ディアナ・クロフォード

 今日はマリリンが書庫に来ていたので、一緒に昼食。

「実は、海賊の息のかかった連中がミドマスに拠点を作ろうとしてるという情報があってですね」

「あらら。それはまずいわね。その話はどこから?」

「えーと、まあ、あれです」

「……まあいいわ。しかし、それってデルペニア海賊よね、きっと」

「はい。連中はゾルトブールやエスファーデンの麻薬農園が潰されたりしているので、別の地域に勢力を伸ばそうとしている可能性があります」

「分かりました。ミドマスの警ら隊と国境守備隊に伝えておきましょう」


「それから、ゾルトブールで元奴隷だった人たちの中に、新天地を求めて聖王国へ来たいと考えている人がかなりいます。テッサード領で移民として受け入れたいと考えているのですが、ミドマスに上陸して一時的に過ごしてもらっても構いませんか?」

「そうねえ。難民がたくさんやって来て治安が悪くなるのは困るけど」

「ゾルトブールの人材派遣会社を通して、ちゃんとした人を選んでもらいますから、難民ではなくて移民ですね。元の身分が奴隷というだけで、普通の労働者です。当然、犯罪者などが含まれないようにチェックします」

「分かったわ。ミドマスの実務者を紹介するから、具体的にはそっちとやりとりしてもらえるかしら?」

「有難うございます」


 午後、リズと一緒に、2階の窓から噴水を見下ろしながらお茶を飲む。

「今日は子供たちはボール遊びじゃないんだな」

「お昼を食べた後で、ナタリーやクロフォード姉妹と一緒に遊んでたみたい」

「それはいいな。仲良くなれたみたいだな」


 しばらくボケーっとしていたら、ニーファがやって来た。

「あのー。デレク様にちょっとお話があるんですけど」

「どうしたんだい?」

「さっき、ナタリーさんやクロフォードのお姉ちゃんたちと一緒にいろいろなことをして遊んでたんだけど」

「うん、仲良くできたかな?」

「それはもちろんなんだけど、ちょっと不思議なことがあったのでデレク様にお知らせしておいた方がいいかな、って」

「不思議なこと?」


 とりあえず、ニーファもそばに座らせてクッキーを1つあげる。


「みんなでカードで遊んだんだけど、今日はあたし、運が悪いのか、いつもビリになっちゃって。で、ちょっとズルかなあ、って思ったんだけど……」

「あ。透視か」

 ニーファには『透視』のスキルがあるから、他人の手札も分かるのかな?


「えへへ。まあ、そうなんだけど」

「スキルを使うのはズルだし、逆に楽しくないんじゃない?」

「うん、それは分かってるんだ。で、クロフォードのお姉ちゃんたちの手札を覗こうと思ったんだけど、あたし、分からなかったんだ」

「え? ……どういうこと?」


「他の人の手札は、細かいところまでは分からないんだけど、いい組み合わせで上がれそうか、全然ダメそうか、みたいなのは分かるのよ」

「そうなの?」

「特に、エースとかキングとか、そういう強い札を持っているとわかりやすいのね」

「へえ。そんなもんなんだ」

 プレーヤーの意識みたいなのが読み取れるってことかな?


