人という立場でそういうことを考えたり、してもらったりするのは、ちょっとねえ」

「はあ。デレク様は変な人ですね」

「え? 普通だよ」

「ふふ。じゃあ、あたしが……」

「なんでそうなる」


 悪い(そして蠱惑的な)笑顔でゾーイが去って行く。

 ……ちょっとびっくりした。



 さて、寝るまでの時間で『愛する者たちの試練』という魔法スクロールの仕組みを調べたい。これはダンジョンで『以心伝心の耳飾り』を入手するための条件を示してくれるものだが、優馬の記憶にはない。『耳飾り』を実装するにあたって、が創作した仕組みに違いない。


 実はこのプログラムは以前にも調べたことがあるのだが、マニュアルに説明のないAPIがいくつか使われている。性別を簡単に調べる機能や、対象者の脳内にだけメッセージを流す機能はこれまでに作成したオリジナルの魔法でも役に立っている。


 今回、『耳飾り』をもっと簡単に取得する方法を構築したい。つまり、『愛する者たちの試練』の仕組みを利用して、特定の2人の間で使える『耳飾り』をゲットできるようにしたい。別に愛し合う男女である必要はない。

 その方法を確立して外務省などに提供すれば、聖王国で諜報員に使わせる『耳飾り』を他国よりも容易に、安定的に利用できるようになるだろう。


 明後日からせっかくダンジョンに行くので、魔法を試作してテストしたい。


 『愛する者たちの試練』が起動する魔法は『試練ランダマイザ2』である。名前から推測すると、試練はその都度、ランダムに選ばれるらしい。

 ソースプログラムを探し出すと、同じディレクトリ階層に『試練ランダマイザ1』という別のプロジェクトを発見。挑戦者が1名の場合のプログラムらしい。つまり、試練をクリアできたらアイテムがもらえるプログラムには1人用と2人用があるのだ。


 『試練ランダマイザ2』の動作を追いかけてみると、まず、その場にいる全員の脳内にメッセージを送る。メッセージの内容は、チャウラとガネッサから聞いたように、「将来を誓った相手と試練を乗り越える覚悟はあるか?」である。これに対して、男女2人から「YES」の反応があったら次のステップに進む。

 プログラムはここで、「YES」と答えた2名の固有IDと、その他のいくつかのパラメータを使って別の魔法プログラムを起動している。その魔法の名称は『特定小規模𐌳ᛮ』である。


 この『特定小規模𐌳ᛮ』というプログラムを探す。

 内容を調べてみると、予想通り、受け取ったパラメータをもとにして小規模なダンジョン空間を生成するプログラムらしい。

 ダンジョンを生成する部分はAPIを呼び出しているだけなので内容は不明だが、与えるパラメータに関するコメントが辛うじて書かれている。ドロップアイテムの種類、倒すべきモンスターの種類、モンスターの数、そして対象の人数と、対象者の固有IDである。


 『試練ランダマイザ1』も『試練ランダマイザ2』も、取得できるアイテムの種類は定数パラメータがハードコーディング、つまり値だけがベタ書きされている。せっかくのソースファイルなのに内容が分からない。プログラミングスタイルとしても初心者レベルのダメダメさだ。

 『2』のアイテムはただ1つに固定されているから、『以心伝心の耳飾り』だろう。一方、『1』は何種類かのパラメータからランダムに選ばれるのだが、まったく不明。


 どちらのプログラムでも、アイテムの種類と対象者の固有IDを引数として、モンスターの種類と数を返す関数を使っている。レアなアイテムほど困難な「試練」になるようにし、さらに個人の属性から幸運度を取得して計算に加味するのだと思われる。


 ここまで分かれば、あとは『試練ランダマイザ2』のプロジェクトをまるまるコピーして、変更を加えた別のプログラムを作成すればいい。

 主な変更点は、男女2人でなくてもいいようにチェックを緩めることと、試練に登場するモンスターの数を減らすことである。本来の数に 0.6 を掛けて切り上げるくらいでどうだろう。モンスター3匹のところが2匹になったらだいぶ楽だ。


 とりあえず完成した試作プログラムに『耳飾りの試練』と名前を付けた。


 ついでに、一人用の『試練ランダマイザ1』に同じような変更を加えて『ボーナスタイム』と名付けた。どんなアイテムが出てくるのか分からないが、逆に考えれば、実際にダンジョンで試してみるのが楽しみではある。


 しかし、今回調べた魔法プログラムは、ドキュメントは整備されていないし、パラメータの説明はないし、とりあえず使えるようにだけした、という匂いがプンプンする。

 優馬自身の記憶にもあるが、こういう「書いた当人がその時だけは知っている」プログラムが蓄積されると、それは次第に「誰が知っているか分からない」プログラムに変貌して行って、どこかで破綻する。


 霊験あらたかな神様も、ちゃんとお祭り(メンテ)しないと祟り神になる、らしいぞ。

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