手掛かりなし

 ダズベリーの屋敷の書庫にこっそり転移して、「スィーロン戦記」全4巻を持ち出す。きっと俺以外には誰も読まないので大丈夫だと思う。


 魔法管理室に持ち帰ってセーラに渡す。

「セーラ、すまないけどこれに目を通して調べてみてくれるかな」

「了解。デレクはどうするの?」

「ロックリッジ家の魔道具でゴーレムが操れるらしいから、呼び出したり操作したりする部分には魔法が関係していると思うんだ。さっきの戦いの時に、誰がどんな魔法を使っていたかを調べてみたい」


 俺はさっきあそこで転移魔法を使ったから、まず戦闘があった時刻が特定できる。次に、同じ頃に『ゴーレム召喚サモン・ゴーレム』が使われていないかをチェック。こいつの魔法名はロックリッジ家の魔道具で調査済みだ。『ᚨᛟᚺG』である。


 すると、3名がこの魔法を使っていた。


 ゼッテ エヴォカリ ♂ 36 正常

 Level=3.1 [土]


 ハンネス モランテ ♂ 33 正常

 Level=3.2 [風]


 ディゴシ トラース ♂ 29 正常

 Level=3.0 [火]


 そうか。『ゴーレム召喚サモン・ゴーレム』は魔法レベル3が必要だから、3人で1体ずつ操作してるのか。

 ただ、この魔法はどうやらローカルな魔法である。つまり指輪などの魔石に魔法パッケージが格納されているので、魔法システム側で無効化ができない。


 そこまで判明したところで、セーラの方でも発見があったらしい。


「デレク、あったわよ。ゴーレムは、とにかく打撃で頭あたりを崩したり、ヒビを入れたりして、その後で塩水をかけるらしいわ」

「え? 塩水をかける?」


 それ、どこかで聞いた気がするな。……ゾンビか。


「ゴーレムはホムンクルス、つまり錬金術でいう人工生命と関係があるらしいけど、もしかしたらホムンクルスってのはある程度の知能があるスライムなんじゃないか?」

「なんでそう思うの?」

「あくまでも推測だけど、デルペニアで出くわしたゾンビは、死んだ動物の脳にスライムが寄生したものだそうで、頭を叩き割って塩水をかけて退治するそうだから……」

「えー……。グロいわね」

「強烈な炎で燃やしてもいいらしい」

「そっちで対応したいわね」


「ロックリッジ家の魔道具を調べた時、ゴーレムの作り方についてちょっとだけ情報があったはずだけど、何だっけな?」

 リズが覚えていた。

「『ホムンクルスを構築した後、基材に定着させ、コネクションが確立するまで待つ』だったはず」

「構築、って言葉のニュアンスはスライムっぽくないわね」

「確かに。憶測でいろいろ言っても仕方がない。その砦とか、反王家派の屋敷とかに忍び込むなりして、情報を入手すべきなのかな?」

「でも、その3人だけしか知らない秘密なのかもしれないわ」

「それもありうるな」


 そろそろお昼なので、とりあえずランチを食べることに。


 ジャスティナがニコニコしながら給仕してくれる。

「今日は妙に機嫌がいいわね」とセーラが訝しむ。

「え? そんなことないですよぉ」

 などといいつつ、オーラが隠しきれていないジャスティナ。

「デレク、何かあった?」

「あ、えっと、彼女を召喚できるようになった話はしたっけ?」

「それは聞いたわ」

「その後で、例のダガーヴェイルの街道整備の件。あそこの峠の近くのラストダムって村が彼女の地元だそうで、ちょっと下見に付いてきてもらったんだ。久しぶりに姉さんに会えたそうだから」

「へえ」

 それ以上は追求されなかったが、……不倫の心配をする旦那みたいになってないか?

 リズは黙ってやり取りを見ていたが、口元がニヤけている。


「で、街道はどんな見通しなの?」

「ロバくらいしか通れないようなひどい道で、しかも距離が長い。道だけじゃなくて、途中に宿駅も含めた宿場町を作らないと不便だと思うんだ」

「それはまた長いことかかりそうな話ね。そもそも実現できるのかしら?」

「そうなんだよなあ」


 ゴーレムを見に、急遽エスファーデンに出かける羽目になったが、実は、今日はディムゲイトで働いてもらっていたエステルたち4人と、王都へ移り住みたいと希望していた女性たちの最後のグループがやってくる予定の日なのだ。


 そこで、午後は予定通り、クロチルド館に出かける。

 エスファーデンについても、何か情報が得られるかもしれない。


 出かける準備をしていたらニーファに見つかってしまったので、今日は六人乗りの馬車に、子供たち7人とギュウギュウ詰めになって出かける。

 御者をたのんだノイシャに「子沢山の貧乏貴族みたいですね」などと笑われる。

 セーラは一人だけ悠々と馬に乗って行く。リズは留守番。


 オーレリーとサスキアが、新しく警備担当に選抜された3人の女性と訓練をしているのが見える。

「お姉様!」と飛び出して行くニーファと、満面の笑みで迎えるオーレリー。


 セーラは例の大捕物、いわゆる『13番地事件』以来のようで、すっかり様子が変わった建物の様子に感心している。

「すごく活気があるわね。あのやさぐれた感じの建物が、見違えるようね」

 一方のクロチルド館の女性たちは、初めて見るセーラの佇まいに驚いているようだ。


 ニーファ以外の6人の子供たちも、クロチルド館に来るのは初めてなのでキョロキョロしている。黄色い髪のシュザフォード姉妹、コニールとリクシーは早速食堂を見つけて興味津々。


