クロチルド館でご飯

 今日は午前中からクロチルド館へ。ローザさんを交えて、状況の確認と、使えそうな人材がいないかの調査といったところ。


 泉邸から出かけるメンバーは、クロチルド館のオーナーであるゾーイ、レイモンド商会代表のチジー、勉強の一環ということでクロフォード姉妹。チジーとクロフォード姉妹は、商会の建物がまだ出来上がらないので、今のところは泉邸に居候状態である。

 これに俺が加わると5人。6人乗りの馬車が必要になるが、席が1つ余るので、ニーファも一緒に連れていく。今日の御者兼護衛はノイシャ。


 入口のあたりに馬車を止めると、警備担当のオーレリーとサスキアが暇そうにしているのが目に入る。

「お姉様!」とニーファが馬車から飛び降りると、オーレリーはそれまでの寝ぼけたような顔から一変。

「おー。ニーファ! 元気そうだなあ」

 ニーファは屋敷では頑張って勉強してるとか、どんな遊びをしているとか、一生懸命報告している。お姉様が大好きなんだなあ。


「そういえば、サスキアの魔法は封じたままだったけど、解除した方がいいかな?」

「あ、日常生活にはあまり影響はないですけど、そうですねえ、時々覗き目的の不審者が出没するので、石つぶてをぶつけてやろうと思うことはありますね」

 サスキアは確か、土系統、レベル4の非詠唱者ウィーヴレス


「今更、悪用することもないと思うし、そもそもはサスキア自身の能力だからな。使えるようにするよ。ちょっと待ってて」

 ごにょごにょと詠唱して、『魔法無効化イモビライズ』を解除。


「あ、使えるようになりました。……デレクさんって魔法使いですか?」

「何を間抜けなことを言ってるんだ。サスキアも魔法使いだろ?」

 もう早速、「デレク様」じゃなくなってるけど、まあいいか。オーレリーは呼び捨てだしな。


「おい、デレク。ここは本当にヒマだ。たまには別な任務もくれないか?」

 オーレリーがそう言うと、サスキアが反論する。

「いえいえ、そうでもないですよ。ここに住んでいるのが若い女の子ばかりだというのが知られてますから、怪しげな男どもが周囲をウロウロしたりすることがあって、日に3度は追い払ってます」

「そんな小バエみたいなやつらは、叩き潰せば済むことじゃないか」

 オーレリーは本当に物理的に叩き潰しかねないから不安。


 さて、ここで暮らす女性たちが聖都でどのくらい自立できているか聞いてみよう。それから、有用な人材がいたらレイモンド商会やRC商会で雇用したい。


 館内に入って、会議室で現状を報告してもらう。ニーファはオーレリーとサスキアに任せておこう。


 これまでに何人か、優秀な女性はレイモンド商会で働いてもらったり、泉邸に家庭教師として来てもらったりしている。そういった女性はまだここに住んでいるが、住み込みのメイドや家政婦として就職して出ていった人、聖都の近郊で就職した人などもかなりいて、ピーク時よりも人数は若干少なくなっているらしい。

 ここにまだ住んでいるうちの半数くらいは、どんな仕事が自分に合いそうか探しながら、店員や商店の雑用係などをしているとのこと。


 ただし、ゾーイが言うには、ディムゲイトの農園で働かされていた女性たちは貴族の邸宅や商店で働いていた人が多いので読み書きなどの基本的な教養があるものの、エスファーデンから来た女性たちは読み書きに不安があることが少なくないとのこと。

「ですから、飲食店でバイトをしながら、空いている時間にはここで勉強してもらってるんです」

「教師は?」

「ディムゲイトから来た女性たちの中で、教師などの仕事をしていた人が自主的にしてくれています」

「つまり無償ってこと?」

「はあ」


「いやいや、それはいかん。ちゃんと賃金を払おうよ」

「そうですか? 教えてもらっている女の子たちは就職してちょっとずつ出ていってしまいますから、そのうち教える相手がいなくなりますよ」

「じゃあ、難民相手とか、聖王国でも田舎から来ている女の子相手に教えたらいいよ。ゾーイはそういう人たちの面倒も見てるでしょ?」

「授業料をとると、誰も来ませんよ?」

「いや、授業料はタダでいい」

「え?」

「いやいや、そんな人件費はたかが知れているし、お金なら出すからさ」

「出費がかさむ一方になりますけど」

「クロチルド館から紹介してもらった人材はいいぞ、って評判になった方が、長い目で見たら得なんじゃない?」


 話を聞いていたチジーが言う。

「希望者が増えすぎると破綻しますけど、人数が少ない今のうちなら大丈夫でしょう。当面はここに住んでいる人を優先して、もし生徒の人数が増えるようなら対応策を考えましょう」

「でも、対応策はいくつか考えておく必要があるよね?」

「当然です」

「じゃあ、レイモンド商会で働いてもらいながら勉強して、転職は好きにできるようにするか。あと、簡単なのは有料化だけど、これから働きたいという人がお金を持っているとは思えないから、ツケ払い、つまり出世払いってやつにするとか? あとは、企業や貴族からの寄付、ってところか」

「レイモンド商会にそういうことを担当する人が必要になりますけど」

「対応は可能だよね?」

「ええ、この前雇用した中に有能な人がいますから、任せてみます」


 この簡単なやり取りが、あとででかい話になるとは、この時は思わなかったのだ。


 ローザさんが女性たちに話を聞いている。どうやら、ミドマスの拠点で働いてくれそうな人をスカウトしているらしい。

「今、練炭を家庭向けに小分けにしてくれている事業所にとりあえず何人か派遣して、仕事のやり方を覚えてもらってから、将来的にはあそこにRC商会の支店を作りたいと思ってるわけ」

