新生ナリアスタ国
夕方になってセーラがやって来るのはいつもの通りなのだが、今日はちょっと様子が違っていた。
「ちょっとデレク。一緒にラヴレースの屋敷まで来て欲しいんだけど」
「え? 何かな」
「ナリアスタ国の新しい大統領から、外務省経由で親書が来たらしいわ」
「おっと。例の件か」
「実務は外務省とホワイト外務大臣とで担当するんだけど、ハワードも外国との付き合いについては関係してるから、ちょっと話をしたいんだって」
「え? でも、俺がナリアスタ国の新体制と関係があるってのは、表沙汰にはなっていないはずじゃなかったかな?」
「いや、今回はケシャール地方とダガーヴェイルが関係するらしいわよ」
「そうなの?」
そんなわけで、急遽馬車に乗せられてラヴレース家まで。
到着すると、ハワードと一緒に、白髪で短髪の身なりのきちんとした男性が待っていた。ちょっと痩せた体型で、茶色い鋭い瞳が猛禽類を連想させる。
ハワードが男性を紹介してくれる。
「やあ、デレク。こちらは外務大臣のホワイト男爵。確か初対面だよね?」
「デレク・テッサードです。私のことはデレクとお呼び下さい」
「リアム・ホワイトです。ご足労頂き、有難うございます」
「で、今日、私が呼ばれたのは?」とホワイト氏に尋ねる。
「まず、例の災害以来、混乱というか、国家存亡の危機にあったナリアスタ国ですが、以前の首都であるナルポートを放棄して、新たに西部のディプトンを中心とした国になったという連絡が来たのです。現地では首長を選ぶ選挙も行われて、新しい首長、つまり大統領には前のディプトン市長のステファン・ラインスという人物が選ばれたとのことです。今回の親書はその新大統領から聖王国の国王陛下へのご挨拶です」
「はー。そうなんですか」
選挙をやるという話は聞いていたが、その後のことは俺に直接関係ないので、選挙結果などの具体的な話は初めて聞く。
「その選挙などの手続きには何か問題はないのかしら?」とセーラ。
ホワイト氏、うなずいて言う。
「基本的にはナリアスタ国内の話だし、そもそもナリアスタは王政の国家ではないので、対外的に代表権を持って交渉できる組織を住民が合意の上で作ったというのであれば、我々としては国家間の交渉をするのにやぶさかではない、というところだね」
すると聞いていたハワードが口を挟む。
「そんな持って回った言い方をするまでもなくてさ、聖王国としては隣国が不安定なままでいるよりは、きちんと法律に従って選挙を実施し、代表者を選んできたのだから大歓迎だよ」
「では、大きな問題はなく、聖王国は新しい体制を認めるのですね?」
「国王陛下もそれで良いと仰っておられます」
「それで、デレクを呼んだ理由なんだけど」とハワード。
「はいはい」
「そんなに深刻な話ではないし、食事をしながらゆっくり話そうか」
「あ、そうなんですか」
食堂に通されたら、フランク卿に、奥方のイライザ、セーラの弟のジーンもいる。これは不意を突かれたぞ。
フランク卿にちゃんと挨拶しないとな。変にぎこちなくなるのもおかしいし、気を使ってしまう。
「しばらくぶりです。先日、身内の結婚式がありまして、セーラと一緒にダズベリーまで行って出席して参りました」
「うむ。話は聞いているよ。道中、何事もなくて良かったが、その間、エスファーデンで何やら揉め事があったりもしたようでなあ。ま、今日の話はそれには関係ないがな」
一方、セーラはニコニコしている。
「一家全員そろっての食事は久しぶりね」
和やかに食事をしながら、ナリアスタの話。
ホワイト氏が言う。
「国王陛下への親書には、新体制をよろしくという挨拶の他に、いくつか要望というか、相談事が書かれていたんだよ」
「何でしょう」
「難民のこととか、交易の活発化のこととかが主なんだが、デレク殿に関係するのはケシャール地方の西、つまりこれまでは辺境の何もない土地と思われていたテッサード家の所領のことだ。あそこはダガーヴェイルという地名が付いているそうだね?」
「ええ、そうです」
「首都をディプトンにするにあたり、これまでよりも聖王国と密接に交流や交易を図っていきたいということでね。現状、ライサム辺境伯領のギリング峠を越えて行き来するルートしかなかったわけだが、ケシャールから山を越えてダガーヴェイルに至る街道を整備したいという申し出があったんだ」
「あー、なるほど」
「その街道の実現に力を貸して欲しいということなんだが、まず、実際に道を通すことが可能なのか、街道の需要はあるのか、といったあたりについて、王宮では何の情報も持ち合わせていないものでね」
「はい。現在でもケシャール地方からダガーヴェイルに、まあ、厳密に言えば密入国して住み着いている人々はかなりいるらしいんです。馬車が通れるような立派な道はもちろん整備されていませんが、人が歩いて山を越えられるような経路はあることはあるようですね」