 ノイシャに頼んで、女性たちにお菓子類の差し入れを買ってきてもらう。人数がかなりいるのでかなり大量に購入することになったようだが、まあ、たまにはいいだろう。


 栗色の髪のミシュナに質問される。ミシュナはマッドヤードの人身売買組織に捕らわれていた少女のひとりだ。

「デレク様。どうして女の人ばかりなんですか?」

「ゾルトブールに、さらってきた人たちを無理やり働かせていた農園があってね。そこの悪者をやっつけて、捕まっていた人たちに来てもらったからなんだ。男の人たちは鉱山とか、もっと力が必要な労働に駆り出されていたから、農園で働いていたのは女性ばかりだったというわけさ」

「なるほど」


 まあ、他にもはあるが、あえて説明する必要はないだろう。


 オーレリーに新しい警備担当について聞いてみる。

「屋敷の警備とか、荷馬車の警備で何年か働いていたということなので、体力的には問題ないと思うよ。戦闘経験ってのはあまりないが、兵士と戦うわけじゃないから心配には及ばないだろう」

「荷馬車の御者もできるのかな?」

「ああ、できるようだ」

「それはいいな」


 子供たちはさっそく、女性たちと一緒にお菓子を頬張りながら、「ゾルトブールってどんな所ですか?」などと話をしている。


 俺とセーラも、オーレリーとサスキア、ニーファと一緒にティータイム。

「いやあ、やっぱり子供はいいなあ」とオーレリーの表情もいつになく和やかである。


「ただねえ、この子供たちは盗賊に家族を殺されてしまったりしてて、身の上としては可哀想なんだ」

「でも、普通なら孤児院に入れられるところだろ?」

「助けたのが俺なので、まあしばらくは面倒も見ましょうということでね」

「デレク様に助けて頂いて、みんなとても感謝してるよ」とニーファ。


「そういえば、ニーファもサスキアも孤児院の出身なんだっけ。大変じゃなかった?」

「まあ、ね」とサスキアが言葉を濁す。

「あ、ごめんね。答えたくない話だったかな」


 するとオーレリーが代わりに答える。

「エスファーデンは、孤児は手厚く保護していてな」

「あ、そうなんだ。なんか意外だな」


 するとサスキアが言う。

「それはね、ウラがあるんですよね。あたしも後から気がついたんだけど」

「ウラ?」

「身寄りのない子供たちをたくさん集めて、その中にスキル持ちエクストリや魔法の能力がある子がいないかを早いうちから探すわけですよ。孤児院の子なら、特務部隊にスカウトされて断るって選択肢はないでしょ? しかも孤児対策にもなるし一石二鳥ってやつですよ」

「ははあ」


 セーラが気がつく。

「王太子殿下が最近、教育福祉、特に孤児院なんかの新設に力を入れてるわよね。もしかして、そういうこと?」

「あ。そうかもしれない。だとしたら、福祉に力を入れる気になったんじゃなくて……」

「親衛隊を強化するため、かしら」

「それって、どこかからの入れ知恵かなあ」

「怪しいわねえ」


 さて、本題。

「エスファーデンが内乱状態に突入しているんだが」

「え! まさか」とオーレリー。サスキアも驚いている。

「反王家派が結集して武力で王家を倒すと言っているんだよ」

「王家に従う貴族の方が多いと思うがなあ」


「これは最新の極秘情報だが、反王家派はゴーレム兵を使っている」

「何だ、それは」

 オーレリーも知らないようだ。

「実は午前中に見てきた。場所はウェドヴァリー男爵家が持ってる王都の外れの砦だ」

「ああ、知ってるぞ。ダンブロック砦って呼ばれてる石造りの城跡だな」

「ここに3体のゴーレムがいた。それぞれ、3〜4メートルほどの背丈の、土か岩の巨人みたいなヤツで、こいつが腕をブンブン振り回すと、殴られた兵士たちはなすすべもない」

「えー! そんなヤツ、見たことも聞いたこともないぞ」

「見てきた範囲では、水をかけても、火で攻撃しても効かないし、多少の打撃で損傷しても自分で修復してしまう」

「え。不死身?」とサスキアが驚いている。


「さすがに、ヘル・フレイムの猛火にさらされたり、ブラッディ・ハンマーで叩き潰されたらどうなるかは分からないが、かなり手強いことは確かだ」

「ふーむ。しかし、その3体しかいないのであれば、戦況に大きく影響はしないのではないか?」とオーレリー。

「それがね、どうやらゴーレムがいるってんで、王家派の兵士たちはビビってて、逃げ腰になってるヤツが多い。兵士の数が多くても、戦う意志がなければ役立たずだ」

「なるほど」


 セーラがコメント。

「でも、勝敗を決する決め手には欠けるみたいだから、戦いはしばらく続くのかしらね」

「そうかもしれないが、現状、エスファーデンはゾルトブールやラカナ公国との協議を蹴ったために禁輸措置を食らっているだろう? 食料とか燃料とか、大丈夫なのかな?」

「あー。可哀想なのは国民ね」


 ゴーレムを操っているらしい魔法士の名前も出してみたが、オーレリーもサスキアも知らないと言っていた。


 手掛かりなしか。

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