「遊んでいる間に気になって、他の人の手札が分かるかどうか調べてみたんだけど、ディアナさんの手札だけが透視できないのよ」

「えーっと……?」

 ディアナはクロフォード姉妹の妹の方だ。


 話を聞いていたリズが言う。

「ディアナが何かのスキルを持っているってことはない?」

「でも、山賊から助けた後、姉妹の血縁者を調べたことがあるけど、特にスキルがあった記憶はないんだけどな」

「もう一度調べてみたら?」

「そうだな」


 目をつむって姉妹のステータスを視界に呼び出す。


 ジュノ クロフォード ♀ 19 正常

 Level=0


 ディアナは……。あれ? 妹のディアナの情報はログにないな。


 救出後、確かに姉妹の血縁を調べたが、姉のジュノについてだけ調べれば十分だから、ディアナの情報は確認していなかったのだ。

 姉の情報から血縁をたどって妹の方の情報を取り出す。


 ディアナ クロフォード ♀ 18 正常

 Level=0

 対人スキル: 抑圧


「うわ!」


 ディアナがスキルを持っている。しかも『抑圧』である。

 確か、オーレリーがこのスキルは強力な能力だと言ってなかったかな。


「ニーファ。これは内緒なんだが」

「うん」

「どうやら、ディアナは『抑圧』のスキル持ちエクストリだ」

「うーん。あたしはそのスキルは知らないな」

「オーレリーは知ってたよ。数年前に亡くなった人が持っていたスキルなんだそうで、他の人の魔法とスキルの能力を抑え込むらしい」

「あ、だから透視の力が通じなくなったのか」


 リズも納得する。

「なるほど。でも、本人も気づいていないかもね」

「しかし、これは役に立つスキルかもしれないな……。ニーファ、ありがとう」


 急遽、リズと一緒にチジーの仕事部屋へ。

 チジーがクロフォード姉妹に穀物の話なんかをしている。


 姉妹は、山賊に襲われた直後はずいぶんと憔悴して、顔や身体には傷や殴られたアザが残っていた。今はもうすっかり回復して、健康な可愛らしい女の子である。

 2人ともピンクの髪に少し濃いグレーの瞳。姉のジュノの方が少し背が高くてすらっとしている。ディアナは姉よりも「出るところは出ている」体型と言えばいいだろうか。


「あら。デレク様」とチジー。

「ちょっといいかな。これから話すことは極秘でお願いしたいのだが……」


 まず、世の中には魔法以外にスキルと呼ばれる能力があることを説明。

「スキルには、予知や読心などの他に、文才や商才なんていうのもある。どれも滅多にはお目にかかることがない能力だが、実はチジー」

「あ。はい」

「チジーには『商才』のスキルがある」


 本人にも言うのは初めてである。


「へ? それってどういう?」

「具体的にはよく分からないんだが、たとえばさっきまで書庫にいたマリリン・ロックリッジ。彼女には『文才』のスキルがある」

「へー」

「だからそういう方面について、他人にはないような感覚があって、それが活かせるってことなんじゃないかな」

「そうなんですか」


「で、ここからが本題」

「はい」

「ディアナには、『抑圧』というスキルがあることが分かった」


 ディアナもジュノも怪訝な顔である。

「抑圧?」

「これもはっきりとは分からないんだが、聞いた話では、他人の魔法やスキルの能力を抑え込む力があるらしい」

「どういうことでしょうか?」


「誰かが周囲で魔法を使う時、何か感じることはないかな?」


 そう聞いてみると、ディアナはちょっと考えている。


「今まで、身近に魔法を使ったりする人がいなかったので分からなかったんですが、聖都に来て色々な人が周りにいるようになったら、何ていうか、今まであまり感じることがなかった感覚を体験することが多くなったと思います」

「どんな感覚?」

「何種類かあって、口で説明するのはちょっと難しいんですが、よくあるのは周りの風景がチリチリする感じ、とでも言ったらいいでしょうか」


 ううむ。分かったような分からないような。


 ディアナの話は続く。

「少し前までは、そういう感覚がするってだけだったんですけど、最近はそれを意識して、みたいにできる感覚があります」


 へー。


「じゃあ、例えば」と言って、俺は手を前に出して、手のひらの上に「ライト・キャンドル」の小さな明かりを出す。


「今、何か感じた?」

「デレクさんの周りがちょっとだけパチパチするのを感じました」

「じゃあ、次はそれを感じたら、意図的に妨害する感じで対応できるかな?」

「はい、やってみます」


「では……」


 手のひらには何も出ない。


 ちょっと感動する俺。

「……これは!」


 見ていたリズも驚いている。

「え? 今、デレクは魔法を出そうとしたんでしょ?」

「うん、普通に魔法を出そうとしたけど、起動しないね。これはすごい」


「え? すごいことなんですか?」

 純粋に驚いて、少しおどおどしているディアナ。


「さっき、子供たちとカードで遊んだそうじゃない。その時に何か感じた?」

「えっと、誰かがこっちを見ている感じがしましたので、その視線をように押し返してみました」


 どうやら、ディアナは魔法サーバやレセプターの動作を感じて、妨害することもできるようだ。スキルがどうやって動作しているかは不明ながら、こちらも感じたり、阻害したりできるらしい。


「あのー、これも秘密でお願いしたいんだが、子どもの中でニーファ。ニーファは『透視』のスキルがある。さっき、カードで遊んでいて劣勢になったので、ついつい『透視』をしてみた、と正直に話してくれたんだ。だけど、ディアナの手札が分からなかったと言っていた。ディアナが透視を妨害してたんだね」

「そうでしたか」


「チジーといる時に何か感じることはある?」

「チジーさんが何かを説明しているときに、チジーさんから目に見えない風のようなものがフゥーッと押し寄せるのを感じることがあります」

 へえ……。


「ディアナのこの力って、どんな役に立つのかしら?」とチジー。


「例えば、誰かがディアナを魔法で攻撃しようとすると、それを防ぐことができるだろうな。あるいは、人の考えていることが分かるスキルがあるんだが、ディアナの考えていることを知ることはできない、という感じかな?」


 真剣な表情でディアナが尋ねる。

「それは、あたし自身の身を守るのに役立つということですか?」

「そうだね。それから、我々を魔法やスキルで攻撃しようとして向かってくる敵を無力化することができるから、単にディアナ個人が自分の身を守る以上のことができるんじゃないかと思う」

「なるほど」


「実はディアナにお願いしたいことがある。もちろん、魔法での戦闘に加わって欲しいということじゃないんだ。危ないしね。日常的に俺やニーファのそばにいてくれるだけで、役立ってくれるんじゃないかと思ってるんだけど……」

「どういうこと?」とリズが尋ねる。


「ほら、前に俺とリズの魔法のスキルなんかを知られたら困るという話をしたことがあるじゃないか」

「あったね。アクセス権を設定できるものの、それが『スカウト』のスキル持ちエクストリに有効かは分からないよね、って話で終わってた」


「今、王宮で親衛隊っていうのを組織しようとしてるみたいなんだけど、もしかしたら『スカウト』のスキル持ちエクストリがいるのかもしれない。そうだとすると、俺やリズ、特にニーファの能力を知られるのはまずい」

「確かにね」

「で、考えたんだけど、そこに一緒にディアナがいたらどうだろう?」

「魔法のレベルやスキルを読み取ることができない、かな?」

「俺個人は、攻撃力はそれなりにあるんだけど、外部からどんな『探り』を入れられているのかを知る能力がないから、そこを補って欲しいわけ」

「そうだね」


「で、相談なんだけど、ジュノとディアナはこれまで通りチジーの補佐というか見習いでいいんだけど、ディアナには時々、俺に秘書みたいに随行して欲しいんだ」

 チジーが言う。

「そうですね。確かにいつも2人で一緒というのも自立心が育ちにくい面がありますから、連れ出してもらうのはいいんじゃないでしょうか」


 ディアナは俺の方をまっすぐ見て言う。

「はい、わかりました。お役に立てるかどうか分かりませんが、よろしくお願いします」

 姉のジュノも言う。

「ディアナ、すごいじゃない。人にない力があるなら役に立てたらいいよ」

「うん。頑張ってみるよ」


 よし。明日あたりから早速、一緒に遠出してみるか。

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