「なるほど。で、その山越えの道を作ったとして、現在のギリング峠を経由するルートよりも良い点はあるのだろうか?」
「聖都から新しい首都のディプトンに至る経路を考えてみますと、ギリング峠を通る場合、ヨラ川流域からケシャール地方に入るためにもう1回山を越す必要があります。もしダガーヴェイルに道が通れば、峠を越すのは1回で済みます。さらに、シナーク川上流のリーグラムという宿場あたりまでは船で行くことができるのも利点です」
「ギリング峠のルートだと船は?」
「ライサム辺境伯領のサームウッドあたりを流れるのはエトイ川で、あれはシナーク川ではなく、ラプシア川の支流ですから、水運の点でも難点があります」
ホワイト氏、ちょっと宙をにらみながら考える。
「今、レディチとマシャムを結んでいる運河がエトイ川まで延びたらまだマシかな?」
「運河の計画は王宮がいい顔をしていないと聞き及んでおりますが……」
「ふふ。確かにそうだな」
ホワイト氏、運河についてはそれ以上言及しなかった。
ハワードが言う。
「ただ、新しい街道を作りましょう、そっちの方が便利がいいですよと言ったとしても、王宮がほいほいと資金を出してくれるとは思えませんねえ」
フランク卿も同意。
「しかも、街道を通した場合に、宿場町などを通じて潤うのはテッサード家なのだから、街道の整備もテッサード家がやるのが筋だ、と言い出す可能性が高いな」
「そうですか」
「王妃殿下はナリアスタのご出身ではあるが、王宮として新しい体制のナリアスタをどこまで支援しようという気になるかは未知数というか、あまり期待はできないのではないかと思っておる」
「そうですね、王妃殿下はデーム海に面したナルポートのご出身でしたね」とハワードが補足。
結局は隣の国のことだし、街道が通っても、まず儲かるのはテッサード家だということになれば、あまり乗り気にはならないか。
さらに言えば、新生ナリアスタから裏金が来るアテはないからな。
王宮の立場を確認しておきたい。
「では、王宮は街道の整備には賛成の立場だが、積極的な資金援助は行わない、という感じですか」
「そうなるだろうな」
「了解です。王宮が賛成の立場である、ということさえ明確にして頂ければかなり動きやすくなりますので、そういう方向でお願いできますか?」
「開発のための資金などはどうするのだね?」とフランク卿。
「時間は少しかかるかもしれませんが、現在の住民と、それから受け入れた難民の力を借りて進めていくことにします」
ホワイト氏が話をまとめる。
「では、街道の件について、王宮は賛成の立場を表明するのみで、実務はテッサード家が担当ということでよろしいですか?」
「ええ、ナリアスタ側と相談しながら進めることにします」
やらなければならない仕事が増えたが、これは未来に繋がる仕事だ。時間はかかるかもしれないが、しっかり進めることにしよう。
それにしても、ダガーヴェイルの現状をもう少しちゃんと把握する必要があるな。調査に入ること自体が大変なので、人口調査すらまともにしたことがない。数百人から、もしかしたら千人以上いる、のかな?
ふと、ゾルトブールの新体制について聞いてみる。
「ところで、ゾルトブールですけど、メローナ女王ひとりの体制になったようですね」
ハワードが応じる。
「さすがにデレクは情報が早いな。それよりも、最大の関心事は議会を作るってところだ。国王は存在するが、政治は議会がするらしいな。女王はひとりだが、ゾルトブールとスートレリアは政治的には違う国になるということだ」
ホワイト氏もこの件には大いに関心があるらしい。
「目下、ゾルトブールから制度に関する詳細な文書を入手しようとしていますが、この動きが近隣の諸外国にも影響するのではないかという点が最大の関心事ですね」
「王族と貴族の身分にも関わりますね」とセーラ。
夕食を食べ終わってから別室で、ナリアスタ大統領からの親書の写しと、その他の連絡事項が書かれた書類をざっと見せてもらった。
だいたい、さっきの話の通りだったのだが、最後に在聖王国ナリアスタ大使館のスタッフとして予定されている人員の一覧があって、サポートスタッフにキザシュ・ブラックベラ、イスナ・ケヴィクという名前を発見。
「あれ? キザシュとイスナだ」
セーラもやってきて確認。
「あら。本当だわ。キザシュさんたち、聖都に戻って来るのか」
「聖都には詳しいから、適任ではあるな」
セーラがホワイト氏に聞いている。
「ナリアスタ大使館ってどこにあるんです?」
「前と同じ建物を使うと思うから、ほら、そこの通りの……」
案外、泉邸のそばだったりする。
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