「なるほど。とりあえずは現地に出向というわけか」


 チジーが言う。

「ミドマスには、プレハブを扱う事務所を作る予定もありますから、レイモンド商会にも何人か欲しいですね」


「そんな調子で順調に進むといいね」

「心配なのは、競合する他社と、それに関係がある貴族からの妨害ですね。それから、その動きと連動して、ミドマスで海賊みたいな連中がうろうろしはじめているという話も聞いています」とチジー。

 ああ、ガッタム家の『耳飾り』の通信でそんな話をしていたな。


「ミドマスはロックリッジ男爵領だから、マリリンかトレヴァーに連絡しておくよ」

「お願いします」


 その後、オーレリー達も合流して館内の食堂で食事をとる。食事を作るのもゾルトブールあたりから来た女性たちである。全体的にどこかの社員食堂みたいな雰囲気で、女性たちが気楽に食事を楽しんでいる。


「サスキアは、聖都の暮しはどう?」

「いや、もう毎日違う定食屋とかレストランを訪ね歩くのが楽しいっすね。なんでこんなに美味くて、しかもいろいろな料理があるんすかね?」

「俺達からしたら逆に、なんでエスファーデンの料理はあんなにボソボソしたようなものしかないんだろうと思うけど」

 ノイシャが言う。

「アドニクス王国の料理も酷いって言ってませんでしたっけ?」

「ああ、エドナさんがそう言ってたなあ。マフムードの国境守備隊の人たちの認識もそんな感じで、『アドニクスに美味いものなし』って」


 ゾーイがオーレリーに聞いている。

「オーレリーさんって、ご出身は?」

「エスファーデンの北の方ですよ。アドニクスとグラジス王国に挟まれたあたりで、あのあたりは国境の川沿いに人が住んでいる以外は森と草原と荒れ地だけですね。遊牧民みたいなのがうろうろしてるかな、って程度ですね」

「グラジス王国ってあんまり知らないんですけど」

「エスファーデンもグラジスも聖王国から見たらかなり西ですし、南大海に面していないから聖王国とは交易もないですよね。エスファーデン、グラジス、それからサプト王国という3カ国は、エスメニア湾という湾に面していて、エスメニア3国とも呼ばれています」

「サプト王国は南大海に面しているでしょ? 交易はどうなのかしら?」


 するとチジーも説明してくれる。

「えーと、交易の船はマミナクまで行ったら、サプト王国の港を経由してジュサ大陸まで行くのがあります。ただ、サプト王国とジュサ大陸は500キロくらい離れていますので、航海はそれほど容易ではないようですね」


 誰に聞くともなく、質問してみる。

「話を聞く限り、エスファーデンって失礼ながらそんなに発展した国には思えないんだけど、どうしてガッタム家が乗り込んで操ろうとしてるのかね?」


 すると、例によって猛スピードで先に食事を終えたサスキアが、意外にも情報を知っていた。

「えーとですね、アウンドルに麻薬農園があったじゃないですか」

「ああ、マミナクから国境をこえたあたりだな」

「あのあたりでゾルトブールとの国境になってるバローナク山脈ってのがあるんですけど、あそこで石炭が出るらしいんですよ。それから、アドニクスとの国境といいますから、かなり辺境ですが、そっちにも炭鉱が見つかっているらしいですね」

「へえ。石炭か。採掘は進んでるのかな?」

「まだこれかららしいです」


 ふむ。アウンドルの近くで石炭が出たとしたら、それをマミナク方面に運び出すルートは欲しいだろうな。しかし、陸路では水路ほど大量に運搬できないよなあ。鉄道でも引けば別だが、そのあたりはどうするつもりなんだろう。


 サスキアから追加情報。

「あと、サプト王国で鉄鉱石が出るらしいです。具体的な場所は知りませんけど」

 ははあ、なんとなく見えてきた。


 石炭と鉄鉱石を押さえたら、これからの産業の発展に重要な鉄とエネルギーを手にできる。ガッタム家がどこまで未来のことを考えているか分からないが、カルワース男爵は産業革命を目指していたらしいし、同じようなことを目論んでいる可能性は高い。


「ところで、これだけ若い可愛い子がたくさん住んでいると、それだけで周囲から注目を集めているみたいですよ」とサスキア。

「君らが来るまえに、この場所で人身売買組織の大捕物があってね」と言いかけたら、オーレリーがすでに知っていた。

「聞いたぞ。セーラと仲間たちがここでギャングと戦って拍手喝采って話だろ? いやあ、やっぱりセーラはデレクなんかにはもったいないな」

「何だよ。ずいぶん突っかかるな」


 すると、ニーファが尊敬の眼差しで言う。

「お姉様も、敵を斬り伏せ、なぎ倒すことでは誰にも引けを取りませんわ」

「え。あ、ありがとう」

 ちょっと照れるオーレリー。

「ニーファ、あたし、あたしは?」とサスキア。

「ごめんなさい、サスキアが活躍した現場は見たことがありません」

「あははは」と思わず笑うオーレリー。

「ひどいなぁ」

「でも本当のことですし」

「これはぜひ、あたしの勇姿を見せる舞台が必要だな」

 そんな舞台はない方がいいんだが。

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